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世界はまだ脈打っている  作者: GARASU
1部
9/12

9話 凍る息

保管庫の湿度が、じわじわと高くなっていく感覚を覚える。


 出入口を塞ぐように広がる、紫の液体。

 足元からは冷たく湿った感触。

 天井近くを這う銀色のパイプの間からポタポタと液体滴が垂れてくる。


「出口を塞いたり、奇襲を仕掛けられる位には知能がはあるみたいだね」


「知性があるなら、女の子2人を個室でジワジワ追い詰めるのは趣味悪いで」


特殊シャドウドラッガーの体液がアリア達に向かって床を伝い迫ってくる。

体液の流れの1つが特殊シャドウドラッガーの背後にある通気口に流れているのがはっきりを見え、左右にある別の通気口からの奇襲にも気を抜けない。


液体の腕が、鞭のようにしなる。


 ビュンッ!


「っとと!」


 アリアが身をひねり、ギリギリのところで避けた。

 腕の軌跡に沿って、床の薄氷のような霜が削り取られる。


「なあアル、先にアイツの攻撃食らった方が負けで勝負せんか?」


次の瞬間、床に広がっていた液体の一部が、

 アルミアの足元から一気に盛り上がった。


「――っ!」


アリアに返答しようと考えた一瞬判断が遅れ咄嗟に体を後ろに倒す。倒す体に遅れた前髪に拳が掠った。


衝撃はわずかにそれただけだが、後ろに崩れた体制を直すことが出来ない。


 ガンッ!


 アルミアの背中が、後ろの棚に叩きつけられる。


「っ……!」


「当たったか?」


「余裕で避けた…くだらない事やってないで…」


特殊シャドウドラッガーの腕が、再びしなる。


 ビュンッ、ビュンッ!


 二条の鞭が、左右から交差するように迫ってきた。


「罰ゲームは何がええやろな?」


アリアが前に出る。

 一発目をギリギリで伏せて避け、二発目を横っ飛びでかわす。

アルミアは体制を整え起き上がり通気口から伸びた拳を避ける。


2人は同じ方向へと避け体の位置が重なる。

特殊シャドウドラッガーはその隙を見逃さず人の形を保っている中心から2人に向けたよりも大きな液体状の拳が凄まじい勢いで飛び出す。


「やっぱり知能は低下しとるみたいやな」


体の重なっていた2人は手を繋いでいた。

アルミア体を大きく捻り、アリアを自分の後方へと投げる。飛び出した拳はアリアとアルミアの間を抜け、投げられたアリアと並行して飛んでいく。


狙いは、その“先”。


アリア達の後方にで閉まっている保管庫の扉、アリアは空中で体制を整え扉に向かって蹴りを浴びせる。


バンッ!


保管庫の扉が開き飛び出した拳は勢いのまま保管庫の中に向かった。


ガキィンッ!!


 鈍く、高い金属音。

 銀色のボンベに、液体の腕が叩きつけられた。


「大当たりやな…!」


 アリアの口元が、ニヤリと歪む。


 ボンベの側面に刻まれた傷から、

 きぃ、とイヤな音がした。


 次の瞬間――


 バギンッ!!


 金属が裂ける音とともに、白い霧が横殴りに吹き出した。


「っ!」


 特殊シャドウドラッガーの腕を包むように、白い煙が一気に広がる。

 カン、と乾いた音を立てて、床とパイプが白く凍りついた。


紫の液体が腕を伝い、瞬く間に白く変色していく。


 液体だったはずの表面が、ざらざらとした氷の結晶に覆われていく。


「さっむ!!」


 アリアとアルミアも反射的に身をかがめた。

 吐く息が、一瞬で白く変わる。


「……やっぱり、液体は凍りやすいんだね」


「保管庫にあんだけ液体窒素があれば察しがつくわな」


 特殊シャドウドラッガーは、凍りかけた腕を引き戻そうとした。

 だが、霜が床と絡みつき、動きが鈍る。


 もがくたびに、その身体を伝って冷気が広がっていく。


 足元から。

 胸部へ。

 顔の輪郭まで。


 液体だった表面が、ぱきぱきと音を立てて固まる。


「ここでアリアちゃんクーイズ!」


アリアは凍っていく伸ばした腕を手でなぞりながら既に半分以上凍った怪物の頭の部分に寄っていく。


「液体状の生物には致命的な弱点がある…それはなんでしょう」


床に生えた氷が、足の裏にきしむ。

アリアが目の前に到着した頃には特殊シャドウドラッガーの顔面は、凍っていく体に絶望する顔で凍りついていた。


「“コア“がある。全体の中心点から液体を動かす司令塔の役割が必要だから」


「正解や」


アリアの回し蹴りが、横から叩き込まれた。


ガキィンッ!!


乾いた破裂音。


凍った頭部が、粉々に砕け散った。


凍った眼球が砕け散った頭部からこぼれ落ちる

凍った怪物自身の体液に落ちた眼球をアルミアは、素早く踏み潰した。


バリバリバリ……


背骨に相当する部分まで、一気に亀裂が走る。


身体を支えていた核を失い、

 特殊シャドウドラッガーの全身に、蜘蛛の巣状のひびが広がった。


「元々人間ならコアは体を動かしやすい頭部に置いちゃうよね」


氷像は、重力に負けるように崩れた。


 床一面に白い破片が散らばり、

その間から、紫色だった液体が微かに滲み出しては、

 すぐに淡く乾いていく。


「はぁ〜…寒い」


アリアが大きく白い息を吐いた。


「そういえばお姉ちゃん、最初に1発貰ってたよね」


アルミアは服を払って立ち上がる。


「あれはウチが言う前に貰ったからセーフやで、アルこそ前髪当たってたやろ」


「ダメージは無いから攻撃貰ってはないから、お姉ちゃんのくだらない罰ゲームとか絶対に受けたくない」


白い息が、同じリズムで揺れた。


「さ、先進もか」


「資料は持って行かないの?」


「そろそろ班長さんの所に救助が来てるやろ。刑務所の問題はそっちで解決して貰おうや」


「それもそうだね」


地面にゴロゴロと落ちた氷を避けながら二人は保管庫を後にした。


※ ※ ※


 揺れている。


 タリアは、その揺れで目を覚ました。


「……っ」


 視界が、最初はぼやけていた。


 天井は低く、ところどころに罅が入っている。

 淡い非常灯の光が、ゆるく揺れている。


 自分の身体は、誰かの背中に預けられていた。


「――起きました?」


 耳元で、聞き覚えのある声がした。


「……リア、か」


「はい。おはようございます。というか、お疲れさまです」


 リア・香澄は、タリアをおぶったまま、ゴム状壁の通路を慎重に歩いていた。


さっきまでいた空間からは、ほんの少し離れていた。


「……他の連中は?」


「落下地点にいた看守と囚人、もう全員引き上げ済みです。

 救助班と一緒に、上に運ばれて行きました」


「そう、か」


 タリアは、息を整えながら、リアの肩越しに前を見た。


「お前……どうやって、ここまで」


「上からロープで降りました。懸垂下降、得意なので」


「懸垂……?」


「学生時代は登山部でよくやってましたので」


 リアは淡々と言う。


「最初は救助班の人たちが地盤の状態が分からなくて救助が進まなかったんですけど…… “私が降下用の金具を取り付けるから、後から来てください”って」


「お前が先に降りたのか」


「はい」


タリアは、思わずリアの首筋に視線を落とした。


 汗が少し滲んでいる。

 呼吸も、ほんの僅かだけ速い。


「怖く、なかったのか」


「めちゃくちゃ怖かったですよ」


 即答だった。


「足、普通に震えてましたし。

 暗いし、足場見えないし、変な音するし、

 “ロープ切れたらどうしよう”ってずっと考えてました」


「……じゃあ、なぜ」


「班長さん、戻ってこないって聞いたので」


 リアの声が、ほんの少しだけ強くなる。


「いつも守ってくれる班長さんが戻ってこないことが嫌だったんです。だから、怖いですけど……“怖いから行かない”って選択肢が、あんまり浮かばなくて」


 タリアの胸の奥で、何かが引っかかったように動いた。


(私は……)


 さっきまで、自分は動けなかった。

 恐怖に縛られて、目の前の怪物から視線を逸らすことすら出来なかった。


 その場所まで、

 この新人は、震えながら“来た”。


「……お前」


「はい」


二人の間に、短い沈黙が落ちた。


 タリアは、そっとリアの肩から降りようと身体を動かした。


「もう、いい。自分で歩ける」


「無理しないで――」


「歩ける」


 壁に手をつきながら、タリアは立ち上がる。


 膝が、ほんの少し笑った。

 すぐにリアの手が、肘を支える。


「……支えくらいは、させてください」


「……ありがと」


 素直に口から出たその一言に、タリア自身が少し驚いた。


 リアは、薄く笑う。


「医務室、行きますか?」


「……いや」


 タリアは首を振った。


「所長に会いに行く。中央塔の、一番上の部屋――所長室へ」


 タリアは言った。


 声が少しだけ震えている。

 それでも、その震えは――

 さっきまでの“恐怖で押し潰されそうな震え”とは違っていた。


「震えてますけど」


「怖いからな」


「やっぱり怖いんですね」


「怖いから、行く」


 タリアは、前を向いた。


「私が怖いのは、“あの怪物”だけで十分だ」


 リアは、ほんの一瞬だけ迷ってから、頷いた。


「じゃあ、ついて行きます。こんな班長さんを一人にさせるにはいきません」


「新人に言われる筋合いはない」


「でも、着いてきて欲しいですよね」


「……否定しづらいな」


 二人は、ゆっくりと通路を進んだ。


「――あった」


 アリアが立ち止まった。


 研究区画を抜け、少し進んだ先、通路がふっと途切れ広い空間に出る。


そこには、巨大な“スロープ付きの床”があった。


 斜めになった鉄のプラットフォーム。

 両側には腰の高さほどの柵。

 床の端にはタイヤ止めの跡がいくつも刻まれている。


 大型の車両や荷物を、そのまま上下に運ぶための昇降機――そんな造りだった。


「……これは」


「でっかいカーリフトって感じやな。車ごとドーンって上げ下げするタイプ」


 プラットフォームは今、

 地下の最下層にベタっと貼りついたような位置に止まっている。


側面の操作盤には電源ランプが灯っていた。


「生きてるっぽい。なんとか動きそう」


「帰りの足、発見やな」


二人は柵を跨いで、昇降機に乗った。


 床の上には、工具箱や固定されていないパイプ、照明器具が取り付けられている大きな発電機、補修用と思しき金属板が転がっている。

 頭上には、この昇降機に沿って伸びる太い配管やケーブル。


「お姉ちゃん、班長さんに“勝手に地下探検しました”って言ったらどれくらい怒られると思う?」


「んー……一週間くらい説教されて、“模範囚でも懲罰房は体験しとけ”コースとか?」


「私達って模範囚なの?」


「ウチら今んとこ“優等生囚人”やろ」


「多分班長さんには色々バレてると思うよ」


 アルミアが操作盤の「上昇」スイッチに触れる。


 ガコン、と鈍い音。

 プラットフォームが、レールに沿ってゆっくりと斜め上へ動き出した。


 足元がじわじわと傾き、

 壁の配管やケーブルが、ゆっくりと下へ流れていくように見える。


「……上に戻ったら、とりあえずどうする?」


 「シャワーやな…汚れたし汗かいたし…」


「そうじゃなくてこの地下のこと…刑務所だけの問題って訳には行かないでしょ」


「まずはゆかりんに……!?」


一瞬だったが上昇する昇降機の側面に何かの影が見えた。視界に捉えた時に影は既に昇降機の下に行ってしまった。


その時――


 ガンッ。


 何かが、昇降機の横合いに叩きつけられたような音がした。


「……今の、なに?」


「横からやったな。壁、ちゃうでこれ」


「じゃあ……」


 次の瞬間。視界の端を、紫がかった“何か”がよぎった。


 それは斜面の途中、昇降機の側面に張り付いていた制御盤のあたりに――

 “飛び乗った”。


 ガギィンッ!!


 制御盤の外装が、外から思いきり蹴り抜かれたように凹む。

 火花が散り、警告灯が一斉に点滅した。


「やば、制御盤……!」


 アルミアが思わず顔をしかめる。


 斜面の外側、柵の向こう。

 昇降機の縁に、何かがしがみついていた。


 最初に見えたのは、“手”だった。


 太い指。

 人間の骨格を残したまま、ありえないほど肥大した筋肉。

 そこに金属製の拘束具がめり込み、隙間という隙間から、紫色の樹液がじわりと滲み出ている。

腕に続いて、肩、胸、そして顔がせり上がり顔立ちは、“人間だった頃”の名残を留めているが眼球は真っ黒で、顎が外れている。


さっき地下で見たどの個体よりも、

 密度と重さが違う。


 体がデカいからとか、腕が太いからとか、そういう単純な話じゃない。


 そこに“いる”だけで、鉄板の床の上の空気が一段重くなった気がする。


「やっと骨のある奴が出てきたって感じやな」


「私達をここから逃がさないって感じ…元々植物のガードマンだし」


昇降機の制御盤は、さっきの衝撃で完全に沈黙していた。


 上昇は止まらない、だが速度が少しづつ上がっているようだ。


 じわじわと地上へ向けて上がっていく。

 その途中、柵の向こう側から身を乗り出すようにして、“それ”はゆっくりと、アリアたちの方へ体を傾けた。


黒い眼が二人を舐めるように見下ろす。


「さっきも感じたけど…ウチ体がなまってしまってるから上に上がりきるまでに倒しきれるか分からんわ」


「だね。ちょうどいいや。 “地上デビュー前”に、落としとこ」


 二人は、柵越しに迫る“そいつ”を見上げた。


 ネザースレート拘置区の地下で始まった騒ぎは、

 いよいよ、地上へ噛みつこうとしていた。


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