42 姫の暗躍
今回の話は第三者の視点からの描写です。
次話から主人公視点に戻ります。
「は……何コレ?」
――魔宮地下四層。
四方は土の壁に覆われ、洞内にも関わらず天に踊る太陽が一人の少女に影を落とす。
少女の表情が翳っているのは太陽だけが理由ではないようだった。
彼女の発した声が空を突き破りエコーとなって奥へと消えていく。
その様相に冷静を取り戻した少女は、改めて眼前の場景を見る。
小城百合、通称姫。彼女は強行軍を断行し、僅か二日でボスの部屋と思しき場所まで辿り着いた。
ここに至るまでに何人かの仲間が彼女の為に散っていった。この成果は、散華していった者がいてこそのものだ。にも関わらず、姫は感謝の念を抱くどころか鬱陶しく感じていた。
独力でここまで漕ぎ着けたと盛大に勘違いし、愉悦に浸っていたのだ。
ここにいない二人を思い浮かべ嘲笑し、有頂天に舞い上がっていた。
だが、それも優越に任せ扉を開かせるまでのことだった。
「は……何コレ?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
しかし、それも無理もないことだ。
ボスとの邂逅を予期していたところに飛び込んだものが、無だったのだから。
玄室には、ボスどころか取り巻きの影すらない。ボス独特の肌を粟立たせる緊張感も感じられなかった。
後味の悪い、禍々しい気だけが室内を満たしていた。
「まさか……」
馬鹿馬鹿しい想像が脳裏を過ぎる。
――誰かに攻略されていた?
くだらないと一蹴したいが、それ以外に思いつく可能性はない。
更に、追い討ちをかけるように異質なものが目に映る。
「地面が焼けてるわね……」
不自然なほど焼け跡が地面に刻まれていた。
少し焦げ臭い。
「…………」
下僕に待機命令を出し、無言で辺りを一望した。
しかし、焼け跡以外に慮外なものは見つからなかった。
――いや、違う。焼け跡以外に何もないのがおかしいんだわ。
焼け跡が仮にボスの攻撃によるものだったとしても、ボス自身が殺されれば少なからず血痕が残る筈だ。もしここで戦闘があったとしたら、取り巻きも含め相応の血痕が残っていないのはおかしい。
焼け跡から微かに臭いが漂っている以上、一両日中にここで何かあったのは事実。姫の推測が正しいとしたら、誰かが炎だけでボスを攻略したことになる。
ふと思い浮かんだのは、二人の少年少女の顔。いや、それこそないと姫は口許を吊り上げる。
「はぁー、いくら詮索したところで無駄ね。今日はもう疲れたから帰るわよ」
長い溜め息には諦観が滲んでいた。
彼女は思考が詮無きことと悟るや否や、身を翻してその場を去った。
牢に帰ると、既に二人が戻っていた。無論、柊恭平と皆月愛莉である。
二人は部屋の隅の方で話しに興じていた。
(精々今を楽しむといいわ)
ヘッと蔑んだ笑みを浮かべる。恭平は僅かに姫を一瞥すると、事も無げに歓談を再開した。
まるで、『お前など眼中にない』と言いたげなようだった。
言外の挑発が姫の顔を歪ませる。
「……そんなに調子にのれるのなら、それ相応の実力があるんでしょうね」
小声で呟き、視線を恭平に留め鑑定を発動させる。
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・不明
自身より上位のスキルを保持しているため鑑定できません
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姫の双眸が驚愕に見開かれる。
鑑定が宣告したのは、恭平がユニークスキルを保持していることだった。それも、姫のもつ『災禍の種を撒く者』を越えるスキル。
圧倒的優位が崩れた瞬間だった。
(な、なんなのよコイツ……!?)
予想外の展開に歯ぎしりする。
辛うじて声に出すには至らなかった。
慎太を排斥したと思ったら、今度はそれ以上の脅威が出現したのだ。頭を抱えたくなるのも道理だろう。
それに、姫が帝国に登用された理由にユニークスキル保持者というのがある。帝国が彼女より恭平の方が有能だと気付いたら鞍替えされる恐れがあった。
――なんとかしてこいつを排除しないと……!
余計なことをされると昇進そのものがなくなるかもしれない。
姫は密かに怨敵の排斥を決意した。
その日の夜のこと。
姫は見回りに来た衛兵に目配せを送った。
それは、今夜密会を設けたいというサインだった。
衛兵はそれを一瞥すると、わざと乱暴に姫を掴んで牢の外へと連れ出した。
普段他の女子を襲わせているのは、こういう時のためのカモフラージュ。自分以外はどうでもいいと感じる姫らしい策だった。
かくして、姫は城内に続く【白亜の門】を潜ると奴隷には似つかわしくない貴賓室に通された。
緊張からか、心臓の鼓動と唾を嚥下する音がやけに大きく感じられた。
それも当然のこと。なにせ、これから会う人物は――
「やあ、待たせちゃったね」
ノックもなしに部屋に入ってきたのは20代くらいの銀髪の男だった。見目麗しく整った白皙の美貌が姫を捉えて笑みを零す。
「いえ、大して待ってなどおりませんわ」
姫は相手が誰だか知っている。
妖しげな笑みを浮かべて、二の句を継いだ。
「――アルセム第一皇子」
眼前に悠々と屹立しているのは紛れもなくアルセム・グランドロス・リンドニア第一皇子その人であった。




