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れん  作者: 萌葱
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「おい、大丈夫か?」

「気を付けろ…」

「……馬鹿か?」

 夏休み、忙しくなった部活の中、何とか一日有った部活休養日と図書館整理の日が重なった。


 漸く手伝えたその日、図書室であいつが三回もブックストッパーに蹴躓けつまずき、その度に俺の言葉は変わっていった。


 生徒が図書を触ることが少ない夏休みに、図書館整理が週一程で行われるらしいのだが、今期はやけに成績がいいサッカー部が全国大会の予選を突破した為に、練習が忙しくて中々参加が出来そうもなかった。

 夏休み前に副委員長でもある藤堂にそう言うと、

「だよね、大活躍だし! こっちは心配しないで? 部活動による委員の免除は認められてるし、頑張って」

 一点の曇りもない笑顔で、そう背中を押されたのが、何だか悔しくて…何とかひねり出した奇跡の一日を書棚整理に当てたのだが…。


 要領の良い第二担当のもう一人の副委員長に殆ど人員を取られ、案の定手伝いに行った日は一人で整理していたこの馬鹿は、整理用にそこここに置かれたブックストッパーに行き来する度に蹴躓き、派手な音を立てていた。

 最初はその派手な音に驚きはしたものの、音の割に被害が大したことがないのが判り、

三回目には工藤のそそっかしさに対して、心のままの感想を述べてしまった。

 すると、不満気な顔をしながらも流石に反省するところはあったのか、漸く静かになったと思った頃

「うひゃっ…」

 不可解な悲鳴を上げつつ、器用に後ろ向きに倒れこんできた工藤を後ろから支えた。

 気まずげにゴメンという工藤がきちんと立ったのを確認して、寄り添う事で明確になる、こいつにまだ並べない身長への悔しさと、ふわりとなびいた髪の思いがけず甘い香りに動揺したのを誤魔化すように

「何度蹴躓くんだ、お前は! 二時間で四回とか! 足元をもっと見ろ」

そう言って、背中に回した手を放した。


「お前さ…、木曜なると何かおかしくねぇ?」

 部活中、篠原に指摘されて正直驚いた

 …集中しようと努力はしているが、どうしても一人で作業して居るであろう工藤が気になって居たから。

 けれど、気付かれるほど気を取られていたとは思わなくて

「やっぱりな、ま、気がついたのは俺くらいだと思うけど? 心当たりがあったから見当ついただけだし、 大方あの子だろ?お前の図書委員の相方」

「なんっ…」

「自覚無いのか? お前がらしく無い時は、大抵あの子絡みだろ、図書委員なんてもの自分から引き受けたり、体育祭で派手に引っばり出したり、…昔のお前ならやったかもしれないけど?」

 そう笑う篠原に

「委員はどうせ何かやるだろ、体育祭の時だって誰かは連れてく訳だし」

 そう反論したけれど

「お前、一年の時一番楽そうだって理由だけで、清掃委員なんてやってたじゃねーか、仕事が年六回だとか言って…、図書委員なんて、月一回の集まりに週二回の当番、貴重なフリーの放課後、サボりもせず真面目に通ってるし 、体育祭だってわざわざトラックの真ん中突っ切って、反対側の放送席なんて一番目立つ席に居る奴、本来選ばないと思うが?」

 羅列されてみると自覚以上にらしくない自分の行動に、言葉を返せないでいると

「今日来てるんだろ? 恵が毎週木曜に工藤が来て、一人で作業してるって怒ってた

手伝いたいけど部活抜けられないとかな」

「 心当たりって、それか」

「ま、な、流石に恵から彼女の予定聞いてなけりゃ判らなかったとは思うが、お前明らかにおかしいし? 練習中俺のアイコンタクトに気がつかないとか、普段なら無いだろ」

 思って居たよりも表に出して居たらしいのを知って

「悪い…」

 謝ると、篠原は気になるものは、仕方ねーけどと笑って

「一時間位なら抜けて良いぞ? 行って来い、ただし、それできっちり切り替えろ」

 そう続けられた。

 正直心は動いたけれど、流石にそれはと言いかけたら

「うわの空なプレーなんかして怪我されたらそっちの方がたまんねー、一時間したら、練習試合するからな、遅れんなよ?」

 駄目押しをされて…、結局、素直に校舎に向って走り出した

「あーあ、王子カタナシ…」

 そう笑う声が聞こえたけど、頭の中は一人で書棚に囲まれて蹴躓いて居そうな奴の事で一杯で、気にしている余裕は無かった。


 ガラリ…、図書室のドアを開けるなり、ガッチャーン、聞き覚えのある派手な…恐らくあいつがまた、ブックストッパーに躓いたのであろう音が鳴り響いた。

「あの馬鹿っ」

 慌てて室内に駆け込みぐるりと見回すと、散らばったブックストッパーの真ん中に座り込んだ、見慣れた長いカールした髪の後ろ姿。

 駆け寄って

「怪我は?」

 声をかけると

「あれ? 瀬名君、どうしたの」

 なんて、呑気な顔でへらりと笑ってる姿に、例えようも無くホッとしてしまった自分に、もう駄目だと悟った。

 俺は、こいつが好きなんだ。


 大雑把で粗忽そこつ、全然女らしくも無いし、恋愛なんて欠片も興味なさげで、本に恋でもしてるかのようなやっかいな女…


 けれど、俺を特別視する事ない、こいつの 隣はひどく楽で…。

 委員での仕事ぶりを見ていれば、しっかりして居るのかと思うのに、何回言っても足元にあるブックストッパーに躓いて居る、常識的な発言をしたかと思えば、天然な思考回路を発動させていて…何時の間にか、いつも目で追うようになっていた 。


 けれど俺はその事からずっと目を背けていた。

 工藤が俺をそんな対象に見ていないのは判っているし、そんな感情を介在させない今の関係が居心地が良くて…。

 でも、育った想いは、もう、俺をその場には居続けさせてはくれなかった。








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