7
「迷惑かけないから…、だからお願い…、もしバレたらいつの間にか私が消えたと言ってくれれば…」
修学旅行のプランを班の皆で話し合いの最中、私は行き先が決まってから、ずっと考え続けていた事を班の皆に頼むことにした。
修学旅行の班は、女子は美雪と恵ちゃんと私、
中学から一緒で、体育祭で瀬名君に引っ張られて行った時に、助けてくれたのか窮地に追いやってくれたのか分からない実況をした美雪は、頭の回転が速くて、元気一杯。
その明るさと、さっぱりとした気さくな性質から友達も多く…けれど、いつもそうやって人の中心に居ると凄く疲れるらしくて、そんな時は良く私の所に来る。
美雪曰くに
「天然さに眩暈するけど、愛海の隣は力抜けれるから楽だわ」
とか、言ってる。
私は、わりと一人で居ることが多いし、図書室に入り浸って居たから、お互い何時も一緒と言う訳ではないけれど、何かの時は一緒にいることが当たり前になっていた。
恵ちゃんはサッカー部のマネージャーで、一見人形みたいな綺麗な子だ。
美雪とは一年生の時からの友達らしくて、 二年生でクラスが一緒になってからは私とも良く話す様になった。
話してみると、ふわりと見惚れるほど華やかに微笑みながら中々辛辣な発言をしたりするのが面白くて、全く毛色の違う私達は何故だか気があって 、今回の旅行でも一緒の班になった。
男子は篠原君と木田君と瀬名君、皆サッカー部らしくて、篠原君は 夏前に三年生が引退したので二年生ながら部長をして居るらしく、マネージャーの恵ちゃんと一緒に居るのをよく見かける。
木田君は一見運動部所属とは思えない感じの眼鏡をかけた理知的な雰囲気の男子、実際ものすごく頭が良く、学年でもトップクラスの成績で、そこから落ちているのを見たことがない。
けれどその分少し近寄りがたい感じで今まで余り話したことはなかった。
そして、瀬名君。
篠原君が恵ちゃんに一緒に回らないかと聞いてきた結果、修学旅行はこのメンバーで班を組むことになった。
「自由行動中、一時間だけ別行動?」
修学旅行は基本的には班行動、旅行前に予め決めておいたコースを回ることになる。
そのコースの話し合いの最中、私が言い出した言葉を訝しげに聞き返す美雪。
「京都の銀閣寺の近くにどうしても行きたい所があるの…、ずっと行ってみたくて…でも、そうそう行けるところじゃ無いし、多分皆には興味のないところだし、見学コースととしても却下だと思う、だから、諦めようと思ったんだけど…、そこね、後を継ぐ人間が居なくて今年中には閉店してしまうかもしれないって…」
「何処なの?」
「小さい本屋なんだ、私の大好きな作家さんの生家でね、もう亡くなった作家さんなんだけれど、制作ノートとかもう手に入らない本とか取り扱っているらしくて…、北森皐月って云うんだけどね」
そこまで話すと
「北森皐月!?」
突然木田くんが驚いたようにそう云う
「そんな所があるのか?」
「うん、昔インタビュー記事で読んで覚えてたの、どうしても一回行ってみたくて、無理だと思ったけれど、修学旅行が京都だって知って電話だけしてみたの…、そうしたらその話を聞いて…お願い、銀閣寺のコースの二日目に、次のところには必ず間に合うように行くから…」
「僕も行く」
「は…?」
「木田?」
私が必死に皆にそう言い出したら、木田君が真顔でそんな事を言い出すから驚いてしまい、他のみんなも吃驚したように木田くんを見ている。
「北森皐月なら、僕も大好きな作家だ、でも、そんな話知らなかった…、本当にそんな場所があるなら、絶対行きたい! いや、行く! 工藤さん連れていってくれ」
いつの間にか目の前10センチほどの距離に顔があって、そんなことを言われ、想定外の状況に固まっていると
「落ち着け」
篠原君がぐいっと木田君の肩を掴んで椅子に座らせて、軽くこめかみを指で揉みながら
「え…っと? つまり工藤さんは其の本屋さんに行くために、時間が欲しいわけだね?」
「うん、巻き込んじゃ悪いかなって、最初は黙って消えようかと思ったけれど…」
「馬鹿、そのほうが騒ぎになるだろ!」
瀬名君に呆れたように言われて
「うん、そう思ったの…巻き込むのは申し訳ないんだけど、何かあれば私が消えたことにしてもらえれば…」
そう言うと
「僕も行くからな!」
木田くんがそう宣言していて
「あのさ…、それくらいなら最初からコースに入れたほうが良くない? 二人がこれだけ行きたがっている所なんでしょう? 別にコースは神社仏閣と決まっているわけじゃないし、ゲーセンに行きたいとか言っているわけでもない、夭折の作家の足跡とか何とか言えば許可取れそうだけど?」
疲れたように美雪がそんなことを言う
「え? でも、皆には面白くもないと思うし…」
「どうせ、飽きるほど神社仏閣を見ることになるんだ、ちょっと位、系統の変わったのがあっても構わないだろ? だいたい、行方不明で騒ぎ起こされ方がどれだけ迷惑だと思ってる」
瀬名君に言われて、思わず
「だから、行方不明はやめようと思ったし…」
小さい声で反論していたら
「取り敢えず、落ち着いて、決を取りましょう? はい、当事者二人以外で手を上げてね、其の本屋に皆で行く? 愛海と木田君に途中で消えさせる?」
そう、恵ちゃんが笑いながら言うと、満場一致で旅程に組み込むということになった。
そうなると、如何にして先生に許可を取るかという話に話題は移って…。
「先生への提案書は僕が作ろう、工藤さん、その店の資料とかそう言うの手伝ってくれるかな? 許可取るために一緖にがんばろう」
木田くんに力強くそう言われて、私は急に憧れの場所が近くなるような気がして、嬉しくて、思い切り頷いた。
「吉田さん、バスの席変わってくれないかな?」
「え?」
「工藤さんと、もう少し話を詰めたいんだ、僕の席の隣は篠原だし、問題ないだろ?」
にこにこと笑顔の木田くんにそう言われて、ちょっと戸惑ったような顔をしてこちらを見る恵ちゃんに
「私は構わないよ」
というと、恵ちゃんは少し困ったような顔でため息を付いて、判ったわといって席を立った。
とうとう今日は修学旅行の初日、明日にはあの憧れの場所に行けると思うと嬉しくて…。
そう、私たちは見事見学コースに高峰書房を組み込むことに成功したのだった。
あれから、どうやら読書傾向が木田君とはかなり似ていたらしくて、急速に話す様になった。
だったらと披露した図書室のラインナップにも共感してくれて、同じ趣味を持つ同士仲良くなり、念願の高峰書房探訪を前にして私達は、バス車内でひそひそと盛り上がった。
夕食の後、自販機でお茶を買って、そのまま中庭に出る。
日頃、一人で居る事が多い私は、ずっと誰かと居る状況に少し疲れてもいて…、人けの無い中庭に出て、その端っこのベンチに座って一息ついて居た
暫くぼうっとしていると、来た方の道から人の気配がして、まだ一人で居たかった私は生け垣の裏にある道から周りこんで帰る事にした。
そうして、歩き始めたら途中が柵で区切られて居て、此の儘では戻れない事に気がつき、
仕方ないから戻るしか無いかと向きを変えた処で…
「瀬名くん…ずっと好きだったの、私と付き合ってくれない?」
そんな声がして慌ててその場にしゃがみ込む、別に悪い事はして無いけど、ここで私の存在に気が付かれるのは、あまりに気まずいし、生け垣は丁度私の背丈程で覗き込んだらすぐ解ってしまいそうだったから。
「悪いけど…」
瀬名君のそんな声が聞こえると、かぶせるように
「どうして?いま、付き合っている子は居ないんでしょう? だったら!」
「そんな気にはならない」
「中学の時は、もっと付き合ったりとかしてたじゃない?」
何だか必死な様子に動く事も出来ずに居ると…
「兎に角、今はそう言うのする気無いから」
頑な様子の瀬名君に
「……っ」
その場を去る気配がして…、ホッとした私は瀬名君が戻ったら道に戻ろうと思ってたのだけれど、固まってしゃがみ込んで居たからか足が痺れていて…
「あっ…」
こけてしまった
「…誰か居るのか? …て、その声!」
生け垣の向こうから声がして、がさりと掻き分けて此方を見る瀬名君と目が合ってしまった…。
「何してる、こんな所で」
回り込んで目の前に立たれて
「ゴメン、 散歩してたら、誰か来たから、回り込んで帰ろうとしたら行き止まりだったんだ、戻ろうと思ったけど、あんな場出てけないし…」
そう言うと、瀬名君は、全くお前は…と呆れたように呟いた。