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世界はまだ脈打っている  作者: GARASU
1部
4/12

4話 面会

白い天井が、ぼやけて揺れていた。


「……」


 視界の端で、何かが静かに動く。

 金属の器具が触れ合う、小さな音。

 鼻に軽い消毒液の匂い。


 新人看守は、ゆっくりと瞬きをした。


「あ、起きました?」


 耳に入ってきた声は、落ち着いていて、どこか柔らかくなんなら眠くなりそうだった。。


 視線を向けると、そこには白衣にブラウスを羽織った女性が椅子に腰掛けていた。

 肩までの髪を後ろでまとめていて、ナースキャップがちょこんと乗っている。

 年齢は自分より少し上くらいだろうか。


「……ここ、は……?」


「医務室。作業場で気絶したでしょ?」


「あっ……」


 記憶が少しずつ蘇る。

 作業場。

 大男の囚人。

 首を掴まれて、息ができなくて、制服を破られて──


「っ……!」


 新人の体がビクッと震えた。


「まだ動いちゃダメですよ。気絶する程のストレスを受けた後はしっかりと休まないと」


 白衣の女性は、慣れた手つきで水の入った紙コップを差し出した。


「ゆっくり飲んで」


「……ありがとうございます」


 新人は、震える指でコップを受け取る。

 水が喉を通った瞬間、さっきまでの圧迫感が幻だったのだと、少しだけ実感できた。


「……私、なんでここに?」


「倒れたから。持ってこられた。――以上」


「そう、ですよね……」


 女の人は、カルテのようなものに何かを書き込む。


「首の圧迫と打撲、あと軽い過呼吸。骨は折れてないし、内臓も大丈夫そですし。

 しばらく安静にしてれば平気大丈夫ですよ」


「……そう、ですか」


(怪我……してなかったんだ)


 そう思った瞬間、胸の奥がじんわり熱くなってきた。


「怖かったですよね」


 不意に言われて、彼女は目を瞬かせる。


「えっ」


「私もビビりでよくそんな顔しちゃいますよ」


「あははぁ…」


「暖かいもの入れてあげますね」


そう言って、空になったカップを拾い上げる。キッチンの奥にある戸棚へ向かうと、インスタントコーヒーの箱がいくつも整然と並んでいた。


「……あの人に、殴られましたか?」


「多分殴られる前に倒れて…首を締められて、投げられて、意識飛んだって感じじゃない?」


「……見てたんですか?」


「医務室に来る人は多いし、色々な人見てるだけかな?」


 そう言ってから、白衣の女性はさらっと続けた。


「それと。最後は、あなたが勝ったってことになってますね」


「……え?」


「記録上は、“新人看守が電撃警棒で暴れる囚人を鎮圧”」


 新人はぽかんと口を開ける。


「そ、そんな……! 私、電源入れる前に警棒落としましたし、むしろ何も出来ずに……!」


「でも結果的に、あなたは無事で、相手は気絶してたんですよ」


 白衣の女性は、首をかしげる。


「じゃあ、“あなたが倒した”でいいんじゃないですか?」


「よくないですよ……!」


 新人は思わず声を荒げて、すぐに喉を押さえた。


「いっ……」


「まだ声出すと痛みますよ」


 白衣の女性は苦笑する。


「でも、周りの囚人たちも看守たちも、そう言ってた。

 “あの新人がやった”って」


「……なんで」


「どうなんでしょう。あなたが違うって言うのであれば誰がやったんでしょうか?」


 新人はシーツを掴んだまま俯く。


(……私が、やった?)


 そんなはずはない。

 怖くて、腕も足も震えて。

 正直、逃げたいって気持ちで頭がいっぱいで。


 なのに。


「……そんな風に言われる資格、ないです」


 ぽつりと漏らした言葉に、白衣の女性の手が止まる。


「資格?」


「私、あの人に何もできなかったし……

 結局、噛み付くことくらいしかできなくて。

 殴り返すことも、ちゃんと電撃警棒を使うこともできなかった。

 そんなの、看守として……」


「難しんですよ」


 新人は顔を上げる。


「……え?」


 白衣の女性の表情は、変わらず穏やかだった。


「首締められて、息できなくて、制服破られて、怖くてたまらないのに。

 噛み付く余裕があったんです」


「よ、余裕なんて……」


「必死でも、やり返したんでしょ。

 それ、ちゃんと“抵抗した”ってこと」


 白衣の女性はペンを回しながら続ける。


「本当に何もできない人は、“抵抗しなくちゃいけない様な状態”にならないように常に行動しちゃう」


「……」


「それにね」


 少しだけ、声色が変わる。


「怖いのに“怖くないふりをする”のは、大人でも難しいの」


 新人は押し黙った。


 作業場で、大男に向かって立ち上がった自分。

 でも、膝が震えていたのに、声を張り上げようとしたこと。

 思い出すと、胸の奥がむず痒くなる。


(あれ、意味あったのかな)


 目の前に白い湯気が上がる。


「お名前、聞いてなかったですね。新人さん」


「あ、えっと……」


言い淀んだあと、新人は小さく呼吸を整え、自分の名を口にした。


「リア……リア 香澄 です」


「リアさんですね」


 白衣の女性は、軽く会釈した。


「私はシエラって言います。ここじゃ“シエラ先生”って呼ばれてますよ」


「信頼されてるんですね」


「お医者さんではないんですけどね」


「?」


 言葉の余韻を抱えたまま、シエラは静かに目を細めた。

「私の尊敬する人がですね、貴方みたいに“怖くても立っていられる人”なんですよ」


 リアは返す言葉を見つけられず、ただ瞬きを繰り返す。

「……私、そんなふうに見えるんですか?」


「見えますよ。そういう“自覚はそのうちついてくる”とも言ってました」


 シエラは入口の方へ歩いていく。


「それから」


 ドアノブに手をかけたところで、振り返る。


「その人とっても怖いんですよ。“鬼”みたいに」


 いつもの柔らかさを保ったまま、言葉だけがするりと落ちる。


「本当に怖い人は貴方か倒した囚人さんみたいな顔してるんじゃなくて、本当に鬼みたいな顔してるんですよ」


 その言葉が、リアの胸に残る。


 ドアが閉まる音がして、医務室は静けさを取り戻した。


(鬼みたいな顔の人……)


「班長さん…?」


 リアはぼんやりと天井を見上げた。

彼女の肩裏辺りには小さく赤い血文字で『1貸し』と書かれている。



医務室を出たシエラは、ロッカーを開けて自分の背丈ほどもある縦長のバッグを引き出した。

端末を取り出し、発信ボタンに指を触れる。


「今回は、私の出番はなさそうですね。……よかった」


開いたファスナーの隙間から、黒光りする長銃の銃身がわずかにのぞく。

着信が繋がり、耳元に微かな電子音が落ちた。


「ゆかりさんですか。アリアさん達から合図ですよ」


※※※


「それでは、面会希望者の最終確認です。お名前は?」


窓のない面接室。薄い蛍光灯の光が、室内の影をほとんど許さない。

紫のシャツに黒革のロングコート。短く切られた紫髪が、姿勢の鋭さを縁取っている。


結月ゆかりは、視線だけで向かいの看守――班長と呼ばれる女を見上げた。

無言のまま、同じ種類の冷たい気配を確かめ合う。


「結月ゆかり」


「身分証の提示を」


 彼女はポケットからカードケース取り出しパラパラとめくった後、数枚のカードの中から1枚を差し出す。

 刑務所からそれほど遠く無い街の市民証。


 看守が目を通しながら、質問を続ける。


「面会対象者は、E-47 と E-48……アリア・スカーラおよびアルミア・スカーラ。

 ご関係性は?」


「私立探偵をしていてね。事務所で2人には手伝いをして貰ってた。」


「犯罪内容については把握していますか?」


「把握してるからここに来てるんだ。」


 僅かに空気がピリつく。まだ3つ程度しか質問していないのにも関わらず、ゆかりからは質問攻めされ続けた人の様なオーラを発しているように感じた。


「2人には他に親族居らず経歴も曖昧でしたので、関係者であっても調査は必要になります」


「ここに来る前に書いたが書類全てだ」


「そうですが…」


彼女が面会をしぶる理由は面会相手の姉妹のことも含まれるが、それよりも自分の目の前に座る女性。


書類に不備はない。だが、記された経歴はどれも裏が取れない──あの姉妹と同じく。

にもかかわらず、審査は通っている。


「……あなたが会おうとしている人物は、知り合いとはいえ“強盗殺人”の罪状でここにいるのですよ」


「承知している」


短いやり取りのあいだ、ゆかりの視線は微動だにしない。


「その立場で面会に来る方は珍しいので……」


「雑談をしに来たわけではない」


その静けさに押されるように、看守は無意識に背筋を伸ばした。

(……なるほど。あの二人に似ている)


威圧ではない。

ただ、感情を深く沈めたままこちらを見据える、その在り方──


静かに怒る鬼のようだ。


※※※


面会室。


 真ん中を分厚いガラスと金網が仕切り、左右に椅子が並んでいる。

 天井の隅には小さなカメラ。

 隣の部屋には、看守が座るモニタールーム。


「E-47、E-48。面会だ。出ろ」


 看守に呼ばれ、アリアとアルミアは廊下を歩く。


「……面会?」


「ウチら、友達おったっけ?」


「今ここにいるのがほぼ全員じゃない?」


「悲しいこと言うなや」


 そんな話をしながら扉をくぐると、そこに──


「久しぶり」


 結月ゆかりが座っていた。


「うわ、ホンマに来おった」


 アリアが、思わず出た素の声の様な反応をする


「こんなところで会うとは思わなかったですよ、ゆかりさん」


 アルミアも、いつもよりほんの少しだけ柔らかい声になった。


 3人とも面会用の椅子に着席し、その光景が部屋のカメラに映る。


「ここの生活は?」


「サイコーです、とはさすがに言えへんな」


 アリアが肩をすくめる。


「パンは硬いし、スープは味薄いし、ベッドは固い」


「仕事は?」


「ボルトとナットの違いは永遠のテーマやね」


「永遠に覚えて」


 アルミアが突っ込む。


「困ったことは?」


ゆかりは淡々と問いを重ねる。

会話を繋ぐためでも、寄り添うためでもない。ただ必要な情報だけを拾っていく手つきだった。


「女の看守、ピチピチのタイトスカートちゃうんやな。もっとムチとかで叩かれる系かと思ってたわ。毎朝牢屋開けるあの人、めっちゃ似合いそうやし」


その軽口に、ゆかりの眉がわずかに寄る。


「……」


ゆかりは短く舌打ちした。


「作業場の隙間風が気になりますかね…特に足元が冷たくて、」


冷えた空気にアミリアが切り込んだ。


「分かった…」


一言だけそう言ったゆかりは席を立ってしまう。


「ん?もう行ってまうんか、ゆかりん?」


「ああ、近いうちにまた来るよ」




「???????」


3人の会話を隣のモニタールームから部屋内のカメラを繋いで見ていた看守ーーータリア・モリエス。

姉妹達が収監されている『E地区』の班長であり、ネザースレート拘置区内で最も囚人に恐れられ、看守達に信頼されている。そんな彼女が疑いの目を向け思考する。


(彼女達はなんだ?脱獄を考えている訳では無い?囚人が移動できる範囲に釘を入手出来る場所は無いはず?強盗殺人するような人物?面会時の会話内容は?)


タリア・モリエスはモニターから目を離さない。


 アリアはふざけているようでいて、視線の動きだけは常に全体を捉えていた。

 アルミアはほとんど喋らないのに、時々だけ会話の流れを変えるような一言を挟む。


(視線の配り方が“素人”じゃない。危険人物の匂いはあるが、噂に聞くような粗暴さは無い。むしろ……)


「班長?囚人の移送を…」


面会室の事務員に声をかけられた。


「ああ…」


モニターの電源を落とし、無駄のない足取りで部屋を後にした。


           ※※※


 外気は冷たかった。

ネザースレート拘置区の外壁は高く、灰色で、徹底して無愛想だ。

鉄の門を抜けると、職員用の駐車場と、来客用の小さなスペースだけがある。


灰色のセダン。どこにでもある、記憶に残らない車だ。

ゆかりが運転席に滑り込むと、助手席にはすでに人影があった。

座っているだけでも年端のいかない体格だとわかる。肩幅も脚の長さも、ゆかりより二回りは小さい。


「どうでした?」


「下手な演技ってのは疲れるな、リィナ…アリアは“余裕“、アミリアは“見つけた”らしい」


車のエンジンがかかり暗闇に真っ直ぐ光が通った。


「明後日また来るぞ」


車のエンジンが静かにかかる。

 ゆかりはアクセルに軽く足を乗せた。



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