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れん  作者: 萌葱
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2

 無防備すぎるだろう…。

 目の前で天下泰平な顔をして眠っている、カウンターの工藤愛海を見てため息が出る。

 すらりとした体つきに女子にしては高めの…、気に入らないことに俺よりも高い、身長。

 顔立ちはどちらかと言うと幼気おさなげで、天然だという長いくるくるとした髪の毛が絡む緩やかなラインの頬は、同年代と云うよりも幼児のようだ。

 …けれどゆるく開いた唇を見ていると触れてみたい衝動にもかられて、そのまま見つめていると何だかやばい気がして、人が動いていれば起きるだろうと些か乱暴な足取りで書棚に向かった。

 カウンターで寝ているあの女は、何故かここの本に異様に詳しくて、今まで俺が手に取った本は殆ど知っていた。


 自慢ではないがそれこそ幼稚園の頃からこの顔立ちで、寄ってくる女は多かった。

 成績も悪くはなかったし、中学の頃から続けているサッカー部では今では早くもレギュラー候補…まぁ、騒がれるに足るものは持っている、とは自覚している。

 実際中学の頃は言い寄ってくる相手が気に入れば、ままごとのようなお付き合いに答えたりもしていた。

 けれど、徐々に全く知らない相手からの妄想を書き連ねたとしか思えないような手紙を渡されたり、言い寄る相手も俺ではなく、俺の外見からくるイメージを押し付けてくるのにうんざりして別れたりなどを繰り返して居て…、馬鹿らしくなった俺は高校入学を期に女とは少し距離をおくことに決めた。

 別に通常の接触を避けるつもりまではないが、手紙や彼氏になってくれという要望は断ることに決めていて。

 結果、数カ月前に勝手に作ったとか云う俺のファンクラブに突撃され、集団の女とは恐ろしく理屈が通じなくて、無理やり理想を押し付けてくるのに話にならず一時逃亡を図り…それが、この場所との出会いになった。

 廊下の行き止まりにあった教室の扉を開けて、驚いたようにこちらを見る生徒が女で、下手すると余計面倒な事になるかも知れないと思いつつ隠れ場所を聞いた。

 すると、戸惑ったように自分の居るカウンターの下の所を指さしてここは? と言われて、確かに少し高くなった床と造り付けのカウンターの間の隙間は隠れるには絶好で、カウンターに手を着くと弾みをつけて乗り越えてその下に潜り込んだ。


 ほっとする間もなく賑やかなざわめきと共に扉が開いて、俺の名を呼ぶ声がするのに体を硬くする。

 背に腹は変えられず名前も知らないこの女の言うとおりに隠れたけれど、匿ってくれる保証があるわけでもなく、こいつら相手に嘘をついて得があるとも思えない…。

 けれど、俺の所在を確かめる彼女たちに

「知らない」

 と答えたのを聞きほっと…、体の力が抜けるのが判った。



 落ち着いた様子にカウンターから抜けだして、匿ってくれたことに礼を言うと不思議そうな顔でそんな覚えはないという。

 俺が居たことを言わなかっただろ? と言えば、驚いたように、彼女たちが探していたのが俺だということに今気がついたという。

 入学当時から騒がれていた俺を知らなかったことにも、あの流れで彼女たちが探しているのが俺だと気が付かないことにも呆れたけれど、助かったのは事実で、礼を言って去ろうとすると、少し、不満気な顔で

「折角来たんだから、なにか借りていけば?」

などと言い出した。

 こいつも結局、俺を見れば引き止めるのかと思い、けれど世話になったのは確かで、なにか一冊くらいは借りてもいいかと思い

「お前のお薦めは?」

 そう聞いた一言が、あんな事になるとは……。


 とたん、目を輝かせて、この図書館に陳列してある本の系列を事細かに説明した挙句、それぞれのジャンルの代表作を解説し始めた。

 見覚えのある熱っぽい瞳、けれど、それは俺でなく物言わぬ書棚に向けられ、若干その過ぎるほどの熱心さに驚いたものの、こいつをここまで熱狂させる本にも興味が湧いてどれか一冊ならと俺が言うと、5分ほど唸り続けて、初めてならこれかなぁ…と選んだ一冊を俺は借りて帰ることにした。


 今まで余り本を読まなかった俺が、試しにそれを読んでみると、思ったよりも面白くて気がつけばそのまま夜が開けていた。

 その引きこまれるような読書の魅力に嵌まって、翌日再度図書室に顔を出せば、昨日のあいつはまた同じ場所に座っていて、どうだった? と聞かれ、悪くなかったと伝えれば嬉しそうに笑うから、他のおすすめは何だと思わず聞いてしまっていた。


 それからは2.3日に一度のペースで気がつけば此処に来ていて、こいつと本の話をするのが楽しいと思うようになっていた。

 ファンクラブもたまに突撃されることはあったけれど、俺が聞く耳を持たずに取り合わないことに気が付いてからは俺にまとわりつくことは減って。

 幸いこの地味な図書室に俺が通っている事は部活との兼ね合いで時間が不規則なのもあってはバレることはなくて、静かなこの環境も気に入ってはいた。


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