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44 反転

本日二話投稿しています。

最新話から飛んで来られた方は前の話からどうぞ。

 暗かった。

 何も見えないぬばたまの闇。

 無だけが目前に広がっていた。


「もう何日だ……」


 呟いても返す者はいない。

 体を動かそうとして、両腕が鎖に縛られていることを思い出す。

 あれだけ酷かった死臭も今は何とも思わなくなっていた。

 食料が出されることもなく、彼は塵と霞を食べスキルで延命していた。帝国側は彼が音を上げるのを待っているのだろう。

 彼はただぼんやりと、唯一視認することのできるステータス画面を眺めていた。

 何かが見えるだけで嬉しかった。


「まだ来てくれないのか、恭平……」


 彼は過日のことを思い出す。

 ここに入れられてから、最初に会った人物が神官長だった。彼は嬉々とした様子でこう告げた。


「その首輪じゃ君を飼い慣らすことはできなかったようですね。新しいのをあげましょう」


 言って、神官長が差し出したのは真っ黒な『隷属の首輪』だった。

 これは彼が知る由はないが、その首輪には『聖呪』以外にもうひとつ呪いが掛けられていた。


 『体感時間の引き伸ばし』


 それが彼に課せられた新たな罰だった。

 事実、ここに来てからまだ一日しか経っていないのにも関わらず、彼には既に一年が経ったように感じられていた。

 神官長が彼に告げたのはそれだけではなかった。


「貴方もあの女のように拷問すればよろしいのかな」


「テメェ、先生のこと言ってんのか!」


 脳裏に過ぎる優しい笑顔。

 彼の気を逆撫でするには十分だった。


「ええ、このケータイ? とやらの使い方を教えてくれましたよ。いやはや、文献通り異世界は発展しているのですな。まあ、彼女はどうやっても貴方達のことだけは話してくれませんでしたがね」


 彼の教師は、死して尚生徒達を守ろうとしていた。

 その気概に触れた彼は、自分もまたそれを見習おうと思った。

 だが、時というのは残酷なものだ。

 彼の意志は無限に感じられる時間と何もない空間の前に折れようとしていた。


「もう、どうでもいい」


 そんな時に、声が聞こえた。


『後悔はしていないのか?』


「後悔?」


『憎んではいないのか?』


 ……後悔、憎い、何が?


『力が足りなかったことを後悔していないのか? 己に助けが来ないことを憎んではいないのか? 救いがないのはお前が忘れられたからだろう?』


 彼は自分が一年以上も待ったと勘違いしていた。故に、その言葉に納得してしまった。


「力があったらこんなことにはならなかった」


 ステータスを見る。


 ――――――――――――――― 

 四条慎太 17歳 男 レベル30

 人族

 職業:光の勇者

 称号:異世界からの勇者

 ―――――――――――――――


「ああ……俺は弱いな」 


 日に日に声は増していった。何もない空間で、それだけが彼にとっての唯一の楽しみとなっていた。

 始めは幻聴かと思っていた。しかし、そんなことはどうでもよかった。


 ドサリと何かが前の方で落ちた音が聞こえた。

 肉が腐った悪臭が漂ってくる。

 彼は知っていた、それが死体だと。 

 日を追うごとに増えていく屍は彼の精神を狂わせるのに一役買っていた。


「なあ、力を得るためにはどうすればいい?」


 もう何年経ったと感じただろうか。

 彼はふと名も無き友人に尋ねていた。


 ――――――――――――――― 

 四条慎太 1■歳 男 レベル30

 人族

 職業:光の■者

 称号:異世界■らの■者

 ―――――――――――――――



『力が欲しいのか?』


「ああ、ここから出たいんだ」


 ――――――――――――――― 

 四条慎太 1■歳 男 レベル■0

 人族

 職業:■の■者

 称号:異■界■らの■者

 ―――――――――――――――



『ならば憎め』


「憎む?」


『お前を見捨てた仲間を憎め』


「ああ、憎いよ……」


 ――――――――――――――― 

 四条慎太 1■歳 男 レベル■■

 人族

 職業:■の■者

 称号:■■界■■の■■

 ―――――――――――――――



『俺を呼べ。俺を欲せ』


「君が必要だ」


『人をやめろ』


「人間なんてやめてやる」



 ――――――――――――――― 

 四条慎太 1■歳 男 レベル■■

 ■族

 職業:■の■者

 称号:■■界■■の■■

 ―――――――――――――――


『俺と共に来い!』


「君と共に行こう!」



 ――――――――――――――― 

 四条慎太 ■■歳 男 レベル■■

 ■族

 職業:■の■者

 称号:■■■■■■■■

 ―――――――――――――――



 瞬間、何かに取り憑かれたような錯覚に陥った。

 いや、違う。取り憑かれた。



『俺はいつもお前と共にある。お前もいつも俺と共にあれ』


「ああ」


 身体の底から禍々しい力が湧水のように溢れ出てくる。

 今なら何でもできそうだ。全能感に倒錯する。


「じゃあ、こんな鬱屈とした場所なんてさっさと出ようか」


 言って、彼は新たに獲得した異能を発動させる。


「ユニークスキル【スキル改竄】(リライト)


 彼は問答無用で自らのスキル、『筋力上昇【中】』を『筋力上昇【極大】』に変えた。

 同時に、その他の自己強化系のスキルも最大に改竄していく。

 作業が終わると、彼はなんとなしに腕を振った。

 瞬間、鎖が弾け飛んだ。あれだけ力を込めても外れなかった鎖があっさりと消えた。

 

「なあ、俺はこの理不尽な世界が憎いよ」


『ならば壊せ。俺が手伝おう』


 目が冴えてくる。彼は死体を蹴り飛ばし、牢の鉄柵に手を伸ばした。


「こんなもので俺を閉じ込めていたのか……」


 鉄が跡形もなくひん曲がる。

 そこで彼は己の首に掛かっているものを思い出す。


「ああ、そういえばこんなものもあったな」


 ひんやりとする『隷属の首輪』に触れる。


「……なんだこの魔術式は? 出鱈目だな、『スキル改竄』(リライト)」   


 彼がスキルを発動させた瞬間、首輪は音もなくこの世から消え去った。

 それに満足げな笑みを浮かべて、一歩牢屋から足を踏み出す。


「これで俺は自由だ……」


 しかし、何の感慨もない。

 脱獄など、彼にとって当たり前のことに過ぎなかった。

 悠々と頭上に手を翳す。

 次の瞬間、手の平から衝撃波が放たれ城を貫通した。


「ククッ、フハハハハハ!!」


 笑いが止まらなかった。

 今まで抵抗すらできなかった帝国を、今じゃ一動作でここまで滅ぼすことができる。


 改竄したスキルでふわりと浮かび上がり宙を舞う。

 城の最奥部から、尖塔を突き抜けて空まで。

 驚愕に目を瞠る城の住人に絶対的な優越感を覚える。

 あの愚王でさえも眦を破れんばかりに見開いていた。


「さあ、始めようか。終末への戯曲(ロンド)を!」


 彼は誰に向けるでもなく、不敵な笑みを湛えて宣言した。


 ――――――――――――――― 

 四条慎太 ???歳 男 レベル???

 魔族

 職業:闇の勇者

 称号:魔王の代行人

 ―――――――――――――――

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