11 あたしは殺してなんかいない
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間接的とは言え、死亡者が出たのは姫にも責任がある。
彼女は僕らの制止を聞かなかったばかりか馬鹿にした。
姫の言葉に乗ってしまったみんなにも責任はあるが、姫が煽りさえしなければ誰も死ななかった。
彼女には、一人の少年を死なせた罪がある。
その罪を彼女は認識しているのだろう。俯いたまま、蒼白な表情でしきりに何か呟いている。
声に反応して顔を上げる。
「…………は? 何言ってんの?」
その表情に浮かんでいたのは嘲笑。
およそ人を死なせた者の顔ではない。
「あたしは悪くないわ。悪いのは勝手に死んだそいつよ」
そう言って死体を指差す姫。腕がもげて、腸が剥き出しになった哀れな肉塊。飛び散った血がその壮絶さを物語っている。
それを彼女はなんと言った?
「馬鹿が勝手にやったことでしょ」
「てめぇ!」
慎太が殴りかかろうとする。
だが、それよりも先に皆月さんの平手打ちが飛んだ。
パァン! と乾いた音が響く。
「何を言ってるのか分かってるの!?」
涙混じりに皆月さんが叫んだ。
「百合ちゃんは、一人の人間を殺したんだよ!? それなのに、なんでそんなこと言えるの!?」
機先を制された慎太は驚きのあまり呆然と光景を眺めていた。内気な気質から、大声を上げることのなかった彼女が叫んでいる。驚いてしまうのも無理はない。
「殺してないわよ。あたしは、あたしは殺してなんかいない!」
「殺したんだよ!」
「違う! あたしは悪くない! 悪いのはアイツだ! 勝手に死んだアイツだ! その気になれば勝てたのに油断したアイツが悪いんだ!」
こいつは、どこまで死者を侮辱すれば気が済むんだ。
僕は反射的に姫の首を掴んだ。
「なっ、何すんのよ!?」
怒りをぶつけてくる姫に、僕は息を荒げて腕に力を入れた。
「やっ、やめっ!?」
動揺する姫に構わず力を込める。
彼女がこれ以上足を引っ張るようならここで殺した方がいいんじゃないだろうか?
だが、それを良しとしない人間がいた。
「柊くん!」
皆月さんだ。彼女は僕の腕を剥がそうとする。
僕はハッと我に返り腕を下ろした。
「そんなことしたら、百合ちゃんと同じだよ!」
こんな状況下では綺麗事にしか聞こえないが、その通りだ。
でも、分からない。
僕は犠牲者を出さないために戦ったのに、姫を殺したら本末転倒なんじゃないか? でも、彼女はこれからもこのような問題を起こすかもしれない。
「分からない、どうしていいか分からないんだ」
「俺は殺すべきだと思う」
慎太が皆月さんを否定する。
ここが元いた世界なら、皆月さんの言うことはまったくの正論で彼は悪だ。だが、ここは違う。そういうことを言いたいんだろう。
「危険の芽は摘むべきだ」
彼は断言する。
確かに、それがこの場における正論なのかもしれない。
「でも! 百合ちゃんだってこれから更生できるかもしれないんだよ!」
僕は姫を見る。
「なによ……?」
これが、更生?
……出来るのか?
「俺としては生かしておけない。集団に於いて、規律はきちんと敷かれるべきだ。罪人を裁かないでおくと後々面倒なことになる」
「でっ、でも……!」
皆月さんが言葉に詰まる。慎太の言うことはつまり、大勢のために個を犠牲にするということ。
なんて言えばいいのか分からない。こんなことをしたかったわけじゃないのに。
静謐が場を覆った。
……答えは明白だった。
「ふざけんじゃないわよ!」
姫が叫んだ。
「あたしは悪くない! あんな雑魚倒したくらいで粋がってんじゃないわよ! あんたたちはそんなに偉いわけ!? あたしたちにだってあれぐらい出来るわよ! だって、同じ『勇者』じゃない! 出来ないわけがないのよ!」
逆上して立ち上がった姫は騒然とするクラスメイトたちに向けて告げる。
「魔法とか、スキルってやつを使えばいいんでしょ! あのくらいあたし達にだって出来るわよ! アイツは油断しただけ。見せてやろうじゃない! あたし達だって出来るのよ!」
何の根拠もない、荒唐無稽な言葉を並べ立てる。
その言葉に一瞬眉根を顰めるクラスメイトたち。彼らの頭にあるのは一人の少年の末路。
クラスメイトの少女が反駁する。
「何言ってんのよ! 貴方の所為で一人の人間が死んだのよ!?」
悲痛な叫びが呼び水となり、雲霞の如く反論が湧く。姫はそれを手で制し、告げた。
「じゃあ、このままでもいいの!?」
その一言に場が静まり返る。
「あたし達にだって、出来ることでしょ!? このままいいとこだけ持ってかれて、黙っているの!?」
瞠目するクラスメイトたち。それは憧憬を現実へと変えることが出来るという淡い希望。
「出来るでしょ!?」
理の当然とでも言うように、姫は言った。
それが僕らの戦いを呆然と眺めることした出来なかった彼らのプライドを刺激し、奮起させた。
「できるに決まってる!」
「だって、同じ『勇者』だもの! 私達だって……!」
その光景を見て、姫は歪んだ笑みを浮かべた。神官長を彷彿させる笑みに背筋に寒いものが走る。
彼女には、扇動者としての天才的なまでの素質がある。しかし、それは皆を破滅へと導くことになるだろう。
いいのか? 本当にこのままでいいのか?
「もう、殺すしかねぇ!」
「四条くん! やめて!」
慎太は腕にしがみつく皆月さんを睨む。
「……皆月。放せ」
「いや! だって百合ちゃんを殺そうとするんでしょ!?」
「ここで殺しておかないと後悔することになる!」
「駄目! 絶対に駄目!」
慎太の言う通り、殺すしかないのか?
……いや、違う。絶対に違う。
ならせめて、『勇者の窓』について教えておくべきだろう。
「小城さん! 聞いてくれ! 僕らの強さの理由は……」
「黙りなさい!」
「えっ――?」
姫は振り向きざまに僕を睨んで一喝した。何がいけなかった?
「あたしはあんた達から施しは受けない! 絶対に! 屈辱よ!」
彼女は、虐めていた相手が強くなったことに嫉妬し、意固地になっているのだろう。
でも、他のみんなの命が掛かっている以上引き下がるわけにはいかない。
姫が聞かないなら他に働きかけるだけだ。
「みんな聞いて! 僕らの強さの理由はステータス……」
「黙れって言ったでしょ! みんな、こんな奴の言うことなんて聞かなくてもいいわ。さ、行きましょう」
姫がそう言うなり、みんなは僕を無視して先へ行き始めた。迷宮の奥に。
駄目だ。それは駄目だ――!
「待って! 僕の話を聞いてくれ!」
「待たないわよ! うるさいわね!」
石が投げられる。レベルが上がったおかげで痛くはないが、目を瞑った隙に駆け足で奥へと行ってしまった。
「離せ皆月!」
背後では、慎太が力ずくで皆月さんを振り切っていたが、その時には既に姫の姿はなかった。
ダンジョンの奥に進んでしまった。
慎太が僕の肩を揺さぶって問いかける。
「恭平。あいつは、知らないんだよな!?」
それは、『勇者の窓』のこと。僕らが魔物に抗う術を獲得するもの。
それなしでは、きっと――
「死ぬ。彼女は、絶対に知らない」
クラスメイト総勢43人中、姫は38人を連れて死地へと赴いて行った。
僕らにそれを止める術はなかった。
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