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「いいって言ったのに…」
「お前が一人で書棚整理なんて、ほっとけるか」
「信用ないなぁ…」
「あるわけ無いだろ?」
クッと、片頬だけで笑う瀬名君独特の笑い方でそう言われて、私は溜息をついてくるリと瀬名君に背を向けた。
「サッカー部は大丈夫なの?」
そんなことを言いながら、少し早い自分の鼓動を落ち着かせようと努力する
最近私は少しおかしい…何だか瀬名君と居ると、時々胸が苦しくなる。
「大丈夫だ、お前の手伝いだって言ったら、精一杯働いてこいだと、あ、ただ終わったらお前連れて部室に来いって言われてたんだ」
「え?…って」
振り向いたら、思ったよりも近い所に瀬名君の顔があって驚く
「お前? 何かうっすら顔赤くないか? 調子悪いのか?」
心配げに覗き込まれて…。
あの、クリスマスの日を思い出す。
知らずにお酒を飲んでしまった私は、控え室で眠ってしまった。
その時に、目が覚めたら心配そうな優しい目で私をみる瀬名くんが居て、その瞳に胸の奥がことりと音をたてるのが判った。
「や…やだ、寝ちゃったの? 私、起こしてくれれば良かったのに」
「酒も入ってるし無理に起こさないほうがいいと良いと思ったんだ、大丈夫か?」
いつもならこんな時、無用心だの不注意だのと、怒り呆れられるのに、まだ優しい瞳で私を見るから何だか正視できなくて、瞳を伏せたら
「まだ、気分悪いのか?」
慌てたように近寄ってきて、顔を覗き込まれてその間近にある瀬名くんの顔に、今度はもっと強く胸の奥が音をたてるのを感じた…。
そして、今私を見つめている、あの時のような瞳に私は慌ててしまって
「ないない! 作業してちょっと暑いだけだよ、部室に行けばいいの?」
そう答えると
「ああ、そう言われた」
そう答えて、隣の書棚のチェックを始めた瀬名君に、少し距離が離れたことにほっとする。
当番日は時間が中々とれないから、それ以外の日を使って軽い書棚整理をしようかなとカウンターで貸し出し用のファイルをチェックしつつ呟いた。
そうしたら、瀬名君にいつやるんだと聞かれて、当番日以外は部活があるだろうし、大丈夫と言ったのに、いいからいつだ? と聞かれて日にちを答えてしまった。
サッカー部のことも心配だったけれど、最近少しおかしい気がする自分のためにも一人でやりたかったんだけれど…。
瀬名君と一緒にいるのが嫌なわけではない。
一緒にいるのは楽しいし、手伝ってもらえるのは申し訳ないけれど有り難い。
でも、もしかしたら、私はいつの間にか瀬名君を友達って思えなくなってきているのかも知れない…、そう思うと、何だか瀬名君を裏切っている気がして…。
わが校で王子なんて言われる彼は、容姿端麗スポーツ万能学業優秀という四字熟語が並ぶような男の子で、だから入学当時からものすごく女の子に人気がある。
けれど、そのせいか本人は女の子に少しうんざりしている所があって、自分からはあまり近づこうとしない、こうして私と一緖に居てくれるのは、きっと私が女の子っぽくないからで…、実際私も今までずっと瀬名君をそんな風に感じたことはなかった…のに。
最近なんでだろう? 瀬名君に笑いかけられると、嬉しいような苦しいような気持ちになる。
一年生の時に、ちょっとした偶然からこの図書室に顔を出すようになった瀬名君。
二年生になったら同じクラスになって、しかも、一学期の時は隣の席で、委員も一緖の図書委員。
友達がサッカー部のマネージャーの恵ちゃんなのもあって、サッカー部の手伝いしたこともあったし、何だか一緒にいることも多くて。
粗忽なところのある私を心配してくれて、こうして委員としての作業をしてると手伝ってくれて…、王子な彼から見たら粗だらけの私を、怒りながらも何時も心配してくれる優しい人。
あまり、感情を出す事が少なくて、落ち着いた大人びた人間って思われているみたいだけれど、何故か私は怒られたり呆れられたり、時に呆れたような顔をしつつも笑っていたり…。
そんな風な表情を私の前では浮かべてくれることが、嬉しいんだって、そう気が付いてしまった。
でも、それは彼にとって私は女の子じゃないから…、きっとこの気持は彼を困らせてしまう。
だから、この気持はなかった事にしてしまおうと思っているのに…。
私の心は中々思い通りにはなってくれなくて…。
「あれ? 臨時マネージャー」
図書室での作業が終わって瀬名君と部室に行くと、恵ちゃんと篠原くんが居て、クリスマスの写真を渡したいのだけど、その前に少し瀬名君とミーテングがあるから待ってて欲しいと言われる。
恵ちゃんに終わったら一緒に帰ろうと言われて、部室の端っこで本を広げると、坂本くんが入ってきて、私を見て少し不思議な顔をしたから、事情を話すと、なるほどねと笑って、私の隣にストンと腰掛けた。
何時も明るく、くるくると表情が替わる彼が何だか元気ないのが気になって、そういえば恵ちゃんにお茶でも飲んでてと、言われていたのを思い出して
「お茶でも入れる?」
そう聞くと、嬉しそうに頷いて、席をたつと私の後を着いて来た
「座ってていいよ?」
そう言ったけど
「あそこで一人でいても寂しいし」
なんて言っていて
「ふぅ…、やっぱ工藤さんのお茶は美味しいね」
「あはは、余程私と好みが似てるんだね」
濃い目が好きな彼のために、自分の好みで入れたお茶は口にあったみたいで、一瞬嬉しげに微笑んで…けれど、またため息を付いている。
「ねぇ…工藤さん、人の心って難しいね…」
そんなことを呟かれて、驚いて彼を見る
「さっきね、告白されたんだ」
「うん」
「その子は、最近電車で一緒になる娘で、さっぱりしてて明るくて、あまり女の子って感じじゃないんだけど、話していると楽しくて、いい友達が出来たなって嬉しかったんだけど…」
「…うん」
「今日、その子に呼び出されてね、好きって…、なんか、俺ショックでさ、本当にその子、一緒に居る時はさっぱりしててそんな感情があるなんて思いもしなくて、答えられたら良かったんだけど、そういう意味でその子を好きになることはやっぱり出来なくて…」
友達無くしちゃったよ…そう呟く坂本くんは落ち込んでいるようで。
「やっぱり、気持ちが判っちゃうと友達は難しいんだね…」
「暫く、電車の時間変えるしか無いかなぁ…」
「避けちゃうの?」
「っていうか、やっぱまだ、俺見るの辛いみたいなんだよね、友達に戻れるまで少し時間頂戴って、距離を置けば気持ちも落ち着くと思うしって…」
「離れれば友達に戻れる…って?」
「…分からないけど…、でも、近くにいるよりは良いよね、一緖にいるとやっぱり気持ちって募るものだし」
「距離…」
ふと見ると、坂本くんのお茶碗は空っぽで、おかわりを注いであげると嬉しそうに湯飲みに手をかけていて、その顔色はさっきより少しいい気がした。
そして、おかわりのお茶を一気に飲むと
「変な話しちゃってごめんね、でもお茶も美味しかったし、吐き出せてちょっと元気でた」
そう言ってくれたから
「ううん、私は何もしてないし」
そう答えながら、私は自分の問題の答えも見つけたような気がしていた。
やっぱり、この気持は瀬名君に言うわけにも、気づかれるわけにもいかない。
けれど、距離を置けば友達に戻れる…?
そうしたら、まだ、側に居る事が許されるかな?
それは、私には希望の光のように思えた。




