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「早かったな」
工藤と別れて、そのまま部屋に戻ると、中には篠原が一人で居て、少し驚いたように俺を見るもそれには答えず、窓際まで歩いて置いてあるソファーに体重を預けるように座った。
「荒れてるな、どうした」
「何でもない」
「無いって態度じゃないだろ、工藤さんに会いに中庭行ったんだろ? お前、判りやすいんだよ、あの子が絡むとお前のポーカーフェイスはほんと何処に行くんだか…明日も一緒なのに、吐き出さないで元に戻れるのか?」
そう篠原に呆れられたように言われて、放っておいて欲しい気持ちと吐き出してしまいたい気持ちがせめぎ合う。
すると、そんな気持ちを読んだかのように
「ほれ、ケロッと言っちまえ」
そう言われて
「俺はあいつの目に男として映ってないらしいって判っただけだ」
言われたとおりに吐いたら
「告白でもしたのか?」
驚いたように言われて、中庭での出来事を話した
「……俺は安全って、そいういう意味だろ?」
すると、そこまで黙って聞いていた篠原がため息を付いて
「お前…煮詰まり過ぎ」
呆れたように俺を見る
「何処がだ」
「あのな、まず、あの子はお前が中学の頃遊んでいたような、駆け引きするタイプでも、男心なんてものに聡いタイプじゃないのも判ってるよな? だから、そもそも自分の言葉の影響なんて、考えても無いはずだ…、恐らく、散歩してて綺麗な場所を見つけて、偶然…って思ってるんだろうあの子が、お前見つけて嬉しくなって誘ったのに、説教なんてするから、一人じゃないって言いたかった訳だろ?
大体、何で相手を選んでるってのが男として見られてないになるんだ? 確かに警戒心は足りてないが、そもそも、そういう回路が閉じてるのは明らかだからお前だって二の足を踏んでいるわけで、あの子の『相手を見てる』ってのは…」
「俺を信頼しているって意味か…」
「だろ?…ちょっと冷静になれば判るはずなのに…、まぁ、最近お前一杯一杯だったけどな、木田の執着凄かったし? 嬉しそうに始終一緒にいる姿見せられてるお前にはたまったものじゃなかったと思うけど、でも、それはあの子は関係ない…、明日、謝っておけよ? これ以上距離開いたらどうする気だ? まぁ、その辺はちゃっかり、約束してきてるみてーだけど」
困ったように笑いながら言われて
言われて気がつく自分の余裕のなさに情けなく思いつつ、それでも
「別に、あいつが明日も一人で彷徨くんだろうと思ったら心配だっただけだ」
そう言ったら
「んっとに、王子かよ?」
そう笑われて
「誰もそう呼べなんて言ってない」
篠原を睨みつけた。
けれど、話をしたせいか戻った時より気持ちは軽くなっていて
「助かった、明日謝る」
そう言って軽く頭を下げた。
翌朝、集合場所に向かっていると、工藤はもう来ていて、謝ろうと足を早めると、俺を見つけた様子のあいつがこっちに走ってきた
「昨日はごめん」
頭を下げられて、自分が言おうとしたことを先に言われて驚いていると、そのまま
「瀬名君は心配してくれてたんだよね? 若しかしたら、昨日も私を探してくれてたりしていた…? 私、本当にわかってなくて…ごめんね」
なんて、続けられて…。
「いや、俺も謝ろうと思ってたんだ、悪かった」
やっと、それだけ言葉にしたら、工藤はほっとした様に笑って
「良かった、じゃぁ、今夜のお散歩、お言葉に甘えて楽しみにしているね」
そう言って、工藤を待つ小野と吉田の元へ走って戻って行った。
「貸し、だと思ってね」
次の見学ポイントまでの長い道のり、いつの間にか隣に並んだ吉田に話しかけられた
「フォローしてくれてたのか…」
朝の工藤の態度に流石に誰かの助言で辿り着いた結果だろうとは思っていた。
同室の小野か吉田か…、随分俺に甘い結果に意外には思いつつも多分吉田だろうとは思ってたが…
「瀬名君の為じゃないからね、こんな事で亀裂が決定的になって調子落とされたらサッカー部は壊滅的よ? 愛海には可哀想だと思うけれど…実際無防備すぎるしね…、でも、昨日凹んで帰ってきたあの子を見て話を聞いた時は、頭に血が登ったわ?」
そう言われて
「ごめん、助かった…」
そう言ったら
「私に謝ってもしょうがないでしょう? ま、上手く収まったみたいだからいいけれど…、
昨日部屋に居たのが私だけで良かったのよ? 美雪が居たら多分激怒して、意思表示もろくにできない癖に逆切れしただけよ、とでも言って、色々修復は難しかったかもね」
ビスクドールのような外見でふわりと笑いつつグサグサと刺さる言葉を舌に乗せる吉田、けれど、確かに昨日の事を相談したのが小野だったらそれは十分に有り得る話で
「おまけのボーナスで、散歩のボディガードも勧めといたわ、あの子確かに人といるの苦手だし、でも、瀬名君相手だと少し和らぐみたいだしね? それもあってフォローしたんだけど」
言われて、驚いて吉田を見ると
「そう、私は思うけどね」
言い置いて俺から離れて、篠田の方へと歩いていった。
夕食を取った後、帰宅準備が一時間ほど有って、その後は自由時間になる。
とはいえ、基本余計な物は外に出してない俺は特にやることもなく 、コーヒーでも飲もうかと自販機に向かい 、そして今は屋上に居る。
自販機からの帰りに呼び止められて、自由時間に屋上に来て欲しいと言われた。
予定があるからと断ったら、少し驚いた顔をして
「なら、今なら良いでしょ?」
用件は多分予想通りだろうと思うと気は進まなかったが、まさかこの場所で言えとも言えない。
答えは決まっているけれど、向こうが言い出す前に何かを言い出すわけにも行かず…、幸い、工藤との待ち合わせにはまだ時間があるのもあって、さっさと済ませてしまおうと、屋上へと足を向けた。
「あのね、ゆなとお付き合いしませんか?」
丁寧にブローされた栗色の髪に長いまつげに縁取られた大きめの瞳、少し窄めた唇は艶やかで、学年でも男の人気は高い隣のクラスの沢村由奈。
けれど、自分の答えは言われる前から決まっていて
「悪いけど・・」
断りの言葉を続けようとすると
「嘘でしょう?私から告白することなんて無いのに」
なんて、詰め寄られて
「それは、俺には関係ないと思うんだが?」
「だって、瀬名君、いまフリーなんでしょう? たまに、工藤さんとかと居る所見るけれど、あんな子と一緒にいるくらいなら、ゆなのほうがいいと思うの」
「俺が誰といるかは俺が決める、関係無いだろ?」
工藤の事まで言われて、少し強めに言うにも
「そんなこと無い! 瀬名君は私が隣にいるのを認めた人だよ、何で自分の価値を落とすような子と付き合うの? 瀬名君の身長ならゆなならぴったりだし、あんなおっきい上に地味な子、王子に似合わない」
艶やかな唇から自分勝手で辛辣な言葉が出てくることに呆れて
「俺はそういう事を言う奴を隣に置きたいとは思わない、用件がそれだけなら戻るから」
そう言って、踵を返すと、後ろで
「信じらんない……」
呟く声が聞こえたけれど、そのまま階段へと続く扉を開けた
さっさと済ませるつもりが、思ったより長引いて自由時間に引っかかってしまい、慌てて宿の外に出てベンチに向かうと、素直にそこに座っている工藤を見つけてほっとして
「悪い、待たせた」
そう言うと
「ううん、私の散歩に付き合ってもらうんだし、っていうか、せっかくの自由時間なのに悪いね」
申し訳なさげにそんな事を言っている
「俺の時間だ、好きなように使うさ、行くか?」
そう言うと、嬉しげに頷いて立ち上がった。
「んー、やっぱ気持ちが良い」
喉を撫ぜられているネコのような顔をして目を細めて夜の空気を吸い込む姿がおかしくて、くすりと笑うと
「瀬名君もそう思わない?夜の空気って大好きなんだよね、ここはフィトンチッドもたっぷりだし」
「フィトンチッド?」
耳慣れない言葉に聞き返すと
「木が出している物質のことでね、癒しの効果があるって言われているんだよ、こういう緑の多い所に沢山あるんだって」
相変わらず、妙な知識が豊富な奴だ。
「良いのか喋ってって?」
「ん?」
「いや、本来一人の時間が欲しくてした散歩なんだろ?」
そう言うと
「ん~、不思議と瀬名君は大丈夫なんだよね、図書室で良く一緒に居るから気配に慣れたのかな? なんて思ってたんだけど…、確かに、私人疲れしやすいみたいだけれど、瀬名君と一緒にいるのは楽しいし楽なんだよね」
そう言われて複雑な気分になる、楽とか…、完全対象外だろう?
俺はこんな時でも少し自分の鼓動が速くなるのをを自覚しているだけに、少し切なく思う。
けれど、人がそばに居るのが苦手だという中で俺は別だと言われるのはやはり嬉しくて
「ま、其れならいいが、…行くか?」
「え?」
喋りながら、通りがかった生垣の向こうを未練げに見ている姿にそう声をかけた
「落ちなきゃいいぞ?」
「落ちないよ」
そう言って歩き出す背中に
「ただ、こういう所で男と二人きりなんて勘違いする奴も居るんだからな?」
そう、釘だけは挿すと
「だから、相手は選ぶよ」
なんて、俺がどんな目でお前の背中を見ているか気が付きもせずに答えるのに苦笑して、振り向かれても大丈夫なように目を伏せた。




