蠢く影
ようやっと戦闘ですねぇ。それなりに残酷な表現が含まれますので、苦手な方は無理せずプラウザバックを!
前回、剣で何処まで行けるのかを確かめる為、街のゴロツキから新たな道、いや止まっていただけで既に定めていた己の道を歩き始めた人間の剣士、ルシエル。数年来の馴染みである小人族のセダに、同じ人間の聖堂戦士のジャラルに、死体漁りのウルフガング。そしてドワーフの鉱夫マグナルと、エルフの似非魔術師トレンディルと共に、依頼を受ける事となった。だが出立に向けて屋敷の一角で休もうとしていた所、同様に依頼を受けた男が突如として苦しみだし、異様な姿へと変異を遂げる。知られれば殺されるのが運命の変異体、ならばと血走った目で男は剣を抜いた。
「貴様らの命を、まずは、いただこう……」
目の前に立つ男の姿が、月明かりが差し込むことでより一層分かりやすくなる。紫色に変色した肌に、剣や槍の如く鋭く尖った左腕。血走り狂気が吹き出していながらも、しかし同時に上質な造りの細身な剣を構える姿は堂に入っている。更に、異形の左腕も、まるで元からそうであるかのように構え、違和感がない。何故か、そう考える余裕は相対している六人には無かった。目の前の男の、異常な姿。自然にはあり得ぬが故に、恐ろしく、同時におぞましい。見るだけで、己の正気が削り取られんばかりの感覚が六人を襲う。それ故に、足が止まる。
「来ぬなら、此方から……!」
男が踏み込む。剥き出しとなる殺気も単純な速度もそこらのゴロツキ、いや傭兵などよりも圧倒的に優れている。向かう先はウルフガング、だが彼は"飲まれて"いる。それ故に、動けずにいる。
繰り出されるのは、刺突。狙いは顔面、ではなく喉。刺されば即、致命傷となりうる一撃。狙われた青年から、ヒュッと小さく息を吸い込む音が鳴る。突きの正確さも、これまで大勢の人を屠ってきたことがよく分かるもの。
「むんっ!」
それを許さない者が一人。マグナルが己の身で出来る精一杯で大きく踏み込み、ウルフガングの首根っこに鶴嘴を引っ掻け、全力で引く。そうするとそれに合わせて大きく体が下がる事になり、針に糸を通すが如き突きは外れる。それでも急所を貫かなかっただけで、少しずれた事によって頬に一文字の傷が走る。
その容赦ない攻撃から、この男が殺すつもりである事がより分かりやすく判明する。それを全員が分かったことで、殺意に飲まれていた者達の目も覚めるというもの。そして、男の素早さによって行動が遅れた者達も動き出せる。動いたのは、この中ではマグナルに次いで荒事慣れしているルシエルと、戦闘訓練を受けているジャラル。ルシエルは湾刀、ジャラルはメイスを手に左右から男に向かって走り出す。
僅かだが、ルシエルの方が早い。ジャラルの方は、踏み込む度に聞こえる音からして鎖帷子を着込んでいるからだろう。咄嗟に飛び出したに近いジャラルが、間合いまで踏み込んで繰り出すのは、稽古で最も行ってきた動き。顔面への打突。
「ッ……それなりに、腕は立つようだ」
漏れ出る息の音と共に放たれる鋭い打ち込み。顔を丁度一つ逸らす事で男は避けたが、僅かに額が切れ血が滲む。余裕のある口調、そこからルシエルが感じ取ったのはこの男の実力。少なくとも、己よりはかなり上である事が分かる。
「異端者よ、死ぬがいいッ!」
響く大声。まるで安息日を報せる教会の鐘のように隅々まで響き、しかしその声色は襲い掛かる猛禽の如く荒々しい。手に握られているのは教会から使命を言い渡されし聖堂戦士の証たる、六枚羽の鎚矛。力の限り握りしめ、振るって殴り付ける。ただそれだけの、この武器の最も上手い扱い方。
ルシエルの一撃は避けられこそすれ、それにより男の姿勢は崩れた。次の一撃は、入る。
カァァッと一つ大きな声を上げながら振るわれるメイス。その鈍く光る鋼の頭は、男の右側頭部に入り、鷲が獲物を爪で引き裂くが如く、抉りながら振り抜かれる。
「流石、ということか……」
その光景に、ルシエルの口から漏れたのはそのような言葉。
ジャラルが崇める帝国の始祖神も、そして彼を崇める教団の者達も、皆帝国と臣民を守るには武力を持たねばならぬとしていた。故に、聖堂戦士としての訓練を受けている。かの教団の戦士団には幾つか"道"が有るともいうが、中でもメイスや戦鎚を盾と組み合わせる戦士は、最もよく見られる者達だ。
「今のは効いたぞ、女……ッ!」
しかし、男の目は死んでいない。
ギョロ、と目が動き、ジャラルをさながら蛇の如く睨む。そして、それそのものが武器と化した左腕を最小限の動きで突き出す。
左腕にくくりつけた盾でその一撃を受け止めながら、ジャラルもまた悟る。この男が手練れであると。己が異形と化しても尚冷静さを保ち、さもそれが当然であるかのように左腕で致命となりかねない一撃を放つ。まるで、元からそのように振るう技術を身に付けているかのように。
「成る程、二刀流か」
そういう事だ。マグナルの言葉は、的を得ていた。男の腰には、最早使う機会も少ないだろう短剣がある。右手に細剣、左手に短剣。恐らく、かつてはそうであったのだろう。
二刀流を実戦で扱える者など、そうは居ない。利き手でない手で武器を扱い、あまつさえ殺し合いで満足に振るえる者などそうは。大抵は、盾を構える。
「出会い方が違えばのう」
「言っている場合ですかドワーフ!」
言葉は事実なのだろう。しかし悠長とも取れるそれに苛立ちながら、トレンディルが前に出る。クォータースタッフを握る手は震えているが、どうせこのままでも死ぬのだ。やるしかない。
二人と斬り合う男の間合いから少し外辺りに立ち、杖の先端に埋め込まれた魔石に、そっと語りかけ始める。
「<魔の力よ、我に集まり、おぞましき者を貫く矢となりたまえ>……!」
言葉が紡がれる度に、見えぬ筈の、しかしはっきりと見えるものが彼の前に集まっていく。それは彼が有しているものを決まった形にしたものであり、彼が身に付けている技術。
そう、魔術である。訓練を受けていない、独学のものではあるが。
「<魔法の投げ矢>」
投げ矢。人間が帝国が生まれる以前より用いてきた、古き得物。
魔力によって形作られたそれが、詠唱を終えた瞬間に放たれる。人には、いや人ならざる者であろうと目で追えたものではない速度。故に避けようがなく、故に確実に、当たる。
男の胴体に、投げ矢が突き刺さる。当たった箇所である鳩尾からは、肉が焦げ付く嫌な臭いが室内に溢れ、気分が一気に悪くなっていく。だが、それが痛打であるのには変わらなかった。この戦いの中で最も強い痛みを感じているのが分かる表情を見せ、明確に動きが鈍った。誰の目から見ても、明らかな程に。
「好機……セダ!」
「言われなくとも!」
ルシエルにも分かった。今が攻め時であると。それならば何かを考える必要はないと、叫んでこの街で過ごす中での相方の名を呼ぶ。無論、セダも応える。腰の小袋から取り出した小石をスリングに装填し、回し始めれば紐が空気を切り裂く音が響く。
小人族が得意とするのは身軽さを活かした軽快な戦闘と、距離を取っての戦闘。好むのは短弓や投石であり、セダもまたそれを得意としている。
「一人で踏み込むとは無謀……グッ!」
ルシエルが再び間合いに踏み込んだ瞬間、その小柄な女は素早い投石を放つ。元より距離が近ければ近い程、体感速度が早まるのが飛び道具である。それもまた当たり、額の肉が弾ける。
セダの投石に、ルシエルが合わせる。これはこのフォーエルンの路上でこれまで多く行ってきた手だ。何度も何度も行ってきたからこそ、その連携の練度は高い。
好機、そう考えたからこそ、踏み込みに躊躇いはない。斬る、突く。どちらにせよ、殺すことには変わらない。こんな世界だからこそ、命を奪う覚悟はしている。していても、やはり恐ろしくはある。それでも、殺さねば殺されるのだ。改めて、決めた。
「っ……死ね。」
手にした湾刀、師匠から譲られたグロスメッサー。殺意を込めて頭上へと振り上げ、軽く前傾する形で足腰を床へ沈み込ませる。そして、そこから一気に、振り下ろす。獣が、食らい付くように。
剣術の基礎中の基礎、真っ向斬り。古今東西数多くの流派で袈裟懸けに並び、最初に習う技。そうであるが故に、剣士達の大半はこの技の練度が高い。特にルシエルは、基礎を徹底的にやる性格だった。
彼は、技もまた剣と同じなのだという。叩いて、叩いて、叩いて。余計な物を取り除き、鍛え上げる。ただ、ひたすらに。そのようにして鍛えた一撃は、鋭い。
「チイッ!」
男が、右手の剣では間に合わないと咄嗟に左腕を掲げる。鋭い刃が肉に食い込み、押し込まれる。それによって、痛みが走る。だがやはり男も強い。咄嗟に一つ、前に出ていた。
剣の一撃は筋力の遠心力の組み合わせだ。だからこそ、根本で受け止めればその威力は半減する。大きく食い込んでこそいるが、腕の骨で止まった。異形と化した骨は、普通のそれより頑丈になっているのも有るのだろうが。
止まった、そう判断したならば男の動きは早い。ジャラルが動くより前に右手で握る剣が走り、ルシエルの腹に向かい、そして突き刺さる。引いて避けることも、本来なら出来たのだろう。だが、得物を手放すという判断が、出来なかった。
「ルシエルさんっ!」
「ルシエル!」
声が、聞こえる。ジャラルと、セダの声。腹に広がっていくのは刺されたことによる激痛と、己の命を繋ぐ血が流れ出ていく感覚。死が、迫ってくる感覚がする。
それでも、だ。自分は、特別な存在ではない。自分には、何もない。剣しかない。己はまだ、何も為せていない。何も残せてはいない。怨みはない。だが、気に入らない。目の前の男を殺さずに死ぬ事、それがどうにも、気に入らない。
「我らが神への供物となるがいい……!」
この男は何を、勝手なことを言っているのか。己の命は、己のものだ。己のものでしかない。それ以外の、誰のものでもない。何かが、見える。幻覚が。変異体などよりも、余程おぞましきモノの姿。それに捧げられろというのか。
腹の中にある剣が、僅かに動く感覚がする。捻られれば、内蔵が傷付いて死ぬ。死が、目前に迫っている。
知ったことではない。死が目の前に居る事も、幻となり此方を見ているモノの事も。知ったことか。兎に角、だ。目の前の男は、殺さねばならない。
「ん……ッ!?」
捻り上げ、仕留めようとした男に、奇妙な感覚が走る。突き刺した剣が、動かないのだ。刺した後に、捻り上げる。これまで何人もこの動きで殺めてきた。その動きは手慣れている。それが、スムーズに出来ない。
違和感を確かめんと、視線を下ろした。そして、驚愕する。目の前の敵は、剣を掴んだりしていない。それなのに、動かない。つまり、この敵は腹筋を万力の如く締め上げ、それだけで捻り上げるのを止めたのだ。信じられない事だ。ドワーフでも、こうはならない。いや、刺された痛みで、まともに動ける者すらもそうは。
驚愕した。信じられない。そのように考えている間に、ルシエルが動く。血走った目で、男を睨む。いや、正確には男ではなく、その後ろに居る───
「テメェの事なぞ、知ったことかァッ!」
顎に、力を入れる。ガキリと、歯が噛み合わさる。腕に、足に、腹に、力を込める。刃が、より深く食い込む。肉だけでなく、骨に。斬る、砕く、食い込む、引き裂く。殺す。それだけを考えて、ただひたすらに、力を込める。
「死なせないよ……!」
「これならば当たるのうッ!」
抵抗しようとした男の視界に、小柄な影が二つ写る。
一つはセダ、もう一つはマグナル。それぞれ短剣と、鶴嘴を手に突っ込む。瞬きする間に間合いに入る。人間よりも、近間に。
セダが考える事は幾つかある。相手は殺し合いを繰り返している手練れ。まともに当たるなんて、考えていない。それならば、白兵戦における小人族の強みを押し付ける。造りはあまりよくないが、よく磨かれた短剣で、男の左太ももを力の限り刺し貫く。致命傷には程遠い一撃。それでも、だ。左腕に湾刀が食い込み、左太ももに短剣が貫通した。
「これだけやれば、十分……そうだよねぇ、ドワーフ!」
その言葉と共に、マグナルが飛び込む。「十分じゃ」その一言と共に走り込んだのは、一撃を加えるに最適な立ち位置。男は反応した。目を、向けはした。
だが、状況がそれを許さない。迎撃の手である剣は腹を貫いて動かせず、異形の左手は刃が食い込み動かない。それならば回避しようにも、短剣が片足を貫いていることで咄嗟に下がることも出来ない。あまりにも、不味い状況。
マグナルは、感心していた。ただのチンピラ、ゴロツキの類いだと思っていた。だが、その男が変異体と真っ向から相対し、傷を負い、それでも構うことなく、殺さんとしている。見直した、と同時に己の目を恥じた。あの男は戦士としての才を持っている。恐らく、磨けばあらゆるものを引き裂き貫く刃となる。それはきっと、おぞましきモノですらも、だ。その原石を、鋼を見抜けなかったことを。
「これで終いじゃ」
それも込めて、鶴嘴が振るわれる。トレンディルの魔術により空いた穴に、丁度その先が入る。腕に力を込め、そして腰を捻る。そうすることで、鶴嘴が大きく横に動いていき、それに合わせてよく鍛えられている腹筋を引き裂いていく。
─致命的一撃─
そのように呼ばれる、文字通り致命傷を与えうる一撃。臓腑を大きく引き裂き、脇腹から抜ける。血潮が部屋中にぶちまけられ、至近距離に居た三人は瞬く間に朱に染まっていく。マグナルは大して反応していないが、セダはもう散々といった様子で懐から取り出した布で顔を拭っている。そして、ルシエルは……。
「っ、てぇ……」
剣を無理やり引き抜き、腹を押さえている。脳内麻薬が出ているのか、腹を刺されていても襲ってくる痛みはまだそこまで強くはない。だが、出血相応にしている。あまり血を流しすぎると動けなくなるという事も、彼の中身は知っている。
慌てた様子でジャラルとウルフガングが駆け寄る。二人はそれぞれ綺麗な布と、ジャラルについては薬品が入っている小瓶も幾つか取り出している。どうやら、二人には治療の心得があるようだ。そして、セダもそうだ。よく、路上での仕事で怪我をした彼に応急手当をしていた。
三人がかりで、治療が始まる。ウルフガングも頬に傷を受けていたが、軽く応急手当をしているようだ。とはいえ、この世界の技術力だ。あまり複雑なことは出来ない。とはいっても、治療を行える。止血が行える、薬品で濡らした布で傷口が拭える。それだけで十分すぎる。
血を流しすぎては戦えない。中身が溢れ出ては戦えない。それを防ぐことが出来るだけでも、上場だ。
「っ……依頼主の部屋、何処だ?」
止血が終わったかと思うと、それを受けている男から出てきた言葉はこれだ。それに首を傾げている者達が多い中、一つ一つ言葉を紡いでいく。
あの男は、計画だとか言っていた。まずはだとか、命をいただくだとか。そういった事を。そして、この屋敷の者達は皆死んでもらうのだと。しっかりと聞いていたらしいルシエルが紡いだ言葉に、まずはマグナルとセダ。そして他の三人も気が付く。今血の海に沈んでいる男は、自分達だけではなく屋敷の者全てを、皆殺しにするつもりであった。一人で?
否、否だ。この屋敷の主である商人は、かなりの財力を持っている。屋敷は大きく、使用人も居る。そして、護衛も。屋敷の中に居る人間の数は多い。一人では、確実に手が足らない。つまり、だ。
「まだ居る、という事だね」
「……不味いんじゃないですかこれ。依頼人が殺されてしまったら、報酬も貰えないですよ!」
ウルフガングの言葉は現金なものだが、しかしそれもまた事実だ。ジャラルから渡された小瓶に入っている液体、鎮痛効果のある薬草がたっぷりと入ったそれを飲み干し、ルシエルは立ち上がる。
いける、とだけ呟いては湾刀を手に立ち上がる。セダは幾らか気遣う言葉を掛けるが、こうと決めれば止まらない事を知っている為止めはしない。金の為であれ何であれ、人の命をわざわざ見捨てるような者達ではない。皆が装備を手に、立ち上がる。
そこからどうするか、全員で口と頭を使って色々考えた。どのように動くかを。襲撃者達の第一の目標があの商人なら、男の護衛も戦うだろう。しかし、それでも防衛の為に幾らか送りたい。そして、屋敷内の他の者達もなるべく助けたいとも考える。
さてさて、という訳で。
「死ぬでないぞ、お嬢さん」
「マグナルさんも、お気を付けて」
二手に分かれることとなった。一つは依頼人をその護衛と共に守り抜くグループ。もう一つは、この屋敷内を移動して回り襲撃者の仲間を捜索、居なければいいが居ればこれと交戦するグループ。前者にはマグナルとセダ、後者にはそれ以外。
「……」
「死なないようにね。終わったら、飯作ったげるから。」
二人以外にも、それぞれ幾らか会話をしてから、分かれる。これが最後になるかも知れないと、考えながら。今日知り合ったばかりではあるが、噛み締めようとしていた。そう思うくらいには、皆愛着が湧いてきていた。やはり、共通の敵と戦ったからだろうか。
バタンと音を立てて、扉を開ける。そして二つに分かれる。こんな事もあろうかとしっかりとマッピングしていたセダがマグナルの道案内をし、それを写した紙をルシエル達に渡した。その紙を持っているのは、ウルフガングだ。
曰く、「自分何も出来ないんで…」との事だ。何か特別なものを持っている訳ではないからこそ、だ。それを理解できるからこそ他の三人も止めはしなかった。
コツ、コツと足音を立てて廊下を歩く四人。先頭はルシエル、その後ろにウルフガング、最後尾にジャラルが居て、トレンディルを二人の間に。それはジャラルの提案だった。彼女は、教会でそういった事も学んでいたようだ。ある意味、とても貪欲に。
「……静かすぎると、不気味ですね」
ウルフガングの言葉は、他の三人も同じことを考えていた。先頭と後方の二人は戦闘訓練を受けてはいるが、実戦は先程のが初めて。正直、恐れはある。残りの二人もまた、そうだ。
精一杯の警戒をしながら歩く。昼間はただの屋敷だったというのに、夜になると恐ろしくて恐ろしくて堪らないのはこの感情がそうさせているのか、それとも、事実としてこの屋敷が不気味なのか。それとも、不気味にさせている原因があるのか。
その答えは、すぐに表れる。
「っ……何か、来ますね」
「流石に、耳が長いだけはあるな」
いち早く反応したのは、トレンディルだった。エルフの長い耳は、彼らに優れた聴覚を与える。そうしている内に、他の三人にも足音が聞こえてきた。恐らくは一人。だが随分と、足取りが重い。
怪我人か、そう思った。ジャラルは不死者かも知れないとも語る。確かに、邪悪な教えを信奉する者達ならばそれもあり得る。だが、ウルフガングとルシエルは、そうでもないという考えもある。その理由は鼻腔に侵入してくる、この……
血の臭い。
「か、ひゅ……た、たしゅ、け……うっ」
角から表れたのは、屋敷の使用人。
だが、そのよく手入れされているだろう服装は紅に染まり、手で押さえている首からは血がドクドクと流れ出している。手を伸ばし、助けを求めようとしているのは分かった。だが、求めようとしただけだ。足がもつれ、そのまま力なく倒れ込む。幾らか痙攣しながら血を垂れ流すばかりの姿、それにごくりと唾を飲み込む四人。背中には、寸の詰まった太い矢が突き刺さっている。
「来るぞ」。そうした言葉と共に各々の得物を手に、角へと近付いていき、警戒と共にゆっくりと、曲がる。何かしら居るだろうが、放っておくつもりはない。屋敷の者全員を皆殺しにするつもりなら、それなりの人数が来ているだろう。各個撃破、それ以外に勝ち筋は無いと考えているのだ。
「やはり居ましたね……数、分かりますか?」
「十。剣二、剣盾一、手斧二、棍棒三、槍と小盾一、弩一」
「倍以上居ますけど……」
角を曲がれば、僅かに灯るランタンと月明かりが照らし出したのは、襲撃者達。邪教徒、としておこうか。粗末な服。継ぎ接ぎの目出し帽を被って身元を隠し、粗雑な造りだがそれでいて、いやそれだからこそよく分かる剥き出しの殺意が宿る武器を手にしている。
指揮を取っている頭目らしいのは、幅の広い片手剣に盾といった装備の男。目出し帽に飾りが付いており、手に持っている剣は中々に良さげな代物だ。肩に剣を置きながら此方を睨み据えているのが分かる姿から、荒事慣れもしていそうだ。そして、弩を持っている者が居るのを見て即座にジャラルが前に出る。飛び道具には、やはり盾だ。
此方が四人、向こうは十人。圧倒的に不利だ。それに恐れを抱いているらしいウルフガング。言葉にしないだけで、トレンディルも少し、といった所か。しかし一方、残りの二人はそうではない。恐れていない、寧ろ闘志を剥き出しにしている。
「どうやる?」
「弩の一撃を防いでから、乱戦に持ち込むのがいいかと。」
味方にだけ聞こえる声量で、二人は話す。既に後方の邪教徒は弩を構え、狙いを定めようとしている。盾で防ぎ、その後突進。飛び道具がやはり厄介なのだから、それをさせないようにするのが吉なのだ。
それを聞いて、恐怖に駆られていた二人も覚悟を決めたようだ。トレンディルは杖を左手に持った上で、腰のエルフ特有の造りをしている上質な剣を、ウルフガングも剣、というよりは鉈か。そうした物を抜いて、拙く構える。
ルシエルは、三人にそれぞれ目をやる。殺し合い、しかも自分達より多い敵を相手にだ。恐怖を抱くことは致し方ない。しかし、最早やるしかないのだ。
「異端者は皆殺しッ!それ以外、あり得ません!」
盾にメイスを打ち付けながら叫ぶジャラル。それは信仰の表れ。武闘派という言葉が似合うようなそれだが、帝国における聖職者は、こうした者も多い。彼女もまた、そうした人物から薫陶を受けたのだ。
そして同時刻頃。四人と分かれ、この屋敷の主人。もとい、自分達に報酬を支払ってくれる依頼人の元へと向かっているセダとマグナル。二人揃って背が低くそれに合わせて足が短い。マグナルは筋肉質な事もあり、見た目通りの動きだ。だが、セダはそうではない様子。
動きやすいよく整えられた屋敷の廊下。だとしても、とても早く走っている。すばしっこい。そうした言葉が小人族にはよく似合う。街中や野外、洞窟。場所は様々だが、兎に角素早く動き回り、様々な仕事をこなす。セダの場合は、それが盗賊仕事であった。故に、こうした場所にも慣れている。
「っ……近いね。しかも、争ってるよ」
「やはりか。数や状況は分かるか?」
廊下を走っている中で、やはり聞こえてきたのは人の相争う声と、金属同士が擦れ合うような音。そして僅かに、悲鳴。ある地点で一度止まり、幾らか会話を交わす。
マグナルからの言葉に、セダはまずはゆっくりと目を閉じる。そして、己の感覚、集中力とも言えるか。それを聴覚に集中させ、耳を澄ませる。彼女はこうした索敵も得意としているようだ。鉱夫であり戦士でもあるこのドワーフの男は、この技能をこれからも必要であることを意識していた。斥候が居るのと居ないのとでは、様々な所が大きく変わってくるからだ。
パチ、と目を開けたセダからの口から出た報告は、あまり詳しいことは分からないとの事だった。何分、本職の斥候ではない為に難しい、という事なのだろう。だが、少なくとも依頼人は一方的に加害され、殺されていない。護衛が雇い主を守るため戦っている、というのは確かなようだ。
それならば、話は早い。
「行くぞ」
「応ともさ!」
二人は一気に駆け出す。息を整えていたこともあり、その動きは早い。セダは金の為、マグナルは人助け。というより、恩を受けているジャラルのしたい事を、させてやりたいというものだ。そして何より、己の目的の為には力がいる。
結局は己の為だ。人助けだのなんだのと御題目を掲げようと、結局はそこに行き着く。それが、悪いという訳でもないのだろうが。
走る、走る、走る。そうしている内に、屋敷の中でも一等造りがいい部屋の扉が見えてくる。そこまで来れば、声が聞こえてくる。今度はより鮮明に、だ。
「こんなに強いなんて聞いてねぇぞ!?」
「騒ぐな!まともにやり合う必要はねぇんだし!」
この屋敷には似合わないがなり声。言い争っているような声だが、会話の内容からして恐らくは仲間。
滑り込むようにして二人が開け放たれている扉の前まで来れば、そこは既に血溜まりと化していた。
部屋の奥で短剣を手に震えているのは、この屋敷の主人である壮年の男。依頼人だ。そしてその前に、両手で十分に握れる長さの柄を持ちながらも、大剣というには短い程度の刃。バスタードソードやロングソード、と言われる類いの剣を構えた見目麗しい青年が一人。
そんな二人と相対しているのは、得物を手にした邪教徒が幾らか。だが、その間には既に無力化された者達が転がっている。ある者は切り落とされた腕の切り口を押さえながら叫び、またある者は風穴の空いた首から血を垂れ流しながら痙攣し、今正に一人が、得物だったろう手斧を顔面にめり込ませながらもんどり打って倒れる。
「どうもどうも!お助けに来ましたよ依頼人さん!」
「援軍は、必要なかったかの?」
「主人が雇った冒険者か……いや、助かる。逃がさぬようにしてくれ。」
そこに飛び込んだ二人。部屋の惨状からして、そこの護衛一人でも問題は無さそうに思える。だが、このまま逃走された場合取り逃がしてしまうだろう。故に必要ないとは言わず、そのまま出入り口を塞いでおくように告げる。
その言葉を聞き、それぞれの得物を手に出入り口に立つ二人に、邪教徒の幾人かが向かい合う。
影は蠢く。そして、戦いは加速する。




