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Ever Since...  作者: 高野薫
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初めての授業

深い深い森に囲まれた不思議な屋敷。

その一角にある広いキッチンには鼻歌を歌いながら、今にも踊りだしそうなミセス・ブラウン。


『ヴィオラ様はちゃんとお勉強しているかしら?

 もう18歳なんだから、あの人見知りも少しは良くなっているはずよね。

 それにロッソ様はとても穏やかそうな方だったから、ヴィオラ様も緊張せずにお話できるはず…』


頭の中に広がる微笑ましい書斎の様子に頬を緩ませながらも、手は止まることなく働き続けている。

3段に連なった皿には、ミセス・ブラウン特製のカラフルなジャムと小さなスコーン、細長いサンドイッチ、ケーキ。

いつもティータイムと称したおやつの時間には手の込んだお菓子を作っているが、今日は一段と気合が入っている。


それもそのはず。

この18年間ずっとヴィオラの世話をしてきたミセス・ブラウンにとって、ヴィオラは実の娘も同じ。そのヴィオラが初めて家庭教師と勉強を始めたのだから嬉しくないはずがない。


ティーポットにお湯を注ぐと、ふんわりとアールグレイの香りがキッチンを満たしていく。


『ヴィオラ様も大きくなられたのね…』


ほぉっと満足気にため息をつくミセス・ブラウンの気分も最高潮だ。

いよいよ準備が整うと、テキパキと全てを大きなトレイに載せて、ヴィオラとロッソの居る書斎へと軽い足取りで向かった。


コンコンコン…


器用にもトレイを持ったままノックをするミセス・ブラウン。

決して軽くはないトレイを持ってドアの前で待つが、ドアを開ける様子どころか応答さえない。


コンコンコンコン…


もう一度ノックしてみる。

トレイの上では熱々のアールグレイと特製のお菓子が待っているというのに、肝心の書斎に入れなければ意味がない。早くしてくれないとせっかくの紅茶が冷めてしまう。

少し焦りながらも勤めて穏やかに待っていると、目の前のドアがゆっくりと開いた。


「あぁ、ミセス・ブラウン。すみません、お待たせしてしまって…」


そう言って、ミセス・ブラウンが書斎に入れるようにドアを押さえているロッソ。

微笑んでいるものの複雑そうな表情をしているロッソを不思議に思いながら、日当たりのいい書斎の奥へ目をやると…

そこには、キラキラとプラチナ・パープルの髪を輝かせてテーブルに突っ伏しているヴィオラの姿。


「ヴィオラ様?!」


トレイを近くのサイドテーブルに置き、すばやく駆け寄るミセス・ブラウン。

ヴィオラの傍にしゃがみ込んで様子を伺ってみると、すやすやと寝息をたてて眠っているだけと分かった。

一体どうしたことかと振り向くと、ロッソは申し訳なさそうに小首を傾げている。


「あの…教科書を読んでいたら眠ってしまって…。起こそうとはしたんですが。」


再びヴィオラに目をやると、頭を支えている腕の下には皺になっている教科書。

開かれたままのページには序章と書かれている。

ということは、授業が始まった途端に眠ってしまったに違いない。


見る見るうちに真っ赤に頬を染め、怒りに震えているミセス・ブラウン。

その様子を見ていたロッソは思わず苦笑いをせずに居られなかった。


「もうっ!!ヴィオラ様ったら!起きなさいっ!!!」


窓ガラスが揺れるほどの大声でミセス・ブラウンは怒鳴ると、ヴィオラのお尻を思い切り平手打ちした。

パシィーン!!

乾いた音が静かな書斎に響き渡った。

自分が叩かれた訳ではないが、思わず顔をしかめるロッソ。


「い、たぁ~いぃぃぃ…」


引っ叩かれた本人はお尻を摩りながら渋々顔を上げた。長い睫毛に縁取られた目には涙が浮かんでいる。

さすがのヴィオラも本気で怒ったミセス・ブラウンには適わない。


『こわ…』


ロッソは心の中で呟いた。

何しろネロから聞いていた情報によれば、ヴィオラは極度の人見知りで乳母ナニーのミセス・ブラウンにしか心を開かず、ミセス・ブラウンはそんなヴィオラを優しく気遣いながら穏やかに暮らしている、と。


『どうやら、ネロでさえも見落としていた部分があるみたいだな。』


どう見ても、目の前で繰り広げられている様子は『穏やか』でない。


「お待ちなさい!ヴィオラ様!」


「だって、ミセス・ブラウンが追いかけるからぁ。」


せっかくの美しい髪を振り乱して書斎を逃げ回るヴィオラと真っ赤な顔で追いかけているミセス・ブラウン。

それはまるで子供の喧嘩のようにも見え、ロッソは堪えきれずに噴き出してしまった。


「ぶはっ!はははは!」


突然、聞こえてきた笑い声に思わず立ち止まるヴィオラとミセス・ブラウン。その二人の視線の先には肩を震わせて笑っているロッソがいた。


『あれ、誰だっけ?』


同時に、ヴィオラとミセス・ブラウンが同じ表情で首を傾げた。

どちらも二人での生活が長いせいか、第三者がいる状況に慣れていないのだ。


しかし、すぐ我に返ったミセス・ブラウンが乱れたヴィオラの髪を手櫛で直し始める。

最初はされるがままのヴィオラだったが、ロッソの視線に気づいて再び俯いてしまった。


「申し訳ありません。見苦しいところをお見せしてしまって。」


一通りヴィオラの身だしなみを整えると、ミセス・ブラウンはロッソに向かって頭を下げた。

頬は真っ赤に染まったままだが、表情は初めて会った時の穏やかな様子に戻っている。


「いえ、聞いていたよりも楽しそうなお二人だなと思って。」


「そう言っていただけるなら…。」


ミセス・ブラウンは満面の笑みを浮かべ、再び頭を下げた。今度はそっぽ向いたままのヴィオラの頭を手で押さえている。

無理やり頭を下げさせられ、顔を上げたヴィオラはもちろん不服そうだ。

ミセス・ブラウンはと言うと、すっかり忘れられていたアールグレイとお菓子の乗ったトレイを持ち、笑顔のまま振り返った。


「せっかくですから、裏庭でアフタヌーン・ティーにしませんか?お天気もいいし、裏庭はヴィオラ様のお気に入りの場所なんですよ。」


「いいですね。ヴィオラさんのお気に入りの裏庭も見てみたいですし。」


そうロッソは頷いて賛成したが、当のヴィオラは膨れっ面のまま身動きしない。


「来ないのなら、おやつも無しですよ。」


ちらりとヴィオラの様子を見てから去っていくミセス・ブラウン。

おやつ無しだと聞いて慌てて歩き出すヴィオラの後ろを、ロッソはまた肩を震わせながら付いて行った。

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