72 罪悪感
いつもの倍近い量あります。
時は少し遡り、今日の昼過ぎのこと。
オットマルさんの抱える満腹商会を出た僕らは街の裏の顔とでもいうべき場所に来ていた。
端的に言ってしまえばスラム街である。
如何に王国といえども自治まで完璧なわけじゃない。こんな辺境を任される領主なんて左遷された連中が殆んどのようだし、そうなるのも自明の理だ。
僕のいた世界でも歴然と貧富の差が分かれていたから、世界は違えど形は同じわけだ。
人というのはつくづく悲しい生き物だと思う。
僕が言えた義理じゃないが。
まあ、兎も角。現在僕とオットマルさんがスラムにいるのは、僕が彼にとある依頼をしたのが発端であり、その依頼の遂行のため現地に下見に来ているのだ。
文明を感じさせる造りの建物が次第に荒廃した物にシフトしていく様を見ながら、オットマルさんがハンカチで汗を拭い眼鏡を押し上げた。
「しかし、柊さん。本当に良かったんですか?」
「依頼ですか?」
「ええ、私共の商会に益はあっても貴方にメリットがあるとは思えません」
「まあ、そうでしょうね」
肩を竦めて苦笑する。
歩くたびに揺れるローブの裾を気にしながら続ける。
「僕のツレに子供好きな奴がいましてね。そいつはこの街に来た当初に会った子供が奴隷になってるのを気に病んで、今必死にお金を集めてるんですよ」
「ほう、買い戻すわけですね? でしたら、柊さんが買えばよろしいのでは? お仲間なのでしょう?」
オットマルさんの、買う、という言動に若干の違和感を禁じ得ない。
人を買うという行為にあまり馴染みがないので、どうも忌避する嫌いがある。何もオットマルさんが悪いのではない。人が呼吸をするように、この世界ではごく当たり前なことなのだ。
悪臭を帯び始めた街路に顔を顰め、呼気を吐く。
「結果論から言えばそうでしょうね。でも、彼がやらないと意味がないし僕も無駄遣いはしたくない」
「この依頼が一番無駄遣いだと思いますよ」
オットマルさんがスラムの空き地に止まり、振り返る。
「孤児院を建てるために900万ルドも使うなんて。善意からではとても払えない金額です」
「金持ちの道楽ですよ」
オットマルさんと顔を並べて笑う。
「それも、ここだけじゃなく商会の手が及ぶ範囲全てって……。柊さん、貴方って人間は私をどこまで驚かすつもりですか。貴方は商人に向いてますよ」
「依頼人に対するリップサービスですか?」
「いえ、嘘偽りない言葉です。商人は信用が一番ですから、顧客には嘘をつきません」
「それが嘘だったら貴方はとんでもない詐欺師だ」
ハハハと、二人分の笑い声が澱んだ空に響く。
声は曇天に吸い込まれるように消え、静寂が残った。
「……私も商人ですからね。費用を頂いた以上仕事はしますよ」
「ええ。建築費、維持費、手数料、人件費、その他諸々そこから引いといて下さい。最も、それでも足りない時期が来るでしょうから……」
「はい、これからも定期的に取引を行うことにしましょう」
「僕が知る限りの範囲でよければ、日本のアイディアも提供します」
「おお! それは良い! 是非とも宜しくお願いしますよ」
「ええ」
「それにしても……」
合間を縫うようにオットマルさんが切り出す。
「何故孤児院を建てようと思ったのですか?」
「……さっき、ツレが一人の子供を助けようとしているのを話ましたよね?」
「はい、奴隷堕ちした子を買い戻すんでしたよね?」
「ええ。でも、彼がその子供を助けるのは単なるエゴであって不平等なんですよ」
スラムにはまだ他の子供もいる。ただ認知されていないだけで、生きているのは確かなのだ。
忍者が一人だけを助けるというのは、他の子供に対する裏切りにも等しいのだ。身元が不確かなのは他の子供も同じ以上、誘拐され身売りされる危険性は同じ。助けてもらえる子供はたまたま運が良かっただけで、いずれ忍者がこの街を去る以上それ以降の子供は救えない。
それが不平等。最も、忍者にその意識はないだろうけど。
この世界に来た僕らも味わった理不尽と差別を目の前で何の感慨もなく見てはいられない。
「根本的な問題は、子供たちが身元を保証されていないこと。誰かが親代わりになれば皆等しく守られる」
「その負担が全て貴方に皺寄せられても?」
「僕はお金持ちだから痛くもなんともありません」
「ハハッ、なるほど。そうですな」
全財産を4分の3失った奴が言う台詞じゃなかったな。オットマルさんも失笑気味だ。
……実のところを言うと、今までのは全て建前だ。
いや、本音であるのは確かなのだが本心は他にある。
――僕は、罪滅ぼしをした気になっている。
僕はこれまで沢山の人を殺した。正当な権利があっても、殺したのは確かだ。
殺したことで、死んだ人の遺族や家族を悲しませる。殺した数だけ悲哀が満ちていく。
水辺に波紋が広がるように、悲しみが伝染していく。
誰になんと言おうと、許されないことをしてまった。弁護のしようはなく、どうしようもないほど穢れた。
僕は、その埋め合わせをしたかった。
許されたかった。
重荷を背負いたくなかった。
縛られたくなかった。
引きずられたくなかった。
――救われたかった。
幸せになってもいいと、錯覚したかった。
忍者が子供を救うように、これもまた結局は僕のエゴなのだ。
「……柊さん?」
オットマルさんが怪訝そうに顔を窺ってきた。
少しぼうっとしてたか。
「オットマルさん、この件よろしくお願いしますね」
不審感をもたれないよう、僕は笑顔でそう返した。
競売が始まった。
花売りの少女、シェイラは20万ルドの金額から販売が開始される。
忍者が必至でプラカードに金額を記入するのを横目に、僕は会場の隅へ足を運んだ。
魔眼の魔力感知で見つけたのは、シェイラを拐かした無骨な男だった。
「こんばんわ」
「なんだ、値段交渉か。受付ねーぞ」
「そんなんじゃありませんよ」
このオークションにおいて、利益の分配は主催者側と商品の提供者で分割される。
簡潔に言えば、落札額を半々でオークション側と提供者で分けるわけだ。
故に、稼ぎたいのなら落札額が大きければ大きいほどいい。
だからこの男は、
「僕にシェイラちゃんの情報を教えたのは、競り合いに参加させ落札額を大きくするためですね?」
「ほう、気付いたのか」
「まあ……」
それくらいはすぐ分かる。
ただ、怪訝に思うのは別のことだ。
「貴方は何でこんなことをしてるんですか?」
男の顔が怒りに歪んだ。
「何だソレ、喧嘩売ってんのか?」
「その喧嘩、買ったら死にますよ?」
全身から殺気を滲ませ、何時でも魔法を使えるように構える。
魔眼は開かない。雑魚に使う代物じゃないから。
男は僕を見て、無意識に一歩後ずさった。
「何だテメエ、本物かよ……。同業者だと思ってたのによ」
「騙してすいません。僕のツレが彼女を欲しがってて」
「まあ、んなことどうでもいい。質問に答えるぜ。生きてくためだ」
予想通りの答えだ。
僕が知りたいのは、理由の方。生きる手段は他にもあるのに、何故こんな泥仕事をするのか。
「オメーの考えてることは分かる。なんでこんな仕事か、だろ? オレ一人なら幾らでもやりようはあるけどよ、家族養ってくにはキチーんだ。この街にろくな仕事はねえし、他の街に移れるだけの金もねー」
「なるほどね……。そうか、じゃあ……」
僕は男の双眸を覗き込むように睨めつけ、心の底を見透かしたような笑みを浮かべる。
願わくば、この男にひと欠片の良心があることを。
「罪滅ぼし、する気ない?」
定期的に給金が入る良識的な仕事に加え、今までの罪滅ぼしも可能な最高な職業を僕は提案した。
結果的に、男は了承した。
別に幼児を誘拐することに快楽を見出す高尚な趣味を持ってるわけでもないし、仕方なくやってたことだ。慣れてしまったとはいえ、良心に苛まれることもある。男は存外悪い奴ではなかった。
そういうわけで、僕はこの街の孤児院の職員を一人獲得したのだった。
最終的には男に感謝され、妙な気分を味わいながら客席に戻った僕が見たのは歓喜する忍者だった。
「いいいいいいいいいいやっふううううううう!! マンマミーア! ヒアウィーゴー!」
「どうした? ついに頭がイカれたか?」
「なんでイタリア人配管工の真似~?」
「っていうか、マンマミーアは違うだろ」
それはオーマイゴッドと同義語な、落胆を意味する言葉だ。
こいつテンションおかしすぎて言語すら不自由になったっぽい。
「恭平殿ぉぉぉ! やったでござるよぉぉぉ!」
「脳がヤラれたみたいだな」
「32万で落札ッ! そういうわけで、3000ルド返すでござる」
「なんだ、意外と相手も粘ったんだな。……ああ、貸したお金ね。トイチだから利子つけてもらわないと」
「え?」
「十秒ごとに利子つくから」
「トイチ違えぇぇぇ! でござる!」
「嘘だから、あんま叫ばないでよ。恥ずかしい」
さっきから興奮して忍者が客席を跳ねまくる所為で他の人達の視線が痛い。
他人の振りしたくなる。
まあ、何は兎も角。これで僕たちはオークションにおける目的を達成した。
忍者のお金が足りなかったら貸すつもりだったが、その心配も杞憂で良かった。
残りの時間を僕らは気楽に過ごすことができたのだった。
数時間後、時刻は夜半を回り瞼が重たくなってくる時間帯。
漸く終わりを告げた司会者の声に欠伸で返し、他の客より一足早く地上に戻った僕らは受付で購入したものを受け取っていた。
僕は禁術の魔術書を。そして、忍者は一人の幼女を。
「あっ、貴方が私のご主人様でございますか!?」
「そ、そうでござるよ」
忍者めっちゃキョドってるよ。
互いに語尾でキャラ付けしている者同士の会話はどこか不自然な印象を受けた。
奴隷と親しくしているのも問題なので、一旦僕らは宿の一室に戻ることにした。
自室に戻った後で、幼女ことシェイラが上目遣いで忍者に尋ねる。
「な、なんでこんなこと……?」
シェイラが外された足枷と首輪を凝視して呟いた。
忍者は少女を安心させようと、口許のマスクを脱いで笑みを見せた。意外と様になっている。
「拙者はシェイラを助けるために取り戻したのでござるよ。さ、これでシェイラは自由。どこへ行くも、戻るも自由でござる」
「で、でも……」
「影宮、少しは考えてみなよ。行くところがないから戻れないんだろ。それに、いつまた売り飛ばされるか分からない」
「う、うん……」
「盲点でござった!」
「聡はもう少し頭を使うことを覚えようね~」
パジャマに着替えた不動さんが、同じく寝巻きを着たべりあるを抱えて毒を吐いた。
その膝下でべりあるの首が周期的に揺れている。辛うじて起きようとしている努力が窺える。だが、それで精一杯なのか何も喋らない。
「まあ、その点については心配しないで。僕が孤児院を建てることになったから、取り敢えず明日から君たち浮浪児は満腹商会によって保護される」
「「「えっ!?」」」
何か今日は驚かれることが多い日だな。
僕は面倒ながら渋々といきさつを話した。
「……つまり、根本的な問題である身元の保証さえできればいいわけだ」
「なるほどね~」
「うゆ、きょーへーすげ、な」
「べりあるはもう寝ろ」
瞼を擦りながら、必死に話しについてきたべりあるに一言告げた。首を横に振るべりあるを強制的にベッドに寝かせ、話を続ける。
「9000万円掛かったのは痛手だったけどね」
「わー、リッチでござるな」
「そんなことより、シェイラちゃんはどうするの? 孤児院に行く? それとも……」
もうひとつの選択肢。
それは……。
「私は、聡様に付いていくでございます!」
僕らに着いてくるか。
彼女は、後者を選択した。
シェイラちゃんは一生懸命に捲し立てる。
「わっ、私、受けた恩は返せって亡くなったお父さんとお母さんに言われたし、ずっとこの街にいるのも嫌だし、聡様優しいし、あっ、お金取られちゃってすいません、じゃなくて、あぁもうなんていうか……」
「理由なんて後でいい。いずれ分かることでござる。それがシェイラの選択なら拙者達は最大限に尊重するでござるよ」
「じゃあ、着いてくるってことでいいね?」
忍者がキメ顔でシェイラに格好良いことを吹き込んでる中、水を差す。
僕の確認にシェイラちゃんはハッとし、居住まいを正して敬礼らしきポーズを取った。
「は、はい! よろしくお願いするでございます!」
猫耳幼女は恥ずかし気に宣言した。
僕らは無論、彼女の願いを承諾。
同時に、忍者が勢い良く立ち上がった。
「それじゃあ、景気づけに何か食べにいくでござるか! 恭平殿の金で」
「いいわね~。この時間帯で空いてるのは酒場ね。いっぱい飲んで食べましょうね~。柊君のお金で」
「恭平様、お世話になるでございます!」
「僕の奢りかよ!? まあ、いいけどさ」
こうしてこの日、僕らに新しい仲間が一人増えた。
前途が明るく見えた気がした。
最後駆け足ですいません。
何はともあれ、これで奴隷少女編は終了です。
次回はべりあるの一日。
王国編はこれで終わりです。
今後の指針的なものを活動報告で言っているので良かったら覗いてみて下さい。




