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世界はまだ脈打っている  作者: GARASU
1部
8/12

8話 研究室

通路は、しばらく真っ直ぐ続いていた。

足音はひとつ減った。

相変わらず遠くから、機械の低い唸りのような音がかすかに聞こえ続けている。


「……お姉ちゃん」


「ん?」


「班長さん、置いてきちゃって本当に良かったの?」


アルミアの問いかけに先を歩くアリアが振り返り答える。


「連れてきても、班長さん余計気ぃ遣うだけやろ。あの人、強いとこ見せんのが仕事みたいな顔しとったし」


「さっき、ちょっとだけ壊れかけてたけどね」


「まあ、“あんなん”初見でビビらん人間の方が怖いで」


 言いながらも、アリアは少しだけ真面目な顔になった。


「班長さん、普通に強いやん。あれくらいの怪我なら、応援来たらすぐ持ち直すやろ」


「……ほんとに?」


「怖がる余裕があるうちは、生き残る本能が残っとるってことやで」


通路の先に、白い扉が見えてきた。


 他の場所と違い、そこだけが“人間の施設”らしい雰囲気を纏っている。

灰色の壁に埋め込まれた、無機質な自動ドア。

横にはカードリーダーのようなものが取り付けられていたが、すでに電源は落ちているようだ。


「……ここ」


「研究室って感じやな。やっと面白そうな場所にありつけたわ」


アリアが試しにドアを押すと、意外なほどあっさりと開いた。


中は、ひんやりしていた。


冷房の冷たさではない。

もっと乾いた、金属と薬品の匂いを含んだ空気だ。


照明はところどころ消えているが、最低限の灯りは残っている。


「三部屋くらいに分かれてるっぽいね」


 アルミアが周囲を見回す。


最初の部屋は、コントロールルームのようだった。

壁一面に並んだモニター、操作パネル、端末。

モニターの電源に反応する様子は無く椅子がいくつか倒れており、人が立ち去った痕跡だけが残っている。


ガラス越しに見える二つ目の部屋は、観察室。

別室の大型カプセルや、拘束台のようなものが見えるが、ここだけ使用した様子が無いほど綺麗に清掃されている


 三つ目は、書類やファイルが散乱したオフィススペースのような部屋だった。


「どっから見る?」


「“紙”から」


アルミアが即答した。


「せやな…ゲームみたいに読んでる間に時間が止まる訳でも無いし、ウチにも理解出来るようにゆっくり読んで欲しわ」


二人はオフィススペースへ足を踏み入れた。


机の上にはファイルの束、乱雑に積まれた紙の山。

床にも何枚か散乱しているが、アルミアはその中から唯一机と椅子との向きが合うファイルを手に取る。


「……“局所地形置換体 No.17 付属構造物調査記録”」


「ムズい」


「置換地形の“付属物”として、この地下構造が出現した、ってことかな」


アルミアは目を走らせながら、必要な箇所を拾っていく。


「『当初は単純な植物型構造物と思われたが、樹液状物質に異常な栄養価と侵蝕性が確認された』」


「樹液……さっきからべちょべちょしてるやつか」


「『樹液状物質を取り込んだ付近の動植物は、短期間で異常発達を見せる。一方で、自律性を失い、付属構造物の保護行動を最優先とする傾向がある』」


「……“守るための、番犬製造機”って感じやな」


アリアが呟く。


「『ヒト被験体への適用は、実験可能人数の問題から当初は見送られていたが──』」


 そこで、一度言葉を切る。


 アルミアの指先が、紙の上で止まっていた。


「続きは?」


「……『拘置区側から“死刑予定囚”および“行方不明として処理可能な囚人”の提供を受け、共同研究の名目で実験を開始』」


「……」


 アリアの目から、完全に笑いが消えた。


「『樹液状物質の希釈および電気信号による制御実験は一定の成果を上げたが、

 高濃度適用下では被験体の自我崩壊および攻撃性の暴走が避けられない』」


「さっきの“腕だけデカい奴”みたいなんか」


「たぶん、あれは制御失敗例」


 アルミアは、ページの隅に書かれた文字を指でなぞる。


「ここ、“シャドウドラッガー症例第一号”って書いてある」


「随分律儀にまとめてあるなぁ」


「うん。“シャドウ樹液ドラッグ依存症候群”──名前のセンスはともかく」


「説明だけ聞いたら、おクスリ依存やな」


 アリアは、机の上の別のファイルを手に取る。


「こっちは?」


「“協力者および不要記録の処理”」


「嫌なタイトルやなぁ!」


 アリアは、ざっと目を通す。


「……看守、研究者、協力者。

 ここに関わった人間、何人か“退職”“異動”“事故死”って処理されてる」


「実際には?」


「“怪物になっちゃった”……やろな」


 紙の端に、見覚えのある名前を見つけて、アリアの目が止まる。

署名の下には、独特の癖のあるサインがある。


今朝見た、あの男のガルア•マッコール。ネザースレート拘置区の最高責任者のサインが書かれている。


「わーお…班長さん大当たりやったな」


アリアはファイルを机の上に戻した。


「少なくとも、“F班がどこ行ったか”は、だいぶ怪しくなってきたな」


「F班どころか、“何班分”ここに落ちてるか分からないけどね」


 オフィスの奥、ホワイトボード代わりに使われた壁には、いくつもの数字と矢印が書き殴られている。


 被験体番号。

 適用濃度。

 生存時間。

 発狂までの時間。

 “処分完了”の印。


 どれも、線で乱雑に消されていた。


「……アル」


「なに?」


「ウチ、今日から“この樹液由来のドリンク飲んだらお肌プルプル☆”みたいな広告信じひんわ」


「お姉ちゃん肌とか気にしない人でしょ」


「まぁな」


 二人はオフィスを一通り見終え、隣の観察室へ移る。


ガラスの向こうには、先ほど見たものに似たカプセルの部品のようなものがいくつか設置されていた。

ただし、こちらはより“人間用”にカスタマイズされている。


 拘束用のベルト。

 点滴のチューブ。

 脳波や心拍を測定するためのセンサー。


 その多くは、途中でちぎれていた。


「……ここで人をカプセルに入れて私達の来た方の施設に持っていくってことかな?」


「ざっくり言うとそうやな」


 アリアは、カプセルの脇に落ちたタグを拾い上げる。


「“被験体:E-214(男性) 投与濃度:12% 結果:廃人化(自律行動不可能)”」


「こっちは……“投与濃度:38% 結果:暴走(制御不能)”“処分済”」


「処分、ねぇ」


 二人は無言になった。


 しばらくして、アルミアは観察室の隅にもう1つ扉があることに気が付いた。


「お姉ちゃん、あれ」


「ん?」


 扉の上には、小さなプレートが取り付けられていた。


 “保管室”。


「行ってみよか」


「うん」


 二人が扉を開くと、そこは一段と冷たい空気に満たされていた。冷凍室のようだ。


 天井付近を這う銀色のパイプ。

 壁沿いに並んだ金属製の棚。

 いくつかの棚には、銀色のボンベが固定されている。


「容器に入った樹液がびっしり並んでるとも思って構えてしまったわ」


「私は凍った人が入って無くて良かったよ」


そのやりとりを遮るように。


 天井から、ポタリ、と何かが落ちた。


 アルミアの肩に、冷たいものが当たる。


「……?」


 指先で触れたそれは透明では無く、薄く紫がかった、粘り気のある液体。


同時に2人は頭上からの視線を感じた。


「お姉ちゃん」


「分かってる」


 二人が同時に天井を見上げる。


 銀色のパイプの影。

 その裏側を、何かが這っていた。


 ぬるり、と。


 天井の一部が、形を持って垂れ下がる。


 人の輪郭に似ている。

 しかし、完全に液体だ。


 整った顔立ちが、一瞬だけ形作られ――

 すぐに溶けて崩れる。


 両腕だけがはっきりしている。

 液体の拳が、ぶら下がった状態でこちらを見下ろしていた。


「さっきのとはちゃうな“特殊シャドウドラッガー”、ってところかな」


「さっきの紙にも書いてあったね。 “高濃度液状被験体:形状可変。収容困難”」


 液体の影が、音もなく落ちてきた。


 アリアの目の前まで、一瞬で距離を詰める。


 ドゴッ!


「お、おわっ!?」液体の拳がアリアの腹にめり込んだ。


 質量を持った水袋のような衝撃。

 骨を砕くほどではないが、内臓がかき回されるような鈍い痛み。


 アリアの身体が吹き飛ばされ金属棚にぶつかり、そのまま滑り落ちる。


「お姉ちゃん!」


「っ……だいじょ……ぶ、っ、やけどぉこれ普通に痛いやつや……!」


 アリアが腹を押さえながら呻く。


 特殊シャドウドラッガーは、床に着地すると、

 そのまま形を崩した。


 液体が床一面に広がり、じわり、と伸びてくる。


「……!」


床の液体が、彼女の足元まで迫る。


 飛び退いた瞬間、

 追うように液体の手が伸びてきた。


 ブチッ!


「っ……!」


 足首に絡みついた感触。

 靴底を通して、冷たいものが染み込んでくるような錯覚。


「離れて!」


 アリアが飛び込み、

 アルミアの足首に絡みついた紫の腕を蹴りつける。


 水しぶきのように、液体の塊が飛び散った。


 だが、それはすぐに床に落ちて……


 また集まる。


 液体は、床のあちこちからぬるりと立ち上がり、

 再びひとつの“人型”へとまとまった。


「ずるいなぁ、お前」


特殊シャドウドラッガーは、返事の代わりに、

 壁際の配管へと溶け込むように姿を変えた。


 液体の帯が、銀色のパイプに吸い込まれる。


「通気ダクト……!」


 アルミアが天井を見上げる。


 細い通風口の隙間から、紫の液体がにじみ出てくる。


その一部が天井裏を走り、別の場所の通風口から顔を出した。


「そこから出てくるんかい!」


 アリアが叫ぶ。


特殊シャドウドラッガーは、通気口から半身をぬるりと出し、液体の腕を鞭のように伸ばしてきた。

伸ばした腕をアリアが躱すが背後にある拘束台に直撃し頭を置く部分が吹き飛んだ。


「うぉ!結構なパワーで」


二人は、飛び退きながら攻撃のタイミングを見計らう。


だが、殴っても蹴っても決定打にならない。

相手は液体で、形を変え、散っても集まり、通気口や排水溝を自在に使って位置を変える。


こちらの攻撃の届かない場所から、じわじわと距離を詰めてくる。


二人の視線が、わずかに交わる。


「どうする?」


「簡単や」


 アリアは腹をさすりながら、口角を上げた。


「“あいつに、全力でぶっ壊してもらう”」


特殊シャドウドラッガーは、すでに部屋の入り口側に回り込んでいた。逃げ道を塞ぐように液体を出入口に伸ばしている。


じわじわと迫る液体の腕。


冷たい湿り気が、空気そのものを重くしていく。


「……追い詰められてる、ように見せかけて」


「こっちが“誘導してる”って気付かれないように、ね」


アリアとアルミアは、後退しながら、少しずつ、保管庫の扉の前へと移動していく。


特殊シャドウドラッガーの液体の体がすぐ手前まで迫った。


※ ※ ※


 タリアの時間は、ほとんど止まっていた。

さっきから、何分経ったのか分からない。


目の前ではカプセルから出たばかりの“もう一体”が――


ずっと、樹液を啜っていた。


 ぴちゃ……ぴちゃ……


タリアは、壁にもたれたまま動けなかった。


腕の痺れは少し引いてきた。

脚も、意識すればなんとか動きそうな気はする。


それでも、立ち上がる気力が湧かなかった。


(私が立ったところで……あれに勝てるのか?)


 自分の常識が、さっき粉々に砕かれた音を覚えている。


 訓練。

 経験。

 職務意識。

 “看守としての自分”。


そのすべてが、“一撃”の前に無力化された感覚。


(怖い……)


 ようやく、心の中でだけ、はっきりと言葉にした。


(怖い……こいつも、あの二人も、この地下も、所長も……全部、怖い)


 ぴちゃ……ぴちゃ……


 怪物が樹液を啜る音が、

 不気味な子守唄のように耳にまとわりつく。


(戻ってこい……)


 心の中で、何度も同じ言葉を繰り返した。


(戻ってこい……お願いだから……)


 どのくらい、そうしていたのか。


 ふと、別の音が混じった。


 コツ、コツ、と。


 硬い靴底が、崩れた通路を踏む音。


 タリアの心臓が跳ねる。


 誰かが、こっちへ近づいてくる。


(……追加の怪物か?)


 武器もない。

 立ち上がれもしない。

 叫べば、目の前の怪物も反応するだろう。


 タリアは、息を殺した。


 足音は、迷いなくこちらへ向かってくる。


崩れた瓦礫を踏み越え、

 紫の樹液のしみを避けるようなリズムで。


そして――


タリアの視界の端に、誰かの影が差し込んだ。


その影は倒れた彼女と、樹液を啜る怪物をしばらく黙って見下ろしていた。


 口を開きかけたタリアの喉からは、声が出ない。


影が、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


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