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56 脱走

異世界っぽくなってきました!

 何者かによって城が破壊されたこと、そして本日行われる筈だった第一皇子の皇位継承セレモニーの中止に城下街は喧騒の嵐だった。

 セレモニーが行われる予定だったからか、城門前には沢山の人達が詰め寄っている。


 突然の報に周囲がどよめく中、僕は『気配遮断』を発動させ人ごみの中を縫うように移動していた。

 辺りには兵が多いので、スキルを発動しているとはいえ気は抜けない。

 やがて人ごみを抜けると、僕は城の位置する北区から中央区へと駆け出す。


 今僕に必要なのは、金だ。

 これから王都に向けて逃亡するにあたって色々と必要になるものがある。

 水や食料は当たり前、精細な地図、新鮮な情報、衣服、その他諸々。

 その中でも早急に必要なのが服だ。


 僕が今着ている囚人服なんてあからさまに怪し過ぎて人目につく。さっきみたいな大衆の中なら大丈夫だろうけど、普通の通りだと悪目立ちしてしまう。

 だから、服を買うために金がいる。

 でも、北区は皇族や貴族を相手にする商店しかなく、こんな服を着てる奴を相手にするわけがない。

 中央区や南区は冒険者を相手にする店が多いので、比較的まともに取り合ってくれるだろう。

 僕は中央区に入るなり、武器屋と思しき店に駆け込んだ。


「いらっしゃい」


「すいません、素材の買取はやっていますか?」


 アイテムボックスを発動させつつ尋ねた。

 すると、武器屋の店主は僅かに眉根を寄せ不思議そうに問い返してきた。


「やってはいるけど、素材の買取ならギルドに行った方が正確な価格で買い取ってくれるぜ?」


 この世界では魔物の素材はギルドで取引されるものらしい。

 でも、それは冒険者に限った話だ。


「ここじゃ駄目、という理由にはならないでしょう?」


「あー、そうだな。じゃあ素材を出してくれないか?」 


 店主は僕を見てなんとなく事情を察した様子だった。

 まさか城から脱獄した囚人だとは思いもよらないだろうけど。


「よいしょっと」


 僕はアイテムボックスから、比較的安そうな素材を選んで取り出す。

 店主がそれを見て感心した風に頷く。


「アイテムボックスのスキル持ちか。お客さん、珍しいスキルを持ってるな」


「ああ、やっぱりそうなんですね」


 鞄なんかは持ってないので、素材を出す際アイテムボックスの発動を偽装できない。仕方ないとはいえ、珍しい程度で済んで良かった。

 もしこれが激レアなスキルで店主が帝国に報告するとか騒ぎ出したらそれなりの対処をしなければいけなかった。僕としても不本意なので、何事もないのが一番だ。


「取り敢えず、これで全部です」


 初期に手に入れたワイルドウルフの皮や牙、ゴブリンやコボルトの素材。これだけだと安そうなので、ダークウルフの牙なんかも混ぜて机に上に置く。

 果たしてこれらで幾らになるだろうか。

 店主が一気に出された大量の素材に口端をひくつかせる。


「おいおい、こりゃまた随分と多いな」


「急いでるので、そんな正確に鑑定してもらわなくても結構です。ただ、念の為に言わせてもらうと僕も鑑定を持っているので」


「安心しろ。騙しゃしねーよ」


 そう言って店主が素材を種類別により分けて鑑定を始める。


 この世界の通貨には幾つか種類がある。

 基本的に大陸で共通している貨幣が王国で発行されているルド。次に、帝国で発行されているリカ。その他の国にも独自の貨幣が存在するが、何処の国でも使用できるのが上記の二つだ。

 これらの貨幣には銅貨や銀貨、金貨が使用されており、1ルドで小銅貨、10ルドで銅貨、100ルドで大銅貨、1000ルドで小銀貨……といった具合に上がっていく。

 盗聴した帝国兵の話や、他の商店を見た限りでは10ルドが100円くらいに相当する。


「鑑定終わったぜ。しめて銀貨7枚と小銀貨2枚だ。支払いはリカか、それともルドか?」


 元の世界でもあったように、貨幣の種類毎に価値が違う。

 この世界で一番安定した価値を持つのはルド。それに、これから行くのも王国なので、僕は迷わずルドを選択する。

 都合72000ルド。円に換算すると72万円。

 ちょっと小躍りしたくなる。


「いい物売ってくれたからな。サービスで袋は負けてやるよ」


 麻布で出来た袋にルドを詰め込み渡してくる店主。

 先端の紐を解いて、中身を確認して取引を終える。 

 疑り深い僕に店主が苦笑する。


「あー、それでよ。なんか買ってくか?」


「そうですね。ここ、防具も取り扱ってるんですよね?」


 僕は店の中を見回す。

 鉄の剣に紛れて鎧を着たトルソーが店内に配置されている。 

 武器の方が比率が高いが、防具も置いてあるのは確かだ。


「ああ、まあ一応な。それで、どういうのを探してるんだ?」


「ローブとかありますか?」


「お客さん魔法使いかい?」


「ええ、そうなんですよ」


 ネクロマンサーだっていうのは口が裂けても言えないな。

 店主は奥に引っ込むと、少ししてから一着のローブを持って戻ってきた。


「こんなのはどうだ? 魔法、属性に耐性がある」


「物理に耐性があるのが望ましいです。ありますか?」


「それならこっちだな」


 そう言って店主が別のローブを取り出した。

 フードがついている、漆黒のローブ。

 試着してみると、ローブは僕の足先まであった。

 鏡で見てみると、なんだか黒魔法使いって感じだ。勇者のイメージからは遠い。


「これひとつ貰います」


「おう、1300ルドだ」


 13000円か。

 学生の頃の僕では気軽に出せる金額ではない。でも今の僕ならポンと出せてしまう。

 小銀貨一枚と大銅貨三枚分を支払う。

 金銭感覚が麻痺しないように注意しないと。


「お客さん、見たところ靴もないみたいだけど大丈夫か?」


 僕がローブを纏うと店主が心配そうに、それでいてニヤっと笑いながら言った。

 まだ僕から絞るつもりか。


 一応、魔宮でドロップした靴があるんだけどここで装備すると何で最初から履いてなかったのか不審に思われるだろうしな……。最近はずっと裸足だったから忘れてた。  

 要は何か買えばいいわけだから、靴から話をずらそう。


「それより、インナーとか置いてありません? 物理耐性がついているもので」


「お客さんやけに物理耐性にこだわるねえ」


 そりゃ紙装甲だからね。少しでも物理耐性は上げておきたい。

 【断罪の盾】も僕自身のステータスが影響されていて物理攻撃に弱いみたいだし。

 店主はそれ以上特に詮索することなく奥に引っ込んでいった。


「これなんてどうよ?」  


「『グレーウルフのインナー』ですか」


 持ってきたのは、灰色がかった薄手のインナー。

 鑑定してみたところ、確かに物理耐性【小】がついている。

 グレーウルフっていうのは確かウルフ系統のモンスターで、ワイルドウルフのひとつ下に属しているモンスターだ。

 良い素材なら沢山持っているので、次装備品を買うことがあったらオーダーメイドにした方がいいかもしれない。


「じゃあ、これをひとつ」


「はいよ、700ルドだ」


 大銅貨7枚を支払ってインナーを受け取る。

 さて、取り敢えず買うべき装備は買ったかな。

 僕は礼を言って店を出る。


「ありがとうございました」


「それはこっちの台詞だよお客さん。また来いよな!」


 気さくな声に送られて、再び往来に戻った。

 人気のない路地裏に入り、インナー、ローブ、靴を装備する。

 水溜まりに映る自身の姿を見て頷く。

 うん、なんだか魔法使いっぽい。

 少し興奮してしまうが、感慨に浸っている余裕はない。

 将軍二人と思しき魔力は僕が武器屋にいる間に城に到達し、現在も城で待機している。

 だが、直樹に僕が犯人だと証言しろと言ってある以上、いつこちらに来てもおかしくはない。 


「急がないと」


 僕は往来へと身を乗り出し、他店へと向かった。




 その後、ひと月分の水と食料、情報、大陸全土の地図、帝国内の地図、他雑貨類を揃え僕は南区の門にいた。

 上記を購入する際、魔法鞄というアイテムボックスの劣化スキルをもったマジックアイテムを購入した。これは武器屋であったように、僕のアイテムボックスをひけらかさないためのものだ。こんなのがあったら初めに買っておけばよかった。

 まあ、後悔しても何にもならない。


 今僕は帝都から外に出る門の前にいるわけだけど、ここを通るにはギルド証か通行証が必要だ。無論、そんなものは持っていない。


「おい、通行証を出せ」


 門を通ろうとして、左右からスっと十字状に槍が突き出される。

 門の守衛だ。

 二人は険しい顔つきでこちらを睨んでいる。

 ここで対応を間違えたら僕は再び牢送りだ。

 フードの下で緊張に額を濡らしながら、ゆっくりと口を開く。


「ものは相談なのですが、ここを通してはいただけませんでしょうか?」


「通行証を出せと言っている。ないのならば――」


「通行証はありませんが……」


 守衛の手を取り、銀貨を握らせる。


「こちらなら御座います」


 袖の下だ。

 守衛はあからさまに顔を綻ばせ、僕の視線にハッとして表情を引き締める。


「……通行証を確認した。通れ」


 チョロいな。

 僕は笑みを浮かべて帝都の外に出た。



 情報屋から聞いたことなのだが、帝都で成り上がるには大金が必要不可欠で、金はいくらあっても足りないらしい。

 武勲を立てて成り上がることもできるが、戦争なんて頻繁に起こるものじゃない。

 必然的に内部で賄賂が横行する。

 その中でも、帝都の門の守衛は種々雑多な人と関わるので賄賂を手にする機会が多い。

 賄賂慣れしているわけだ。

 そんな守衛で大丈夫かと言いたくなるが、帝国が腐っているのは今に始まったことじゃない。

 

 都合30000ルド(30万円)程使ってしまったのは痛手だ。

 でも、これで準備は整った。

 まずは今日中に帝都から一番近い街まで行きたい。

 そして宿屋で一泊。

 牢獄以外で寝れるなんて夢のようだ。

 僕は期待に胸を膨らませ一歩を踏み出した。




 結局、陽が沈む頃にその街に到達し宿屋に宿泊することもできたのだが……。

 その翌日、僕は驚きに目を瞠ることになる。


「柊恭平、100万ルド?」


 僕は国中で指名手配されていた。

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