6話 来た世界
体感で5分程歩いただろか、圧迫感のある終わりが見えない道は時間感覚を狂わせる。自分以外に他に人がいることが幸いか、圧迫感に飲み込まれることは無いだろう。
正面、通路が開けている。
「おっ、なんかあるっぽいで」
アリアがそれを見つけ我先にと飛び出すのをタリアが腕を前に出し、止めた。
「私から入る」
先行させた懐中電灯の光が通路から抜け出す事によって広がり先の空間に広がり、その光景にタリアは目を丸くした。
高い天井に懐中電灯の光が吸い込まれる、通路と同じような壁が四方を囲み、空間は広がったはずだが肌で感じる湿度が上がった様に感じた。
だが、真っ先に目に入るのはそれではなかった。
「……うわ」
アリアが思わず声を漏らした。
そこには、巨大なカプセルのようなものが、ずらりと並んでいた。
一本、二本──数えるのをすぐにやめた。
大小さまざまな“円筒”が床から生えたように林立している。
形はバラバラで、角ばっているものもあれば、妙に丸みを帯びたものもある。
全てに共通しているのは、
どれもこの地下の壁と同じような異質な材質でできていて、
半透明の向こうに、どろりとした紫色の液体が満ちていること。
内部は、その液体に遮られてはっきりとは見えない。
ゴウン……ゴウン……
規則的な鼓動のような音が、空間全体に響いていた。
カプセルの表面には、管のようなものが絡みつきそれらの管を、淡い光がゆっくりと流れていく。
タリアが半歩前に出て、周囲を見回すが、改めて自分達のいる空間がこの世のものではないと感じた。
人間が作った機械設備も、ゼロではなかった。
医療現場で見かけるような刃物やピンセットが置かれたテーブル、金属製の足場が中途半端に組まれ、ところどころに配線らしきケーブルが繋がっている。
「ネザースレート拘置区の地下に…こんな空間が…誰が…いつ?」
「班長さん」
困惑するタリアをアリアが呼んだ。
「ここさ、“置換現象”が起きた場所なんちゃうか?」
「……」
タリアは、ゆっくりとアリアの方を向いた。
「確か“この国“じゃ置換現象は起こっとらんかったか?しかも刑務所って閉鎖的な空間やったら尚更情報が入って来んやろ」
「ニュースである程度は聞いたことはある、詳しくは…」
アリアは指を折りながら、のんびりした口調で続けた。
「10年前に街とか海とか山とかの空間の境目がぐにゃって歪んで、ちょっとした“異世界のかけら”がこっちに落ちてくる、みたいな」
「説明が雑だよ、お姉ちゃん」
「ほなアル、ちゃんとしたバージョンどうぞ」
アルミアは一度だけ息を吸ってから、簡潔に言葉を並べた。
「10年前に発生した後、世界各地で報告されている“局所的地形置換現象”。既存の地形が“未知の構造物や環境”と入れ替わる。規模は数十メートルから、都市ひとつ飲み込むレベルまで。
中には、既存の物理法則と完全には一致しない空間もある」
アルミアは淡々と言った。
「置換地帯の内部からは、未知の資源や物質が見つかることもあってその世界の人間や得体の知れない生物やも一緒にやってくることがあります」
「“異界生物”“異界起源体”とか、そんな言い方やったな、10年前でも各国の対応がまだまだで情報発信が完全じゃないってのは本当やったんやな」
アリアが補足する。
「……随分詳しいな、確かにこの国では、置換現象の発生は確認されていないはずだ」
タリアは黙って二人の説明を聞いていた。
この世界では世界各地に突然「異世界地形」が出現している。
異界生物・怪異・変異体・超能力者なども世界のあちこちに発生、出現し、異世界由来の資源・魔術式・構造技術の流入で置換現象の発生した地域周辺では科学技術は急速発展、または荒廃した。
人間と異界の混在は日常的になりつつある一方、資源独占の為の情報隔離も発生している。
「私が知っているのは、もっと表面的な話だけだ。 “どこそこに置換地帯がある”“近づくな” “異常気象の一因かもしれない”──そんな程度だ」
「異世界の地面も空も、“テレビの向こう側”やった」
「……それが、“足元にある”」
タリアはそう言いながら、目の前の光景を見据えた。
並び方は規則的とも不規則ともつかない。まるで、誰かが意図的に配置したのではなく、 “地面の中から生えたものがたまたまこう並んだ”ように見える。
タリアはカプセルのひとつに近づいていき、表面に手をかざす。
「……温かい」
触れはしない。
掌の数センチ先で、じんわりとした熱を感じる。
紫色の液体が、ゆっくりと内側で揺れた。
「中身、見えへんなぁ」
アリアも別のカプセルに近づき、横から覗き込む。
液体は、あまりにも濃く、粘度が高そうで、
中に何かが浮かんでいる気配はあるのに、輪郭が掴めない。
「……まだ“中身を完成させてない”って感じする」
「完成予定って何」
「さあ」
アルミアは、腕を組んで周りを見回した。
「でも、これだけ揃ってるなら──」
ゴウン……ゴウン……
さっきよりわずかに、鼓動の音が強くなった気がした。
「……戻るぞ」
タリアがぽつりと言った。
「今の私たちだけで、これ以上踏み込むのは危険だ、早ければ負傷者の引き上げが始まっている頃だろう、報告することも山ほどだ」
「賛成やな。ウチの好奇心も“今日はここまで”言うてる」
「そうですね」
三人は踵を返し、来た方向へ歩き出す。
そのときだった。
「……お姉ちゃん」
アルミアが、ふいに足を止めた。
「なに」
「あれ」
彼女が指さした先にあるカプセルは、他と違っていた。
カプセルが割られている様な破られているように破損し、そこから紫色の液体が床へこぼれ出し、乾ききらないぬめりを残していた。
床には、ずるずると引きずったような跡が、カプセルから離れるように続いている。
「……やな予感しかしない」
アリアが眉をひそめる。
タリアも近づき、ひびの状態を確認した。
「外部からの破壊痕ではない。内側から圧力で破裂したか、
あるいは──“こじ開けた”か」
「中身、いないんだ」
アルミアは、漏れ出した液体の周囲を見回した。
粘度の高い紫は、ところどころ色が薄く、まるで何かに吸われたかのようだった。
「お姉ちゃん、床」
「うん、見てるで」
紫のしみの上に、いくつかの足跡が残っていた。
裸足のようでありながら、形が歪だ。
人間が基準だが獣の足とも捉えられる
指の数も、爪の長さも、ばらばらになった“影”が、
とにかくその場から“離れたがっていた”ように見える。
「班長さん」
アルミアが、タリアに視線を向けた。
「今朝“F班は全員移送されました”って、所長さんは言いましたよね」
「……」
「でも刑務所の下に、“こういう場所”があって。
“こういうもの”が並んでいて。
“こういうカプセル”が割れていて」
アルミアは、目の前のひびの入ったカプセルを見据えた。
「上から下に移送された、って考える方が、筋が通りませんか」
タリアは、少しだけ目を閉じた。
今朝の光景が、脳裏によみがえる。
“F班は一斉移送された”
“記録はすでに反映されている”
“詮索は職務外だ”
「何を証拠に?」
「証拠、作る?」
アリアが口を挟んだ。
「中身、見つけて“これ人間でしたー”って持って帰ったらええやん」
ゴウン……
さっきまで規則的だった鼓動に、違和感が混じった。
ひとつ、強く。
ひとつ、弱く。
また強く。
「……今の、ちょっと変じゃなかった?」
アルミアがそう言った、ちょうどそのときだった。
カプセルの列の向こうで、何かがかすかに動いた。
ぬちゃ、という湿った音と、金属がこすれるような音が混じり合う。
「聞こえた?」
「聞こえた」
三人とも同時に動きを止めた。
タリアがゆっくりと腰のベルトに手を伸ばし、電撃警棒のグリップを握る。
「……誰かいるのか」
返事はない。
代わりに。
視界の端で、“影”が揺れた。
カプセルの間の暗がりから、ずるりと何かが姿を現す。
「っ……」
最初にそれを捉えたのは、アルミアだった。
それは“人型”に近かった。
しかし、あまりにも歪だった。
片側の腕は異様に長く、床を引きずっている。
指の先は鋭く伸び、影が床に溶けるようににじんでいた。
肌はまだらに黒ずみ、ところどころ、紫の筋が血管のように走っている。
顔の半分は、人間のものだ。
もう半分は、黒い靄のようなものに覆われている。
その身体には、ところどころ布切れが貼り付いていた。
見覚えのある、ネザースレート拘置区の囚人服の生地だ。
「……囚人、ですか」
アルミアが漏らす。
タリアの目が細くなる。
“それ”は、三人の方を向いた。
露出している片方の目が、異様にぎらついている。
瞳孔は開ききり、その周囲を、かすかな紫の光が渦巻いていた。
バチッッン!
“それ“は勢いよく腕を振り近くのカプセルを叩き割った。
ドロドロとした紫色の液体溢れ出し同時にカプセル内に見えた謎の輪郭があらわになる。
ドロリ……と粘度の高い紫色の液体が、床を濡らしながら広がっていく。
その中心で、“それ”はずるりと身を起こした。
両腕だけが異常に発達し、岩のように肥大化している。
逆に胸、腹、足は削られたように痩せ細り、バランスがまるで取れていない。
――生物として成立しているのが不思議なほどだ。
“それ”は、床にこぼれた紫の液体へ顔を近づけ、
ぴちゃ……ぴちゃ……
まるで飢えた獣のように啜り始めた。
「……っ!」
タリアは、本能が背筋を撃ち抜くような警告を鳴らし、一歩後退した。
その瞬間、叩き割った方の“それ“が3人の方を向いた。
「……ア……ぁ……」
かすれた声。
喉が潰れたような、湿った音。
「アアアアアアアアアア!!」
耳をつんざく咆哮が、地下空間で反響した。
照明が揺れ、紫のカプセルの表面が震える。




