出会い
此処はフォーエルン。"帝国"を構成する無数の領邦の一つにして、精強な軍を有し臣民の盾と呼ばれるフォルクスランド一の大都市。此処よりも大きな街となれば、帝国の中では帝都や北壁、後は大港湾都市に総本山くらいだろうか。当然ながら人口も多く、流れてくる富は莫大。商人ギルドが特に強い力を有している事が、他の大都市と比べた際の特徴と言えるだろう。そのようにして栄えている街ともなれば、やはり往々にして特有の問題も起こるものだ。
「まったくここはいい街だねぇ。獲物には困らないよ。」
街角にて、財布から取り出した銀貨を日に当てながら呟く女が一人。容貌だけを見れば、短めの髪の毛を後ろで束ね幼さを感じさせながらも一般的に美しいと言われるだろう妙齢の女性だ。しかし、特徴的なのはその背丈だ。子供のように見えるが、体つきから大人の女なのだと分かる。だが奇形ではなく、これでも成人している。彼女はセダ。帝国で暮らす人以外の種族の一つ、小人族だ。彼女は、盗賊である。持っている財布も彼女の物ではなく、通行人から掠め取ったものである。
この街に限らず、大きな都市には流れ者が集まってくる。当然、中には職に付けない者達もいる。そんな奴らがより集まり、集団を作る。これは、帝国に限らず何処でも起こることだ。そして中には、セダのような根っからの連中も集まってくる訳である。
「相変わらずだな。」
そんな彼女に声を掛けてきたのは、大柄で見るからに鍛えているのが分かる肉体、そして顔に付いた傷痕が特徴的な真逆の容姿を持つ青年。名を、ルシエルという。彼もまたセダと同様、この街に住み着くゴロツキの一人である。彼の両手には、鉄の鋲で補強された手袋があった。それには幾らか血が付いている。セダが手先の器用さで仕事をこなすなら、ルシエルは腕っぷしで仕事を行う。
彼が大通りへと出てきた後ろの路地裏には、男が一人転がっている。その男は、この辺の店から用心棒代をある組織に払っている店で暴れた為、組織の下っ端として所属しているルシエルに連れ出され、幾らか殴り合った末に腹を押さえて路地裏に転がることになった。その代償として、ルシエルも殴られ顔にも幾つかの傷が付くことになった。
「あんたには言われたくないねぇ。それに、財布取りはお互い様だろ?」
「まぁな…足しにはなる。」
相変わらず、それはルシエルにも刺さる言葉だった。この街に来てから数年が経ったが、今も彼は一介のチンピラでしかない。これでも、街に来たばかりの頃は夢を追い求めていた。腰に下げた剣、それ一つで何処まで行けるのかと。それが今では、迷惑な客を殴り倒し、くすねた財布を生活費の足しにするような日々だ。セダから見ても、彼の顔は使い古されてくすんだ鉄のようになった。それでも尚、その腕っぷしは成長しているのだが。
燻っている。この言葉が、今のルシエルにはよく似合っているのだろう。本来、冒険者になってもおかしくないような男だ。問題は、こんなものなのだろうと彼自身の心が折れかけている所だ。
「ん?おい、セダ。あれ…」
「おやおや…珍しいね。」
ふと、二人の視界に入ってきたもの。それは帝国ではありふれたもの。だが、少なくともこの街ではあまり見ないものだった。正確に言えば、珍しいのはその組み合わせ、だろうか。
「わざわざありがとうございます。街まで案内してくださって。」
「ワシはお主に恩があるからな。」
大通りを進む二人。一人は身の丈を大きく超える鶴嘴を手にした小柄だが屈強な肉体を持ち、蓄えられた髭が特徴的な鉱夫らしき男のドワーフ。そしてもう一人は、若いシスターだ。だが、よく想像されるシスターとは、少し違っている。ローブ姿に、この帝国で最も信仰されている帝国を興した始祖神と呼ばれる神を崇める教会の一員である事を示す、帝国の国章でもある空飛ぶ鷲の聖印。そして何より、左腕にくくり付けた上質な作りの盾と、腰のベルトに下げたメイス。帝国において、聖職者というのは一般的にこのような聖堂戦士を指している。無論、そうでない者も多い。慈悲の女神を含め、大半はそうなのだ。
だが、イメージというのは強いものだ。特に、始祖神の教団では特にこの傾向が強いというのも、一端を担っているだろう。
「それにしてもお主、やはりよく鍛えておるな。」
「えぇ、肉体の鍛練とは即ち神への奉仕と同義、ですから。」
「ガッハッハ!流石は始祖神教団の入信者よ!」
大口を開けて笑うドワーフと、口許を押さえて小さく笑うシスター。どうやら二人はここまで共に歩んできたらしく、一定打ち解けているようだ。
一方、そんな二人を見ていたゴロツキ二人。ドワーフについては戦士としての素質を種族のほぼ全員が有しているが、シスターの方は訓練を受けているものの未熟なのがすぐに分かる。しかも、恐らく世間知らず。そうなってくると、街のゴロツキは見逃さない。
「……ちょいと行ってくるよ。」
「あのドワーフには気を付けろよ。」
当然、セダもだ。ルシエルは暴れる輩はまだしも、あぁいった何も悪事を働いていない者に何かするのは好まない男だ。だが、セダはそうではない。根っからの盗賊である彼女から見れば、あのシスターのような世間知らずの娘は分かりやすく標的だ。そういう性分を知っているからだろう。ルシエルも特に止めたりはしない。口に出した言葉といえば、側にいるドワーフへの忠告程度。
分かっているとばかりに手をヒラヒラと振り、セダは近付いていく。小人族特有の、すばしっこく何かに紛れることに長けた動き。特に彼女のそれは人混みに紛れる事に長けている。普通ならまず、気付かれる事はない。セダはその腕前に、自信を持っていた。これまで大勢のカモから物を奪ってきた。ましてや小娘などに、気付かれる筈はないと。
「んっ。」
「おっとごめんよ。」
人混みに紛れ、軽くぶつかったのを装う。その僅かな合間に、懐から財布を抜き取る。手先の早業、そのように呼ばれる、生きて捕まらずにいる運のいい盗賊達の殆どが必然と持ち合わせている技術。
「あのっ。」
「なっ…!?」
だが、そのシスターは反応した。それでいて、咎めるような顔には見えない。というより、始祖神教団の聖堂戦士達は間違いを咎めることの解が鈍器で頭を叩き割ることである為、それが目的なら既に腰のメイスが飛んできている。セダが見せたのは、驚きの表情。当然だ。何せ、これまで見抜かれたことは数える程にしかないのだから。
「小人族の方ですよね!私、小人族は本でしか見たことがなくて…!」
「え、あ、あぁ…そうだけど…」
出てきたのは、純粋さが剥き出しになっている言葉。ここまで真っ直ぐな言葉を向けられてしまうと、長く社会の裏側で生きてきたセダにとっては眩しく感じた。そもそも、小人族という帝国における正式名称で呼ぶ者もあまり居ない。大抵の場合チビ人や、普通の人間の半分程度しかないという意味のハーフなどと呼ばれている。
そうして小人族についてあれこれ聞いているシスターと、それにしどろもどろに答えながら助けてくれと言わんばかりの表情を向けるセダ。数年単位で行動を共にしているのだ、ルシエルにも内心は伝わる。助け船でも出してやるか、或いは見ていて面白いだろうからもっと近くで眺めているか。そんな事を考えながら近付いていけば、人生経験が長いらしいドワーフから鋭い視線が向けられる。
「お主ら、ゴロツキであろう?」
「流石にドワーフだな…分かるか。」
「分かるとも。あの小人の手慣れた動き、そしてお主の手袋に付いている血の匂い…故郷でよく嗅いだわい。」
幾らか会話してルシエルがすぐに感じたのは、このドワーフが殺し合いを潜り抜けているという事。ドワーフという種族の諸王国は常に戦いの中にあり、滅びた国も少なくない。そして、滅びた国のドワーフは祖国と運命を共にするか、復讐の道を突き進むか、良好な関係を築いている帝国に流れてくるかだ。大方、この男も生き残った類いなのだろう。
そう考えたルシエルの頭には、この戦士を知りたいと思った。少なくとも、こんな所でゴロツキをしている自分よりは、殺し合いを知っているだろうから。
「ドワーフ、お前名前は?俺はルシエル、見ての通り人間だ。で、あの小人族のこそ泥はセダ。」
「マグナルという。娘っ子はジャラルじゃ。」
互いに自己紹介をしている二人。そうこうしていると、セダから向けられる助けを求める視線がより強くなり、素直に助けることになった。そして、また幾らか話した。ジャラル、そう名乗っているシスターは典型的な始祖神教徒といった女で、主である神の敵を見つけ出し殺さねばならないという使命を抱いていた。しかしずっと修道院で暮らしていたことから世間知らずで、フォーエルンへの行き方が分からずに居たところでマグナルと出会い、道案内をしてもらっていた、という訳であるらしい。
セダはすっかり参っているらしい。長く感じてこなかった純粋さを一身に浴びながら小人族についてあれこれ質問責めにされていたのだ、仕方ないというやつなのだろう。
「私ぁあぁいう子は苦手だよぉ。」
「珍しい所を見れたな。」
そしてやって来たのは近くに有った酒場。安酒と安いスープ、それに浸けて柔らかくした雑な作りのパンを齧りながらぐったりしているセダに、ルシエルは年相応といった様子の笑みを見せる。いつも、この女にはからかわれ手玉に取られてばかりだ。だからこそ、珍しい姿を見るとこうした笑みを見せてしまうのだ。
酒場の中は、随分と騒がしい。大きなこの街の中でも場末の部類なのだが、それでも大勢の人間が飲み食いしている。その大半は労働者やチンピラといった、明日の我が身も知れぬ者達だ。女に飢えている者も多いが、返り血のついたルシエルにこの辺では悪い意味でそれなりの有名人のセダも居るためか、ジャラルに声を掛けてくる者は居ない。そんな中、安酒を飲み干したルシエルが口を開く。
「ジャラル。お前、なんでフォーエルンまで来た?」
「なんで、と言いますと?」
「見たところ、都会育ちだ。一生そこで暮らすことも出来たろうに。」
この場にはあまりにも不釣り合いな少女。見た目からして都会生まれではあるようだが、ずっと修道院で暮らしていてもおかしくなさそうな見た目。それなのに、こうしてフォーエルンまで来ている。その理由が何なのか、気になったのだ。
「勿論、我らが主たる始祖神の敵を滅するためです!」
返ってきた言葉は、これである。始祖神の神官や入信者らしい言葉だ。そもそも生前の、後に始祖神となる帝国を興した男は凄まじい戦士であったという。それこそ、強大な悪魔を一騎討ちで打ち払ったとされている程に。そうであるが故に、彼を神格化している教団に属する者も基本的に戦える。そしてルシエル、というよりその中身の青年がかつて居た世界で広く信じられている幾つかの宗教でも、過去にそうした者達は居た。中には、今でもそうである者達も。だから、大して驚きはしなかった。
まぁ、女の入信者で聖堂戦士というのも、珍しい部類だが。自信満々に答える姿は、理想に燃えている。かつての自分を、見ているようだった。
「そうなると、依頼を探さないとな……求めの木、すぐ近くに有るな。」
「求めの木…?」
「人を雇いたい奴らが紙を張っておる木じゃ。人の街ではよく見られる光景よ。」
どうやら、マグナルは人の社会の事もそれなりに知っているらしい。だから、話は早かった。求めの木は、帝国に存在する街の大半にある木と、それがある一帯の事を指す言葉だ。その大きな木には様々な依頼の書かれた紙が貼られ、それを解決し、手柄や報酬を求める者達が集まる。この世界に冒険者ギルドのようなものはないが、それに近い役割を担っている。
そのような場所であれば、ジャラルが求めている神の敵を滅するという行為もすぐに出来るだろうと踏んだわけである。
「案内しよう。親父、会計だ。」
「あいよ!」
「ちょ、ちょっと待ちな!」
街に来たばかりの二人では場所は知る筈もない。どうやら案内までもするつもりらしい。この街の、いやこの世界でそこまでするのはお人好しのそれだ。取っていた財布から銅貨を取り出し会計を進めて店から出ようとする相方の行動に、セダが待ったをかけた。
「まさかとは思うけど、あの二人の依頼について行こうとか考えてないだろうね?」
「だったら…なんだ?」
「勘弁しとくれよ!あたしゃそういうのは御免なんだ!すりやってそこそこの家の倉庫やら何やら漁るくらいが丁度いいってのに!」
どうやら、セダはこの手の事に巻き込まれるのは御免被るといった様子らしい。元々小人族というのは肉体的に頑強ではない。<探索者>、レンジャーとして活動している者や帝国内にある彼らの国では兵士をしている者も居る為、決して戦いの素養が全く無い種族という訳ではないのだが。そうだとしても、無理は出来ない体をしているのは確かだ。だからこういう反応なのも、仕方ないところはあるのだろう。
しかしふと、ルシエルはあることに気が付く。自分は別に、着いてきてほしいなんて一言も言ってはいないのだ。それなのに、この小人族の女盗賊は同行した先で起こることを心配して文句を垂れている。
「セダ、俺が行くつったら着いて来るつもりなのか?」
「……あっ。」
「俺としては居てくれると有りがたい。それとあれだ、理由については……」
どうやら己ですら気付いていなかったようだ。それ程までに、セダはこの男と行動していれば大丈夫と思っていたのだ。だから、ルシエルがこのまだ殆ど知らないシスターとドワーフに着いて行けば自ずと自身もそれに同行すると頭の中で考え、危険な目に会うのは御免だとして、止めようとしたのだ。
そして、この男ルシエルが、そのような危険な道に飛び込もうとしている理由。それについては、あまり深い理由は無いのだ。いや、少なくとも彼にとっては深いのだが、きっと殆どの者には理解されないのだろう。彼自身ですらも、街に来てからの数年で錆び付いたものだと思っていた。それでも、だ。
「剣士の持ってる、どうしようもない本能、ってやつだよ。」
やはり、抗いようの無いものであるのだ。ルシエルの、いやその中身が持っている本人ですら言い表し様の無い熱には。再び起こった熱は種火となり、錆びは溶け、彼の中に有ったものを再び燃え上がらせる。剣士とは、本当に厄介な生き物だ。
「……何故ここに、卑劣な角耳が居る。」
「怖い怖い。これだからドワーフは短気で困るのですよ。」
数時間後、夕方。夕食の為の食い物を買おうと、市場が騒がしくなってくる頃。とある屋敷の中庭に、ルシエル達は来ていた。結局、セダも自身と噛み合わせのいい男が居なくなった中でやっていく気にもなれなかった上に、居れば便利な能力が有るからと男二人が共謀してけし掛けたジャラルの説得に押されて着いてきた。
求めの木に貼られていた紙の中で、目に留まった一枚の依頼書。ジャラルの目的にも合っていて、報酬よし。しかも聖堂戦士歓迎。ただ、子細は追って伝えるというのが気掛かりか。だがそういうのもよくある話。話を聞きに行こうと、向かった先がこの屋敷。どうやら、依頼主は相当金を持っているようだ。
「なんじゃと?」
「まぁまぁお二人とも落ち着いて。」
元より寄せ集め。揉めるのはよくある話だ。早速睨み合いジャラルに諌められているのは、マグナルと一人の青年。青年の方は流浪の類いなのだろう事が一目で分かるボロの服ではあるが、顔つきは妙に綺麗で、何より角のように尖った耳がある。お伽噺でしか聞いたことが無いような、神話の頃より存在し続ける者達。帝国では珍しいが、確かに居る者達。
「エルフ…珍しいな。しかも、見るからに流れ者。」
「エルフといやぁいい服を着てる奴らしか居ないもんだと思ってたけどねぇ。」
「間違いではない。こやつらは、奇妙な程に」
エルフ。少なくとも、人間は見たことがない。一方異種族の二人は見たことがあるようだ。そして、マグナルを含めたドワーフはエルフが大嫌いである。エルフもまた、ドワーフを毛嫌いしている。他の世界でもよく見られる話だが、かつてこの二種族は激しい戦争を繰り広げていた。双方が奉ずる神の仲違いが原因で起こった、互いの種族が覇権から失墜するまでの被害を出す程に凄惨な戦。しかし同時に、その結果として神々の思惑から解放され自由になったという見方も出来るのだが。
それは置いておいて、この場に居るということは同じ依頼をこなす為に集まった仕事仲間なのだろう。互いに嫌い合っていても、かつて殴り合った事があろうと。仕事が同じなら協力する。ルシエルの居た所を含め、組織の手足となって下っ端のチンピラ達でも、そういう不文律はあった。
「落ち着きましょうマグナルさん。共通の敵の前では、種族の差など、大した問題では有りません。」
「エルフの旦那も、そこまでにしとこうぜ。」
だから、止めに入った。人間と比べて遥かに長く生きる種族だ。より近い身内の者が戦争の中で死んだ、相手の種族に殺されたという可能性もあるのだろう。対立は根深いものだ。それが、己に分かる筈もない。だが、仕事は仕事。やるのであれば、感情は持ち込まないし、持ち込ませない。
「……嬢ちゃんが言うのであれば、仕方あるまい。」
「僕は何もしていませんので。」
恩、というのはどうやらドワーフにとっては凄まじく重いものらしい。ジャラルが言えばすぐに矛を納めた。それを眺めながらもしかし、ルシエルの目はエルフの方に向けられていた。腰には直剣と短剣を携え、手にしているのはクォータースタッフだ。だが、特に気になるのはスタッフの先端にある、光を放つ妙な石。それは、初めて見るものだったが、中身がこうした世界の書籍を好む故に、検討はついていた。
「エルフの旦那、その石…」
「ひゃー!随分と綺麗な石ですねぇ!」
真偽を確かめようとしたが、割って入ってきた男に止められた。その男は随分と小汚なかった。身なりは流浪、いや物乞いだろうか。落ち着かない話し方や、割って入ってきた際のせわしない足取り。この辺りでは見られない動きであり、より遠くから流れてきたのだろうことが想像できる。
そちらにも、興味が湧いてしまった。物乞いなら痩せ細っているのが普通なのにも関わらず、そしてこのような姿なら病気になっていてもおかしくなさそうなのにも関わらず、健康状態は良さそうだ。それが、気になる。
「集まったようだな。」
とはいえ、一先ずはここまでのようだ。パンッ、という手のひら同士を叩く音にその場に居た全員の視線が動く。四、五十くらいだろうか。身なりのよさから、大規模な商会に属する、或いは商会そのものを有する金持ちである事がよく分かる。
話された内容、つまりは依頼の子細とは、こういう事である。最近、自身を含むカラサドル商会の商隊が次々と襲われ被害が出ているというのだ。それだけなら、正規の軍勢や傭兵団といった者達に依頼すればいいし、それをするだけの金もあるだろう。それをしない辺り、訳ありというやつなのだろう。珍しい話ではない。商会も幾らか護衛を抱えているが、しかし商隊の者達の殺され方の異様さも、依頼を出した理由であるのだという。
ある者は木に吊られて生きたまま解体され、ある者は中身をえぐり出され、またある者は貪り喰われていた。邪教徒、或いはそれに近いがよりおぞましい者達の仕業であると考え、しかし大きな教会や神殿が無い事からあのような依頼書を出した、という訳である。依頼内容は単純明快。その団体を調べ上げ、皆殺しにすべし。つまりは腕っぷしが物を言う仕事だ。ルシエルにとっては、おあつらえ向きというやつである。
「……丁度いいな。」
そう、丁度いいのだ。十五で村を出て、今や二十歳。都市での荒んだ生活に、夢など錆び付いてしまっていた。それでも、素振りと型稽古は欠かさなかった。木剣を手に入れては、つるんでいたチンピラ達と打ち合った事もあった。どうしても忘れられない、剣士としての本能。己に焼き付いて離れない、好戦的とも言える感情。今日、再び火は灯った。それをより一層燃え上がらせる為には、この依頼は丁度いい。
何処まで行けるのかなど分からない。自身は特別な存在ではないことを、彼は知っている。英雄ではなく、世界を変える力など持ちはしない。だがそれでも、何処まで行けるのかが知りたくて知りたくて仕方がない。彼の、どうしようもない性。
「セダ。」
「なんだい?」
「俺は不器用だからな、出来る事は多くない。だからまぁ、なんだ……支えてもらうぞ?俺の事。」
その言葉と、それを放った際の表情。強くなりたいという戦士としての相と、夢を追い求める純粋さが残る青年の相の両方を持ち合わせた表情に、セダは目が離せなかった。出来る事は多くないからこそ、素直に頼ってくる。ずっと社会の裏側で生きてきたからか、彼女はそうした行動には弱い所がある。頭を幾らかかきむしったが、仕方ないとばかりに大きく息を吐く。
「……分かったよ。」
そんな風に、答えるしかなかった。
その後、出立は明日という事で屋敷に泊まることになった。初対面のゴロツキとそう変わらない冒険者達に端の何にも使っていない部屋とはいえ、屋敷の一角を貸す辺り人がいいのか、それとも切羽詰まっているのか。とはいえ、まだ眠くはない。
「ルシエルだ。見ての通り、腕っぷしにはそれなりに自信がある。それと、剣術を習っていた。」
という事で、自己紹介と何が出来るのかについて話すことになった。ルシエルは剣を、セダは身軽さと盗賊の技を、マグナルはドワーフの頑強さと鉱夫の技を、そしてジャラルは、聖堂戦士の技術と始祖神の素晴らしさを話した。
「トレンディルという。エルフの里出身、それと、僕は魔術師だ。よろしく。」
「ウルフガングです!北部の入植地出身で、戦場漁りをやってました。えっと、それと…あっ、頑丈です!」
やはり、というやつだ。トレンディルの持っているスタッフの先端に埋め込まれている光る石、それは魔石と呼ばれ、魔術を扱う際に必要なものだ。強大な魔術のエネルギーを、魔石に集中させる事で魔術師の負担を最低限にする。魔術の申し子とも呼ばれるエルフが使うのは珍しいのだろうが、帝国で見られる公認魔術師達の間では一般的に見られるものだ。所で、だ。
「ジャラル。アイツ、もしかしなくても公認貰ってない奴か?」
「恐らく。まぁエルフであるなら、ある程度お目こぼしされておりますが。」
その言葉を聞き、魔石を使用している事に合点が行った。帝国において、基本的に魔術を使用することは忌み嫌われる行為だ。だがその重要性は事実でもあり、帝都に存在している魔術学院で学び、修了証を貰った公認魔術師に限り使用が認められている。それは、魔術を扱うには人間の精神は脆すぎるからであり、魔石を使うのもそういう事だ。
別に学院に通うことは入学金や授業料等で得られる利権だけではない。魔力があっても、訓練なしでそれを使用すれば恐るべき厄災をもたらしてしまう可能性も十分ある。だからこそ、訓練を受けず非公認の魔術師を、帝国では似非と呼ぶのだ。トレンディルも、エルフではあるがその類いだろう。
「それで、最後はアイツか。」
「……」
そんな中、会話に入ろうとしていない人物が一人。人数分に並べられているベッドの中でも端にあるベッドに腰掛け、背中を曲げている男。というより、男かどうかも分からない。何故ならその人物は大きなローブで体を覆い、深いフードを被って顔を隠している。そして、小刻みに体を震わせている。
「ううぅ、ウゥゥゥ…」
「おや…もしもし。お加減でも悪いんですかい?」
どうやら苦しんでいる様子。それを見たウルフガングが近寄り、気遣う。それにハッとしたように顔を向けようとしたが、かなり深く顔を隠していることもあり表情や読み取れない。その言葉を無視して、ゆっくりと立ち上がったかと思うと部屋を出ていこうとする。その足取りはフラフラとしていて、見るからに体調が悪そうだ。それを放っておくほど、ルシエルは冷めた人間でもなかった。
「おい、アンタ大丈夫か。」
そう声を掛けた瞬間、ドサッと片膝を突く。先程から上げていたうめき声は段々大きくなっいく。そして、ローブの中が何か、蠢いているように見える。それを見た瞬間、真っ先に反応したのはマグナルとウルフガングだった。
「全員っ、武器を取れ!」
「……南にも、出るのか。」
ドワーフ故の低く響く声に、他の四人も反応する。セダは髪の毛を束ねていた紐をほどいてスリングにし、トレンディルもビクッと怯えながらもスタッフを手に取り、ジャラルは己の奉ずる神の敵の気配を感じたことで憤怒と共に盾とメイスを手に立ち上がる。一方ウルフガングは、まるで似たような光景をこれまでも見てきたかのような反応を見せている。
「初めての斬り合い、か。」
そして、ルシエルもまた休むつもりであった事もあり立て掛けていた剣を手に取り、怪我をしないようにゆっくりと抜き放つ。この世界でも、元の世界でもずっと稽古は行ってきたし、実際に打ち合う試合も行ってきた。だが、それは木剣や竹刀だった。刃の付いた、鉄の塊で斬り合う。つまりは殺し合いは初めてだ。手には、冷や汗が滲んでいる。
そんな中ローブがはらりと落ち、全身が明らかになる。本来はきめ細やかであったのだろう肌は毒々しい紫色に変色し、所々黒ずんですらもいる。そして何より、左腕が今まさに歪んでいっている。痛々しい音と共に、骨が先端が尖るようにねじ曲がり、それに合わせて肉が硬化していく。露になる顔は一見整っているが、既にその瞳は正気ではなく、血走っている。
「見られた、か…少し、早いが…ならば…!」
苦痛に顔を歪ませながらも、自由のままの右手で腰の剣を抜き、右半身になって構える。この世界には、邪悪なる力によって心身を歪まされてしまった生命体がいる。その大半は、単純な数の大きさもあり人間やより原始的な動植物だ。そして帝国を含む国々の大半では、こうした変異体は抹殺対象だ。実際、帝国では異端審問官とその従者達が変異体を皆殺しにするべく活動している。つまり、見られれば即座に殺されてしまう身だ。この男もまた、それを知っている事もあり、目撃者を生かしておく気はない。
「我らの計画の為…この屋敷の者達は皆死んでもらう…まずは、貴様らだ…!」
「来る…!」
遂に、不器用な一人の剣士の物語が始まろうとしている。だがこれが栄光への道の始まりなのか、それとも血の惨劇になるのか。
次からようやく戦闘が入ります(小声)




