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73 神聖国の勇者

 帝国の心臓部である帝都。その人口は数十万ほどで、本当に首都なのかと疑ってしまうほどの少なさだ。住民の過半数は貴族か、或いはそれに準ずる者たちで占められており、通りを行くものは少ない。

 しかし、何故か今日の帝都は人で溢れかえっていた。

 城下街は喧騒に包まれ、いつものしめやかな雰囲気は微塵もない。

 通りを闊歩するのは上等な服を着た貴族ではなく、継ぎ接ぎだらけのボロ布のような服を着た農民や質素な布服を纏った平民が多く見受けられた。

 彼らは貧困の中にあるにも関わらず、嬉々とした表情を浮かべていた。平素の悲壮感は影を潜め、彼らは陽気に石畳の上を闊歩している。


 その、ある種狂気めいた騒ぎは、昨日帝国が公式に発表した文書とセレモニーに端を発していた。人々が口々に囃し立てるのは、あるひとつの話題について。


 ――勇者。


 御伽噺でしか語られない伝説の存在。絶対にして唯一、人々の憧れと尊敬を一身に集める至高の英雄。

 そんな現存するはずがないとされていた人物が、人々の前に姿を現したのだ。

 セレモニーの際、皇帝の隣に屹立する男の存在に誰も疑念を抱くことはなかった。あれこそが勇者と、誰もが本能的に認めていた。


 話はそれに止まらない。なんと、皇帝は王国と戦争することを発表したのだ。

 皇帝曰く、何者かの手によって神官長と第一王子が暗殺されたのだという。皇帝は、これを仇敵である王国の手先によるものだと断定した。

 同時に、その遺恨を雪ぐために勇者が将軍として戦列に加わるとも宣言した。これには帝国民の誰もが沸きあがった。その熱狂の渦は今日にまで至る。

 勇者の出現と王国との戦争。

 それら公式的スピーチによって、帝国は現在歓喜めいた戦時ムードとなっていた。


 そんな城下街を俯瞰するように巨大な城が聳えている。

 四方は石造りの壁と塔に囲まれ、兵士により常時警邏が行われている。城を覆うように屹立する城壁は20mほどで、平均的な城のそれと比べるとその高さは二倍もある。まさに要塞という単語を想起させるほど堅牢な守りに包まれていた。

 これは帝国が軍事国家として成り上がってきた背景に起因するものであり、またそれを象徴するものでもある。

 その城の一角。西側に聳える塔の一室に、皆が嬉々として語る存在はいた。民衆の表情とは対照的に、彼の顔色は優れていなかった。


「疲れた……」


 質実剛健とした雰囲気を醸し出す一室。その執務机を前に座する少年が溜め息と共に枯れた声を落とした。

 少年の隣に屹立する少女が嗜める。


「直樹君。音を上げたところで書類の山はなくならないわよ」


「現実を見せ付けてくるなよ……」


 少年、否、帝国三将軍の一角を担う達賀直樹がこれみよがしに溜め息を零した。

 まさかこんなことになるとは思わなかったのだ。

 彼はなんでこんなことになってしまったのだろうと、疲弊しきった頭を回転させる。




 達賀直樹は皇帝に請願し将軍となった日以来、毎日ハードスケジュールをこなすハメになった。生き残る唯一の道にしても、事務をやったことがない日本の少年にはあまりにも酷な日々だった。

 無論、悪いことだけがあったわけじゃない。彼は帝国には秘密裏にあることを成功させていた。


 それは、第一王子の暗殺。恭平が禁術によって精神を破壊した相手の抹消。

 第一王子であるアルセムは人工的に勇者を創造する実験を行っていた。多くの犠牲を出した惨い実験。それはアルセムが廃人となった後も続いていた。

 そんな実験を看過できる直樹ではないが、将軍となっても帝国に利益を齎す計画である以上手出しができなかった。

 だが、その計画は皇子の権力があってこそ。アルセムが廃人になっても生存している限り権力は保たれる。故に、直樹は第一王子の暗殺を敢行した。

 そして宙に浮いた計画を、新たな推進者が出る前に、中止すべきだと皇帝に上奏したのだ。

 実際、人造勇者を創造する計画は成果が上がっておらず悪戯に経費を割くばかりだったので皇帝は素直に直樹の提案を受け入れた。

 第一皇子に与し、甘い蜜を吸っていた貴族は当然これに反対したが、そこは将軍の権力を笠に叩き潰した。

 格差社会に於いて権力とは斯くも偉大なものである。

 と、そこで彼はあることを思い出す。


「そういえば、姫……小城百合の処刑はいつだったっけ?」


「一週間後よ」


 直樹の問いに冷酷な声が返ってきた。返答した彼女も姫の所為で散々な目にあっているので、自然と声のトーンが落ちる。


 姫の処刑。これもまた直樹の行ったことである。

 同じ勇者ではあるが、姫のしてきた行いは常軌を逸脱したものであり、また第一皇子を誑かした容疑もあったので直樹はそこを突いて姫を有罪にした。姫も皇子同様廃人と化していたので異論はなく、事はすんなりと上手くいった。

 処刑は帝国の刑法に基づき、一週間後に執り行われる。

 思案する直樹に、少女、真鍋帆華は漆黒の長髪を掻きあげ底冷えする鋭利な視線を向ける。


「直樹君。そんなことはどうでもいいから、早く書類を片つけてくれないかしら?」


「俺よりも帆華さんのが手馴れてるんだから、そっちがやってくれよ……」


「将軍のサインが必要だから私じゃ無理よ。書類毎に並べてあるから、さっさと取り組んでちょうだい」


「はぁ……」


 直樹はペンを握り書類と相対する。そして数分後に再び机に顔面を突っ伏した。


「ちょっ、無理」


「まだ全然終わってないじゃない。早くして」


「柊とかならこんなの即行で終わらせられる気がするんだけどな……」


「あー、それはなんとなく分かるわね」


 二人の脳内に書類仕事を手早く済ます同級生の姿が浮かぶ。

 思えば、彼はなんだかんだいって頭が良かった。成績はいつも学年の中でも2~5位とかなり高かった。当人がそれを鼻にかけた様子がないのが好印象だったのを覚えている。同時に、極度の悪戯好きだったことも。


「一時期姫の周囲で出回った不幸のチェーンメール。あれの出元が柊だって知ったときには驚いたな」


「姫の携帯、鳴り止まなかったわよね。ずっと振動しっぱなしで操作する暇もなくて」


「なんかのツール使って大量にメール送ったとか言ってたな。まあ、結局後で四条もろともフルボッコにされてたけど」


「イジメられてた子を助けて全治数ヶ月の怪我を負ってたりもしたわよね?」


「そんなのもあったな。確か、柊自身はケンカ強くなくて強かったのは四条だけだったらしいしな」


 正確に言えば、慎太が異常なほど強かっただけで別段恭平が弱いというわけでもない。最も、恭平はまともに戦わず後方から花火を投げつけたりしていただけだが。

 そんなことは知らない彼達は懐かしむように会話を続ける。その姿はさながら過去を振り返る大人のようだった。


「そういえば、四条君は意外と天才だったわね。いつも学年一位とってたし、わりと何でもできたわ」


「あいつが料理上手って聞いたときには鳥肌たったな」


 直樹は朗らかに笑い、次いで表情を暗澹としたものに落とす。


「あいつ今どこにいるんだろうな……」


「どこにいるんでしょうね……」


 釣られるように帆華も視線を落とす。

 二人の周囲に重い空気が漂う。

 暫くして、そんな雰囲気を打破するかのように室内にノックの音が響いた。


「直樹将軍、使者の方がお見えになりました。早急に支度を整え円卓まで御足労願います」 


「分かった。すぐに行く」


 彼はもう学生ではない。国内の重鎮なのだ。過去に浸っている時間はない。

 椅子から腰を上げ、来客用の礼服を纏い、帆華に確認してもらってから部屋を出た。

 彼は学生としてではなく、将軍として、そして勇者としてこれから会議に出向く。半端な真似はできない。

 見れば、隣を歩く帆華も秘書の顔をしている。

 彼女だけではなく、今は訓練中であるだろう他の勇者(クラスメイト)のためにも立派に振舞わなければならない。

 大きく息を吸って、吐いて。小さく息を零し、顔を引き締める。


 従者が言っていた円卓――円卓の間――は、玉座の間と同じく城の上層階に位置している。直樹が部屋を構えている西塔からは歩いて十分ほどの距離で、道中の道程も複雑でなかなか骨が折れる。

 とは言っても、今回の会議で彼が円卓に出向くのは四回目なので、道には慣れている。


 道中、兵士に会釈されながらなるべく音をたてずに歩いていると(音をたてながら歩くのは城、ひいては皇帝に対する礼儀に欠けるらしい)先の従者が慌てて駆け寄ってきた。


「直樹将軍。円卓まで足を運んでいらっしゃるところ悪いのですが、使者の方が先に将軍に挨拶したいといっておりまして……」


「分かった。先にそちらに行こう」


 直樹は努めて鷹揚にうなずくと、従者に案内されるがままに城内を進む。

 複雑に入り組んだ道を、兵士は逡巡することなく直樹を引っ張っていく。辺りを見る限り、ここらは異世界初日に直樹たちが通されたような貴賓室が密集しているエリアのようだ。 

 その一室の前で従者は立ち止まると、直樹に一礼して去っていく。毎度のことながら、よく躾けられているなと感心する。


 直樹は扉の前で、再度深呼吸する。

 幾度か貴族などの特権階級の者にあったことはあるが、どれも酷く緊張した。彼は将軍という絶対的な地位についているが、下手したらそれを失う恐れもある。特に貴族を相手取るとロクなことにならないと、同僚に注意された。そして、直樹が今まで対面してきたのは軒並み貴族、それも大物と言われる者たちだった。

 他の勇者(クラスメイト)が無事なのは、偏に彼が将軍という役職についているからであって、それ以外に理由はない。彼は今のポストを失うわけにはいかないのだ。

 今回の相手は神聖国の使者だという。直樹の不始末が国の責任になる以上、絶対にミスは許されない。

 何度か深呼吸を繰り返し心を落ち着かせると、意を決して扉を数度ノックする。

 扉越しに、どうぞという声が聞こえゆっくりとノブを回す。


 どこか聞き覚えのあるような声に戸惑いを覚えながら室内に入ると、煌びやかな内装に見合うだけの高貴な鎧に身を包んだ男性と、カソックを着用した神官がいた。

 鎧の男性は、神官に先に円卓に行くように指示すると兜越しにこちらを注視してきた。

 その食い入るような視線に、直樹はなにか粗相でもしたかと焦るが、次いで男性から発せられたのは鎧からは想像できない少年の面影が残ったような声だった。


「驚いたよ。まさかお前が将軍になっていたなんてな」


 室内に響くのは、もう聞くことはないと思っていた懐かしい声。


「あ、お、おまっ……」


 将軍としての振る舞いを忘れ、直樹が硬直する。

 まさか、という思いが胸中を満たしていく。

 男性がゆっくりと兜をとる。徐々に現れていく顔に、直樹と帆華は驚愕を禁じ得なかった。


「し、慎太……!?」


「久しぶりだな、直樹」


 慎太の声音には明確な敵意が滲んでいた。

できるだけ早く次話を更新します。

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