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57 ひと時の安息

少し時間を遡って始まります。

 帝都から一番近い街、ヴァルスト。

 その存在は、帝都のためにあるといっていい。

 ヴァルストは帝都に向かう際の中継地点、休息所として機能している。故に、街中には家より店の方が多く見られる。どれも帝都で見たような店ばかりだ。

 劣化帝都と言ったところか。

 しかし、街の活気は馬鹿にできない。どこの店も客で溢れかえり繁盛している。


 往来が人でごった返す中、僕は人の間隙を縫うように宿屋へと向かう。

 これだけ人がいる以上、宿の部屋が余っているのか怪しい。

 案の定、宿屋の客室は満員だった。その後、二、三件と巡り漸く空き部屋のある宿を見つけた。

 宿泊料は高くなってしまったが仕方がない。


 街に着いた頃は夕方だったが、今はもうすっかり夜だ。

 ローブを脱いで上下インナーになり、窓の外を見遣る。

 夜の帳も落ちようかという時間帯なのに、人の往来は留まることを知らない。店も人もひとかけらも活気を失っていない。


 ふと、何か感傷的なものが心を抉った。

 僕は今楽しい。漸く異世界を満喫している。

 でも、これは他の仲間を犠牲にして得た幸せだ。

 僕は幸せでいていいのか?


「いや、幸せを享受するのは人として当然の権利だ。それに、僕には目的がある」


 王国へ行き、帝国の罪を暴露する。

 慎太を探し出す。

 そして、


「帝国を滅ぼす」


 今はまだその過程にいるに過ぎない。

 目的が果たされればいい。だから、それまではこうしているのも許される筈だ。

 それにしても……。

 僕はローブを備え付けのクローゼットに仕舞いながら考える。


「帝国を滅ぼしたら、今ここにいる人達はどうなる」


 考えたことがなかった。

 自分の憎しみに囚われるあまり、見落としてしまっていた。

 僕が帝国を壊したら、今笑顔を浮かべている彼らは敗戦国の民として扱われることになる。搾取されて、見下されて、捨てられる。

 まるでつい最近までの僕だ。

 彼らも帝国の一員である以上、僕の敵。いい気味だと嗤うべきなのかもしれない。

 でも、それは嫌だ。

 彼らはただ知らないだけで、何も悪いことはしていない。

 帝国を滅ぼす考えは変わらないが、その影響で帝国民が不幸になるのは看過できない。

 勝手極まる愚かなエゴだ。

 でも、彼らに罪はない。報いを受けるべきは帝国の上層部の連中。

 どうしたらこの矛盾を解決できるか。


「今考えても仕方がないか」


 できないことを考えていても何にもならない。

 心の裡に留めておいて、今はこの状況を満喫しよう。

 迷いを振り払うように大きくのびをすると、木造りの扉がノックされる音がした。


「お客様、夕飯の仕度が整いました。食堂までお越し下さい」


「わざわざすいません」


 高い宿だけあって対応が丁寧だ。

 扉を開けて、従業員の女性に着いていく。

 階下に降りていくにつれ、高級宿と銘打つにふさわしい調度品が目の端々に映る。

 宿の構造は三階建てで、一階が客室と受付、厨房、食堂を兼ねている。少し臭うので一階の部屋は割安だ。

 僕が借りた部屋は三階にある。この宿は全部屋鍵付きという厳重な警備が施されているので、盗難の心配はない。


 途中、商人と思しき人と視線があって僕はくたびれた笑顔で会釈した。

 商人は、さすがというべきか見事な営業スマイルを返してきた。

 食堂につき、配膳された皿を見て思案していると隣に先程の商人が皿を滑らせてきた。


「失礼、ここよろしいでしょうか?」


「ええ、僕の隣でよかったらどうぞ」


 座る気満々じゃんという言葉を飲み込んで笑顔で応対する。

 商人は恰幅の良い体に少し難儀しながら腰を椅子に落ち着けた。


「お兄さん、ここの食事はなかなかのものでしょう?」


「そうですね」


 視線を落として定食を見る。

 柔らかいパンに肉、少量の野菜と一杯の水。

 獄内で貧しい食事しかしてこなかった僕にはこれらが宝の山に見える。


「最高ですよ」


「でしょう。ここのパンは柔らかいですし、いい肉を使っている」


 肉、という部分で商人の出っ張った腹に目が行ってしまい慌てて視線を引き戻す。


「それにしても、お兄さん。何か考えられていられる様子でしたが」


「ああ、ちょっとしたことですよ。メニューとかないのかなって」


 僕がそう言うと、商人が小さな双眸を更に細めた。


「お兄さん。そんな店は帝都や王都の高級料理店くらいですよ」


「えっ、そうなんですか! 食料の保存の問題とかですかね?」


「ええ、その通りです。お兄さん、話が分かりますね。それさえ解決できればどこの店でもメニューが出せるようになりますよ」


 僕がいた世界では冷蔵庫は当たり前の存在だったからな……。

 少し考えれば理由くらい分かったのに、恥を晒してしまった。


「お兄さんと同じ黒髪の人も、似たようなことを言ってましたよ。なんでも、その人の出身国である日本という所では、どの料理店にもメニューがあるんだとか」


「え!?」


 反射的に大きな声を上げてしまう。

 一瞬にして周りの視線を集まり、僕はなんでもないですと頭を下げて商人との話に戻る。


「すいません。同郷の人の話は滅多にきかないものですから」


 まさか、僕ら勇者以外にも日本人がいるとは思いもよらなかった。

 フォークで肉を刺して、口に運びながら思惟する。うん、美味い。


「その方が言うには、『冷蔵庫』というものがあればいいのだとか。ですが、私にはその概念が理解し難くですね……」


「それなら書いてみせましょう」


 アイテムボックスから以前作成した羊皮紙と血のインク、適当な棒を取り出し冷蔵庫を描いていく。

 これでも美術の成績は5だったんだ。冷蔵庫くらい簡単に描ける。

 絵で示しながら、冷蔵庫の概念を説明していく。


「――とまあ、こんなわけですが。僕としては部屋一帯を凍らせた方が冷蔵庫を作る手間が省けると思いますよ。氷系のマジックアイテムや、魔法使いの雇用とコストパフォーマンスは悪くなりますが、在庫を一挙に保存できるわけですし――」


「素晴らしい!」


 商人が僕の手を固く掴んだ。

 目がキラキラ輝いている。

 僕は興奮するおっさんという構図を見て若干引いた。


「そのアイディア、是非買わせて頂きたい!」


「別にそれは構いませんけど。ちょっと人が見てるんで手、放して下さい」


 僕にそっちのけはない。

 早く離せおっさん。

 商人は慌てて手を放すと、興奮冷めやらぬ様子で懐から銀貨を数枚取り出した。


「これでどうでしょう?」


「え、いいんですか?」


 アイディア料、都合30万円。

 半端ないな異世界。冷蔵庫について話しただけでこれだよ。

 いいんですか? なんて聞きつつも僕は魔法鞄に銀貨を仕舞う。


「こうしてなんかいられません! 早くアイディアを纏めないと! すいません、これ貰いますね」


 追加で小銀貨1枚を机に放って商人はドスドスと走っていった。従業員に店内で走らないで下さいと注意されている。


「は、ハハハ……」


 帝都で散財した分一気に取り戻しちゃったよ。

 名前、聞き忘れちゃったな。

 まあ、いいか。

 僕は残っていた夕飯を片付けると、自室に戻って一睡した。

 ふかふかのベッドサイコー。




 なんてことがあった矢先にだ。

 仕度を整え、朝食を取ろうかとのんびり一階に降りてきた時それが目に入った。


「柊恭平、100万ルド?」 


 え、何コレ。指名手配された時に出てくるアレだよね。

 なんでもう出回ってるんだよ対応早すぎるだろ!


「ヒッ!」


 近くの従業員が僕を見て一歩後退し尻餅をついた。

 昨日僕を食堂まで案内してくれた女性従業員だ。


「おい、いたぞ!」


 僕が事態に動揺していると他の宿泊客が武器を片手にやってきた。

 血走った目が僕に向けられる。

 100万ルドって言ったら1000万円だから、血気に逸るのも無理はないのか。  

 どうする、殺すか?


「くそっ!」


 僕は背を向けて走り出した。

 無闇に人を殺しても要らない注目を買うだけだ。指名手配された今、余計目立つわけにはいかない。

 外に出ると、更に大人数が武器を手にうろついていた。


「いたぞ! あそこだ!」


「よし、ボコせ! 賞金は山分けだ!」


「あーもーなんだよ!」


 僕は舌打ちして魔法を地面に叩きつける。

 粉塵が巻き上がり、視界が砂に煙る。

 今なら誰も目を開けていられない筈だ。

 僕はこの隙にと宿の裏に回り人の視線をやり過ごす。

 壁に背を預け、荒く息を吐く。


「予想外に帝国の対応が早かった。これからどうする……!?」


 こうなってしまった以上、人を殺さずに街から出るのは難しい。

 逸る呼吸を抑えてローブを纏い、フードを被ろうとした時、


「ん、昨日のお兄さんじゃないですか?」   


 偶然裏手にやってきた商人に見つかった。

 クソッ、騒がれると面倒だ! ここは麻痺させ――


「皆さん! 犯人はもういません! 私、街から出たところを見ました!」


 魔法を発動させようとして、僕は耳を疑った。

 表に出た商人が戻ってくる。


「なんで……?」


「私、日本人の方が悪いことをするようには見えないんですよ」


 きっと何かやむにやまれない事情があるのでしょう、と商人が笑う。


「すいません、恩に着ます。えーっと……」


「オットマルと言います。それよりも、早く逃げた方がいい」


 表の騒ぎは収まりつつある。確かに、街を出るなら今のうちだ。

 僕は商人……オットマルさんに頭を下げて跳躍する。


「この恩はいずれ返します!」


 建物の屋根に乗り、僕は手を振るオットマルさんを背に駆け出した。

 





 屋根伝いに移動することで、地を移動するよりかは事なきを得た僕は無事にヴァルストから抜け出すことができた。


 しかし、これは一時的に急場を凌いだだけであって、他の街に行っても同様のことが起こるに違いない。

 必要な物資や情報が発生した場合は面倒だ。


「協力してくれる奴が必要だな」


 オットマルさんみたいに善良な人間ばかりがいるわけじゃない。

 犯罪者に協力してくれる人間なんていないだろう。

 僕は少し思案すると、アイテムボックスから魔物の血を収容した瓶を取り出した。    

 木の棒の先端を血で濡らし、荒廃した地面に図を描く。

 円の中に複雑な文字列を記載し、中央に星を配置。そう、魔法陣だ。

 これから召喚の儀式を行う。

 懐かしいな、冥爛を召喚して以来だ。

 もっとも、あの時は魔宮のボスの素材を餌にしたが今回は違う。


「顕現せよ、死霊」


 今回の餌は帝国兵共の魂だ。

 召喚するのはただの召喚獣じゃない。

 僕は、


「悪魔を召喚する」

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