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屍使い  作者: コウテン
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誤字、脱字や設定の可笑しな所など、

ご指摘くださればありがたいです。

城砦都市バスクート。


別名、「竜の第二の巣」と呼ばれている。


この世には人智がとても及ばぬ生命体が存在している。

ドラゴンがその1つだ。


火矢の効かぬ堅甲な鱗に覆われ、あらゆる耐性を兼ね備えている。

その小山程もあるという巨大な胴体と比較して小さな頭部には人の寿命と

比べ物にならない悠久の時を重ねる事で得た知恵が詰め込まれている。


圧倒的な生命力から彼の血を一滴、口にすれば重症はたちまちにして癒え、

不老不死を得るとの噂もある。


そんなドラゴンに守られた都市がバスクートである。


当然の事であるが、ドラゴンが実質守っているのは都市ではない。

そこに安置してある自らの卵だ。

どんなに無敵を誇るドラゴンでもそれは自分ただ一人に限定しての事だ。


大勢を殲滅するのは容易だが、小さな卵を一人で守るのは不可能ではないのだが、

容易では無い。ドラゴンとて万能ではないのだ。


そこで人と盟約を結んで卵を守らせ、自分は人を守っているのだ。

もしかすると、一人で卵を守っている事に飽きただけかもしれないのだが。


彼らはほぼ完成された種族であるため、自分の子といえども依存心は少ない。

長い年月を過ごす事で精神が練磨され、超然とした存在に昇華されるのだ。


どちらにせよ、バスクートには竜の卵があり、そこに危険が迫れば竜が守りにやってくる。それがこの都市に代々伝わる伝説だった。


本当の事はそれこそ当事者たるドラゴンにでも聞かなければ知ることは出来ないだろう。

わざわざ、竜に守られた危険な都市を狙って攻める阿呆はいない。

だから、誰も攻めてこない。

故に、竜は現れない。

バスクートは平和な町だった。


警備隊長マルコムは眼前に虹色に輝く竜の卵を見据えながら、考え事をしていた。

城砦都市バスクートの中心に聳え立つ尖塔、「守護者の塔」の頂が

ドラゴンの卵の安置所である。


この場所には限られた人物しか入ることが出来ない。

マルコムはその限られた人物の一人であった。

彼はいつものように周囲に異常がない事を確認すると、また卵へと目を移す

この都市、いや、この卵が危機に陥れば、本当にドラゴンは現れるのだろうか。

考えても仕方のない事なのだが、ここに来ると自然に頭をよぎってしまう。


辺りは静寂に包まれており、なんだか、誰かにばかされているような気分になってしまう。

試してみたい。

卵はすぐそこにあるのだ。

周囲を取り囲む防御結界にほんの少し触るだけで異変を察知したドラゴンが

やってくることであろう。


だが、問題はその後だ。

何もないと知った時のドラゴンの怒りが恐ろしい。


来ないかもしれないと思いながら、その実、来た時の事を考えるなんて

俺は可笑しなヤツだ。

マルコムはそっと息を吐き出した。


俺が子供であれば、何も考えずに触っていたのだろうがな。

家で待つ自分の子供の傍若無人ぶりを脳裏に思い浮かべながら、

マルコムは苦笑する。最後に一度卵の方へ振り返り、そして、

踵を返して来た道を戻っていくのだった。



同じ頃、「守護者の塔」を見上げる人影が2つ。

「ねえねえ、本当に大丈夫なんだよね?」

「ああ、俺にまかせろ!」

「私、本当に心配なんだけど」

「大丈夫だ。ノープロブレムだ。万事OKだ。俺を信じろ!」


猜疑心の混じった声の主は女だ。対して、自信満々な声は男。


「卵を救い出して、竜を下僕にするねえ……。本当にうまくいくのかなあ」

「ばっか。子供を救ったら親が感謝するのは当然よお!頭を地面に擦り付けて、

泣いて喜んで出来る事なら何でもします~って言うに決まってんだろ!

ドラゴンの財宝もいただきだぜ」

「あたし、余計な事するんじゃねえよって言う親を見たことあるけどな」

「あ~あ~。何も聞こえねえよ。やって駄目ならトンズラすりゃいいのよ」

「もう、あたし。泣きそう」


そんな事を言いながら泣きまねをしている女の名前はシリス。


首と肩をぐるぐると回しながら野望に燃えている男の名前はガイラス。

2人はこの町、バスクートの出身ではない。旅人だ。


酒場で竜の卵の事を聞きつけ、勝手にこの町の人間が卵を人質にして竜を

使役していると勘違いをして、哀れなドラゴンを救う事に決めた。


それがつい先刻の事。


もちろん、魅力的な対価があっての事だ。

ドラゴンは宝物を集める習性がある。

というよりはドラゴンの元には宝物が集まるのだ。

不老不死の噂を信じて彼の生き血を狙って襲い来る冒険者達の遺品、

ドラゴンを神とあがめる者達からの貢物など、ドラゴン自体はほとんどの宝物に

それほど価値を感じてはいなかったのだが、勝手に集まってくるのだ。


相手に気をよくしてもらおうと何かを贈る時にはどうしても自分の価値観を

基準として贈り物を選ぶものだ。

人族も自分達が価値を認める物を贈り物にしたのだ。


その内に、ドラゴンは宝物の収集家となったのではないかと言われている。

そして、時折気に入った者に分け与える事もあるという。


長い歴史を紐解けば、ドラゴンの財宝を得て王や英雄になったという話は

いくらでも存在している。


「あ、誰か来るよ」

「し、隠れろ」


2人は鉄の具足がガチャガチャと鳴る音が近づいてくる事に気がつき、

近くの物陰にすばやく身を潜めた。


塔から出てきたのは定時の見回りを終えた警備隊長のマルコムだった。

マルコムは塔から出ると重い木で出来た扉に鍵をかけた。

そして、物陰に隠れている二人に気がつくこともなく、今日の夕食は何かと考えながら

警備詰所へと戻っていった。


辺りに静寂が戻ったのを見計らって、シリスとガイラスは塔の入り口へと歩き出した。


「それにしてもさ、なんか警備が薄い気がするんだけど」

「きっと馬鹿なんだよ。気にするなって」

「で、どうするの?扉には鍵がかかってるけど」


シリスが長い金髪を揺らしながらガイラスを見ると、

ガイラスはベルトに下げた袋から一本の鍵を取り出した。


「なんで?どうして、ガイラスが鍵を持っているの?」


シリスは驚きの表情を浮かべて目を丸くしていた。


「竜の話を教えてくれた酒場のおっちゃんがくれたんだ」


言うが早いか、ガイラスが鍵を差込んで捻るとカチリという扉が開く音が小さく聞こえた。


あまりに話がうまく行き過ぎている。

シリスは母親ではなく、悪寒に襲われた。


「あの、あたし、やっぱり、やめとこうかなってええええええ」


シリスの腕がガイラスに掴まれ、その場に声を残したまま強引に扉の奥へと誘われる。


一歩立ち入った所で外とは違ったひんやりとした洞窟の中のような空気が

シリスの身を震わせる。扉を入った所で立ち止まったシリスを無視して、

ガイラスは真っ直ぐに進んでいく。


塔の壁には等間隔に篝火が設置されており、暗闇に惑う事はなさそうだった。


ガイラスはそのまま、外壁に沿って上に続く螺旋階段を上っていった。

シリスは小さく舌打ちすると戦々恐々としながら先に行ってしまったガイラスの後に続く。


普段このような長い階段とは縁のないシリスが息を切らしながら進んでいくと

ガイラスが階段に腰をかけていた。


「疲れたからちょっと休憩だ。下からみるとそれほどでもなかったのに結構、長いなあ」


今から卵泥棒をしようとはとても思えない呑気な声色の男の傍らに、

シリスもちょこんと座った。


「ねえ、やっぱり、卵を救い、出すなんて、やめようよ」


呼吸が整わず、シリスは言葉を途切れ途切れに吐き出す。


「ここまできて何言ってるんだ?あとほんの少しなんだぞ」

「そうだけど、絶対……」変だよ、と続けようとしたシリスは異変に気がつくと、

言葉を止めた。


吹き抜けの下の方から何かが迫ってくるように感じたのだ。

それは闇だった。

篝火が次々に消えていくと同時に暗闇がその勢力を伸ばしていく。


「こりゃ、まずいな。灯りが消えていく。油切れじゃないか」

「油切れって……何かの仕掛けだったらどうするのよ?」

「とりあえず、卵ちゃんの所まで急ごう」


素早くガイラスは立ち上がり、また階段を上り始めた。

シリスは躊躇しながらもやっぱり後をついていく。

2人は息も絶え絶えになりながらやっとの事で頂上の間へと辿り着いた。


そうして、魔術紋様に囲まれている場所の中央、虹色に輝きを放っている竜の卵に

目を奪われてその足を止めた。


「……綺麗。これが……ドラゴンの卵……なのね。」


鉱床に産する五大宝石に勝る神秘的な色調と光沢が非常に美しい。

シリスは関わりたくないと思っていた先程までと打って変わって

この生きた宝石とも言える卵が急に触りたくなった。


吸血鬼に魅入られたものが引き寄せられるかのようにふらふらと

覚束無い足取りで近づいていく。

それを見たガイラスが慌てて止めに入る。

肩を掴まれてシリスは正気に戻った。


「……はっ?あたし、今どうしていたの?」

「しっかりしろよ。ここからが正念場なんだから」


ガイラスは腰の袋から赤い魔石のついた指輪を取り出すと指にはめた。


「それなあに?」怪しげなものを見るかのようにシリスは目を細めた。


「これも酒場のおっちゃんにもらったんだ。

結界を無効化してくれるありがたい指輪らしい」

ガイラスは得意げになってシリスに指輪が良く見えるように手の甲を前に差し出した。


「結界の無効化って……そんな高価な指輪をくれるなんておかしいと思わないの?」

「きっといい人なんだよ。ほら、下の扉の鍵も開いたんだし、もっとお前は人を信じろよ」


シリスは胸の内に広がる疑惑を晴らす事は出来なかったが、

目の前にある可能性、つまり物欲が勝りつつもあり、

ガイラスの行為を静かに見守る事にした。


ガイラスは酒場の男を信用していると言った言葉と裏腹に

おっかなびっくりとしながら、卵を囲っている魔術紋様の前に魔法の指輪を

ゆっくりと突き出した。


刹那――魔術紋様が眩いばかりに赤く輝き、二人は何も見えなくなる。


光が収まりしばらくして視力が戻った二人は顔を見合わせた後、

ガイラスの指へと目を走らせる。そこにあるはずの魔石がなくなっていた。


「あ、ちょっと……」待ってとシリスが止める間もなく、

ガイラスは卵を手に取っていた。


何も起こらなかった事に胸を撫で下ろすと、シリスはガイラスへと駆け寄った。

その背後に裂け目が走り、大きな空間の亀裂が入っていた事に気がつくことなく……。










時間は少し遡る。

警備隊長マルコムは警備詰所にある自分の椅子に座ると体の力を抜いて寛いでいた。


今日の自分の仕事は終わった。

後は定時の報告を受け、夜勤の者に引き継いで自宅へ帰るだけだ。

いつもと同じ何も変わらない日常。

だが、それでいいのだ。


まだこの職業についたばかりの若い頃には毎日何も起こらないのなら

自分達は要らないのではないか、一体俺は何をしているのだと思った事もあった。


自分の腕をふるうために何か起こればいいと思ったこともあった。

だが、歳をとった今では思う。

何も起こらないのが一番良い。平和が一番なのだ。


机の上で手を組み合わせ、目を瞑り、そんな事を考えながらマルコムは

報告が来るのを待っていた。しかし、一向に現れる様子がない。

それでもマルコムは椅子を立とうとしなかった。


皮肉なことに長い平和こそがマルコムの危機感を鈍らせて

状況判断するまでの時間を先延ばしにしていた。


しばらく経った後でようやくマルコムは重い腰をあげた。

それが致命的な遅れになるとは知らずに……。


詰所を出たマルコムは松明を片手に部下の名前を呼びながら辺りを探索する。


どうせどこかでさぼっているのだろう。


そんな風に思っていた。


平時だからこそ有事のように振舞え。

有事だからこそ平時のように振舞え。

それは警備隊の格言だった。


そして、警備隊の訓練はまだ見ぬ有事を想定して、熾烈を極めることとなった。

だが、日常業務はその反動なのか、

だらける傾向にあった。

訓練でほとんどのエネルギーを使い果たしてしまうのだ。


四六時中緊張しておくなど土台無理な話だ。

といっても職務放棄をするほどではないはずなのだが。


マルコムは足を止めて、辺りを見回す。


一体、どこにいってしまったというのだ。

持ち場に誰もいない。


ここでようやくマルコムに焦燥感が湧き上がってきた。


背筋にいきなり冷や水を浴びせられたかのように、心臓の鼓動が高まってくる。


咄嗟に頭の中に自分の使命がよみがえる。

竜の卵の元へと急がなければ。

マルコムは腰の獲物に手をやって確認すると、守護者の塔へと駆け出した。


マルコムが塔の入り口へと辿り着いた時、赤色の光が頂上から漏れ出すのが見えた。













そして物語は始まる。





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