68 悪夢
お待たせしました。
夢を見ていた。
長らく緊張した日々が続いていたので、久しぶりのことだ。夢を見るということは眠りが浅いということなので、僕が環境に慣れ、さして疲れていないことの証左なのだろう。
影宮と不動、べりあると旅をするのが楽しい。彼らを信用しているから、僕は落ち着いて安眠することができる。
だから、僕はついこの夢に期待してしまっていた。
楽しいことがあった後は、また楽しいことがあるに違いないと。現実はそうでないと知りながら。
「――ッ! ここは……?」
気付けば、僕は誰かの手を掴んでいた。
とても温かくて、柔らかい。触れているだけで心が落ち着く手だ。
夢なのに、随分と触覚が生々しい。
――そうか、僕は一度体験している。この夢と全く同じ状況を。
周囲を闇が包む中、僕はゆっくりと右手の先を見るべく視線を落とす。
いつになく、心臓の鼓動が忙しない。嫌な汗が頬を伝う。
僕は、何を忌避している?
「――恭平君、大好きだよ」
「愛莉……!」
視界に映ったのは最愛の女性。精一杯の笑顔を浮かべる、悲哀の少女。
僕は知っている。彼女が次にどういった行動を取るかを。
ギュッと手を握り締めようとして……しかし、既に遅かった。
夢は記憶に従い、愛莉を暗闇の奥へと誘っていく。
僕の手の届かない闇へと。
再び襲い来る深い喪失感、絶望。
そして――
「そうだ、僕は忘れてた。僕は彼女のためにも帝国を滅ぼさないといけない」
いつの間にか失われていた帝国への怒り。
幸せな日々に上書きされていたドス黒い感情が僕を満たしていく。
「ねえ、恭平君」
背後を振り返ると、闇の中に愛莉が浮かんでいた。
彼女は至極不思議な様子で僕に問いかける。
「私はこんなにも苦しいのに、どうして恭平君だけ幸せなの?」
分かっている。愛莉はこんなこと言わない。
これは僕の強迫観念が言いたいことを愛莉に代弁させているに過ぎない。
全て、僕が心の底で思っていたことなのだ。
「ああ、そうか」
表情が固まったままの愛莉を見て苦笑する。
「僕は幸せになっちゃいけないんだ」
まだ、僕は何も成していない。そんな人間が幸せになる権利などどこにある。
帝国への復讐も、慎太を探し出すのも。何一つ終わっていない。
もっと、強くならないといけない。目的を達成するため。亡くなったみんなの意志を継ぐため、もう悲しい思いをしないためにも。
必ず……。
翌日の朝。
短い訓練を終えた僕と忍者は街の郊外に立っていた。眼前には不動さんがいつもと変わらぬ笑みを見せており、昨夜のことが嘘のように思える。
嘘だったらよかったんだけどな……。
隣のべりあるを見遣ると、彼女は八重歯をちらつかせ無邪気な笑みを浮かべた。
昨日のことは覚えてないみたいだ。こいつがアホの子で良かった。
「私の召喚獣が道を知っているんだけど~」
間延びした声で不動さんが思案する様子を見せる。
「その召喚獣っていうのは?」
「うーん、ちょっと性格に難がある子なのよね~」
「正直ウザイでござるな」
君ら二人以上の難があるとは思えないが……。
一体どんな召喚獣なのだろうか。
「どちらにしろ、道を知ってるのはそいつだけなんだろ? だったら早く行こう」
「恭平殿、いつになく積極的でござるな」
「相手がドラゴンなら本気を出してもいいかなって思ってね」
僕の定法は中~遠距離を保ちつつ魔法で攻撃することにあり、今となってはその魔法の威力は計り知れない。開けた場所の方がやりやすいのは事実だ。
実際のところは経験値がほしいだけなのだが。
「まあでもそうね~。躊躇っても仕方がないし。出ておいで、クオルラ~」
不動さんが召喚獣の名前を口にした瞬間、足元に紫色の魔法陣が出現し眩い輝きを放つ。
辺りに魔力の粒子が放出され、視界が光に灼かれる。
やがて、光が収まると魔法陣の上に一人の男が屹立していた。
閃光と共に現れた男は、僕らを視認するなり虹色に輝く長髪を掻き上げ優美な笑みを浮かべた。
端正な顔、スタイルの良い細身の身体。傍から見れば絶世の美男子。
彼は長髪をなびかせながらキラリと歯を見せると、気取った声を上げた。
「やぁ、ヴォクの名前はクオルラ。瀬奈の召喚獣さ」
妙にイラつく口調で語る彼を見て、僕はなんとなく色々察した。
「至高にして優美。艶美且つエレガント。完成された美の集合体。それがヴォクさ! よろしぐふぉっ!?」
身体をしならせながら、鼻にかかった声色を出すクオルラの鳩尾に不動さんの鉄拳がめり込んだ。
「安心して、そんな大層な奴じゃないわ。ただの色魔、クズよ」
「ち、違っ……。あっ、あぁ……」
「また濃いキャラが出てきたよ……」
なんか、もう。色々と大丈夫なのだろうか。
僕としてはドラゴンの生息地に行ければ十分だけど。
不動さんが鞭でクオルラをしばきながら説明を続ける。
「今は人化してるけど、クオルラはペガサスなのよ~」
「乗り手を選んだりしないの?」
「安心して~。私のユニークスキル『調教』でしっかり躾け……言い聞かせておいてあるからビッチでも男でも乗せてくれるわよ~」
「ああ、うん。分かった」
なんか色々と危ない発言だったが、これで忍者の移動手段が調達できた。
後は僕がべりあるに乗ればいいだけだ。
僕はべりあるにドラゴンに変身するように頼み、騎乗する。同じくペガサスの姿に変身したクオルラを見て、ふと疑問を覚えた。
「今思ったんだけど、その召喚獣じゃないといけない必然性があるの?」
「と、いうと?」
「他の飛行生物じゃ駄目な理由があるのかっていうこと」
「あ~、それはね~」
「それはヴォクが説明しよう!」
クオルラが主人の言葉を遮って一歩踏み出した。その態度が気に入らなかったのか、不動さんが鞭を振るうがクオルラは動じない。寧ろ、快感を感じている様子さえ見られる。
……コイツも忍者と同じか。
もう、関係ないことは無視しよう。
「ドラゴンの生息する峡谷には、ヴォクの固有魔法により結界が張られているのさ。ドラゴンが王国領に侵入し猛威を振るえば被害は尋常じゃない。一匹狩るのに高位の冒険者が十数人程必要になるうえ、一匹で来るとは限らない。だから、そんなことにならないようにヴォクが、このヴォクが! 結界を張っているのさ。結界がある限り、結界の内部に侵入することも内部から外部に出ることもできない。故に、結界を解除できるヴォクが必要なんだよ」
「拙者達は王国に庇護してもらってる存在故、そのくらいの働きはしないといけないのでござるよ」
「なるほどね」
日本人と王国は持ちつ持たれつの関係なんだな。優位性は王国の方に傾いているようだけど。
日本人の有能性を見せつけている以上、王国が日本人を手放すことはないだろうな。簡単に死なせようとするどこかの国とは大違いだ。
僅かな苛立ちを手綱を握る手に込めて、べりあるに飛翔の合図をする。
直後、訪れる浮遊感。グリフォンの時とは感覚の規模が違う。
べりあるが両翼を羽ばたかせる度に高度が上昇していく。昨晩泊まった宿がある街も、既に豆粒ほどの大きさと化している。
これなら雲間に隠れて移動できるな。
流し目で横を見遣ると、クオルラの背に跨っている忍者が全身を震わせていた。
「死ぬ、これ絶対死ぬ。なにこれ寒すぎる……でござる」
「大丈夫……じゃなさそうだな」
高度を上げた所為か、忍者の身体は急激な温度と気圧の変化に耐えられないようだった。
酸素の濃度が薄いからか、過呼吸気味だ。
「な、なんで恭平殿は平気でいられるんでござるか?」
ああ、そういえば僕は人間やめてたんだっけな。
僕は忍者に素直にそう告げると、指先から弱めの『呪痺』を放出した。
魔法は的を外すことなく、忍者に着弾した。
「こ、これは……?」
「簡易的な麻酔みたいなものだよ」
『影縛り』の発現によりすっかりお蔵入りになっていた魔法。この魔法は極めても対象者を麻痺させるだけで、しかも口を封じることができない。黙らせることができないので、魔術師相手には意味がない。しかもレジストされやすい。
だから、僕は『影縛り』を使っていたわけだが……。
以前慎太に『舌に麻痺頼むわ』と言われたことがあった。確か、あの時は魔物の肉を食べるかどうかで揉めたんだっけ。まあ、それは兎も角として、慎太はこの魔法の応用法を当時から思いついていたのだ。
魔法の威力を押さえれば、麻酔代わりになることを。
これは本来の使用用途よりずっと役に立つ。少しの間なら痛みを感じないわけだからね。
今回僕はこれを用いて忍者の寒気やその他諸々を感じさせなくしてやったというわけだ。
……あとでツケが来るだろうけど。
「恭平殿、感謝するでござるよ!」
「感謝しなくていいよ」
本当に。あとで恨むだろうから。
「見えてきたでござるよ!」
それから暫くして、雲続きだった視界が俄かに晴れた。
視界に飛び込んで来たのは連綿と続く山脈と、生い茂る密林。そして遠目からでも目視できる巨大な飛行生物。
ドラゴンだ。
そのドラゴンは周囲に張り巡らされた結界を攻撃してるようだった。
「グルルルルル……」
ブレス、引っかき、魔法。ドラゴンの繰り出す攻撃の悉くが結界に阻まれていた。
ドラゴンはひとしきり唸ると、結界に背を向け去って行った。
「フフン。ヴォクの素晴らしさが分かったかい?」
空を蹴るようにして現れたクオルラが居丈高に言った。
「まあ、確かに凄い」
強度だけなら僕の【断罪の盾】の方が上だろうけど、広範囲に張り巡らせるという点ではクオルラの結界の方が勝っている。
だから、僕はその結界を『目に焼き付ける』ようにして見入った。
「そうだろう? こんな結界を解除できるのはヴォクしかいないのさ!」
「ぶっちゃけ、お前がいなくてもなんとでもなるけどな」
「え?」
僕は脱獄の際に解除系のスキルを取得していたし、全ての魔を殺し封印する能力をもつ【断罪の剣】もある。
解除だけなら余裕だ。
なので、僕は動揺するクオルラを置いてさっさと結界を解除してしまう。
「影宮。僕らは先に狩りに行ってるから。結界もう一回張っといてね」
「了解でござる」
「え、ちょ、え? なんで解除できるの?」
クオルラを尻目にべりあるは峡谷へと降下していった。
僕が結界を解除したからか、べりあるが降り立った地には既に三体のドラゴンがいた。
全身が赤いドラゴンが一匹、土色のドラゴンが二匹。
どうやら想像以上に注目を集めてしまったらしい。
僕はべりあるの背から降りると、懐から杖を取り出した。
「べりある、元の姿に戻って隠れてて」
「お、おう! あたしに頼るなよ! 死ぬから!」
ドラゴンに鑑定を使ってみる。
三匹共軒並みレベル100を越える猛者だった。ここに来るまでに忍者が教えてくれた情報と齟齬が生じる。
「レベル70くらいの筈じゃ……」
運が悪いとしか言いようがない。
僕のレベルは58。勇者のステータスは常人の二倍なので実質116。
それでも、僕に分が悪いように見える。
そう、分が悪いように
「見えるだけ」
生憎と、僕はただの勇者じゃない。
ユニークスキルの所有者。同時に、魔王の右眼を持つ男。
「ギャオォォオオォォ!」
土龍が咆哮を上げ突進してくる。
背後の岩陰でべりあるが慌てているが、対照的に僕は落ち着いていた。
彼我との距離は既にないも同然。
土龍が愚直に爪を振りかぶり、叩き潰すように振り下ろしてきた。
しかし、その攻撃は前方に展開した【断罪の盾】に阻まれる。亀裂ひとつ入ることなく余裕で攻撃を防いだ盾を見て憤る土龍。
ふと、視線が合った。
土龍の双眸に浮かぶのは純粋な殺意。そこに知性は欠片も感じられない。
それを見て、僕は余裕の笑みを禁じ得なかった。
土龍を強く睨み返す。
次は僕の番だ。
「見せてやるよ、魔眼の真価を」
そう告げた僕の右眼は紅く輝いていた。
早めの更新頑張ります。
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