18 血に笑う姫
「柊くん! 柊くん!」
随分と時間が経った気がする。
皆月さんの声が聞こえた気がして、僕は重い瞼を開いた。
眩しい夕陽をバックに、皆月さんの泣き顔が目に入る。
なんで泣いているんだろう……?
地面に寝かせられていた上体を起こすと、皆月さんが歓喜の声を上げて抱きついてきた。
「柊くん、良かった!」
「……え、何?」
僕は何が何だか分からない。
そんな僕の顔を見て脇に控えていた慎太が嘆息して口を開いた。
「恭平、お前死にかけてたんだぞ?」
瞬間、脳裏にコボルト・ソルジャーの姿がフラッシュバック。僕は一瞬で現状を把握する。
「ああ、そうだったね。それで、僕はどのくらい寝てたの?」
「ったく、そうだったねって……。5分くらいだ。俺と皆月さんが必死こいてキュア唱えまくったんだよ」
「そっか、迷惑かけてごめん。ありがとう」
「無事ならそれでいい」
微笑む慎太に笑い返す。
そして、視線を僕の胸で泣きじゃくる皆月さんに向ける。僕は彼女の頭を撫で、一言。
「ありがとう」
「ひ、柊くん、わっ、わたし……!」
もうそれ以上言わなくていいと、僕はゆっくりと彼女を抱きしめた。
「でも、私が嫌がったりなんかしたから、柊くんが……」
「責任は何も皆月さんだけにあるわけじゃない」
僕が敵の力量を測りそこねたことも、慎太が油断していたこともある。彼女だけを責めるのは筋違いだ。
それでも彼女は泣き止まない。
困ったなぁ……。
僕が苦笑して親友を見ると、彼は真剣な眼差しで手をワキワキさせた。なるほど、そういうことか。
僕は皆月さんの肩を掴んで引き離す。
彼女の驚いた顔が正面に来る形になる。
そして、僕はゆっくりと両手を伸ばした。
皆月さんの豊満な胸に。
「~~~~~!?」
皆月さんの顔が一瞬で沸騰。声にならない悲鳴を上げている。
僕は真剣な面持ちを崩さずに彼女の胸を揉みしだく。
こっ、これは――!
「素晴らしい!! 最高のショーだと思わんかね?」
「ああ、全くだ! スマホがなくて録画できないのが惜しいぜ!」
慎太が食い入るように眺めている。
それが皆月さんの赤面具合を加速させる。
「んっ、ちょっ、やめっ――!」
扇情的な吐息が漏れてくる。
それに一段と興奮した慎太が大佐の僕に上申してきた。
「大佐! わたくしにもひとつ分けて下さい!」
「フッ、仕方ないな……。皆月さん、そういうわけだから、ひとつちぎって分けてやって――ぐふぉっ!?」
肘鉄がっ、腹にっ!
僕のHPが一気に減っていく!
僕、防御力なさすぎだろう!?
「へ、変態!!」
乙女座りする皆月さんが自分の身体を抱きながら叫んだ。
だって、仕方ないだろう?
僕と慎太は笑って返す。
「「男は皆オオカミ!!」」
「ああ、こういう人達だってこと忘れてた……」
悄然とした皆月さんの声だけが迷宮内に虚しく響いた。
ひと騒動終えて冷静になった僕と慎太は腫らした頬を撫でつつ先の戦闘で判明したことを話す。
「厄介なことに、モンスターにも知能がある。俺はまんまと奴の策略にハマったわけだ」
「それだけじゃない、モンスターもスキルをもってることも分かった。コボルト・ソルジャーが慎太に向けて放ったのは、間違いなく『一閃』だった」
この二つの点はワイルドウルフには見られなかった。
ワイルドウルフの攻撃は単調で、規則性があった。スキルも使わないし、攻撃一辺倒だった。厄介なところと言えば、若干群れるというところか。
コボルト・ソルジャーとワイルドウルフの違いを挙げれば、レベル、種族など幾らでもあるが、中でも重要なのは見かけだろう。これは勝手な推測だが、人の外見に近かったから知能があったんじゃないか? スキルはレベルなどの別の要因にあると思える。
だが、これらは憶測に過ぎない。今話したところで何にもならない。
「ど、どうするの?」
不安に駆られ、皆月さんが僕らの顔を眺める。
言えることは限られる。
「これからは気をつけよう、としか言えないね」
「モンスターの一挙手一投足を注視して、油断ならねぇようにするしかねえ」
「そう、だよね……」
再び俯く皆月さん。
でも、今言ったことはこうとも取れる。
「僕らは運が良かった」
「え?」
「死なずに戦闘を切り抜け、それを知ることができた」
僕は立ち上がって彼女の手を取る。
「死んだらそこまでだけど、生きてさえいればやり直せる。前向きに捉えていこう」
「うん!」
「それじゃあ、戻ろうか」
三叉路を直線的に進み、僕らは元来た道を戻る。
道中モンスターを警戒しつつも道に間違いがないか確認する。次来た時の為のマッピングだ。
「慎太、覚えた?」
「あー、なんとかな。今日進んだ範囲までは」
「え、何のこと話してるの?」
仲間外れはひどいよーと、皆月さん。
僕は笑って返す。
「何って、マッピングだよ。次迷宮に潜った時に迷わないためにね。最も、書くものがないから頭の中でだけど」
僕と慎太で暗記しているので、万が一どちらかが間違っていたとしても直ぐに修正出来る。ここに皆月さんも入ってきてくれると有難い。そう僕が告げると、
「ふ、ふぇぇ……。頭がどうにかしてるよぉ~」
「今更何を?」
皆月さんは使い物にならなそうなので、周囲の警戒を頼んでゆっくりと元来た道を辿る。
「僕の記憶が正しければ、次の道を右折すれば入口の筈だよ」
「俺も同じだ。もう近いな」
行きと違って帰りはレベルが上がったことも相まってスムーズに進めた。
時刻はまだ夕方。果たして姫たちは無事だろうか。帰ってきてないようなら捜索に行こうかと角を曲がる。
そして、絶句した。
「あら、貴方たち。随分と遅かったじゃない……」
そこには、おぞましい笑みを浮かべた姫と大きく数を減らしたクラスメイトたちが血塗れの姿で虚ろに嗤っていた。
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