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「ぉぃ…おいっ…起きろっ」
バンッ!
「………ぅん?」
「ん?じゃない、手続きをしろ」
顔を上げると、偉そうに私の目の前に置かれた本を指さしている一人の男子生徒、どうやら眠ってる私を起こすためにこの本を机に強く置いたと思われる…。
びしっと整えられた髪型に端正な作りの顔、けれど、その体格は均整はとれているものの少し小柄で、貸出手続用のファイルがカウンターの奥に為にそれを取ろうと席を立つと
カウンターそのものが少し高めに作られているのもあり、思いっきり目の前の彼を見下ろすことになる。
棚からファイルを取り出して、カウンターに戻り、目の前の男子生徒を見下ろすと、不機嫌そうに私を見上げて
「なんだ?」
と睨まれる。
何だか、目線と其の不機嫌そうな表情に3つ下の従兄弟を思い出して少しおかしくなる
思わずくすりと笑ってしまうと、その眉間の皺がますます深くなった。
最近気がついたのだけど、彼はどうやら私に見下ろされるのが相当嫌いらしい。
先日、その発見を美雪に話したら
「大抵の男子生徒は自分より背の高い女の子に見下ろされたら嫌がるよ、しかも王子はプライド高そうだし」
呆れたようにそう言われた。
好きで怒らせているわけでも無いので、さっさと椅子に座って貸出の手続きを始める、と言っても、専用のファイルに本のデータと生徒の名前と生徒番号を書きこむだけなのだけれど。
『瀬名明人 134679』
通常であれば生徒手帳を提示して貰い番号と名前の確認をするのだけれど、目の前の彼はいわばこの第一図書室のお得意様で、今では手帳の提示など無くても番号まで書きこむことが出来る。
「ドラゴンサーガー…か、良いね、知名度は低いけど世界観がきっちり書きこまれてて…」
「お前は、本当にここにある本は殆ど網羅しているんだな…」
「第一はね第二は馴染みのないのも多いよ」
うちの高校には図書室が二つ有る。
第一は開校当時からの古い図書室で、地味ながらも深く広く網羅された資料や、私の子供時代に発行されたような一昔前のSFやファンタジーなどの小説が多い。
第二は明るい新しい建物で、最近の話題の小説や参考書、雑誌などが並んでいて、生徒の人気は断然第二のほうが高い。
けれど、私はこの第一のラインナップを見た瞬間、図書委員になることを決め、その後行われた当番の割り振りでも、皆が第二のシフトを希望する中、第一を選び、挙句にサボりたがる他の生徒の当番まで引き受けて、昼休みと放課後の大半をここで過ごしている。
残念なことに、流石に理事長の趣味で残してあるなどと陰口を叩かれるだけ有って、ここの図書室を利用する人間は少なく、この瀬名君も最初ここに来た時は本が目的ではなかった。
あれは、夏休み前のある放課後…、突然扉が開いて、お客さんかと喜んだ私を見るなり彼は、どこか隠れるところはないかと言い出した。
驚いたけれどその必死の表情に、この下は? とカウンターを指さしたら、無言でカウンターを乗り越えてそこに潜り込み、その必死さに呆然としていると、再度今度は女の子のにぎやかな声がして近づき、私がここで当番をして以来見たこともないほどの生徒が図書室に入ってきて
「瀬名君?」
「どこ?」
などと言っている。
驚いて見ていると、女の子達も私の方を見て
「瀬名君知らない?」
「王子見なかった?」
等と言われて、瀬名君とやらも王子にも知り合いには居ないから
「知らない」
と答えたら、ぐるっと図書室を見て回って出て行ってしまった。
あれだけ人数が居るんだから、一冊くらい借りていけばいいのにと思っていると、カウンターから出てきた男子生徒が
「匿ってもらってすまない、助かった」
などと言っている。
「特に匿ったつもりもないけど…何だったの?」
「知らないと言ったじゃないか…」
「……そっか、君が瀬名君で王子なのか」
そう呟いたら、確かに言われてみれば王子と言われるのも判らなくはないその端正な顔で私を見て
「俺を知らないのか…」
何処か呆然とした顔で私を見た。
「なんにせよ、助かった」
そう言って、カウンターを越えて図書室を出ようとするから、さっきの女の子たちもここの本を素通りしたのを思い出して、なんだか悔しくて
「折角来たんだから、なにか借りていけば?」
そう言ったら、少し考えるような顔をして
「お前のお薦めは?」
待望の返答に、私は思わず怒涛のようにここのラインナップを説明してしまったのだった…。
あれから瀬名君は若干引きつつも、私の最愛の一冊を借りて行った。
幸い趣味に合ったらしく、その後は2・3日に一冊ほどのペースでここに借りに来るようになっていて、最初の頃はいちいち私にお奨めを聞いて居たけれど、最近は自分で選ぶほどになっていた。
此処までお読み下さった方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございます。
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