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世界はまだ脈打っている  作者: GARASU
1部
5/12

5話 穴

朝の点呼は、いつもよりざわついていた。


「静かにしろ!」


 看守の怒号が飛んでも、囚人たちのひそひそ声はなかなか消えない。


「なあ、本当にいねぇのかよ」


「昨日までFの奴、普通にメシ食ってたじゃねえか」


「噂じゃ全員消えちまったって話らしぞ」


アリアは列の中で片眉を上げた。


F班が居ない。


アリア達の居る第1収監エリアにはA班~F班までの計6班が収監させている。囚人番号の英表記がそれを示し、点呼時は班ごとに3×2の形で整列するため、1班丸ごと居なくなる事は囚人達の目から見ても明らかに異質さを感じる。


それに同じく看守達も慌ただしく対応に追われてる。


「F班の班長と連絡は?」


「牢の鍵は全て閉まっていたんだぞ…」


「F班の夜番は誰かまだ分からないのか!」


バタンッ!


扉が勢いよく開いた。


その場に居る全員が扉を開けたその人物に注目し、看守達は瞬時に敬礼の体勢に変わった。


黒いスーツに、濃紺のコート。

 やや小太りで年齢は六十代半ばほど。

 眼鏡の照り返しの中からニッコリと笑った目が後から覗かせた。


「ガルア所長……」


各班の班長と資料を確認していたタリアは言葉をこぼす。


ガルア•マッコール。

元ネザースレート地区警察署長、ネザースレート拘置区の最高責任者。

 普段は5つのエリアの中央に位置する管理棟にいて、現場の点呼に顔を出すことなど滅多にない。


「騒がしいな」


 所長は、列をざっと見渡した。


「看守達諸君に点呼を始める前に、一つ伝達がある」


 囚人たちのざわめきが、少しだけ弱まる。


 アリアは列の中で、アルミアの肩を肘でつついた。


「アル、なんか偉そうなん来たで」


「お姉ちゃん、声出てる」


タリアが他の看守よりも早く敬礼を辞め、一歩前に出ようとした瞬間、所長の方が先に口を開いた。


「今朝の点呼から、F班の囚人及び看守の名簿は削除されている。

 不審に思っている者もいるだろう」


 囚人たちの間に、再びはっきりとしたざわめきが走った。


「やっぱり……」


「全員かよ……」


「昨夜、何も聞いてねえぞ」


「静かに」


 タリアが短く制したが、所長の声はそれよりも静かで、よく通った。


「F班の囚人及び看守一同は昨夜のうちに一斉移送された。移送先は第2エリア。」


 一斉移送。

 夜中に。

 誰にも知らされずに。


 タリアは眉をひそめた。


「所長。現場の我々に一切、通達がございませんでしたが」


「急な決定だった」


 所長は即答した。


「元々F班は第2エリアに収監予定である第1エリアの囚人よりも量刑の高い囚人だった。看守達も第2エリア担当者だ。書類も護送記録も、すでに管理システムに反映されている」


「しかし──」


 タリアが言いかける。


「移送が行われたのなら、少なくとも当直の責任者には──」


「タリア・モリエス」


 名前を呼ばれただけで、空気の温度が一段下がる。


「君の仕事は、“決定の妥当性”を審査することではない。

 ここにいる者を、規則に従って管理することだ」


 所長はきっぱりと言った。その口調は穏やかだが、拒否の余地がない。


「上層部の判断に疑問があるなら、正規のルートで意見書を出しなさい。

 囚人たちの前で、私に詰問することではない」


 タリアのこめかみが、ピクリと動いた。


「……失礼しました」


 言葉としては従順だ。

 だが、その目は納得していない。


列の中で、アリアが小声で囁く。


「タリアの班長さんの目、怖すぎやろ…」


「お姉ちゃん、そういう観察力だけ鋭いのやめて」


「ウチらもこっそり移送とかされへん?」


「お姉ちゃんだけならワンチャンある」


「なんでやねん」


所長はそんなやり取りを聞いているのかいないのか、淡々と続ける。


「この場でのF班の件について、これ以上の詮索は禁止する。

 この場で噂話を広げることは、秩序の乱れと見なすぞ」


 タリアは唇を噛んだ。

 その場に居る看守達もタリアを心配する者、ガルアに圧倒される者、小声で会話する者、様々見受けられる。


「……点呼を続けろ」


 所長の短い指示に、タリアは手元の名簿を持ち直した。


「……了解しました」


 その声は、いつもより少しだけ硬かった。


「E-41」


「いる」


「E-42」


「おう」


「E-47」


「はーい、今日も元気に服役中でーす」


空気の読めないアリアの軽口から周囲の囚人に小さな笑いが漏れた。


一瞬だがアリアとガルアの目が合った。


***


 午前の作業時間。

 いつもの工具と油の匂い。


 だが作業場の空気は、明らかに落ち着きがなかった。


「F班の奴らよぉ、本当に移送か?」


「だったらもっと夜にドカドカ出入りしてるだろ」


「夜中にまとめて出したんだろ。見張り台の奴が言ってた」


「でも看守も誰も見てねえってよ?」


「だから、あのおっさんに消されたって」


「やめろよそういうの……」


囚人たちの噂話が、あちこちで繰り返されている。

アリアはネジの山を前に、頬を膨らませた。


「なあアル」


「なに」


「ウチらも、“昨夜のうちに一斉出所しました”とかならへんかな」


「ならないよ」


「なんでそんな即答なん」


 アルミアは手を動かしながら、小さく続けた。


「でも、ちょっと気になるね。

 F班の人達が居なくなったタイミングと──」


 ゴウン……


 足元が、微かに揺れた。


「……これ」


 アルミアが顔を上げる。


 工具がカタカタと揺れ、棚に立てかけられていた鉄板がわずかにずれる。

次第に揺れは大きくなり座っていてもテーブルに手をつけなければ恐怖心を感じる程に


ガタガタガタガタ!


地震だ。


「おいおい!やべぇぞ」


「こんなデカイ地震」


 囚人たちの顔に、不安の色が浮かぶ。


 作業場の仮担当であったタリアが周囲を見渡し、声を張り上げた。


「作業を中断して、机の下か壁際に──」


言い終える前に。


 ゴゴゴゴゴゴゴッ!


 今度は、はっきり地面がうねった。


「っ……!?」


 床が波打つように盛り上がり、そのまま亀裂が走る。その場に居る人間が普段どれだけ安定した地面に自分達が居たかを実感しただろう。


「アル!」


「分かってる!」


 作業台が傾き、工具が滑り落ちる。

 足元のコンクリートが、嫌な音を立てて砕けていく。


「全員下がって──!」


 タリアの声が飛んだが、それより崩落の方が早かった。


 バキィィィィン!!


 コンクリートが割れる音と共に床の一部が、丸ごと抜け落ちる。

 机、棚、囚人、看守。その場にいた者がまとめて床の瓦礫と落ちた。


「うわっ!?」


「うおおおおっ!!」


視界が反転し体に何かが強くぶつかる。おそらくは上であろう場所からの光が遠ざかり、数秒であったが体に様々な外傷が出来たことをある程度認識した後、意識は途絶えた。


***



アリアは落下しながら、周囲を一瞬だけ見渡した。


(棚の位置……落ちる角度……上からの瓦礫……)


「アル、こっちや!」


 彼女はアルミアの体を抱き寄せ、側面に傾いたコンクリート片に向かって体をひねる。


 ゴロゴロッ、と斜面を転がるように落ちていき、落下と同時に飛び出し衝撃を分散させた。


「っつぅ……」


 尻と背中が悲鳴を上げる。


「……アル、生きてる?」


「生きてる……お姉ちゃんの落ち方、雑じゃない?」


「贅沢言わんといて」


 そのすぐ近くで、別の影が転がるように着地した。


 タリアだ。


 落ちてくる鉄骨を避けながら体を丸め、肩から転がって衝撃を受け流していた。


 ドンッ、と鈍い音。

 膝をつきかけながらも、すぐに立ち上がる。


「はぁ……っ……」


 額に小さく血が滲んでいたが、激しい外傷は見られず骨も折れていないようだ。


真上からの光によって薄暗くはあるが周囲の状態がようやく把握出来る。崩落した場所は形は歪ではあるが綺麗に落下出来るに穴になっており、距離はおそらく2~30メートルありなんの装備も無く登るは難しい。落下地点にはある程度の広さの空間が広がる。


少し離れた場所には、崩れた棚と机の下敷きになった囚人たちが見えた。


「いってぇ……!」


「足が……!」


 落ちてきたのは全部で七人。

 アリア、アルミア、タリア。

 若い男性看守が一人。

 囚人が三人。


囚人のうち一人は足を不自然な角度に曲げて倒れ、もう一人は頭から血を流している。1人は目を覚ましていない。



「ぉ………ぁ」


穴の上から僅かに声が聞こえた。


「聞こえるか!落下地点は安定しているが、負傷者多数! 下には妙な空間が広がっている!」


タリアが見上げて怒鳴る。


「これ以上の崩落されない様に早急救護班の手配を…」


周囲を見渡すが、明らかにただの地下室ではなかった。落ちてきた天井の破片以外の部分は、見たこともない材質で覆われている。


コンクリートでも、岩でもない。


灰色の、わずかに光沢のある表面。薄く走る筋のような模様が、時々、ぬるりと動いたように見える。地面はゴム状で落下の衝撃はこれによってある程度抑えられたのだろうか。


「……何だ、これは」


 若い看守が自分がもたれかかる壁を触りながら怯えた声を漏らす。


「刑務所の地下って、こんな……」


「黙っていろ」


 タリアは短く叱責し、それから他の負傷者に駆け寄った。


「動けるか」


「くっ……無理だ。足が折れてる……」


「俺も……立てねぇ……頭が割れそうだ…」


 タリアは状況を整理する。


「負傷者三、看守一。……上からロープで引き上げるにしても時間がかかる」


 アリアが、その横で跳ね上がる様に立ち上がる。


「ウチら、かすり傷程度やな」


「私も。打撲くらい」


 アルミアも余裕に軽く腕を回してみせた。



ゴウン……


 床が、低く鳴った。


 心臓の鼓動のようなリズム。

 それとも、巨大な機械の動作音か。


音の聞こえる方向。視線の先、奥の方には、薄暗い通路が続いていた。

 壁一面が、先程と同じ奇妙な材質で覆われ、ところどろこ僅かに脈打つ紫色の光が走っているように見えた。


ゴウン……ゴウン……


 奥から、さっきよりもはっきりした“呻き声”のような振動が伝わってきた。


(刑務所の地下にこんな空間があるなんて聞いたことがない…)


タリアは短く息を吐く。


「この空間が何なのか、最低限把握する必要がある」


腰のベルトに付けられた小型の懐中電灯のスイッチを入れ通路の方向へと向けた。


「救助班が到着するまでの間に、余震によって崩落が進む可能性がある。刑務所内の地下施設であるなら上に通路が繋がっている可能性がある」


アリアが、ひょいっと片手を挙げる。


「探検隊、ウチらも参加ってことでええ感じ?」


「却下だ」


 タリアは即答した。


「囚人をこんな場所に自由に歩かせるわけにはいかない。ここから動くな」


「でもあの看守のお兄ちゃん動けそうに無いで、囚人5人残して班長さんが行くより、動ける者同士で行動した方が安心やないか?それに…」


アリアが通路を指す。


「刑務所の地下施設で通路に別れ道があったらウチら、班長さんと反対方向に行ってまうかもしれないで」


「……脅しか?」


「どっちか言うたら、“そうする”って確認やな」


 にやり、と笑う。


「ウチら、今のところちゃんとルール守って“囚人”やってるけど。

 ここで放置されて崩落で死にかけたら、その限りやないで」


「お姉ちゃん、言い過ぎ」


 アルミアが小声で叱る。


「……でも、合理的ではあります」


 そのまま、タリアの方を見た。


「私たちが一緒に動けば、班長は“監視しながら調査”ができます。

 ここに置いておけば、“監視の届かない囚人”が地下に残る」


「班長一人で全部見て回るより、目ぇは多い方がええやろ。

 もちろん、今はウチらも逃げるつもりはない。」


「“今は”をつけるな」


「せやな」


 若い看守が、恐る恐る口を挟んだ。


「班長……」


「何だ」


「こいつらをここに残しておくのも……たしかに、危ないかと。自分も歩くことが難しい状態です。2人を追うことは無理です」


 タリアは、しばらく何も言わなかった。


 穴の上から吹き下ろす空気と、通路の奥から吹き出す冷たい風。

 背後では、うめき声と、かすかな脈動音。


何より、今朝の所長の顔が頭をよぎる。


(“記録がすべてだ”……か)


 その記録に書かれていない場所が、今まさに自分たちの足元に開いている。


「……いいだろう」


 タリアはようやく口を開いた。


「お前たちを、臨時に“調査要員”として同行させる。

 ただし、これはあくまで“私の監視下”に限る」


 淡々と告げる。


「勝手な行動を取った瞬間、その場で拘束する。逃走を試みたと判断した場合、警告なしに鎮圧する」


「物騒やなぁ」


「当然だよ、お姉ちゃん」


 アルミアは、真面目な顔で頷いた。


タリアは若い看守の方を向いた。


「負傷者から目を離すな。

 上からロープが降りてきたら、重傷者から優先して引き上げろ。

 私たちが戻らなかった場合は──」


 一瞬だけ、言葉を切る。


「“刑務所の地下に詳細不明の場所があった”ことだけ、上に必ず伝えろ」


「は、はい!」


 タリアはそれ以上何も言わず、通路の方へ向き直った。


「行くぞ」


タリアに続くようにアリアとアルミアが、その背中の少し後ろを歩き出す。


足元は、柔らかくも硬くもない、不思議な感触だった。踏むたびに、わずかに“遅れて”沈むような感覚がある。タリアの持つ懐中電灯の光以外の壁にある薄い筋状の光は蛍光灯でもLEDでもない、どこか有機的であった。


ゴウン……ゴウン……


 奥から、例の“呻き声”が規則的に響いてくる。


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