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「工藤先輩、凄いですね」
サッカー部の手伝いを始めてから一週間、掃除や洗濯はなんとかなるけれど、たまった資料の整理は私では無理で、一年生マネージャーの有紀ちゃんが一枚一枚チェックしてくれながらぽつりとそう言った。
すっきりとしたショートカットに大きな瞳でくるくるよく動く有紀ちゃんは何だかリスのように可愛らしくて部でも可愛がられている。
「ん?なにが?」
隣の有紀ちゃんをみると、彼女も大きな目を更に見開いて
「副部長ですよ! あ、木田先輩も! 二人ともあんな様子初めて見ました」
「副部長?」
「瀬名先輩です」
へぇ…、そういえばそんな事聞いたかな…と思いつつ
「様子?」
聞くと
「木田先輩のあんな興奮した姿も、瀬名先輩が自分から女子に話しかける姿も! しかも怒りながら…初めて見ました」
妙にキラキラとした瞳でそんなことを言われて
「うーーん…本が絡むと木田君がああなるのも、ましてや瀬名君が怒ってるのなんてしょっちゅうだしなぁ…珍しいのか」
呟くと
「うちは個性強い選手多くて、人気もあるけれど、馴染むのも凄く難しいんです、今までマネージャーに来た人も居たけど続かなくて…でも、他の選手も工藤先輩は自然に受け入れているし、その上掃除も洗濯も手早くて!」
「褒めすぎだよ」
笑っていると、部室のドアが空いて瀬名君が入ってくる。
少し足を引きずっている様子に慌てて椅子を出して座って! と言ってシップとスプレーを渡して、続いて入ってくる坂本くんにドリンクはテーブルと言って、部室を飛び出す。
そろそろ洗濯機が終わる頃。
案の定、近づくと鳴り響く電子音に、蓋を開けて洗濯物を取り出して、サッカー部を
体育会系の部室が入っている体育棟の前の物干しに洗濯物をかけていく。
基本的に室内で座っての作業が多い図書館業務に比べて、屋外と室内を行ったり来たりしながら動き回るマネージャー業は大変だけれど気持ちが良い。
勢いよくタオルを広げてぱんっと上下に打ち下ろして洗濯ばさみでとめていると
「よく働くな」
振り向くと、瀬名君が笑っていて
「足は大丈夫?」
「冷やしておけば問題ない」
そう答えが帰ってきてほっと胸を撫で下ろす、そのままグラウンドに戻るという瀬名君と別れて、部室に戻り、並んでいるボトルに飲み物を詰めて、今度はグラウンドに向かった。
「うわっと…」
ドリンクを配り終えて戻ろうとして、足元のサッカーボールに躓いてしまった
「またっ! お前は…」
呆れつつ、支えてくれた瀬名君に
「ごめん、ありがと」
お礼を言ったのに
「いつになったらもっと足元見るようになるんだ」
眉間に皺を寄せてこちらを見る
「おいおい、責めるのは工藤さんじゃないだろ? 一年! 片付けとけ、危ないだろ」
すると、坂本くんがそう言ってボールを拾って一年生に投げている
「あ、ありがと」
そう言うと
「いやいや、こっちこそいつもおいしいお茶ありがと、俺、今までお茶って苦手でジュースとかばっかり飲んで、少し控えろって言われてたんだ、工藤さんのお茶は凄く飲みやすくて助かってる」
人懐っこい笑顔でそんなふうに言われて私も嬉しくなる。
「口にあったなら何よりだよ」
「ただなぁ…工藤さん大会までなんだよね? 有紀ちゃんにお茶の入れ方教えてあげてってくれない?」
すると、ベンチの端っこから悲鳴のように
「無理ですよ~、工藤先輩みたいに三種類も濃度変えて準備するなんて、私はしませんからね~」
有紀ちゃんの声にちぇー…と呟くから
「入れ方教えるから自分でやったらどうかな? 私も有紀ちゃんの負担増やすのは可哀想だと思うし」
そう言うと
「今までさんざ飲み物差し入れもらったけど、自分で入れろって言われたのは初めてだ…」
人懐っこいこの雰囲気に、ちょっとアイドルのような甘いマスク…そう言えばファンが多いとか言ってたな…なんて思いつつ
「好きなものは自分でできるようになるのが一番だよ、部活の後10分くらいで終わるけど時間有る?」
すると、何だか、真面目な顔をしてコクリと頷く
「じゃぁ、あとでね……って! いけない洗濯物!」
いつもはドリンクを渡したらすぐ帰るのに、珍しく話し込んでしまったため
私は洗濯機まで走ることになってしまった。
「あ…あれ。今日ミーティング?」
部活後、着替えが終わった頃を見計らって部室に恵ちゃんと有紀ちゃんと向かうと、殆どの部員が残っていて驚く。
「あー…、お茶の入れ方皆も知りたいって…良いかな?」
ちょっと困ったような顔で坂本くんが言うのに、別にいいよと答えて部室に入る。
「…って、言っても、濃さを変えてるだけなんだよね、私が濃いのが好きだから、それだけじゃ渋い人も居るしって思って、、普通の量と薄めのと…」
そう言いながら麦茶の缶を出して
水1リットルなら、濃い場合はこの茶さじ2杯、普通なら1.5、薄いのは7割って感じかな?
お茶を沸騰させて5分煮出せば
すぐ出来るんだけど、今日は違う方法を教えようと思って…
「恵ちゃん、このボトルって明日持ってくれば持ち帰ってもいい?」
そう言いながらボトルをかざすと、頷いてくれたから
「本当は専用のパックもあるから、買ったほうが楽かな…というか、小分けのパックされたのも売ってるから其れ使えばもっと簡単…要は規定の分量に対してどれくらい増やすか減らすかだから…」
そう言いながらガーゼに麦茶を入れて糸でくるくると縛って簡易ティーパックを作りボトルに入れて水を注いで蓋を締める
「はい、これで二時間後には飲めるよ、冷蔵庫に入れておいたほうが冷たくておいしいかな、家で試してみて」
そう言って坂本くんにボトルを渡した
「ええ?これだけ?これであの味になるの?」
「煮出してないからちょっとマイルドだけど、変わらないと思うよ、水出しっていうんだ、お家に同じくらいのスプーン有ると思うからそういうの使ってみるといいと思う」
そういうと、黙って見ていた他の部員からも試してみたいと言われて、恵ちゃんの許可をとって、それぞれ好みのお茶に沿った分量のガーゼの包みを作ってボトルに入れて持って帰ってもらった
「何だか、大会後に戻すの惜しくなってきたわ…」
久々に三人で中庭でお弁当を食べていると恵ちゃんがぼそりとそんなことを呟く
「ん?」
「掃除洗濯は手早いし、部員の馴染みも早い、何かと部員に話しかけるから部員に鬱陶しがられてやめてった子たちも多いのに…愛海は引き止められるほど、自分の仕事に専念しててくれてるし」
「あはは、猫の手くらいにはなれてる?」
そう笑うと
「ううん、今からでも本気でスカウトしたいくらい」
ふわりと恵ちゃんに笑いながら言われたから
「期間が終わったら当番には復活するけど、開いてる時ならいつでも手伝うよ」
「本当?」
嬉しげに私を見るからうんうんと頷いた
そして、そんな日々が3週間程続いて、サッカー部の活躍は準々決勝で優勝候補の美園学園と延長戦にもつれこむ善戦をするも惜しくも破れ…私の助っ人マネージャーの日々もそこで終了となった




