46 脱獄1
城全体が震えていた。
崩壊を予期するような震動に反射的に身を構える。
一体何が起こってるんだ……!?
「恭平君、これって……?」
「僕にも分からない!」
計画は完璧だった。手抜かりはなかった筈だ。
なら、今起こってるのは一体?
「ちょっ、なによコレ!?」
気づけばクラスメイト達が余さず起床していた。その中で一人、姫が血相を変えて喚く。
「こんなの聞いてないわよ!」
帝国と繋がってる姫でさえ現状を把握できていないのか。それなら、今起きてる現象は帝国側にとっても予想外のことに違いない。
そう確信した途端、耳を劈くような轟音が耳朶に届いた。同時に、岩盤が崩落するような音も聞こえる。
誰かがこの城を破壊しているのか?
「恭平君、まずいよねこれ」
「ああ、何者かが城を攻撃してる」
帝国と敵対する王国が攻めてきた……いや、それはない。それなりの規模のある軍勢を率いてきたのなら、事前に侵攻を察知し迎撃に出れた筈。それに王国が攻めてきているなんて情報は耳にしていない。
なら、謀反か? こんな腐った国なら常時謀反が起きても仕方ないが、城には神官長や三将軍を始めとした兵力が常駐している。裏切り者が出たら即刻捉えられているだろう。
……あらゆる可能性が否定されていくな。最後に思いつくものとしては、内部から敵が単体で攻めてきたってところぐらいだが……まあ、そんなの有り得ない。
だが、分かっていることがひとつある。
こんな惨事が起きたら恐らく今日のセレモニーは中止、乃至は延期になることだ。
脱獄は不可能になる。
「今、やるしかない……」
こんなことが起きれば城内は混乱必至。セレモニーがなくなる可能性がある以上、この機に乗じて脱獄するしかない。
発信呪の効力が切れてるのが口惜しい。
「い、今やるの?」
「今やるしかなくなった」
幸い、セレモニー開始は早朝からだったので城内に兵はあまり残っていないはず。
だが、暫くすれば兵が一挙に押しかけてくるのは間違いない。
スタートダッシュが肝心だ。
「愛莉、行くよ!」
「うん!」
僕は首輪を脱ぎ捨て扉に飛びついた。合鍵で間髪いれず開錠する。
「ちょっ、あんたたち一体どうやって!?」
「君に構っている暇はない!」
姫の言葉を振り切って駆け出す。
背後で怒気が膨れ上がる気配がした。
「脱獄をみすみす見逃すわけないでしょ! あんた達、やっておしまい!」
クラスメイト達が一斉に構えるが、僕は彼らが逡巡しているのを見逃さなかった。
「みんなだって逃げられる筈だ! 僕らを攻撃して時間をロスしてもいいのか!?」
『……!?』
クラスメイトたちが驚愕によろめく。
そうだ。彼らだって好き好んで姫に従っているわけじゃない。まあ、だからといって裏切ったのを許すわけないんだけど。
「ここから出たいのなら僕に着いてこい!」
「あんたっ、黙りなさい!」
「どうしたんだい? 焦るなんて姫らしくもないね。まあ、一人じゃ何もできないからしょうがないよね」
ヘラヘラ笑って挑発する。
あまり時間をロスするわけにはいかない。人為的に隙をつくるための策略だ。
案の定、姫の額に青筋が浮かんだ。
「……っ! 言ってくれるじゃない。そこまで言うのなら死ぬ覚悟はできてるんでしょうね。『災禍の――
そこだ!
「『影縛り【裏】』!」
魔法陣から這い出た漆黒の魔手が姫に絡みつき、鎖に変化して全身を束縛した。
即座に愛莉が駆け寄り喉元にナイフを突きつける。
「なっ!?」
「そこで大人しく寝てなよ」
身を捩り脱出を試みる姫だったが、その度に押し寄せる反射ダメージに耐え兼ねたのか存外早く抵抗を諦めた。
僕はクラスメイト達を振り返る。
「どうする?」
正直こんな奴ら仲間になんかしたくない。でも、だからといって姫側につかれても困る。フリーにしておくと何をしでかすか分からないし、引き込むしかない。
日和見な奴らのことだ、優勢な方につくに違いない。
しかし、僕の思惟に反して彼らは怪訝な視線を送ってくるばかりだった。
「確かに、今脱獄できるかもしれない。でも、もし失敗したら?」
「お前もどうせ俺達を見殺しにするんだろ」
「私達のことなんて駒程度にしか考えてないくせに」
どうやら口だけは達者なようだ。好き勝手に囀りやがる。
思わず溜め息が漏れる。
「うるさいな、日和見主義共。お前らはこっちに来てから一度でも自分の意志で行動したか?」
こいつらはただ強者に付き従っていただけだ。だから僕を裏切った。
視線を合わせると揃って目を逸らす。まったく、腹が立つな。
「柊」
そんな中、一人だけ物怖じせずに睨み返してくる奴が一人いた。
名前は確か……達賀直樹だっけか。
異世界初日に慎太と一緒に鑑定した相手だと思い出した。
彼は正面から僕と反目する。
「少しはこっちの気持ちも考えろよ」
「そっちこそ僕の心情を汲んでくれよ」
達賀の双眸が僅かに吊り上がる。
「俺たちは姫にいいように洗脳され、酷使され、挙句に味方を殺された。お前が俺たちを率いても洗脳は解かれなかった」
「でも、少なくとも死人は出なかった。君だって気付いてるんだろ、君たちは洗脳されないと戦えなかった」
「洗脳されずに戦えるお前らがおかしいんだよ。俺たちは至って正常だ。お前たち四人が異常なんだ」
その四人というのはきっと僕、慎太、愛莉、姫のことなのだろう。
人のことを異常者呼ばわりするなんて酷いな。僕たちだって普通だったのに。
「洗脳するされるの問題じゃないんだ。お前たちが俺たちにすることは仲間にする仕打ちじゃない」
「君らこそ僕を裏切って再度姫についたじゃないか。よくそんな知ったふうな口が聞けるよね」
「柊、お前分かってて言ってるんだろ? あの時、俺達に選択の余地はなかった。処世術なんだよ、あれは」
「…………」
「その後も、姫に何人もの仲間が殺された。今じゃ生き残ってるのは15人。選択を誤ることは許されない」
ああ、そんなことぐらい分かってたよ。
でもさ、君たちは僕や慎太の覚悟を理解してくれたか?
今僕が愛莉を守ろうとする気概に気がついているのか?
違うだろ。
「結局、君と僕は同じだよ」
「何だと!?」
達賀直樹が顔を歪めて憤慨する。僕みたいな異常者と同じ扱いを受けるのがそんなに嫌なのか。
でも、これは事実だ。
「僕らは互いに理解されないエゴイストだっていうことさ。所詮は自己中心的なクズ人間なんだよ」
「お前ッ! 訂正しろ!」
勢い良く胸ぐらが掴まれる。
首元が少し絞まるだけで、痛くもない。悲しいことに、これがレベル差だな。
僕は冷ややかに彼を俯瞰する。
「何も間違ってなんかいない。だって、君たちは僕らのことを理解しようともしなかっただろ?」
「そっ、そんなことは……!」
「あるんだよ」
胸ぐらを掴む力が弱まったので、振り払う。
達賀直樹はただ呆然としていた。
「僕らは初日から、今日のためにずっと準備をしてきた。少し予定は狂ったけど、慎太と愛莉と一緒に準備を重ねたのは確かだ。慎太がいなくなってからも、僕は愛莉を守りながら入念に脱獄の準備を進めてきた。この労苦が、君たちに分かる?」
「……すまなかった。知らなかったんだ」
この世界では、知らなかったじゃ済まされないことは沢山ある。でも、今回は僕も彼らの事情を汲んであげられなかったのだからおあいこだろう。
「それはこっちも同じだよ。だから、今ここで決めてほしい。どっちにつく?」
暫しの間逡巡する彼だったが、やがて顔を上げると決然と宣言した。
「俺はお前につく。みんなもいいよな?」
確認する言葉に口々に賛同の声が上がった。
これで彼らはこちらに着いたことになる。
最低限の信頼くらいは寄せてもいいだろう。
「少なくとも、柊は俺らから死亡者を出さなかったしな」
結局はそれが決め手だったか。
握手を求められたので、仕方なく応じる。
と、そこで少しいい雰囲気に水を差す奴が現れた。
「あ、あんたたちふざけないでよ! 災禍――」
クラスメイトの裏切りに憤慨する姫。ユニークスキルを行使しようとするも、口を開いた瞬間に愛莉が動いていた。
「ひっ!?」
愛莉の右手が閃き、姫の髪を数本引きちぎった。間一髪の攻撃に姫が慄く。
攻撃が外れた? いや、わざと外したのか。
「恭平君、こいつどうする?」
「あぁ、殺して構わない。ここから出る以上、姫を殺したところでさほど影響はないし」
「そういうことなら」
愛莉が右手を振り上げ、姫の顔が恐怖に引き攣り痙攣する。
僕はその間にクラスメイトたちを姫の声が聞こえない場所まで隔離する。災禍の種を撒く者の対策だ。
鎖は使用者がいなくなると消滅するが、愛莉が姫に遅れをとることなどあるまい。
ホールまで出ると、醜い絶叫が辺りに轟いた。予想以上に声が響く。
先の城への攻撃があったおかげで地下には人がいないようだが、それも時間の問題だろう。
足早に牢に戻る。時間がない、早く姫を片付けないと。
急いで駆けつけた僕は直面した光景に、想定していたにも関わらず目を瞠った。
ナイフの先端から滴る血、床の溝を這う流血、飛び散った血は牢の内装を猟奇的にコーディネートし、ソレの存在を際立たせる。
視線を下げると、血だまりの中に一人の死体があった。
「ハァ……ハァ……」
荒い喘鳴を繰り返す愛莉の視線の先には、虚ろな目をした姫がうつっていた。腹部から血がとめどなく流れている。
姫が死んでいた。
不思議なことに、何の感慨もない。
それより先を急がないと。
「愛莉」
「き、恭平君。私やったよ。私、私……」
「ああ。でも時間がない。先へ行こう」
興奮する愛莉を宥める間もなく、僕は彼女の手をとって駆け出した。
大事な親友を助けるために。
――――――――――
恭平たちが牢を去ってから少し。
鮮血でデコレーションされた一室の中心に横たわる一人の少女。どこからどうみても死体なソレは、気のせいか少し動いたようにみえた。
「う……」
否、気のせいではない。彼女は生きていた。
虚ろだった瞳に生気が戻る。
「ようやく行ってくれたわね……」
吐血しながら身を起こすと、血に濡れた腹部が目に入った。
やってくれたじゃない、と呟き四苦八苦しながら回復魔法を詠唱する。
全身の傷が癒えたところで安堵しホッと息をついた。
何故彼女……姫が生きているのか。それは彼女の片足に装着されていたアンクレットに起因している。
彼女が密かに装備していたアンクレット、『偽死の足輪』は特殊な魔法が掛けられた、所謂マジックアイテムと呼ばれる一品だ。たった一度の発動で破損するが、王族などの高位貴族は皆身につけている程の効力をもつ。その効果は、致命傷となる攻撃を一度だけ防ぎ死体を偽装するというもの。
姫が皇子に恭平のことを伝えた際、念の為にと下賜されたのだ。
これによって愛莉はあと一歩のところで姫を討ち逃した。
しかし、実際瀕死寸前まで攻撃を受けていたのは事実。快癒しきらない腹部を押さえて立ち上がる。
「さてと、まずは上に報告しないといけないわね」
そう言って彼女はアイテムボックスから鮮やかな真紅の宝石がちりばめられた指輪を取り出した。
いっけんただ高価なだけの指輪に見えるこれはマジックアイテムであり、姫にとって必須の道具。
姫は静かに目を閉じ、祈るように呟く。
「『交信』」
すると、指輪が燐光を発し慌ただしい音が聞こえてきた。
このマジックアイテムは同じマジックアイテムをもつ相手と数十秒だけ会話ができるというもので、今聞こえるのは皇子の周辺の音ということになる。
姫がかしこまって声を上げる。
「アルセム殿下、聞こえていらっしゃいますか?」
「ああ、聞こえてるよ。君がそれを使うなんてよっぽどの事態なんだね。正直こっちも忙しいんだけど、何があったか聞かせてもらえるかい?」
皇子の言葉にあった通り、この指輪は姫にとって最終手段だった。
理由は単純、この指輪は一度使ったら壊れるのだ。高位の付与魔法を扱える魔術師のみが製産でき、その価格は計り知れない。
彼女はこれを以前皇子と密会した際にもらっていた。まさかこれほど早く使う日が来るとは思わなかったが。
語調を強めて言葉を発する。
「囚人たちが脱獄しました」
内心で舌打ちする。
本来なら、彼女は今日行われるセレモニーで大々的に新しい将軍、それも皇子個人の軍隊の将として正式に任命されるはずだった。
それがいつの間にか刺されたり死にかけていたり、迷惑もいいところだ。
「そうか。ならば、先にそっちにあたらないといけないね。私もすぐに下に行くから、君も彼らの後を追ってくれ」
「了解しました」
交信が途切れ、硝子が割れるような音をたてて指輪が跡形もなく砕け散る。
暗がりの中でひとり、残響と共に取り残された彼女はやがて口許を盛大に緩めた。
三日月型に歪む口唇。
「誰にもあたしの邪魔はさせない」
その顔は最早少女のものではなく、黒に染まりきった悪女のものだった。
※姫の偽装をスキルによる仮死からアイテムによるものに変更。
モブ勇者たちの葛藤を追加。




