第1話-世界を救う前に、青春しろ
皆さん、お久しぶりです。あるいは、はじめまして。
新しく来てくださった方も、以前から読んでくださっている方も、本当にありがとうございます。
本作は前作を読んでいなくても、安心して楽しめる内容になっています。
もちろん、興味を持っていただけたら、ぜひ他の作品も読んでみてください。きっと楽しんでいただけると思います。
それでは――
新しい主人公、新しい物語。
どうぞ、お楽しみください!
「おはよう、小野寺。」
「はぁ……おはよう、田中……眠い……。」
とある普通の高校。
朝のホームルームが始まる少し前、教室の扉が開き、大きなあくびをしながら小野寺が入ってきた。
ひどく眠たそうな表情を浮かべ、制服もなぜか少し汚れていて、どこかボロボロな様子だ。
だが本人はまったく気にしていない様子で、そのまま自分の席へ腰を下ろす。
すると田中が椅子を引き寄せ、いつものように話しかけてきた。
「おっ、今日は遅刻しなかったじゃん。
……って、今日はツンツン頭なんだな。」
田中はそう言いながら、小野寺の制服についた埃を軽く払ってやる。
「もう先生に目ぇつけられてるからな。ちくしょう。」
小野寺は不機嫌そうに目を逸らして悪態をつくと、鞄からおにぎりをいくつか取り出し、勢いよくかぶりついた。
「あれ? 朝飯食ってなかったのか?」
「食った。でもまた腹減った。」
「ははっ。
そういや今日、転校生が来る日だったよな。」
「へぇ……。」
「ま、どうせ俺らには関係ないだろ。」
田中はスマホを取り出し、小野寺の隣に座ると、適当にソシャゲを遊び始めた。
「だよなぁ。
俺らみたいなスクールゴブリンに青春なんてあるわけねぇし。
ああいうのは全部アニメの中だけだって。
放課後は家帰ってゲームして、シコって一日終了。それが俺らの日常だ。」
――その瞬間だった。
なぜか小野寺の髪型が、ツンツン頭からオールバックへと変わる。
それだけではない。
目つきも、わずかな表情の動きも、立ち居振る舞いまでもが、さっきよりどこかシャープで無駄がないものへと変わっていた。
「青春って言えばさ、お前、中村みたいな可愛い子と一緒に住んでるくせに、自分もゴブリン側とかよく言えるよな。」
「親戚だからだよ、バカ。
もう何年もあいつん家に住ませてもらってるだけだ。」
「え~、紹介してくれよ~。」
「もし変なことしたら、本気でぶん殴るからな。」
小野寺は氷のような視線で田中を睨みつけた。
握っていたおにぎりは、一瞬でぐしゃりと潰れてボロボロになる。
あまりの迫力に、田中の額を冷や汗が伝った。
「じ、冗談だって……。
はぁ……あんな良い子なのに彼氏いない理由、なんかわかった気がするわ……。」
小野寺は呆れたようにため息をつき、教室の隅へ視線を向けた。
そこでは数人の女子たちが楽しそうにおしゃべりをしている。
その輪の中には、同い年の親戚である中村の姿もあった。
クラスでも中心的な女子グループの一つだ。
他愛もない話で盛り上がる彼女たちの会話が、小野寺の耳にも自然と入ってきた。
「ねぇ見て見て!
この前買ったポリス様の限定ぬいぐるみ!
めっちゃ可愛くない?」
「やばっ、超かわいい!
うちのお父さん、この前ジャングルとのコラボブロック買ってたよ。
めちゃくちゃデカかった!」
「最近ヒーローのイベントとかないのかな?
私、一度でいいからエラー404本人を見てみたいんだけど。」
「あっ、見て見て!
DSA公式のこのミーム、めっちゃウケるんだけど!」
現代では、ヒーローはすでに人々の日常の一部だ。
老若男女を問わず、誰もが一度はヒーローの話題を口にする。
「そういやさ、このクラスで彼女にするなら誰選ぶ?」
女子たちを眺めていた小野寺に気づいたのか、田中が何気なくそんなことを口にした。
小野寺は何も答えず、その言葉を聞いていた。
――すると、不思議なことに髪型がオールバックからセンターパートへと変わる。
そして女子たちの短いスカートへと視線を移し、おにぎりを一口かじった。
「……白。」
小さく、それだけを呟く。
「ん? 何が?」
「いや……
白石さんかな。
第一印象だけだけど、普通に可愛いし……性格も良さそう。」
女子グループの中で笑っている白石を見つめる。
もしかすると、恋愛フィルターでもかかっているのか。
いつも以上に彼女が眩しく見えた。
「まぁ確かにな。
あの子くらいしか思い浮かばないわ。
現実のクラスなんてアニメみたいに美男美女ばっかじゃないし。
ゴブリンみたいな俺らが大量発生してるだけだ。」
「彼女ほしいなぁ……。
エッチしてぇ……。」
そう呟きながら、おにぎりを飲み込んだ。
「じゃあ、お前って可愛い系がタイプなの?」
「まぁな。
正確に言うなら、めちゃくちゃ可愛い子がタイプ。」
「そんなムラムラしてんなら、その辺の女子にでも話しかけりゃいいじゃん。
振られたら、また次に行けばいいだけだろ?」
「それはそうなんだけどさ……。」
小野寺は少しだけ言葉を切り、最後のおにぎりを口へ放り込む。
キーンコーンカーンコーン――♪
ちょうどその時、始業を告げるチャイムが校内に鳴り響く。
朝のホームルームが始まる時間になり、生徒たちもそれぞれ自分の席へ戻っていった。
「でもさ……
やっぱ運命みたいな出会いって、そうそうないよなぁ……。」
しばらくすると担任教師が教室へ入ってきた。
軽く挨拶を済ませ、出欠確認などいつものホームルームを進めたあと、本題へと入る。
「さて、前にも話した通り――
今日から、このクラスに転校生が来ます。」
この話自体は以前から聞かされていたため、教室が大きくざわつくことはなかった。
それでも、新しいクラスメイトへの興味は隠せないようで、教室にはどこか期待混じりの空気が漂っていた。
「じゃあ、入ってきてください。」
担任の言葉とともに、教室の扉がゆっくりと開く。
そして姿を現したその人物は、誰もが予想していなかった存在だった。
生まれつきと思われる金色の髪に、透き通るような碧い瞳。
立っているだけなのに、その所作の一つひとつからは、お嬢様のような上品さと気品が自然に滲み出ていた。
その一方で、周囲を警戒するように視線を何度も泳がせる姿は、どこか怯えた小動物のようでもあった。
初めての場所へ連れてこられたばかりの子猫のように落ち着きなく辺りを見回し、先生の隣へ静かに立つ。
緊張しているのは誰の目にも明らかだった。
「おぉ……。」
教室が静まり返った理由は、別に難しいものではない。
――ただ一つ。
誰が見ても、文句なしの美少女だった。
「それじゃあ、自己紹介をお願いします。」
「はじめまして。
アリス・ウィットモアと申します。
アリスと呼んでください。
これからよろしくお願いします。」
小野寺も、しばらく彼女を見つめていた。
やがてぽかんと口を開き、我に返ったように小さく呟く。
「いた……。
超タイプ……。
運命の出会いだ……。」
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ーーーーーー少し前。
小さな家の二階。
廊下には三つの部屋が並んでいる。
部屋の内装はそれぞれ少しずつ違う。
しかし、そこに住んでいるのは――まったく同じ顔をした三人だった。
三つ子だから似ている、というレベルではない。
まるで同じ身体をコピーしたかのように、一切の違いがない。
唯一見分けられるのは髪型くらいだ。
一人はセンターパート。
一人はオールバック。
そしてもう一人はツンツン頭だった。
三人とも、それぞれの部屋で眠っていた。
すると突然、目覚ましのアラームが鳴り響く。
だが、その音は誰かのスマホから鳴っているわけではない。
家そのものに響き渡っているかのような、不思議なアラームだった。
三人とも眠そうに目を覚ます。
しかし誰一人として起き上がろうとしない。
「誰かが止めるだろう。」
そんな考えが全員一致しているようだった。
……数秒後。
誰も動かない。
アラームだけが容赦なく鳴り続け、耳が痛くなるほど部屋中へ響き渡っていた。
真っ先に限界を迎えたのは、オールバックの男だった。
「……あ゛ー、うるせぇ。」
苛立ちながらベッドを抜け出すと、隣の部屋のドアを乱暴に叩く。
ドンドンドン!!
ドアを叩きながら、怒鳴る。
「おい、ジェット!!
今日の朝はテメェの当番だろうが!!」
センターパートの男は、枕を顔に押しつけたまま現実逃避を続けていた。
数秒後、ようやく口を開く。
「えぇ……
今日ってビリーじゃなかったっけ……。」
「この前AVのリンク何本かと交換しただろ。
忘れたとは言わせねぇぞ。」
「あー……そうだった。
まだ見れてなかったんだよなぁ……。
わかったよ、俺が行く。」
ジェットは盛大にため息をつきながらも、観念したようにベッドから起き上がった。
そして軽く意識を集中させる。
次に目を開けた時には、そこはさっきの家ではなかった。
ごく普通の住宅にある、自分の部屋。
そのすぐ横では、スマホのアラームがけたたましく鳴り続けている。
「はぁ……。」
ジェットは重い体を起こし、スマホのアラームを止めた。
カーテンを開けると、朝日が部屋いっぱいに差し込む。
軽く目を閉じて身体をほぐしてから部屋を出る。
廊下も、さっきまでいた「あの家」とはまったく別の、ごく普通の住宅だった。
洗面所へ向かうと、ちょうど浴室のドアが開く。
中から、同い年くらいの少女が出てきた。
「おっ、おはよ、ジェット。」
少女は軽く挨拶すると、ジェットの姿を見て呆れたようにため息をつく。
「……いいから早くズボン履け、この変態。」
ラフに挨拶したものの、タンクトップにパンツ一枚という格好を見て、呆れたように首を横へ振る。
「おはよ……葵……。」
ジェットは欠伸混じりに返事をしたが――
「うわっ、くっさ!!
お前何食ったんだよ!?」
思わず顔を背け、鼻と口を押さえる。
そのまま換気扇を全開にして、浴室へ向けて勢いよく回し始めた。
「ざまぁ!
そのまま悶えとけ!」
葵はまるで悪びれる様子もなく、勝ち誇ったように笑う。
「マジで、お前がモテる理由わかんねぇわ……。
学校のみんなに今の姿バラすぞ?」
「そっちだって秘密バラされてもいいなら、好きにすれば?
やれるもんならやってみろ、このバカ!」
葵はスマホを取り出すと、ジェットのだらしない格好へカメラを向けた。
二人は本当の兄妹のように、いつもの口喧嘩を始める。
お互いに悪態をつき、しまいには中指まで立て合った。
とはいえ、それも毎朝の恒例行事だ。
数秒後には何事もなかったかのように、それぞれ自分の支度へ戻っていく。
ジェットは洗面所へ入り、顔を洗い始める。
三本並んだ色違いの歯ブラシから一本を取り、
三枚並んだタオルのうち一枚を使う。
身支度を終えて部屋へ戻ると、クローゼットに並ぶまったく同じ制服の中から一着を選び、手早く着替えた。
最後に髪をセンターパートへ整え、首元にはスタイリッシュなネックレスを掛ける。
身支度を終えたジェットがダイニングへ向かうと、テーブルには朝食が用意され、その横にはお小遣いまで置かれていた。
「叔父さんたち、もう仕事行ったの?」
「うん。最近ずっと忙しいみたい。」
葵はすでに朝食を食べ終え、鏡を見ながらのんびりメイク中だった。
その姿を見たジェットは、思わず呆れたように目を細める。
ジェットも向かいへ腰を下ろし、自分のために用意されていた大量の朝食へ手を伸ばした。
「そういえばさ、この居候野郎。
気づけば何年もうちでタダ飯食って、タダで住んでるけど、いつになったら出ていくの?」
「どこがタダ飯だよ。
家事はほとんど俺たちがやってるし、何かトラブルがあれば毎回俺たちが片付けてる。
お前のパシリもするし、飯も作るし、風呂だって毎朝お前優先にしてやってるし、それに──」
「はいはい。
あんたたちは超能力あるんだから、可愛い一般人の私をもっと大事にしなさい。
男のくせにそんな細かいことでグチグチ言ってるからモテないんだよ。
あ、それとマックスに伝えといて。
今夜パソコン直してって。」
「俺たちの能力は便利屋じゃないんだけどな……。
……もういいや。
それよりメイク早く終わらせてくれ!
俺もう食い終わるぞ!」
「うるさい!
メイクは急ぐものじゃないの!
だから彼女できないんだよ!」
「だから前から言ってるじゃん。
お前の友達紹介してくれって。
そういやこの前、みんなで海行ってただろ?
水着の写真とかさ、もしあれば──」
「却下。」
「はぁ……なぁ葵。
俺たち、お前にそんなひどいことしたか?
俺たちなんて、お前くらいの歳には命懸けで世界を守ってたんだぞ。
お前が今こうして安心してメイクできてるのも、少しくらいは俺たちのおかげだろ?
……あと普通に遅刻しそうだけど。」
「はいはい。
いいから静かにして。
メイクの邪魔。」
「あーもう!
やってられるか!
先行く!」
ジェットは食べ終えた皿を手早く片付ける。
文句を言いながらも、葵の食器まで一緒に流しへ運んだ。
そのまま上着を羽織り、先に学校へ向かおうと玄関へ向かう。
「あ、そうだ!
お前の友達全員で妄想したことあるわ!
最高だったぞー!!」
玄関を出る直前、ジェットは振り返って、ニヤニヤしながらそう叫んだ。
「この変態ッ!!
最低ッ!!
死ねぇぇぇーー!!」
家を出て間もなく、後ろから葵が慌てて飛び出してきた。
「ちょっと待って、変態!
遅刻するって!
学校まで送ってよ!」
「えー……
やだ。」
ジェットは肩をすくめ、わざと意地悪そうに笑う。
「お願い!
皆勤だけは絶対なくしたくな――」
――ドォン!!
言葉を遮るように、遠くから重たい爆発音が響いた。
足元がわずかに揺れる。
ジェットは反射的に葵を背中へかばい、周囲を素早く見回した。
ひとまず近くに危険がないことを確認すると、スマホを取り出して情報を確認する。
「どうしたの?
何かあった?」
葵もさすがに表情を強張らせる。
「……隣の市街地で武装集団による襲撃だ。
規模もかなりデカいらしい。
……俺たちも行ったほうがよさそうだ。」
運動会のスタート直前のように、ジェットの胸は高鳴っていた。
緊張と高揚が入り混じる中、拳を軽く握り、いつでも飛び出せるよう身体に力を入れる。
周囲を素早く見回し、近くにいるのが葵だけだと確認すると、服の下に隠していた特殊なネックレスを取り出す。
そして、その中央を指先で軽く叩いた。
――その瞬間。
まるで何かのシステムが起動したかのように、ネックレスの中心から漆黒の特殊素材が一気に広がる。
それは身体全体を包み込み、普段着と融合しながら、一瞬でまったく新しい姿へと組み替えられていった。
数秒後、彼の服装は黒を基調としたサイバースタイルの機能性スーツへと姿を変えた。
胸元にはネックレス型のエンブレムが輝き、全身の至るところには流線型の発光ラインやアイコンが散りばめられている。それらは冷たく鋭い青い光を放ち、まるで未来都市から現れた存在のような雰囲気を漂わせていた。
シャープさと機能性、そして王道のスタイリッシュさを兼ね備えたそのデザインは、まるでアクションゲームに登場するアサシンのようだった。
彼は専用のマスクを装着すると、軽く手足を動かして感触を確かめる。
この装備がもたらす力を確かめているのか、それとも――単純に、自分の最高にカッコいい変身姿に酔っているだけなのか。
「……まあ、その前に学校まで送ってくれない?」
葵はジェットのこの姿を見るのが初めてではないらしく、もはやすっかり見慣れた様子だった。
葵が両手を広げると、ジェットは彼女をひょいとお姫様抱っこで抱き上げる。特に頭や顔、首元はしっかりと守るように抱え直した。
「準備はいいか? 行くぞ。」
「うん。あ、それと髪だけはぐちゃぐちゃにしないでね。」
「うるせぇ。守ってやってるんだよ。」
ジェットは軽く一歩踏み出して姿勢を整える。
集中力を高めるにつれ、彼の周囲には次第に激しい気流が渦巻き始めた。
葵もそれを察したように、そっと目を閉じ、口を結ぶ。
そして――ジェットは地面を蹴った。
「シュオオオオオオオッ!!!!」
次の瞬間、凄まじい風圧とともに、二人の姿はその場から掻き消えた。
ジェットは圧倒的な速度で道路を駆け抜ける。
彼にとって周囲の時間はまるで静止しているかのようだった。
景色は判別できないほど引き伸ばされ、世界そのものが細長く歪み、そのすべてを一瞬で後方へ置き去りにしていく。
青い閃光となった彼は街中を縦横無尽に駆け抜け、車も電車も、さらには新幹線さえも遥か後方へ置き去りにする。
耳に届くのは轟々と鳴り続ける風切り音だけ。
彼が通り過ぎるたびに生じる猛烈な風圧は街路樹の葉をざわめかせ、道行く女子生徒たちのスカートまでふわりと舞い上げた。
(……ちょっとだけ見ていきたい。)
そんな煩悩が一瞬頭をよぎる。
だがジェットは誘惑を振り切り、そのまま目的地へと駆け続けた。
急いでいるとはいえ、わずか数十秒後には、二人はもう学校の近くまで到着していた。
ジェットは両足で地面を踏み締め、一瞬で正確に急停止する。
その瞬間、再び凄まじい風圧が巻き起こり、数秒遅れて衝撃波のようなソニックブームが周囲へと響き渡った。
ジェットは慎重に葵を地面へ降ろす。
葵は少し目を回したようにふらつき、一瞬足元がおぼつかなかった。
もっとも、この"超高速タクシー"に乗るのも一度や二度ではないらしく、すぐに体勢を立て直していた。
「念のため、近くの避難シェルターに行ってろ。」
「はいはい。あんたたちも――」
言い終わるより早く、ジェットは別方向の道路へ向かって再び駆け出し、その姿は一瞬で消え去った。
後に残った強烈な風圧だけが、葵の髪をぐしゃりと乱していく。
「もぉーーっ!! だから髪を乱さないでって言ったじゃん!!」
ジェットは数秒もしないうちに市街地へ到着し、さらに数秒後には事件現場付近へと辿り着いていた。
一帯は武装集団による大規模な襲撃を受けており、道路は崩れ、周囲の建物も無残に破壊されている。
銃声と爆発音が絶え間なく響き渡り、住民たちは我先にと必死で避難していた。
その時、ジェットは炎に包まれたビルの中に取り残された人々の姿を見つける。
「――っ!」
彼は一瞬で炎の中へ飛び込み、取り残されていた人々を次々と抱えて外へ救出した。
「うわあああああっ!!」
「落ち着いて! もう大丈夫だから! はい、深呼吸、深呼吸〜。」
「はぁ……はぁ……う、上の階に……まだ何人も人質が……! 銃を持ったテロリストが何人もいて……け、警察も制圧できなくて……!」
「分かりました。ここは俺に任せて、あなたはすぐ避難してください!」
ジェットは目の前にそびえ立つ高層オフィスビルを見上げる。
上層階には、まだ何人もの人質が取り残されているようだ。
しかし一階の出入口は完全に封鎖されており、正面から侵入することはできない。
「……なら。」
迷うことなく地面を蹴る。
壁へ激突する寸前で大きく跳躍すると、そのまま垂直の壁を足場にして駆け上がっていく。
まるで重力など存在しないかのように、ビルの外壁を疾走しながら、標的の階へと超高速で迫っていった。
ガシャァァンッ!!
大きなガラスが砕け散り、ジェットはそのままオフィスフロアへと飛び込んだ。
しかし、その派手な突入は当然敵の目を引く。
周囲にいた武装したテロリストたちは一斉に銃口を彼へ向けた。
その一方で、フロアの隅には数人の人質が膝を抱え、震えながら身を寄せ合っているのが見えた。
「動くな! さもないと撃つぞ! こいつらを傷つけられたくなければ――」
最後まで言い終えることはできなかった。
気づけばジェットが目の前に現れ、その一撃で男は吹き飛ばされていた。
「……え?」
何が起きたのか理解する暇もない。
ジェットは弾丸のような速度でフロア中を駆け巡り、武装した男たちを次々となぎ倒していく。
敵には彼の姿などまるで見えない。
分かるのは、一瞬のうちに全身へ無数の衝撃を叩き込まれたという事実だけだった。
「くそっ……! 人質を撃てぇ!!」
追い詰められたテロリストの一人が叫ぶ。
その号令と同時に、仲間たちは一斉に人質へ銃口を向け、ためらうことなく引き金を引いた。
無数の銃弾が、人質たちへ向かって一斉に放たれる。
「きゃああああっ!!」
人質もテロリストも同時に悲鳴を上げる。
だがジェットは慌てることなく、人質たちの前へと歩み出た。
彼の世界では、飛来する銃弾ですら亀のように遅い。
眼前を漂う数十発の弾丸を見つめ、少し首をかしげる。
「……よし。」
一本一本を指先で軽く弾き、ほんのわずかに軌道を修正していく。
人質へ当たらないように避けるだけではない。
弾丸そのものを、何かの形になるよう丁寧に並べ替えていく。
すべてを終えると、ジェットは敵へ向き直り、いかにも決まったポーズを取る。
あとは――時間が追いつくのを待つだけだった。
ダダダダダダダダッ!!!!!
銃撃が終わり、一斉に銃弾が着弾する。
しかし、その弾丸は誰一人として傷つけることなく、すべて背後の壁へと突き刺さった。
そして壁に刻まれた無数の弾痕は、いつの間にか――
『JET』
という文字を描き出していた。
「な……なんだと……?」
驚愕したのはテロリストだけではない。
人質たちもまた、たった今の一瞬で何が起きたのかまったく理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
『おい、坊主! ポリス様が到着した! 人質の誘導はあいつに任せろ! お前は避難を援護しろ!』
イヤホン越しに指示が飛んでくる。
「了解!! みんな、こっちだ!! GO!! GO!! GO!!」
ジェットはすぐに人質たちを出口へ誘導しながら、逃げ遅れた者がいないか確認しつつ、残ったテロリストたちの相手も同時にこなしていく。
その隙に、追い詰められた敵側もついに切り札へと手を伸ばした。
「くそっ!! 装置を起動しろ!!」
「で、ですが……まだ安定していません!」
「いいから起動しろっ!!」
リーダー格と思われる男が部下へ怒鳴りつける。
部下は手に持っていた小さな立方体状の装置を起動した。
すると立方体から、不安定な電子ノイズのような音とともに、禍々しいエネルギーが漏れ始める。
人質全員の避難を確認したジェットも、その異様な装置へ視線を向けた。
「お前が何者かは知らねぇが……死ねぇぇぇっ!!!」
リーダーは怒号とともに装置を起動しようとする。
「させるか!!」
ジェットは考えるより先に駆け出した。
正体は分からない。
だが、危険な代物であることだけは直感で理解できる。
彼は一瞬で装置を奪い取り、とにかく止めようと手当たり次第に操作を試みる。
しかし――
「……あれ?」
装置は止まるどころか、内部のエネルギーがさらに暴走し始めた。
紫色の光が脈打つように膨れ上がり、不気味な輝きが装置全体を包み込む。
「oh, shit...」
次の瞬間――
ドォォォォォンッ!!!!
正体不明の強烈な電磁パルスが炸裂した。
爆発的な衝撃波が周囲一帯を吹き飛ばし、至近距離にいたジェットは真正面からそのエネルギーを浴びる。
「うわああああああああっ!!!!」
反応する暇すらなく、彼の身体は勢いよく吹き飛ばされた。
背後のガラスを突き破り、そのままビルの外へ放り出される。
「うわあああああああ!!!!」
いくら速く走れても、足場のない空中では走れない。
支えるものを失った身体は、まるで重力に借金でもしていたかのように、容赦なく地面へと引きずり落とされていく。
「お、お前ら助けてぇぇぇぇぇ!!!! うわああああ!!!!」
地面がみるみる近づいてくる。
ジェットは空中でもがき始めるが、当然そんなことで状況が変わるはずもない。
その時、頭の中に二人の声が響いた。
(はぁ……せっかくさっきまで二度寝してたのによ……何があった?)
(お前、今空から落ちてんの? ははっ、ウケる。)
「ふざけんな!! 笑ってないで助けろ!!!! 頼むって!!!!」
(マックス。ここはお前しかいない。)
(……はぁ。分かったよ。俺が行く……ったく。)
次の瞬間――
ジェットの意識は身体から離れ、その身体の主導権はマックスへと切り替わった。
ドゴォォォォンッ!!!!
マックスの身体はそのまま地面へ激突した。
凄まじい衝撃音とともに土煙が巻き上がり、道路は大きく陥没し、巨大なクレーターができあがる。
「ったく……なんで毎回こういう貧乏くじを引くのは俺なんだよ……ジェット、お前また貸し一つだからな。」
そうぼやきながら、マックスは何事もなかったかのように立ち上がる。
服についた埃を軽く払い、痛む肩や首をコキコキと鳴らす。
すると、スーツ各部の発光ラインはいつの間にか青から赤オレンジへと変化していた。
周囲には、まだ大勢のテロリストが残っていた。
マックスの姿を確認した途端、全員が一斉に銃口を向ける。
ダダダダダダダダダッ!!!!
無数の銃弾が容赦なく撃ち込まれる。
だが――
マックスは避けようとすらしなかった。
ただその場に立ち、すべての弾丸を真正面から受け止める。
やがて銃声が止む。
彼の足元には、身体へ当たって潰れた無数の弾頭や薬莢が散らばっていた。
マックス自身は、ほぼ無傷。
その光景に、テロリストたちは信じられないものを見るような表情で固まっていた。
「……よし。」
マックスは一息つくと、そのまま敵陣へ突っ込んだ。
まず一人のライフルを素手で掴み、そのまま力任せに引きちぎる。
続けざまに頭突きを顔面へ叩き込み、奪ったライフルの銃床で男を豪快に吹き飛ばした。
さらに前へ踏み込み――
飛び蹴りで一人を倒し、
振り向きざまの肘打ち、
そして渾身のストレートで二人目を吹き飛ばす。
最後は首根っこを掴み、そのまま地面へ勢いよく叩きつけた。
敵はなおも撃ち続ける。
しかしマックスの辞書に「防御」という文字はない。
銃弾を浴びながら前進し、
豪快な前蹴りで一人を吹き飛ばす。
そこからは勢いのまま、
雑とも言える連続攻撃、
力任せの投げ技、
プロレスさながらの豪快な関節技や叩きつけ。
細かい技術ではない。
圧倒的なパワーとスタミナだけで敵をねじ伏せ、戦場そのものを蹂躙していく。
まさに"ステータスで殴る"という言葉が、そのまま形になったような戦い方だった。
「……多すぎだろ。」
マックスはため息混じりに呟く。
次の瞬間、左右それぞれの手で敵兵の頭を掴み――
ゴンッ!!
容赦なく互いの頭をぶつけ合わせた。
気絶した二人をそのまま両手で持ち上げる。
「悪いな、ちょっと借りるぞ。」
敵兵たちは仲間を盾代わりにされてしまい、一瞬引き金を引けずに固まった。
その隙を逃さず、マックスは二人を巨大な棍棒のように振り回す。
ブンッ!! ドゴッ!! ガンッ!!
周囲のテロリストたちは次々と巻き込まれ、ボウリングのピンのように吹き飛ばされていった。
周囲の敵をあらかた片付け終えると、
マックスは手に持っていた二人をゴミでも捨てるように放り投げた。
気づけば、地面に倒れ伏したテロリストたちは絶妙な位置に積み重なり、
上空から見れば、そこには――
『MAX』
という文字が浮かび上がっていた。
その時だった。
「――っ!?」
猛烈な殺気を感じ、マックスは咄嗟に振り返る。
反射的に両腕を交差させて受け止めるが――
ドォォォォンッ!!!!
凄まじい衝撃が全身を貫いた。
そのまま何十メートルも吹き飛ばされ、地面を削りながら滑っていく。
最後は背後に積み上がっていた巨大な瓦礫へ激突し、ようやく勢いが止まった。
「いってぇな……。
……なんで戦車まで出てくるんだよ。」
文句を言いながらも、マックスは何事もなかったように立ち上がる。
服についた埃を払い、肩を軽く回す。
どう見ても受けたダメージは擦り傷程度だ。
彼の視線の先には、一両の戦車が砲身をこちらへ向けていた。
「……へぇ。」
マックスは興味深そうに首を少しかしげる。
その直後、
ドンッ!!
戦車の砲弾が一直線に飛来する。
マックスは首を軽く傾けるだけで、その砲弾を紙一重でかわした。
「……なら、こっちも。」
彼はゆっくり息を吐くと、
すぐ脇に転がっていた巨大な建物の瓦礫へ手を掛ける。
普通なら重機でも持ち上げられるかどうかという質量。
だがマックスはそれを軽々と持ち上げ、
一歩踏み込み、
腰を大きくひねり、
全身の力を乗せて――投げた。
ゴォォォォォッ!!
数トンはある瓦礫が空高く舞い上がる。
美しい放物線を描いたそれは、
次の瞬間、真上から戦車へと一直線に落下した。
ズガァァァァン!!!!
直撃。
戦車の砲塔ごと前半分が粉々に吹き飛び、
凄まじい衝撃で大地が大きく震えた。
「やべぇ!! 撤退だ!! 撤退しろぉ!!」
敵兵たちが慌てて後退を始める。
しかし、その時にはもう遅かった。
マックスは一直線にこちらへ突っ込んでくる。
散乱した瓦礫や車両の残骸を、まるでハードル競走でもしているかのように次々と飛び越え、
勢いそのままに、大きく跳躍した。
空中で両拳を高く振りかぶり、
狙うは眼下の戦車。
まるで自分自身を一発の砲弾に変えたかのように、そのまま一直線に落下していく。
「うおおおおおおおおおおッ!!!!」
闘志をむき出しにした咆哮が戦場へ響き渡る。
そして――
ドゴォォォォォォォン!!!!
マックスは全体重を乗せた拳を戦車へ叩き込んだ。
凄まじい衝撃波が周囲へ爆発的に広がる。
戦車は原形を留めないほど粉砕され、
周囲にいたテロリストたちまで衝撃でまとめて吹き飛ばされた。
マックスは壊れた戦車の上からゆっくりと飛び降りる。
その姿はまるで、戦場を支配する王そのもの。
圧倒的な威圧感に、残された数人のテロリストたちは思わず足を止めた。
「く、くそ……!!
起動しろ!! 今すぐ起動しろ!!」
幹部らしき男が部下へ怒鳴りつける。
部下たちは慌てて荷台に積まれた巨大な装置を展開した。
それはまるで科学展示会の試作品のような、不格好な巨大砲身。
しかし、その異様な存在感だけは本物だった。
彼らは急いで装置の起動作業を始める。
「……待て。
あれ、さっきの……。」
マックスの視線が砲身の中央へ向く。
そこには、先ほどビルで暴走した立方体によく似た装置が組み込まれていた。
しかし、今度のものは一回りどころではない。
明らかに出力も規模も桁違いだ。
起動された装置は轟音を立てながらエネルギーを蓄積し、
砲口の前には巨大な光球がゆっくりと形成されていく。
紫白色の閃光と無数の電撃が渦を巻き、
見るからに危険なエネルギーが膨れ上がっていた。
「……やべぇな、あれ。」
(おいおい。あれでも耐えられそうか?)
「正直……分かんねぇ。
めちゃくちゃ痛そうではある。」
(交代するか?)
「……そうだな。
ここは任せる。」
(ビリー! お前の番だ!)
(やれやれ、やっぱり俺がいないとダメか。はいはい、任せなさーい。)
マックスから身体の主導権を受け取ったビリー。その瞬間、敵も同時に砲撃を放つ。
巨大なエネルギー弾は、一瞬で彼らの目前まで迫っていた。
「……え?」
敵の予想に反し、エネルギー砲は爆発しなかった。
ビリーが両手を突き出し、紫色に輝く特殊な高電圧の雷撃を絶え間なく放っていたのだ。
それに呼応するように、スーツを流れる発光ラインは青や橙から紫へと変化し、全身の周囲にも細かな電流が走り始める。
同じエネルギー同士が真正面からぶつかり合う。
ビリーはさらに出力を引き上げ、自身の雷で砲撃のエネルギーを少しずつ相殺しながら、その巨大な光球を空へと押し上げていく。
やがて高空でエネルギー弾が炸裂した。
電子音のような音が連続して鳴り響き、夜空に散った紫電は花火のように広がる。
その閃光は、一瞬だけ空中に――
「BILLY」
という文字を描き出した。
「な、何だと……!?」
攻撃が通じないと悟った敵は、慌てて再び装置を起動しようとする。
だが、その前にビリーが先手を打った。
「遅いって。」
指先から放たれた紫電が一直線に装置へ突き刺さり、一撃でそれを破壊する。
その衝撃で車両のカーラジオまで誤作動を起こし、最新のポップミュージックが大音量で流れ始めた。
「♪~♪」
ビリーは鼻歌を口ずさみながら軽やかにリズムを刻み、楽しそうに身体を揺らす。
そして両手で指鉄砲を作ると、それぞれの指先へ紫色の雷を集束させた。
まるでパーティーフロアで踊るように――
ビリーはステップを踏みながら、指鉄砲を次々と撃ち放つ。
「Bang♪」
瞬時に放たれる紫電は狙い違わず敵へ命中し、一発ごとに相手を吹き飛ばしていく。
敵が銃を撃ち返しても、その弾丸は雷撃に貫かれ、届く前に弾き飛ばされてしまう。
そして最後。
ビリーは軽く身を縮めると、一気に身体を起こしながらくるりと一回転。
その瞬間、全身へ蓄えていた雷撃が爆発的に解き放たれ、紫色の電流が周囲へ一斉に走る。
轟音とともに残っていた敵はまとめて吹き飛ばされ、その場にいた者は誰一人として立ってはいなかった。
ビリーは辺りをぐるりと見回し、満足そうに頷く。
そして両手の指鉄砲をふっと口元へ運び――
「フッ。」
銃口を冷ますガンマンのように、指先へ軽く息を吹きかけた。
「――パーティーは終わりだ、ベイビー。」
(やるじゃん。まあ、一番魅せてたのは俺だけどな。)
(ナイス! 最高だったぜ!)
三人は頭の中でハイタッチを交わし、勝利を喜び合った。
敵はすべて倒した。
だが、ふと顔を上げて周囲を見渡した瞬間、三人の歓喜は少しだけ冷めていく。
高層ビルが立ち並ぶ市街地で、これほど大規模な襲撃が起きたのだ。
辺り一帯は、すでに見るも無残な有様になっていた。
破壊された建物。
炎上する車。
崩れ落ちた道路。
元通りになるまでには、到底、一日や二日では済まないだろう。
その光景を前に、三人は何とも言えない気まずさと、わずかな罪悪感を覚えていた。
「その……俺たちなりに、精一杯やったんだけど……」
それからしばらく後。
三人はDSAの施設へと呼び出されていた。
彼らの目の前には、頭痛を堪えるように額へ手を当てたDSAの上級職員と、数名のスタッフが立っている。
「君たちが今回、間接的に発生させた公共被害の詳細は……見せないほうがいいのかな……?」
「ちょっと待てよ! 俺たちは敵を止めるために戦ったんだぞ!」
ビリーが不満そうに声を上げる。
「分かっている。分かっているとも。君たちが間違ったことをしたなんて、誰も言っていない」
職員は彼らを落ち着かせるように両手を上げた。
「だが、だからといって、君たちが引き起こした二次被害まで存在しなかったことになるわけじゃない。それくらいは君たちにも分かるだろう?」
「君たちはスーパーヒーローになりたいんだよな?」
「これが、スーパーヒーローの現実だ」
「ただ格好よく敵を倒して、あとは知りませんで終わりというわけにはいかない。分かるか?」
「お、俺は……」
ビリーは反論しようとしたが、それ以上の言葉が出てこなかった。
「それに、もっと厄介な問題がある」
「今回、これほど大規模な危険事件が起きて、それを君たちが解決した。そのせいで、ネットでは今、この未登録のスーパーヒーローが何者なのか、急速に注目が集まり始めている」
「もし君たちが、まだ未成年の高校生だと世間に知られたら……」
「えっと……それの何が問題なのか、もう一度説明してもらってもいい?」
「大ありだ!」
職員は思わず声を荒らげた。
「『未成年』という言葉はな、大人の世界では、それだけで数え切れないほどの面倒を生むんだ!」
「まず法的責任だ。君たちが何か失敗した場合、一体誰が責任を負う?」
「君たち自身か? 保護者か? 学校か? それとも我々DSAか?」
「次に教育を受ける権利だ。君たちは本来、学校へ行って授業を受けるべき年齢だろう」
「こんなことを続けていれば、自分たちの学習機会を失うことになる」
「確か、最近は出席率もかなり悪くなっているんじゃなかったか?」
「まさか学校に、『こっそり犯罪者と戦いに行っていました』なんて説明するわけにもいかないだろう?」
「それだけじゃない」
「君たちがどれほど強くても、無敵というわけではない。もし大怪我をしたらどうする?」
「身体だけではない。戦いが原因で、心に深い傷を負う可能性だってある」
「ましてや、君たちの同級生や家族、学校、社会、さらには国が――」
「未成年者が命を懸けて戦場に立っていると知ったら、どう思う?」
「はっきり言っておく」
「君たちは、ただの未成年者ではない」
「ただの能力者ですらない」
「大規模な軍事武装集団を、たった一人で壊滅させられる力を持った、未成年の超能力者なんだ!」
職員は一人ずつを指し示した。
「ジェット。君は銃弾より速く走れる」
「マックス。君には銃弾すら通用しない」
「ビリー。君の雷撃は、銃器以上の破壊力を持っている」
「君たちがその気になれば――」
「一つの国を支配することさえ、不可能ではないんだぞ」
(俺たち、国を支配できるのか……?)
ジェットが頭の中で素朴な疑問を口にした瞬間、マックスが無言で彼を殴った。
「えっと……お、俺たちは……」
三人はすっかり意気消沈し、何か言いたそうにしながらも俯いてしまう。
その様子を見て、DSAの職員たちも少しだけ表情を和らげ、静かに息を吐いた。
「いいか、君たち。」
職員は先ほどまでの厳しい表情を少しだけ和らげた。
「これだけは、ちゃんと伝えておきたい。」
「君たちはまだこの歳で、それほど強大な力を持ちながら、その力を悪用するのではなく、人を助けるために使おうとしている。」
「私は、その正義感も、そのまっすぐな心も、本当に立派だと思っている。心から感謝しているし、尊敬もしている。」
彼は一度言葉を切る。
「……だが、残念ながら。」
「君たちが未成年である以上、正式なスーパーヒーローとして登録させることはできない。」
「最初に君たちが『ヒーローになりたい』と何度も頼み込んできたからこそ、今のような実習に近い立場で、この仕事を少しずつ経験させているんだ。」
「君たちを守るために、そのネックレスも、このスーツも、こちらで特別に用意した。」
「も、もちろんです! 本当にありがとうございます!」
マックスは慌てて頭を下げた。
「だけどな……」
「今の君たちに一番ふさわしい場所は、犯罪者があふれる危険な街じゃない。」
「普通の高校だ。」
「君たちくらいの年齢なら、命懸けで戦うんじゃなくて――」
「学校へ行って。」
「部活をして。」
「友達と遊んで。」
「恋愛でもして。」
「そんな、ごく普通の高校生活を送るべきなんだ。」
少し笑いながら彼は尋ねる。
「ちなみに、彼女はいるのか?」
「えっと……そのうち、きっと……。」
「ははっ。だったら、なおさら学校にいたほうがいいな。」
「ヒーローになりたい気持ちは分かる。」
「でも、今は自分たちにできる範囲のことだけで十分なんだ。」
「もし君たちが何もしないことを選んだとしても、それを責める人なんて誰もいない。」
「本当に、一人もだ。」
職員は真剣な眼差しで三人を見つめる。
「いいか。」
「今の状況ですら、正直かなり危ういラインなんだ。」
「だから、これ以上危険なことには首を突っ込まないでほしい。」
「高校生が世界を救うなんて――」
彼は少し苦笑しながら肩をすくめた。
「残念だけど、そんなのは漫画の中だけの話なんだ。」
「……分かったな?」
「……はい。」
三人は肩を落としたまま、小さく頷いた。
誰もそれ以上何も言えない。
部屋には重たい沈黙だけが流れ、その様子を見ていたスタッフたちも、どこか気まずそうに視線を逸らしていた。
しばらくすると、一人のスタッフが部屋へ入ってきて、上司の耳元で何やら小声で報告を始めた。
「悪いな。少しだけ席を外す。」
「テーブルのピザは好きに食べていい。遠慮せずたくさん食べなさい。」
そう言い残すと、職員たちは何かを話し合うために部屋を出て行った。
部屋に残された三人は――
無言で、目の前に置かれたピザを見つめる。
(俺、シーフードがいい。一口目は俺な。)
(俺はミートボール! 先に食わせろ! 腹減って死にそうなんだよ!)
(腹減ってるのは俺だって同じだ! 俺はハワイアンな~。)
(ふざけんな! そんなもん絶対俺の口に入れるな!!)
(うるせぇ! イタリア人でもないくせに何こだわってんだよ!)
(全部お前らのせいだ! 俺はお前らが嫌いだ!!)
(俺のほうがお前らみたいなポンコツ共なんか大嫌いだ!!)
(別に嫌いじゃなくても、やっぱり超嫌いだ!!)
ちなみに三人が頭の中で相談したり、こうして喧嘩を始めたりすると――
身体のほうは処理落ちしたゲームのように、その場でぴたりと動かなくなってしまう。
しばらくして、職員たちが部屋へ戻ってきた。
「悪い、待たせ――」
職員はそこで言葉を止めた。
「……君たち、何やってるんだ?」
そこには何とも奇妙な光景が広がっていた。
ビリーの右手はハワイアンピザを口へ運ぼうとしている。
だが左手は、まるで別人の意思で動いているかのように、右手首をがっちり掴み、必死に阻止していたのである。
「……まあ、とにかくだ。」
職員はそれ以上深く追及するのを諦めた。
「若者諸君。」
「さっき私が言ったことを、ちゃんと考えてみてほしい。」
「学校へ行く。」
「友達を作る。」
「部活をやる。」
「彼女を作るのだっていい。」
「そういう"普通の高校生活"を、一度ちゃんと楽しんでみろ。」
職員は穏やかに笑う。
「案外、そういう毎日も悪くないものだぞ。」
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自己紹介を終えた転校生に、クラスからはぱちぱちと控えめな拍手が送られた。
アリスが席へ着くと、ホームルームは何事もなかったかのように進み、そのまま終礼の時間は過ぎていく。
やがて――
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムが校内に鳴り響いた。
「はい、それじゃあホームルームはここまでです。」
「みんな、アリスさんをよろしくお願いしますね~。」
先生はそう言い残すと、軽く手を振って教室を後にした。
先生が出て行くと、教室は一気にざわつき始める。
転校生に興味はある。
話しかけてみたい。
だが、最初の一人になる勇気はない。
そんな微妙な空気が教室を包む中――
一人の男子生徒が、誰よりも先に立ち上がった。
そして迷いなく、アリスの席へ歩いていく。
「Hi~! Nice to meet you. My name is Onodera.」
そこまで勢いよく言ったところで、彼は急に固まった。
「えっと……『よろしくお願いします』って英語で何て言うんだっけ?」
どこか陰のある表情を浮かべていたアリスは、ゆっくりと顔を上げる。
そして真っすぐにジェットを見つめた。
(めっちゃ可愛いな……って、おい。何してんだ、お前。)
(俺たちって、転校生に真っ先に話しかけるタイプじゃなかっただろ?)
(悪い。でもさ……せっかく普通の高校生になれって言われたんだ。俺、前から彼女ってやつを作ってみたかったんだよ。)
(そう来るか……。じゃあ俺は部活でも始めるかな。)
(え? じゃあ俺も何か新しいことでも始めてみようかな。)
三人が考えていることは、それぞれ少しずつ違う。
それでも、この瞬間だけは全員の気持ちが不思議なくらい一致していた。
(((普通の高校生活……青春、か。)))
(((……ちょっと面白そうじゃん。)))
ご覧いただき、ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか?
今回は珍しく、第1話からかなり多くの要素を詰め込んでみました。情報量が多くて、少し目まぐるしく感じてしまっていたらすみません。
また、今回の「三人の人格」という描き方が分かりやすかったかどうかも気になっています。もし分かりづらかった点や気になった点があれば、ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。今後の改善の参考にさせていただきます。
さて、この三人の問題児たちが、これからどんな青春物語を繰り広げるのか……。
……なんて、本気で思いました?
ご存じの通り、多くのスーパーヒーロー作品と同じように、彼らのやりたいことが何でも思い通りに進むほど、この世界は甘くありません(笑)。
それでも、ぜひジェット、マックス、そしてビリー、この三人と一緒に旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、Noah Novaでした。
皆さま、どうぞ良い一日を!




