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51 覚醒

一話にしては量が多すぎたんで分割しています。

二話投稿しています。


 僕の叫びに直樹が瞠目する。


「そんなこと――」


「やれ! 君だってどっちが正しいか分かってるだろ!?」


 友情なんていうこの場で役に立たないものに縛られて全員死ぬか、僕と愛莉を殺してクラスメイトと生き延びるか。

 簡単な算数だ。誰でも分かる。


「俺は、もう流されるのはごめんだ。これ以上……」


 嗚咽を漏らす。

 答えなんてわかりきってるのに。

 すると、視界の外でアルフィトが重い息を吐き出すのが見えた。


「あーあ、つまんないよ皇子様。さっさとみんな殺せば済むんじゃないの?」


「確かに、見てる方としては退屈ではあるね。百合、君のスキルで何とかならないかな?」


 皇子が傍らの姫の頭を撫でながら、優しく言った。

 姫が満足そうに微笑んで口角を上げる。


「できますけど、それじゃあつまらないですわ。それに、もっと簡単な方法があります」


「へえ、どんな方法だい?」


 姫が虚空に指を踊らす。


「これですわ。『水刃(アクア・カッター)』」


 魔法名の宣言と同時に水の刃がクラスメイトに発射される。

 姫が放った魔法は、水属性の初級魔法。たかが初級の魔法だ。

 そんな魔法では30LVに到達しつつあるクラスメイト達を殺すことなどかなわない。


「うっ!」


 緊張のあまり動くことのできなかったクラスメイトの片足に魔法が炸裂。皮膚が僅かに裂け血が露出する。

 死にはしない。でも、痛みは感じる。

 姫がニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべてクラスメイトが苦しむ様子を眺める。

 姫の魔法じゃ彼らを殺せない。でも、ダメージを与えることはできる。いたぶることができる。


「こういうことですわ」


「なるほど。素晴らしい案だ!」


 姫の提案に心底感服した様子で皇子が拍手する。

 称賛された姫は照れくさそうにはにかみ、皇子が近くの魔法兵を指差した。


「君、今のは見ていただろう? 同じことをやってくれないかな?」


 帝国のレリーフがあしらわれた紫のローブを引きずって魔法兵が前に出る。

 杖を構え、詠唱を始める。


「俺は、俺は……!」


 直樹の焦りが加速していく。

 魔法兵が放つ魔法は、もしかすると姫の魔法なんて比較にならない程の威力をもっているかもしれない。今度こそ、クラスメイトが死んでしまうかもしれない。

 でも、(柊恭平)を裏切れない。

 そんな苦悩が容易に見て取れる。 

 だから僕は、


「直樹。君が僕を生かそうとすることこそが、僕に対する裏切りだ」  


 彼の背中を後押ししてやる。

 理由をつくってやればよかった。

 人は非常な選択を下さなくてはいけない時、答えが分かっていても罪悪感に塗れ優柔不断になる。後になって責任を追及されるのが怖いからだ。

 解決策は簡単。責任を他所にやってしまえばいい。言い訳できるだけの理由をつくればいい。

 そうすれば、人はいとも簡単に決断を下せる。


「…………すまない」


 謝ることはない。

 それが正しい選択だ。

 直樹が帝国兵から抜き身の剣を受け取る。

 よく手入れされた鉄剣。それを直樹が振るえば、防御力の低い僕は数太刀ももたないだろう。

 それは、愛莉も同じはずだ。


「愛莉、ごめん……」


「恭平君……」


 自分を不甲斐なく思う。情けなく思う。惨めだと思う。

 守ると決めた女の子一人守れないのだから。


「僕が弱かったばかりに、君を死なせることになる」


「ううん、恭平君は頑張ってたよ。最善のことをしたと思う」


 愛莉が頭を左右に振って僕を肯定してくれる。

 その気遣いが沁みて、余計自分が情けなく思えた。

 僕らはこれから死ぬ。

 でも、


「愛莉と死ねるなら……」


 それもひとつの結果だと納得できる。

 慎太のことは気がかりだけど、僕が生を終えられるだけの形だと思える。


「ねえ、恭平君」


 ふと、愛莉が微笑む。

 頬を朱に染めて、口を開く。


「私のこと、好き?」


「ああ」


 迷う余地はない。僕は即答する。

 すると彼女は満足気に笑みを浮かべて、次いで何か意を決したような硬い表情を露わにした。


「恭平君、私、恭平君の足引っ張りたくないよ」


 深淵へと続く闇の中、彼女の涙がキラリと光り頬を伝った。

 僕は愛莉の手を握る力を強める。


「私、恭平君に死んでほしくない」


「愛莉、まさか――」


 瞬間。

 儚げな笑みを浮かべて、愛莉が僕の手を離した。

 するりと手の平から大事なものが落ちる感触。

 抗いようのない法則に従って、彼女が闇に落ちていく。

 深く、深く、僕の手の届かないところまで。



「――恭平君、大好きだよ」


 愛莉が微笑む。

 辛いのに、悲しいのに、死んでしまうのに。



 背後で剣の落ちた音がした。


「あ、あ……」


 自分のものとは思えない声。

 愛莉を掴んでいた手が、どうしようもなく震える。

 視線が愛莉の落ちた闇に吸い込まれて、それを捉える眼球がぐらぐらと揺れる。

 ブレる視界。霞んでいく世界。

 もう、何も残っていない自分。

 空虚な僕だけが取り残されて、


「うわああああぁぁああぁぁぁぁ!!」


 視界が真っ黒に塗りつぶされた。



 






 何もない場所。闇に満たされた空っぽの世界。

 そこに僕は立っていた。


「どうでもいい……」


 全てが、無に等しく感じられた。


「放っておいてくれよ」 


 僕は、眼前に屹立するソレに言った。


 濃紺な闇に紛れた半身の男。

 黒いローブを纏い、頭からは鬼のような双角を生やしている。肩で切り揃えた黒い髪、全体のシルエットはシュッとしており美男子を連想させる。ただ、顔だけが黒く塗りつぶされていた。

 その闇の中で、男の眼が赤く瞬いている。


『反転せし者よ。余は魔の王たる半身。分断されし魂魄にして、汝に力を与えし存在』


 朗々と男が告げる。

 だが、全てがどうでもいい。

 顔を俯ける。


『――復讐したくはないのか?』


 声が響いた。

 僕は思わず顔を上げて男を見る。


『力が足りないと痛感したことはないか?』   


 そんなの、常に感じていたに決まってるじゃないか。

 僕に力がないばかりに、愛莉を、慎太を失ったんだから。


『奪われて、失って、恐怖して、畏怖して、絶望して、諦めて――憎悪したことはないか?』


 ああ、憎い。帝国が、姫が憎い。

 殺したい、殺してやりたい。

 この手で、この世で至上の苦痛を与えたい。


『余だけが汝と分かり合える。余だけが汝に力を与えることができる』


 欲しい。あいつらをぶち殺せるだけの力が欲しい。


『汝、復讐を望むか?』 


「ああ……」


 男が炯々と眼を輝かせながら隻腕を差し出す。


「ならば汝、余と契約し魔王となれ!」 


 僕はその手を掴もうと手を伸ばす。

 そして魔王の手を握ろうとして――



『――恭平君』



 愛莉の顔が頭に浮かんだ。

 それだけじゃない。



『恭平』



 いつか聞いた慎太の声。

 勇者な彼らの声。

 今、僕は魔王になろうとしている。

 魔王になるということは、勇者の慎太や直樹、クラスメイト全員に敵対することになる。

 もちろん、愛莉にも。

 本当に、これでいいのか?


「いいわけがない」


 僕は魔王の手を払った。

 魔王がひとつしかない眼を見開いて驚愕する。


『余の誘いを断ると言うのか?』


「ああ」


 僕は慎太達と敵対したくない。

 それに、今の僕の命は愛莉がくれたものだ。魔王なんかの言いなりになっては彼女に示しがつかない。


『……余と汝は表裏一体の存在。いずれ後悔することに――』


「ならない」


『左様か。ならば汝に用はない。もうまみえることもないだろう』


 闇に消えていく魔王。

 その半身が闇に溶けかかろうとしたところで、僕は魔王の肩を掴んだ。


『……なんの用だ?』


 魔王が怪訝そうに眼を細める。

 赤く輝く瞳。それが奴の力の根源だというのを僕は理解している。  

 その眼を見据えて告げる。


「契約しないとは言ったが、力が要らないとは言ってない」


 こいつは理解していない。自分の存在の弱さを。

 見ていて分かる。こいつは脆く、儚い存在だ。僕と並んでしまうほどに。

 それは恐らく魂を分けられたことに起因しているのだろう。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 僕には力がいる。姫を、皇子を、帝国を殺すだけの力がいる。

 それをこの魔王はもっている。弱いが、確かにその内には強大な力が内包されている。

 ならば簡単だ。


「お前のその眼を貰う!」


 瞬間、僕は魔王の眼に腕を突き刺した。


『お、おおぉぉぉ!?』


 腕が魔王の中に沈んでいく。

 どこまでも深く、深淵を体現するかのような闇。僕は力を感じる方向に腕を沈める。


『させるかああぁぁあぁああ!』


 魔王が叫んだと同時に、脳内で警鐘が鳴りアナウンスが響いた。


『魔王から呪いを受けています。

【断罪の扉】が盾になりました』


 魔王からの攻撃。だが、そんなものを気に留めている余裕はない。

 もっとだ。もっと深くまで――


『魔王から呪いを受けています。

【断―の扉】が盾になりました』

 

 感じる。あと少しだ。

 更に腕を伸ばす。


『魔王から呪いを受けています。

【断―の―】が盾になりました』

 

『う、うおおおぉぉお!?』


『魔王からの侵蝕を受けています。

【断―――】が盾になりました。

 警告。あと一度の侵蝕でユニークスキルが消滅します』


 ――これだ!

 間一髪で、僕は魔王から腕を引き抜いた。


『き、貴様ああぁぁぁ!』


 魔王が僕を睨む。だが、その瞳は既に赤くない。

 確かに眼はあるが、輝きが失われている。

 その輝きは今、僕に在る。


「お前が驕っていなければ、そうはならなかったかもな」


 魔王の叫びと共に僕の意識が浮上する。






「さあ、私に忠誠を見せてくれ!」


 皇子の声が耳朶に触れ、意識が覚醒する。

 同時に、右眼が激甚な痛みを発する。


「――!」


 声にならない悲鳴。

 頭上に浮かぶステータスで、僕のHPが目に見える速度で減少していく。


『魔眼に対する適性がありません。【魔王の右眼】が侵蝕を開始しました。

 適性を要求します』


 魔眼の侵蝕。

 魔王の瞳が僕を拒絶する。

 このままでは、僕は愛莉がくれた命を無駄にしてしまう。


「適性ってなんだよ……!」


 恨めしげに呻くと、再びアナウンスが響いた。


『ユニークスキル【断―――】の変化条件が満たされました。

 スキルの変化により種族が変更され適性が満たされます。

 スキルの変化を許可しますか?』


 それはつまり、人間をやめるということ。

 生き延びるためには、人ならざる者へと身を転じなければならない。

 何になるなんて分からない。

 理性と本能がせめぎ合う。充血して疼痛を発する眼球が、自分のステータスを捉える。

 既にHPは残り二割。

 迷っている暇はない。


「許可する!」


 瞬間、僕の中で何かが変わった。

 僕を構成する僕たる要素が刷新されていく。

 呼吸が止まり、脳から過剰にアドレナリンが分泌され鼓動を早める。

 血の流れさえ止まり、人間らしい要素が欠如していく。

 苦痛に歪む視界とひび割れていく脳髄。

 柊恭平という個の存在が外殻だけ残して一度破壊され、再構成される。

 変化に耐え切れず警鐘を鳴らす本能を無視して存在を組み立て直す。

 強制的な存在進化。

 それが、今僕に起きている現象だった。


「何をしているのかな? 早く私に忠誠を示してくれ!」


 皇子の声が遠く感じる。

 背後で感じる荒い息は、直樹のものだろうか?


「俺は、みんなを守るんだ……! 間違っていない、この選択は間違っていない……っ!」


 ブオンと剣が振り上げられる音がして、しかし何も起きない。


「……っ!」


 ガシャンと剣が落ちた音がした。

 直樹はできなかったのだ。

 彼は選択することができなかった。

 彼は、僕を殺すには優しすぎた。

 だが――


「それでいい」


 僕はゆっくりと立ち上がる。

 それでいい。そんな愚かな選択をする必要はない。

 奪われ続けた僕らはこれ以上搾取されなくていい。



『スキルの変化が完了しました

【断―――】→【断罪の化身】

 派生する二つのユニークスキルが行使可能になりました』  



 正義がいつも勝つわけじゃない。

 人の数だけ正義がある。それは時に大義となり、悪と呼ばれることもある。

 そんな不確定なものはいらない。

 僕が願ったのは悪を裁ける存在。

 悪を裁けない正義ではなく、悪を越える絶対悪。

 あいつらの正義()を殺す者。

 悪そのもの。


『種族が変更されました

 人族→魔族』


 純然たる悪の化身。

  

「ひ、柊……?」


 蹲る直樹が不思議そうに僕を見上げる。

 他のクラスメイトも同様に、僕の雰囲気が変わったことに気がついたようだ。


『クラスアップの条件を達成しました

 呪術師→死霊術師(ネクロマンサー)


 姿形は変わらない。

 ただ、僕の在り方が変わっただけだ。


「なあ、やられたからやり返す。それは当然のことだよな?」


 僕は帝国の連中に問う。

 僕らは幾度となく虐げられてきた。奪われて、慟哭して、嘲笑われ、殺されて。

 因果応報、今こそ彼らは報いを受ける。

 僕の手によって。

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