59 べりあるのおつかい
「知ってるかと思ったが……」
生まれたばかりだというのに流暢に言語を操るものだから、お使いくらい知っていると思っていた。だが、知らない様子をみると知識に偏りがあるのかもしれない。
「これはなんだか知ってるか?」
小銅貨を取り出して見せる。
日本円にして10円分のそれを見て、べりあるが首を傾げる。
「なんだそれ。不味そうだな」
「なるほど。人間の社会の常識に疎いとみた」
こうなったら一から教え込むしかないな。
街に使いに行けるのもこいつだけだし。
今のところは、お使いは先延ばしだ。
もっと理知的な悪魔が出てきてほしかった……。
「あとで必要なことを教えるよ」
僕はローブを翻して歩き出した。
トテトテとべりあるが横に並ぶ。
ここから一番近い街は東に少し離れたところに位置しており、歩けば陽が落ちるまでにはたどり着ける。
だが、便利な移動手段を手に入れた今歩く必要はない。それどころか、同じ時間でもっと遠くにまで行ける。
僕はふと足を止め、べりあるに向き直る。
「なあ、ドラゴン以外の飛行生物にも変身できるか?」
「あたしを誰だと思ってんだ! 魔力さえあればできる!」
「どのくらい飛んでいられる?」
「魔力の続く限りだな!」
そうか。じゃあ問題ないな。
このまま国境付近まで飛んでいこう。
一日じゃ無理かもしれないが、数日あれば十分だろう。
「じゃあ、エーテルやるから魔力を補給しろ」
「はぁ!? お前バッカじゃねーの? さっきねーって言ったばっかじゃねーか!」
嘲笑に顔を歪める幼女。アホの子は実にアホらしく笑う。
怒るのも馬鹿らしくなってくる。
「あれは嘘だ。まだ死ぬほどある」
アイテムボックスには三桁ものエーテルやらポーションが保管されている。
冥爛のおかげで素材が乱獲できるようになった日以来、暇さえあれば薬を作っていた甲斐があった。おかげで『錬金術』と容器作成のための『細工』スキルレベルが大変なことになっている。
戦闘に関係がないので忘れていた。
僕が本数を伝えるとべりあるは涎を垂らしながら目を輝かせた。
「ふぉおおお!! お前凄い奴だったんだな!」
「まあ、この世界ではそこそこ――」
「んなことどうでもいいからエーテルくれ!」
「……ほら」
纏めて20本ほどエーテルを出す。
べりあるはその場に腰掛けるとウキウキした様相でキュポンと容器の蓋を抜いた。
そのまま緑の液体を一気飲みするする勇姿を見て溜め息をつく。
そのエーテル、ドクタ○ペッパーみたいな味がするのによく飲めるな……。
「全部飲み終わったら声掛けてくれ」
「げぇ~っぷ!」
……了承という意味で受け取っておこう。
僕は近くの岩に背を預け、帝国領土の地図を広げる。
帝都が地図の中央にあり、それを起点に各地に街が点在している。縮尺は大陸地図と比べると随分と大きい。
三大国家と呼ばれるだけあって、日本なんて目じゃないほど国土が広い。
何倍あるんだろう。
「ぷはぁ~! この一杯のために生きてるゥー!」
「…………」
アレは放っておいてこれからのことを再確認しよう。
今現在いる位置はヴァルストより少し東の位置だから、帝都より南東の位置。このまま東に行けば王国との国境、北東に行けば神聖国との国境に差し掛かる。
僕の目的は王都に行くことなので、このまま東に行くことになる。
王国との国境まで、歩いたら何ヶ月も掛かる距離だ。いずれ馬車を調達する気でいたが、もうその必要はない。
べりあるにはドラゴンに化けてもらうのが一番だが、人目につくと面倒なので帝国兵が使うグリフォンあたりに化けてもらうとしよう。
「お前! おかわり!」
「それ以上は必要ないだろ。あとお前じゃない」
「じゃあ何て呼べばいいんだ?」
僕の呼称か。
こういう主従関係のときはなんて呼ばせればいいんだろうか。
大抵のアニメや小説ではマスターだったけど、なんかむず痒いし。
いや、やっぱりマスターの方がいいかな。
「マスター、とか?」
「ヘッ(笑)」
こいつ、鼻で笑いやがった。
「名前でいいよ。柊恭平だ」
「じゃあ恭平な」
マスターとかって呼ばれるのに憧れてたんだけどな……。
でも、こんなアホの子にマスターって呼ばれてもあんま感慨深くは……
「あ? なんだよ?」
「お前、口は悪いのに顔はいいよな」
「あったりまえだ!」
少し惜しかったかもしれない。
まあ済んでしまったことはしょうがない。先のことを考えよう。
「取り敢えず、今補給した分で行けるとこまで飛んでくれ。変身するのはグリフォンで」
「ほいほい!」
べりあるがグリフォンに変化し背中を向けてくる。
手綱付きという親切設計。
もしかするとデフォルトなのかもしれないが、べりあるの細かい心遣いに感謝して背中に乗る。
万が一落ちても僕にも悪魔のような黒い翼があるので心配はいらない。最も、グリフォンやドラゴンのような高度と速度は出せないが。
「それじゃあ、僕の指示に従って飛んでくれ」
「おー!」
相変わらずの甲高い声で返事して、べりあるは陸を跳ね飛翔した。
風を切り高度を上げて行く浮遊感に、僕は僅かに高揚感を覚えた。
陽が落ち、月が顔を覗かせたところでべりあるを着陸させた。
近くには宿場町があるのでキリが良かった。
道中べりあるには通貨とお使いの概念を教えたので、今度こそはお使いに出られるだろう。
「それにしても、思ったより速いな」
「フフン」
元の姿に戻ったべりあるが上機嫌に薄い胸を張る。
この分だと明日か明後日には国境に着きそうだ。
伊達に上級悪魔じゃないと言ったところか。
「じゃあ、そんな優秀なお前にお使いを頼みたいわけだが」
「あたしの分の寝袋と服だろ?」
「そうだな。あとは適当に護身用の武器でも買ってきてくれ」
金は余分に渡しておこう。
僕はべりあるに5000ルド (5万円)を握らせると、宿場町の入口まで見送った。
「分からなくなったら近くの人に聞くんだぞ?」
「分かってる!」
「羽はちゃんと隠しておけよ?」
「分かってるぞ! 心配すんな!」
そう言ってべりあるは喧騒に呑まれて雑踏の中に消えていった。
僕の頭の中には某おつかい番組のメロディーがしきりに鳴っている。
本当に大丈夫かな……。
悪い奴に捕まらないといいんだけど。捕まえた奴を殺しそうで怖い。
でもまあ、いくら心配したところで僕は指名手配されているので町に入ることができない。
ここは心を落ち着かせて待つしかないだろう。
僕は近くの岩場に腰を落ち着けると雑念を消すように薬作りに勤しむのだった。
没我の境地に至ったところで、意識の外で誰かが呼ぶ声が聞こえた。
10本目となるエーテルを重い息と共に地面に置くと、それを誰かが横から掠め取った。
「うまああぁぁぁい!」
「べりあるか……」
こいつはもうエーテル中毒だな。
僕は無事な9本をアイテムボックスに避難させると、改めてべりあるを一瞥した。
服装は変わっていないが、渡した袋の中に町娘が着るような質素な服が入っていた。腰には剣帯が装備されており、子供用の鉄剣を佩刀している。寝袋も二つ買ってきたようだし、そこまではいい。
だが、他の物はなんだ?
魔物肉の串焼き、黄色のジュース、りんごっぽい果物、エーテル、エーテル、エーテル、エーテル、エーテルetc……。
すぐ腐るような食べ物とエーテルが袋の中に入り乱れていた。
「お釣りは……?」
「ほい!」
チャランと虚しい音が鳴る。
手の平にべりあるが乗っけたのは、小銅貨3枚と銅貨1枚。
13ルド。130円。
僕が渡した金、5000ルド。5万円。
差額、4987ルド。4万9千八百七十円。
「…………おい、べりある」
「お? なんだ?」
魔物肉を肴にエーテルを飲むべりあるを手招きする。
油断して近づいたところを、僕は両手を振りかざしてべりあるの頭の側面にゴリゴリと擦りつけた。
我が子を叱る父親のように、精一杯の笑顔で叱ってやる。
「お前、ふざけんなよ?」
「あいだだだだだ! 目が、目が笑ってない!」
こいつ、あまり釣り銭が出ない範囲で買い物しやがったな!?
アホのくせに悪知恵だけは働く奴だ。まったく、誰に似たんだか。
星空が満天の夜空の下、べりあるの悲鳴が虚しく木霊した。
べりあると親交を深める話でした。
次話イベント発生。
べりある書いてるだけで幸せになれる。




