七輪 散り際に芽が出る華の名前
半年で1話投稿
私は十年前の事件、ある一族が住んでいた村が一夜にして壊滅した事件。
紅月事件。
それとほぼ同時刻で起こった自然現象。
大空間渦。
それに巻き込まれ、化物じみた力を得た。その所為で帰ってこれた時、私を見る皆の目が恐怖した。
鈴ノ森飛鳥ではなく、まるで妖怪、
怪物、化物、化物──
そのような異物を見る目だった。
何でそんな目で私を見るの?
私何も、何もしいてないのに何で、私、何もしてない。
この時からだった。
ある人を憎んだのは……。
皆が避けていく中、たった二人だけが接してくれた。
一人は翳吹紗織。
そしてもう一人はこの町に来て日が浅い黒髪の少年だった。
少年は憎いあの人にとてもよく似ていた。
少年は私が化物と呼ばれていることに腹を抱えて笑った。
──お前が化物?僕より弱い奴が化物?あははははははは……。はぁ、笑わせるな。
少年は笑った後、私を睨んできた。
──お前はこのままでいいのか?
その時私は、何の反応もしなかった。
それを少年は肯定したと捉えたのだろうか、魔器を展開した。
──お前も魔器を展開しろ。じゃないとこの首を貰うぞ。
幼い子供にしては恐ろしい言葉を使う少年。
少年は魔器を私の首に突き付けた。
私は少年に恐怖し、本能が強制的に化物と言われている力を放つ。
しかし次の瞬間、強烈な悪寒と恐怖を覚えてしまう。
今まで感じたことのない、とてつもなく大きな魔力。
恐ろしい。
頭の中は絶望と恐怖で逃げなきゃと考え始める。
──恐れてるのか?なら逃げてろ、後悔は直ぐ後ろだ。逃げないと分からないことだってある。
その時の勝負は私が逃げて私が負けた。
その後、誰かが私達の勝負を見ていた人がいて、噂として一気に勝負のことが広まり、今度は少年が化物と呼ばれることとなった。
後で聞いた話し。
私が逃げた後、少年は私の家族を襲って逃げたそうだ。
その時の少年の言葉、
──何で家族を化物扱いしてんだよ。この汚いゴミどもが。
私は気付かないうちに少年に救い出されていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私はあの時、逃げたことを後悔した。私が逃げたことで大きな傷を負わせてしまった人がいるから。
私はあの頃から全然変わってない。
全然。
逃げて隠れる。ただその繰り返し。
昔と一緒で、何言っても否定されるだけ、あの時の少年みたいに皆の否定を否定してくれる人がいたらいいのに……。
「神代柚希」
「白雪桜が今、助けるから必死になってでも………………自分は正当だと胸だけは張っていろーーーーーーーー」
奈緒の大声。
その声に反応して抱えている膝から顔を上げる。
その顔にはもう光はない。涙と土で汚れている。必死に逃げて必死に堪えて必死に助けを求めて、すべてに必死になり過ぎた結果。身体は傷、汚れ、精神の擦り減らしでボロボロに成り果てていた。
今は何も信用できない。
──理解者であって欲しい。
あの人と別れる前に言われた言葉。
今ならその言葉が理解できる。
理解者がいれば心の負担は少なく、助け合うことができる。
「もう遅いよ。何で最初から助けてくれなかったのよ」
顔を少し下げた瞬間、
「アアアァァァアアああぁぁぁ」
身体中に電流が走る。
「鈴ノ森飛鳥を見つけたぞ、こっちだ」
白綾学園の生徒が集まり、次々魔法を詠唱していく。
飛鳥は防御魔法、障壁魔法を唱えることをせずに、ただ立って自分が死ぬことを待っている。
魔法は飛鳥の生命力を喰らっていく。
もう居たくない。
この世界から消えたい。
私は死んで楽になりたい。
──お前は化物なわけないよ。だって、化物だったらそんな顔しないね。周りから死ね死ね言われて死にたくないなんて思わないし、逆に化物だったら皆を殺していたね。
──だから笑顔でこの世界を生きてみたくないか?
自然と目から涙が溢れてくる。
涙で視界が歪み、何も見えない。
魔法が自分に迫っていることは分かっている。
「アアアアアアァァァァァ」
飛鳥は力尽きたのか、その場で倒れる。
生徒達はそれでも魔法を打ち続ける。
──まだ、生きたい!!
滲んだ涙は乾き、視界が晴れていく。
「ガアアアアアアアアア」
飛鳥の盾になるために身を投じた人が飛鳥に瞳に写される。
「えっ!奈緒ちゃん!!」
なんで私を助けたの?
「私はまだ、お前の言葉を聞いてないぞ」
私の言葉。確かに事実を言っていない。
「私は何もしてない」
「そうだったのか。だが私が聞きたかったのは飛鳥自身の本心を聞きたかったのだが、まあいいか。顔に書いてあるし」
飛鳥の顔は涙で湿らせながらも強気な面構えをしていた。
飛鳥が魔器を展開した直後、生徒達の後ろから悲鳴が上がる。
「邪魔よ貴方達」
生徒達は皆、その声が発せられると、同時に王が通る道の様に道を開ける。
そこにレイシアと黒く燃え上がり倒れている生徒がいる。
「貴女が鈴ノ森飛鳥ね」
魔法のスペルを唱えながら、残り五メートルの所まで歩いて来て。
「消えろ」
「飛鳥!!」
飛鳥は涙で湿らせた顔を微笑ませながら「大丈夫」と言う。
黒い焔が飛鳥を包み込み、爆発する。
爆発は膨張するように拡がる。
しかし、その爆発は不自然だった。それに気付いたレイシアは訝し気に爆発の中心核を睨みつける。
「おかしい。私の焔はこんなに爆発が拡がることはなかったはず」
爆発が晴れると飛鳥は倒れていることなく、毅然と立っていた。
「鈴ノ森飛鳥貴女、どうやって私の焔を防いだ」
飛鳥は身体も服もぼろぼろだが、爆撃の前後の姿は驚く程変わっていない。
「私を縛る戒めを使っただけよ。一瞬だけって難しいから成功するか心配だったけど、成功したみたいね」
黒髪の少年によって自分の道を間違えぬよう植え付けられた記憶。
──戒めの力
飛鳥は魔法のスペルを唱えていく。そして、
「オーロラ・ブレイズ」
真紅の綺麗な炎が飛鳥の身体を灯す様に包む。
(これでアレを使わなくて済む)
飛鳥はレイシアとの間合いを詰め、斬戟を行う。しかし、レイシアの魔器、ドラゴン・スレイヤーに押し返されてしまう。
「飛鳥、貴女の力はこんなものではないでしょう?」
「飛鳥」
「邪魔よ」
飛鳥へ駆け出すところをレイシアの焔により弾き返される。
「無力の貴女が助けに入っても同じ結末にしかならない」
「無力?」
レイシアは軽蔑の眼差しで水無月奈緒を見据える。
「そう、貴女は無力。何の力も無いただのゴミよ」
「レイシア・ルーク・ダイヤモンド、貴様にとっては手で触れることさえしないだろうゴミでも私には力がある」
「そう、ならその力を見せてもらいましょうか」
レイシアは魔法を唱え、複数の魔法陣が空に描かれていく。
それでも奈緒は一歩も引かない。
白雪桜なら絶対にこう言う。
奈緒が体験したあの日のことを思い浮かべて言う。
「身も心もボロボロで何やっても傷付くことばかりで嫌になったある日拾ったゴミをグチャグチャにされたゴミを開いたことにより救われる。拾ったゴミには何の変哲もない未来うぃ灯してくれる言葉が書かれていた。
──大丈夫だ。まだ頑張れる──
とな」
白雪桜なら強制はしないが言葉で相手に教え、選ばせて救うだろう。
白雪桜の言葉があったからこそ今の飛鳥がある。
「フフフ、何を言うかと思えば、そういう貴女はここの生徒全員相手で大丈夫なのかしら?」
奈緒は首を傾けて、
「私達三人以外、何処に戦える奴がいるというのだ?」
レイシアは周りを確認するが、立っている者は疎か、皆意識を失っている。
「私を舐めてもらったら困る」
奈緒の周囲から水の武士が姿を現す。
「剣は衰えても研いてきた魔法で負けたつもりはないぞ」
水の武士が二体、レイシアに向かって走り出す。
「魔法で作った人形など──」
レイシアの魔法は阻害され消える。
レイシアは体勢切り替えて水の武士の一体を斬り裂こうとした瞬間、
「暇潰しにならないと言いたいのか」
水の武士はレイシアの剣の軌道に沿って躱した。
そして二方向からの斬戟をまともに受けてしまう。
「私は剣を魔法で濁したことを代償に魔法を自由自在に操る術を手に入れた」
「魔力操作に長けた魔法使いか。これは厄介なものね。でも、操作してる間は貴女は動けないのかしら」
確かに奈緒は一歩も動いていない。
「さすがに深手を負った状態で魔法を操作しながら動くのはきついからな」
「だから脆い」
瞬間、奈緒の右腕が斬り落とされる。
「えっ?」
理解出来なかった。
魔法を使わず、剣だけで風の刃を作りだすなんて、不可能なはず。
「奈緒ちゃん!奈緒ちゃん!!」
あぁ、飛鳥の声が聞こえる。
意識が朦朧とする中、飛鳥の声が間近で聞こえてくる。
「ダメ!奈緒ちゃん死んじゃダメ!」
奈緒は髪を結んでるリボンを解くと斬り落とされたほうのうでをきつく縛る。
飛鳥の顔を見る。安心したのか奈緒の視界はだんだん暗くなり気絶した。
一言だけ残して……。
「私は、お前の陰になれたか?」
奈緒の顔に雨が降る。飛鳥という雨雲によって……。
「うわああああああああああああああああ!!」
飛鳥は巨大な炎に包まれる。
巨大な炎の中、飛鳥の背後に鬼が立っていることをレイシアは視界に捉えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
眩藤さんが禁忌の魔法を放った。
ならこの事件の黒幕は彼しかいない。
でないと辻褄が合わない。
彼はあの日から僕を貶める為に仕組んだのだろう。
彼は鈴ノ森飛鳥と翳吹紗織を囮にする為、それぞれ炎と氷の禁忌の魔法を放って事態を騒がせた。
彼が僕に禁忌の魔法を使って殺しても、誰も彼が殺ったと悟らせない為に。
桜は校舎裏に来ると止まり、ある方向を向いて言葉を発する。
「そろそろ出てきたらどうですか。近衛さん」
「何故俺だと分かった?」
近衛は桜の実力を怪しんだだけで行動に怪しい所はなかった。
だが、桜には近衛以外、犯人はいないと考えている。
何故なら、
「僕の右目の神眼で、あの氷の塔にした魔法の波形を読み取ったからと言ったら、分かりますか」
桜は右目の神眼で魔法の波形や情報、魔力等を見て知ることができるが、それだけが理由ではない。
「僕の両目は神族と魔族から受け取った眼ですから、誤魔化そうとしても無駄なことです。それに──」
桜は知っている。彼の性格を──
「彼は眩藤さんは家族を変えた禁忌の魔法が死ぬ程嫌っていますから」
そう、彼は筋金入りの禁忌の魔法嫌いなのだ。
禁忌の魔法を使用したその日、職員室に呼び出され教師に怒られながら死にたい死にたいと言っていた。桜はそれを扉越しに聞いていた。
その後、彼は禁忌の魔法を使い、斬り裂いた。
彼は自分の利き腕を斬り落とそうとしたみたいだが教師達が止めに入り狙いが反れて右腕が二つになった。
しかしあれは、あの魔法は、
「だから禁忌の魔法を使わされたと知ったとき、彼は本気で死のうとしてました。そして、彼は死にました」
そう、彼は完全に死んでいる。
「はあ?今日学園に登校してたが、あれはドッペルゲンガーとでも言うのか?」
生きている。生きてはいるが、彼は死んだ。
「答えろ。でないと鳴神大蛇の八つの首が降り注ぐぞ」
近衛の後ろには電流でできた八つ頭の巨大な蛇がいた。
「答えたところで結果は変わらないと分かっていますが、彼は魔法師としての人生が終わりました」
「そうか。それで提案だが」
「貴方に提案などないと思いますが何ですか?」
「死ね」
桜に電流の蛇が襲い掛かる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
弓と剣が弾き合うなか紗織は意識の中の何かが切れた。
「この女風情がぁ」
プツン
ああ。駄目、もう我慢できない。
毎日の告白。振っても振っても諦めてくれない男子達。
ニッコリ笑顔で「無理です」と何回言っても諦めてくれない。
女を侮蔑してる方の教師も例外ではない。
この教師に力無き女は力有りし男と供に有りと言って告白されたことがある。
その時は笑顔で「死んでください」と言った覚えがある。
溜まりに溜まった憎悪が放たれる。
「先生」
景色が白銀に染まり、急激に寒くなる。
「今は女だから勝てないとかは関係ないと思いますが」
今の紗織は無表情。笑顔よりも怖い顔。
「まさか力が弱いからとわ仰いませんよね」
「そうに決まってるだろ。それ以外何が──」
それ以上は恐怖で何も言えない。足から上がってくる冷気で固定されていく感覚。
「それなら白雪桜さんは全て力ではなく、己の業だけで勝ち取ってきました」
紗織は桜の闘う姿を遠くから見てきた。
だから分かる。
桜の闘い方はほとんど力任せしていないことを。
「だからあんなにも闘ってる姿は美しい」
男性教師二人は氷付けに、紗織は母である学園長を横目に睨めつけて走り去る。
飛鳥は何処かと走り回る。
飛鳥はああ見えても傷付きやすい。
だから助けに行かないと大変なことになりかねない。