19 姫の反乱
本日二話目の投稿です。
姫を合わせても人数は合計23名。最後に見かけたのは39人。16人死んだことになる。
そのことをいち早く察知した慎太が激怒して駆け出した。
「テメェ!!」
右腕に光が収束し、先頭の姫に向けて振りかぶる。
完全に我を忘れている。
姫のレベルはまだ1だ。今の慎太の攻撃を喰らえばひとたまりもない。何があったか聞き出すまで殺すわけにはいかないのに。
だが、慎太の腕は既に振りかぶられている。もう、遅い。
「『殴打』ッ!」
青く輝く右腕は不敵に嗤う姫の顔面に吸い込まれ――
「――『掌打』」
しかし割って入ったクラスメイトに遮られる。
あれは、スキル!?
「しゃらくせえ!」
力量は明白。慎太が腕を振り切りクラスメイトを吹き飛ばす。だが受身を取られ大したダメージを負った様子はない。あの洗練されたような動き、『体術』スキルも取得しているのか。
「貴方たち、こんないいもの隠してたのねぇ。『勇者の窓』のこと、隠すなんて酷いじゃない」
「別に隠す気はなかったんだけどね。君たちが人の話を聞かないのが悪い」
売り言葉には買い言葉で返す。
姫はいつになく余裕たっぷりといった感じで、歳不相応の妖艶な笑みを浮かべる。
「まあ、そのことはもういいわ。人数は少し減っちゃったけど、おかげであたし達は力を手に入れた。その力、存分に見せてあげるわ!」
姫の言葉に合わせて23名ものクラスメイトが一斉に構えた。
危惧していたことが起こってしまった……。後悔ばかりが浮かんでは消えていく。
「これはどういうことかな?」
「そのままの意味よ。貴方たちを、殺す」
僕は冷静に頭を働かせる。
このままじゃマズい。姫が従えるクラスメイトの平均レベルは4。いくら低レベルだといっても相手は勇者、それに数も勝っている。
更に悪いことに……。
僕は姫に対して鑑定を発動する。
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・不明
上位スキル保持のため鑑定できません
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面倒なスキルまでもっている。取り巻きのレベルから鑑みて大したレベルでないのは明白だが……。
圧倒的に分が悪い。
「愛莉、あの時はあたしを助けてくれてありがとう。おかげで、私は貴方たちを殺すことができるわ」
虚礼を述べた姫は見下すような薄笑いを絶やさない。
皆月さんは小さく舌打ちして姫と反目する。
「今は後悔してる。百合ちゃん、いえ、姫。あの時貴方を殺しておけばよかった」
姫は少し驚いたように目を瞠り、次いでけたたましい哄笑を上げた。
「アハハハ! 短い間に随分と様変わりしたじゃない」
「貴方もね」
皆月さんは油断なく姫を睨み据える。
間違いなく、今の彼女なら殺れるだろう。
問題は、姫には沢山の護衛がいて彼女がそれを操っているということ。クラスメイトたちの虚ろな表情が如実にそれを語っている。
恐らく、それが姫のもつユニークスキル。
姫を倒すには取り巻きを先にどうにかしなくてはいけない。魔法を撃ったところで身代わりを立てられるのがオチだ。
さて、どうするか……。
姫の指揮する包囲網がだんだん近づいてくる。
「「「『集え炎霊……」」」
詠唱に入られた!
クソッ! 敵は全員素手だから魔法職と戦士職の区別がつかない!
一体誰が唱えてる!?
「柊くん、落ち着いて!」
「皆月さん?」
冷や汗を流す僕に皆月さんの声掛けが飛ぶ。
彼女は油断なく構えつつ僕を見る。
「騒音に惑わされないで。無鉄砲に魔法を撃てば味方に当たるのは相手も分かってる筈。なら、相手は……」
「なるほど、味方に当たらない角度で撃ってくるわけだね。そうなると、確かに幾つか適した場所がある」
僕は角度を計算し弾き出した場所の中で魔法を使う動作をしている人たちを順繰りに見抜いていく。
それにしても、皆月さんがこの状況を打破するような考えを思いつくなんて。さっきの姫に対しての物言いといい、なんだか皆月さんらしくない。
その当人は至って真面目な顔で僕に告げる。
「私に命令して。柊くんの命令なら、私は人でも殺せるよ」
……一体僕はどこで選択を誤ってしまったのだろうか。あれか、胸をちぎれとか言ったからか。
「……相手は仮にもクラスメイト。極力、無力化してほしい。やられそうになったら殺しても構わない」
僕は慎太も呼び、二人に魔法職の居所を教える。包囲網も狭まってきたし、そろそろ詠唱も完成する。悠長なことはしていられない。
「魔法職を優先に無力化! 頼んだよ!」
振り向きざまに『呪痺』を放ち僕らは駆け出した。
直後、元いた場所に拳大の炎が炸裂し辺りに火の粉を撒き散らした。髪が熱風に踊り冷や汗が頬を伝う。あれを喰らえば痛いどころの騒ぎではない。
駆け出した勢いを殺さずに思考する。
僕は慎太や皆月さんのように防御力に秀でていない。それはコボルト・ソルジャーとの戦闘で痛いほど理解した。例え相手が低レベルでも、一度攻撃され足を止めてしまえば連鎖的に攻撃を喰らうことになる。紙装甲な僕は一度でも攻撃を受けてしまえばゲームオーバーなわけだ。
「殺す、殺す、殺す。命令、殺す……」
譫言のように虚ろに繰り返すクラスメイトが愚直に吶喊してきた。
駆けた勢いを余さず拳に収束して打ち放ってくる。
「『掌打』」
橙色の燐光を纏った高速の一撃が風を切り眼前に迫る。
僕は冷静に攻撃を見極める。レベル差のおかげで、放たれた拳がスローモーションで再生されるような錯覚を覚える。呼気を吐き、目を見開く。
「フッ――!」
僕はステータスに物を言わせて瞬時に反転、空振った右腕を掴み反転した勢いのまま足掛けを放ち態勢を崩した。
「ぐふっ!」
背中から地面に衝突した彼は苦しげに肺から息を漏らす。
その隙に掴んでいた右腕を即座に砕く。
操られていても痛覚は残っているようで苦痛を叫ぶが、それを気遣っている余裕はない。
背後に気配を感じた次の刹那、
「『脚点』」
鋭い蹴りが首筋を掠る。反射的に躱していたので大したダメージはない。
「『回脚』」
続けざまに回し蹴りが喉に放たれる。魔法職である僕の喉を潰そうとしたのだろう。それは妙手だ。
咄嗟にスウェーして回避すると視界に新たな敵を捉えた。前後を挟まれた形になる。
くそっ、厄介な。
「『殴打』」
「――ッ!」
青い燐光の乗った一撃が首元目掛けて迫る。
このままじゃ、確実にやられる!
生命の危機を感じ取った身体を限界まで引き絞り、両手を地面につける。
ブリッジした形から、瞬発力を活かし足を跳ね上げその勢いを利用して身体を押し上げた――!
身体が空を踊る。勢いの乗った宙返りは『殴打』を放った女子の頭上を通り越してその背後に着地した。
一瞬の間に体感した無重力の後に僕が見たのは、互いにスキルをぶつけ合って倒れる女子たちだった。僕が挟み撃ちを回避したことによって同士討ちが引き起こされたのだ。
「命令、殺す。死ね、『回脚』」
視界の左側から男子の脚が飛んでくる。ごつごつとした、骨ばった脚。男子の御御足なんて見ても吐き気がするだけなんだけど……。
「そのスキルはもう見飽きたよ」
しゃがみ込んで攻撃を回避し、そして低位置からの足払いを掛けて地面に引きずり下ろす。足技を主体とするようなので右足の骨を砕いておく。
……レベル差があってか僕のゴミみたいな攻撃がよく通る。元々攻撃力は皆無に等しかったので手加減しなくても済む。
だが、殺せはしないので時間が経てば敵は復活する。こちらが圧倒的に不利と見える。
それを見越した姫が敵の中枢で高笑いする。
「アハハハ! そうよね、同じ仲間だった人間は殺せないわよね!? ほらほらほらぁ!」
姫の士気に鼓舞するように攻撃が激しくなる。
押し寄せてくる人波を辛うじて捌く。
「小城さん、行きにいた16人はどこにいるのかな?」
「死んだに決まってるでしょ」
まるで当然のように姫は言った。
「良い盾になってくれたわよ。このあたしを守れたんだからさぞ光栄だったに違いないわ」
「君は……!」
「あんた達が悪いのよ!」
姫が憎々しげに顔を歪めて叫んだ。
「この、理事長の孫たるあたしが囚人に! 剰え、一番強いのがあんた達!? ふざけないでよ、あたしが一番よ! 貴方達を殺してそれを証明するわ!」
血走った眼で僕を睥睨すると、語気を荒げて下知を下す。
「さあ、早くこいつらを殺しなさい!」
やはり、姫はどこまでいっても姫だ。
そんなしょうもない理由で仲間を殺すだなんて。
「もう、終わらせよう」
そう言って僕は蹶然と地を蹴った。
姫に操られたクラスメイトたちが僕を止めようとするが、僕の動きについてこれない。
間隙を縫って姫に迫る。
「な、なんで……!?」
動揺する姫に杖を突きつける。
なんでかって? 理由は単純だ。
「スタミナだよ」
ステータスのひとつである『体力』とはHPのことだけではなくスタミナのことも指す。
当然レベルの高い人の方が『体力』の値が多いので、必然的に格下よりもスタミナに勝る。
姫は全体の動きを統一していた。だから、みんなが同じ速度で動くため疲弊しているのに疲弊していないと勘違いしてしまった。
僕は彼らが疲れて隙を見せるたのを狙った、それだけだ。
姫が動けなくなり、クラスメイト達の動きが鈍くなる。鎮静化に掛かった時間はそう多くはなかった。
二人が駆け寄ってくる。
アクションシーンが書きたかったんです……。