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「瀬名くんが連れているのは、A組の工藤さん! 今情報が入りました! なんと彼の借り物は『長い髪』しかし素晴らしい速さです!! 女子とも思えないスピードでゴールに向かって駆けて行きます……今、ゴーールっ!!!」
私の背中を押すように良く響く美雪のアナウンスと共に、私は瀬名君と共にゴールテープを切った。
「美……雪……後でしめる……っ」
ぜーはーと整わない呼吸をしながら、ぶつぶつとそんなことを呟いていると
「大丈夫か?」
私をこんな目に合わせた張本人が苦笑しつつこちらを見ているのが判る、流石に日々部活で鍛えているだけ有って、息一つ乱してないのが何だか腹立たしい。
「大丈…夫じゃ…ない、…大体・・瀬名君…の借り物…なんかに…なったら……面倒…な事に…なるっての……に! …だから…少しでも早く…終わらそうと思……ったのに…」
「だからお前、あの猛スピードか…」
「きゃぁぁーーー王子!!」
「瀬名君!頑張って~」
「瀬名先輩~」
晴れ渡る空の下に響き渡る女子の歓声
「すごいね、これは…」
放送部で体育祭のアナウンスをしている美雪の手伝いをして、原稿めくりを手伝っている私が思わす呟くと
「何を言っているかな?」
呆れたように呟かれた
「少し背は小柄だけれど均整のとれた体つきに、整った顔、成績も良くてサッカー部ではエース……ついたあだ名は王子! だよ」
「王子ねぇ…」
「まぁ、愛海は近すぎて分からないかも知れないけど、人気は凄いよ? 近くに居るあんたが女っぽくないから、今のところまだ落ち着いているけど、女の子は怖いからねぇ…」
「近いって席が? なら、二学期には替わるじゃない?」
そう言ったら
「この天然…」
ため息をつかれてしまった。
それからも、瀬名君が出るたびの歓声に、盛り上がるならいいのかと傍観者を決め込んでいた所。
借り物競争に出場した瀬名君が、封筒を開くなり放送席を目がけてグラウンドを突っ切り
「手伝え」
私を引っ張って走りだした。
そして、それを目の前で見て居た美雪は放送で煽り立てて…。
さっきからの、美雪との会話が脳裏に残っていた私は、余計な敵を作りたくは無いから、少しでも早く終わらそうとして、常に無いほどの全力疾走をする羽目に陥ったわけで…。
漸く呼吸が落ち着いて、グラウンドにへたり込もうとすると
「そんな所に座るなよ」
そう言って校舎の端に連れて行かれて、石段に座らされた
「どうせ埃まみれだからいのに」
そう言うと、全くお前はといって笑っている
「しかし、すごい人気だね…」
「何を云うんだ、今更だろ?」
「……知ってたけどね、この人気を図書館の活気に利用できないかと期待する程度には」
「結果、大事な本に愛情もない奴が来るだけだって対外作業やめさせたのお前だろ?」
そうなんである。
瀬名君が当番をするようになって、一時期第一図書館の利用者はグッと増えた。
けれど、本に興味が有るわけでは無く、瀬名君目当ての彼女たちは本を乱雑に扱うことが多く、目的がそれじゃない為に、返却を忘れるなどのトラブルも頻発して。
結局、彼を表立っての業務につけることはやめて、準備室で作業をして貰った。
現金なもので彼の姿が見えないとなると、第一図書室へのお客様は激減して…、落ち着いた今は、瀬名君もカウンターに出ていることが多いけれど、人の気配が増えると準備室に逃げ込み。
結果、今も第一図書室は静かな環境が続いている。
「判っているのになんで、美雪もあそこまで煽るかな…」
疲れたようにため息を付く私に
「放送なくても十分目立っただろ? あの髪なびかせて走ったんだ、お題の公開は却ってお前の為だと思うぞ?」
思いも寄らないこと言われて、驚いて瀬名君を見上げる
「成程って思うだろ?」
そういつもの少し口の端を上げる笑い方で言われるのが、ちょっと悔しくて
「そもそも、髪の長い子なんていっぱい居るのに、何で私かな」
そう文句を言うと
「他のやつを選んだらって思うとそのほうがゾッとする…、お題がお前にそぐう物でよかったよ」
そう言って肩をすくめた。