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71 道化の社交場

お待たせしました。

 司会者の開始の宣言を皮切りに、会場の熱気が増していく。

 貴族達は素性を仮面の下に隠し、今日ばかりはと口々に騒ぎ立てる。

 会場は熱狂の渦に呑み込まれ、スピーカー等の機器や魔法がないにも関わらず、鼓膜を潰しそうな大音声を室内に反響させていた。

 客の中にも種々雑多な人間がいて、カタログを熱心に見る者や、札束を数える者、既にプラカードに記入を開始する気の早い者もいる。

 いずれにしろ、購買に積極的且つ緊張という言葉とは無縁な者ばかりがこの場に集っているわけだが、隣の忍者は様子が異なっていた。


「負けられない、負けられない、負けられない……」


 もう何度目かのキャラ崩壊を起こすほど、その身は緊張に苛まれていた。

 プラカードを握る手は汗に塗れていて、傍目から見ても緊張していることが窺える。

 忍者の所持金は50万ルドほど。日本円にして約500万円。

 一日で稼いだ額にしては破格であり、通常の奴隷を買うには十分過ぎる金だ。

 だが、ロリコンであるが故に失敗できない今回のオークションは彼に緊張を強いていた。


「50万もあれば十分でしょ。緊張する必要なんてない」


「アハハハ! 聡ビビってやんのー!」


 幼女にまで笑われる始末だ。

 いや、寧ろ忍者にとってはご褒美だからネガティブな印象とは取れないが。

 不動さんがカタログを見て零す。


「シェイラちゃんだっけ? 彼女が出品されるのは後半の方みたいね~」


「それまでこの緊張が続くのでござるか……」


「まあ、頑張れ」


 斯く言う僕の所持金はというと、約300万ルドほどある。都合3000万円だ。

 売却で稼いだ金はこれの4倍近くあったのだが、それはオットマルさんにお願いした依頼で全て消し飛んだ。

 稼いだ側から消えていく。江戸っ子もビックリな生産と消費だ。

 僕も今回のオークションで欲しいものが幾つかあるので、現在手元に残っている金も磨り減っていく。

 所持金が段階的に減るわけだが、オットマルさんと定期的に取引を行うことになったので金の心配は無用だ。

 無論、だからといって使いすぎるのもよくないわけだが。金は人の感覚を狂わせるからな。


「では、ひとつ目の品はこちら! 突如鍛冶業界から姿を消した名工☆TOSHIKO☆の作品、『輝剣・青い彗星(ブルーコメット)』! 盗賊ギルドの連中が裏ルートで仕入れてくれた逸品だ! 入札額は50万ルドから!」


 舞台上で司会者が踊るように身体を動かしながら、商品の能書きを垂れる。

 その声は男性でありながら高く、日本の某通信販売の社長を想起させる。


「ハイ、24番のお方! 78万! これより高い額を提示できる人はいますか? いないようですね。それでは、24番の方はオークションが終了次第受付にお越し下さい」


「相変わらず敏夫の武器は値が張るわね~」


「ん? 敏夫?」


 不動さんが何気なく呟いた言葉に思わず反応してしまった。

 彼女はさも何でもないかのように続ける。


「うん。私達と同じトリッパーの日本人よ~。生産チートなの」


「へー」


 本名が敏夫なのに、ブランド名が☆TOSHIKO☆であることには触れない方がいいのだろう。いや、きっとそうに違いない。もう濃いのは沢山だ。

 僕は視線を再びステージの上に戻す。


「続いては、超高級薬品ハイエーテルとハイポーションのセット! 最近販売数が減ってきているエーテルやポーション、その上位互換だ! しかも品質は極良! それらが合計10本で、入札額は35万から! 即決価格は70万です!」


「……」


 なんか見たことあるな、アレ。

 激しい既視感を覚え、競りに出されている薬品を凝視する。

 ……間違いない、アレは僕が作ったやつだ。

 ということは、


「オットマルさん!?」


 よもやオットマルさんが闇オークションに通じていたとは思わなんだ。クリーンな商売だけでは王都に店を構えるまでには発展しえないのだろうけど、なんだか本人のイメージらしくない。

 ……これは後日聞いていた話なのだが、闇オークションに出品するのが違法なのではなく、闇オークションに非合法なものを出品するのが違法なのだそうだ。エーテルやポーションは合法なのでOK。また、今回のオークションに出品したのはオットマルさんではなく、オットマルさんが商品を卸した相手らしい。

 つまり、オットマルさんはクリーンな人ということだ。

 誤解で良かった。 


「それにしても、僕の作った薬があんなに高く売れるなんてなあ……」


 錬金術は、魔法に似るようで実はスキルに分類されている。そのため、魔法を使うような感覚ではスキルが発動せず、独特の感覚が要求される。また、この世界の人達が魔法やスキルを取得するには一度成功させる必要があるらしく、習得の難解な錬金術は天性の才能がいるとまで言われている。

 日本でいうと、職人みたいなところか。


「兎も角、自分で作れるんだから買う必要はないな」


 売り払った物を買い戻すことに何の意味があるのだろうか。

 目前で激しさを増していく競売から目を逸らし、カタログに目を落とそうとして、しかし眉根を寄せる。

 ふと視界に入った幼女がプラカードに何かを懸命に書き込んでいた。

 その姿は平素のものとは比較対象にならないほど情熱と気合に満ちている。

 オークションに飽きて落書きでもしてるのかと思い、念の為に窘めておく。 


「べりある、プラカードを替えてもらうのにも金がいるんだから無駄遣いはやめろよ?」


「……できたッ!」


 どうやら何かが完成したらしく、どうせべりあるのことだからエーテルの絵でも描いたに違いないと思いプラカードの表面を覗き込むと。

 ななじゅうまんるど。幼児に似つかわしい、汚い文字でそう書かれていた。

 70万というと、丁度今やってるエーテルとポーションのセットの即決額だ。

 と、いうと彼女は……。


「はい! はい! 70万! 70万!」


「お前何考えてんの!?」


 とうとう頭がイカれたのか、所持金ゼロの悪魔幼女は70万の支払いを宣言し始めた。

 無論、即行でプラカードを破壊し司会者の目に止まらないようにした。

 僕が作れるというのに何故彼女はわざわざ買おうとするのか。

 それより、こいつは一体どうやって70万もの大金を払うつもりでいたのだろうか。


「恭平、アレ買ってくれたらあたし更に強くなれそうな気が……」


「駄目」


「あ、あたし何かお腹空いたなー!」


「駄目だから」


「そっ、そういえば今日はまだ8本しかエーテル飲んでな」


「もう10本飲んだから」


「恭平のケチ! 貧乏人! ドケチ! 買ってくれたっていいじゃんかよぉぉおお!!」


 ケチを二回も言うこいつはやはり真性のアホなのだろう。

 そもそも、物をねだるにしても規模がデカすぎる。子供のおもちゃなんかじゃないんだぞ。簡単にねだってくれるな。

 僕は駄々をこね、とうとう床を転げまわるべりあるを無視してカタログに目を移した。

 そろそろ僕の目当ての物が売りに出される頃合だ。


「それでは次に移させてもらいます! ここに御用意致しましたのは、闇の魔術書で御座います。ただの魔術書では御座いません。数百年ほど前に禁術指定された魔法が込められております! これは言わば禁術書なので御座います!」


 これが僕が狙っている品物だ。

 僕の職業、死霊術師(ネクロマンサー)が習得できる禁術はひとつしかない。勇者の窓でも禁術はユニークスキルのように簡単に表示はされないので、そうなったら直に覚える方が早いと思ったわけだ。そのためには魔術書が必要、というわけで今回のオークションは僕にとってまさに渡りに船だったのだ。

 プラカードに書き込む準備を整え、いざ勝負とばかりに身構える。


「入札開始額は40万から! どうぞ!」


 早速ちらほらとプラカードが上がり始める。

 魔法には適性が必要なので、購買者は他の商品と比べると少ない。

 しかし、だからといって油断は禁物だ。

 僕は乱立するプラカードに対抗馬を出すべく数字を記入して掲げる。


「76番の方48万! 他は……35番の方51万!」


 みんなまだ財布に余裕があるようだ。

 僕の提示した金額はあっさりと越された。

 仕方ない、少しばかり散財してしまうことになるが本気で行こう。


「42番の方56万! 他の方は……76番の方79万! 一気に上げてきました!」


 今ので大分人数が減った。残ったのは数人。

 しかし、それも直ぐに消えることになる。


「45番の方、80万。57番の方80万6000ルド!」


 もうあまりレイズできなくなってきている。ここから先は千単位のやり取りになるだろう。

 畳み掛けるなら今だ。


「76番の方、85万! 他には……いませんね! 落札おめでとうございます! 76番の方は後で受付にお越し下さい」


 これで僕の戦いは終わった。

 あとは忍者の目的だけだ。

 僕はふと横を見る。

 隣に座っている忍者は震えていなかった。ただ静かに呼吸を落ち着け、時が来るのを待っている。その様相は先程のものとは一変しており、さながら老練の戦士を彷彿とさせた。

 今回の彼は何かが違う。

 腕組みをしながら居丈高に悠然と構えた忍者が、閉じた瞼をゆっくりと持ち上げ厳かに口を開いた。


「ロリコンは……正義」


「君に期待した僕が馬鹿だった」


 何はともあれ、時は流れオークションは後半へ突入。

 会場の熱狂は日本の大都会の騒音レベルに達し、司会者の声も比例して大きくなる。

 場の至る所まで声が響く状況で、僕たちはというとただだらけていた。べりあるはこんな騒音の最中でも眠りこけ、不動さんはべりあるを愛で、忍者は瞑想している。僕は魔力感知を使ってある人物を探していた。

 そして会場全体が狂乱の坩堝と化す中、ついに目的のものが姿を現す。


「続きましては、奴隷のシェイラちゃんです! 猫の獣人でまだ十分に幼い。労働させるのも愛でるのも自由! 入札額は20万からです! どうぞ!」


 忍者が50万ルドもの大金を集めた理由が舞台上で無表情に佇んでいた。その首にはかつての僕のように隷属の首輪が、そして足首には鉄球のついた鎖が結び付けられていた。

 あまりにも痛々しい姿に、忍者の顔が苦痛に歪む。


「34番の方23万!」


 司会者が番号と金額を確認する中、忍者は緩慢な動作でプラカードを掲げた。


正義(ロリコン)は勝つ」


 彼はそう小さく呟いた。

パソコンがイカレ始めた……。

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