六輪 雨の中、花弁舞う桜の意味
テキストアプリに書いてて六輪のデータが消えたときは焦りましたが、なんとか完成しました。
テキストアプリ、オソロシヤ~
──何故、僕が泣いているのだろうか。本当に泣いているのかも確かではない。何も分からない。何も感じない。
「僕はどうして泣いているのですか。何故貴方は、僕の何を知っているのですか」
いつの間にか夜になっていた星空を見上げ、一人呟く。
「僕は僕の何を知っていないのですか」
抑揚のない言の葉に感応するように桜の花弁は荒れ舞う。桜の感情を表すかのように──。
──私は本当は兄さんをどう思っているんだろう。
悲哀と憎悪が混沌としてる雪乃の感情。そしてそこに兄へ対する愛しさまでもが混ざり、それが雪乃を苦しめていた。
「私は…」
──私は、兄さんをどう思っているの?どうしたいの?
──わからない。
──わからない。分からない。判らない。解らない。
──兄さんはどうなってしまうの?
──私はどう壊れていくの?
未来が怖い。そう思うだけで胸が苦しくなる。
恐怖してる間に雪乃に植え付けられた花は蕾が開きかけていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、桜は校舎に入って、いつもの空気と別の陰湿な空気が学園全体から漂ってくる。
──ねえ聞いた?
──何を?
──宝玉王族の机と椅子が無くなったんだって。
──それ聞いた聞いた。焦げ跡が残ってたんだって?
──絶対、鈴ノ森飛鳥の仕業よね
桜は教室に入ると残酷な光景を目にする。
一人の生徒がレイシアの闇の焔の手で首を掴まれていた。
「誰?私の席を消したのは」
「す、鈴ノ森だ」
「鈴ノ森?あの赤髪の」
「そそうだ鈴ノ森飛鳥。あいつがやったんだ」
「そう、あら?、顔色が悪いわねどうしたのかしら」
レイシアは笑みを浮かべながらそう訊ねる。
「くる、苦しい。助け、て」
生徒から力が抜けていくのがわかった。
「不確かな情報をありがとう。さようなら感謝するわ」
そう言うと闇の焔の手から生徒が崩れ落ちるように倒れる。
一時の沈黙。
「イヤアアアアアアアアァァァァァァ」
悲鳴、それが合図となり全員が走り出した。混雑する教室の出入口。
全員が逃げ切ったところで桜はレイシアに向き直る。
「何故殺したのですか」
静かに訊ねる。
「私に逆らうとどうなるか教えてあげただけ、貴方もこうなりたいのかしら?」
レイシアは桜に目を向ける。その時、背筋が凍った。
桜の身体は鎖が見え消えし、鎖の隙間から覗く桜の姿が異様に感じたのだ。普段は何も感じないが、時折桜を異質だと感じる時がある。
桜の後ろに武人と言える者たちがいるときの桜。
そして、鎖が突然現れたときの黒髪の桜。
レイシアは警戒と恐怖する心に堪えながら一歩また一歩と足を進ませようとするが、桜が一歩進んだ瞬間。恐怖が襲い魔法を放ってしまう。
桜は油断していた為避けることが敵わず、まともに受けてしまう。
二階の教室の壁を突き破って外に出た桜は落下する。
そのとき、視界が一瞬真っ白に染まる。視界が晴れたとき、目に映る時計塔は氷付けになっていた。
鈍い音をたてて意識が途絶える。
◇◆◇◆◇◆◇◆
──う、うう
──う
──うえーん
ある日、小さい僕は泣いていた。
唯一の血縁だった母親を亡くし、行き場を無くした頃の僕。
──うえーん、うえーん
それからだろうか。僕が人を信用出来なくなったのは──。
亡くなった原因を聞いた。
まだ何も理解できない頃の僕は人を恨んだ。
なんで僕の母さんだけがいなくならないといけないの──。
みんな死んでしまえばいいのに──。
みんな死んでしまえばいいのに
◇◆◇◆◇◆◇◆
はぁ…はぁ…
鈴ノ森飛鳥は逃げる。
生徒から?
教師から?
違う。
ゆきちゃんに嫌われるから?
ゆきちゃんに疑われるから?
違う違う違う。
一つや二つの理由で逃げてるんじゃない。
全てから逃げてる?
そうかも知れない。
だって逃げるしかないから、そうすることしかできないから──。
でも、本当にこれいいの?
教えてよこの後のことを──。
なんで教えてくれなかったの?
「お姉ちゃん」
そう呟いていた。
走っているうちにいつの間にか中庭に立っていた。
「やば、ここから離れないと」
そう言って走り出そうとした瞬間。
爆音が響き目を向ける。二階の教室、自分がいつも学んる教室の窓、壁を突き破って黒い焔が広がる。その中から白雪桜が落下していく。
「ゆきちゃん!」
そして視界が眩い光によって白に染まる。
視力が戻ると倒れている桜に駆け寄り、泣きながら抱く。
「なんで私だけこんな目に遭うわけ?」
桜の胸板に顔を当てながら泣く。
「あの時だってそう、私が最初で紗織が後……」
「いたぞ!彼処だ!」
鈴ノ森飛鳥は自分を追いかけている生徒に気付くと桜を放して一言。
「信じてるから」
そう言って逃げる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
桜は意識が戻ると泣き声が聞こえてくる。
「なんで私だけこんな目に遭うわけ?」
鈴ノ森飛鳥の震える声が桜の耳に染み着く。
「あの時だってそう、私が最初で紗織が後……」
翳吹紗織の名前。彼女と何か関係があるのだろうか。
それとも、
「いたぞ!彼処だ!」
その声とほぼ同時に鈴ノ森飛鳥は桜を放す。
「信じてるから」
鈴ノ森飛鳥が走り去ったと分かり漸く起き上がる。
「あの時……」
あの時がいつの話かは分からない。その場に翳吹紗織がいたことも……。
桜の横を大人数の生徒が通り過ぎる。その通りすがりで水無月奈緒と目が合い、水無月奈緒だけが桜へと進行方向を変える。
「白雪桜」
水無月奈緒は桜を鋭い目付きで見つめ、言葉を言い放つ。
「飛鳥を止めてくれ」
桜は目を瞑ったまま黙って次の言葉を待つ。
「飛鳥はあんなことする子じゃなかったんだなのに今日に限ってあんな行動を起こすなんて、今日の飛鳥はなんか変だ。私は──」
──キィィィン──
桜が水無月奈緒の首に魔器の刀を突き付かれた瞬間、反射的にそれを弾いた音が鳴り響く。
「何をする!桜」
「貴女が変です。水無月奈緒。そして、この状況も」
桜は弾かれた刀の軌道を無理矢理変え再び水無月奈緒の首に突き付ける。
「眼前が黒い靄で前が見えていない貴女は此処で眠ってください」
桜の気配が変わっていることに気付き距離を取って自分の魔器である槍を構える。
「私は飛鳥を止めたいだけだ。あいつは本当はあんな人の物を壊す奴ではなかったんだ。だが──」
「分かっているのなら何故、傍に居てあげないのですか。本当の鈴ノ森飛鳥はどんな人ですか」
「あ──」
水無月奈緒はいつもの鈴ノ森飛鳥の人柄、表情、行動を思い出す。
飛鳥はいつも楽しそうで皆に元気をくれる。いつも笑顔でえがおで……。
「僕の知っている鈴ノ森飛鳥はいつも笑顔で騒いでいて、迷惑で人を笑わせようとする人。そんな人から笑顔や迷惑を消し去ったのは誰ですか」
水無月奈緒の表情は徐々に崩れていく。
鈴ノ森飛鳥はいつも無理して元気に騒いでいた。周りを暗い色から明るいに染める為に。
そんな飛鳥を私は──
「どんな強者でも死に急ぐことがあります。一つの行動、言葉は癒しの基本。喩えちっぽけでも救えることがある。それだけは覚えていてください」
桜はそう言って時計塔へ歩いて行く。
◇◆◇◆◇◆◇◆
奈緒は桜の背中を見ていた。
「だから私に向ける笑顔より桜に向ける笑顔の方が嬉しそうにする訳だな」
悔しそうに片目から涙を流す奈緒。
「にしても、さっきの気配………。本当に感情がないのか白雪桜は?」
そんなことより飛鳥が優先だ。じゃないと、命がかかってる。今の全生徒は加減を知らない。急がないと──。
飛鳥を捜す為、一歩ずつ足を速めてそして──
「白雪桜が」
今までの記憶で出したことのない大声で、
「今、助けるから」
喉が痛いが関係無い。自分よりも痛みを感じている人がいる。
「必死になってでもゲホゲホゲホ」
やはりと言うべきか、咳き込みはじめる。
それでも飛鳥にこの言葉が届くように
「自分は正当だと胸だけは張っていろーーーーー」
最後は掠れた声が響き、反響する。
この言葉が飛鳥に届いたかは分からない。
届いて欲しい。いや、届け。そして心に響け。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「胸だけは張っていろーーーーーーー」
最後の言葉だけ掠れた声、それでも桜には何て言ってかははっきりと聞こえていた。
「やっと奈緒に守るものが出来ましたね」
どれだけ強くても人は、首を絞め続けられたら苦しい。人は、精神のダメージにはとても弱い。
「奈緒は飛鳥を守る理由を見つけられなかった」
周りに捲き込まれやすいのは人の弱味である。
しかし、奈緒には何かにすがることができた。
「だから僕は理由を与えた。親友より上をいく」
奈緒は桜という違和感に気付けた。
「強い者の、鈴ノ森飛鳥の影になれ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
私は母が学園長を務めているこの学園の入学式で初めて白雪桜を見たとき、胸が高鳴り、すれ違い様につい言ってしまった。
『早く魅せて、貴方の封印された、その力を──』
それから白雪桜は私を警戒して避けるようになった。
私は白雪桜のあの姿をまた見たかった。
でも、彼は私のことなんて知らない。私が一方的に白雪桜を知っているだけだから。
だって私は白雪桜と会ったことあるけど、白雪桜は私と会ったことなんて一度もないのだから──。
「翳吹紗織そこまでだ」
振り向くと数人の教師達が魔器を展開して紗織を睨んでいた。
「時計塔はお前がやったんだな」
紗織がいる場所は凍り付いた時計塔の入口付近。
「違う、違うのお母さん」
この場には学園長もいる。だから母である学園長に訴えかける。しかし、翳吹翠は顔を娘から背ける。
「違うのお母さん。私は──」
何もしてない。その言葉は出なかった。自分の脅威が間近に迫っているのだから。
「学園長の娘だからって容赦はせん」
ガッ!ザッ!
振り下ろされた剣の魔器は紗織に傷を与えることなく、地面に刺さった。そして紗織は眼前の光景が瞳に広がる。
「全く、貴方達教師は何を考えているのですか」
白雪桜、彼が教師に刀を首に当てていた。
「白雪桜、君という生徒は──。いや、君が黒幕だな。この学園を潰す気か」
桜に矛先が向く。
それもそうだろう。実力のない者からは劣等種と言われている反面、実力のある者は皆白い死神と恐れられており、桜を中心とした勢力が自然とできていた。その勢力が動くとこの白綾学園は潰れると言われている。他校もその勢力には警戒して白綾学園には手を出さない。不良と戦闘狂の黒六学園と邪帝グランジル学園の生徒は桜に手を出して半殺しにされている。
だからその勢力で白綾学園は助かっているところもある。
そんな勢力に鈴ノ森飛鳥、翳吹紗織がいる。だから桜が黒幕だと思われてもおかしくない。
「教師とは名ばかりの飾りですね」
桜は躊躇いなく眼前の教師の右手首を軽く裂いた。
教師は断末魔じみた悲鳴をあげる。
「禁忌とされてる魔法の存在を知らない貴方達教師に今回の黒幕について語る資格はありませんので大人しくしていてもらえますか」
「じゃあ、あれは禁忌の魔法だとでも言うのか」
「全てを凍てつかせる電の魔法。ディ・コンジェラシオン」
その言葉と同時に桜の意識が暗転する。
◇◆◇◆◇◆◇◆
雨がポツリポツリと降る中、桜の花弁が激しく舞っていた。
「また……この場所、」
「心はこんなに泣きながらキレているのに顔は感情が宿ってねぇな」
そう言ってケラケラ笑う桜に似た男。
「さて、お前は禁忌魔法使いにどう立ち向かうつもりでいるんだ?」
その問いに桜は直ぐ答えた。
「できるかどうかは分かりませんが、できる所までやって、後は、限界を超えてみます」
その答えに男は驚きを隠せず、誤魔化しにフッと笑った。
その時、視界が白く染まっていく。
「ま、頑張れよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
桜の意識は現実に戻され、教師と対峙していた。
「桜さん私のことはいいので早く行ってください」
桜は視線だけを翳吹紗織に向ける。
「私ならもう大丈夫なので、早くこの状況に終止符をお願いします」
翳吹紗織の表情はもう既に覚悟を決めてるようだった。
何故こんなに立ち直りが早いのか桜には分からなかった。動機が見つからない。
しかし、ここで立ち止まっているより動け。それが最善の行動。
「分かりました」
そう言うと桜はその場を去る。
紗織はその背向けて、
「信じてますから」
そう控え目に投げかける。
紗織は魔器を展開する。
その魔器は異様な弓の形をしてる。弓丈は二メートルから三メートルで弓本体の成りの部分は剣の刃でできている。
「先生方、少しの間眠ってもらいます」
紗織は三本の光の矢を放つが、一本は躱され、二本は塞がれる。
しかし、塞いだ方の魔器は凍り付けになり、地面に落ちる。
紗織は学園長である母親に身構える。魔器が凍り付けにされてないのは学園長である翳吹翠だけだから。
さすが母親やってるだけあって娘の技を知っている。
「お母さん」
「教師を嘗めんなあああぁぁぁぁ」
教師は凍り付けにされた魔器を無理矢理持ち上げ、紗織を襲いかかる。もう一人も持ち上げて紗織に迫る。
そして三本の魔器が火花散らす。
しかし、紗織が押されている。それもそうだろう。凍り付けされた重みと男性の力では押されるのは逆らえない。
「実力で教師に勝てると思うな。女風情がぁ」