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世界はまだ脈打っている  作者: GARASU
1部
2/12

2話 最初の朝

カン、カン、と鉄格子を叩く音が、まだ薄暗い独房に響いた。


「起床! 点呼の準備をしろ!」


 怒鳴り声と同時に、廊下の照明が一斉に点く。

 アルミアは、まぶしさに目を細めながら上半身を起こした。


「……朝、早すぎない?」


「昼まで寝てて半日無駄にしたと感じるよりはええかもな」


「じゃあ、起きなよ」


 向かい側のベッドで、アリアはまだ布団にくるまったまま転がっていた。床には囚人服が脱ぎ捨てられている。


「お姉ちゃん。家じゃないんだがら服着て」


「そんなウチが裸族みたいに言わんで」


「お姉ちゃんの服が畳まれてるのこれから一生見ない気がする」


「じゃあ今度、ウチが大事にしそうな服選んでや」


「ここじゃどの服も同じでしょ」


 二人がいつもの調子でやりとりしていると、扉の小窓がカシャリと開いた。


「E-47、E-48。起きてるな?」


「起きてまーす」


「はい」


「今から点呼だ。廊下に出て整列しろ」


 扉が開き、冷たい空気が入り込む。

 アリアは大きく伸びをして、肩を回した。


「よっこらせ。ほな、囚人生活スタートやな」


「昨日はノーカン?」


「寝てただけやしな」


「私から見て昨日の中でお姉ちゃん、1番囚人らしかったけどね」


 アルミアは小さく笑いながら廊下に出る。

 他の独房からも囚人が次々と出てきて、列を作っていく。


 ざらついたコンクリの床を、裸足に近い感覚の靴底が叩いた。



「全員、番号順に並べ!」


 看守の声が飛ぶ。

 アリアは慣れない番号を頭の中で繰り返した。


(E-47、E-47……なんか順番に返事するのって妙に緊張するんよな)


 隣にはE-48、アルミア。

 二人とも、列の真ん中あたりにいる。


「E-41!」


「……いる」


「E-42!」


「おう」


「E-43!」


「はい」


 番号が読み上げられていく間、アリアはなんとなく周囲を眺めていた。

 髭だらけの中年、刺青の入った男、やけに細い青年。

 それぞれがそれぞれの事情を抱えて、同じ列に並んでいるのが分かる。


(……やっぱ、いろんな人おるな)


「E-47!」


「はーい、E-47でーす」


「……声がでかい」


 読み上げていた看守が顔をしかめる。

 すぐ後ろで並んでいた囚人がククッと笑いを漏らした。


「E-48」


「はい」


 アルミアの返事は短く、それだけで終わりだ。

 必要以上のものを何も乗せない声。


「よし。全員いるな。これより朝食。歩いて移動だ。勝手なことはするな」


 列が食堂へと動き出す。

 歩きながら、アリアは小声で言った。


「……アル」


「なに?」


「思ったより暴動とかおきんな…」


「居ないと長引きそうだから辞めて」




 食堂は長机と長椅子がずらりと並び、前の方に配膳カウンターがある。

 パンとスープと、おそらく何かの炒め物。

 見た目からして、テンションが上がるタイプの食事ではない。


「E-47、E-48、列に並べ」


「はーい」


 配膳される場所に順番に並べられトレイを受け取ったアリアは、パンを見て思わず眉を寄せた。


「……硬そう」


「投げたら人傷つけられそう」


「アル、食べ物を凶器の観点でモノを見るのやめよや?」


「ここ刑務所だからね」


「食事前にサイコパスを演じるのはどうかと思うで」


 二人は空いている席を探し、端の方に腰を下ろした。

 アリアがパンをかじると、予想通りの感想が口から出た。


「……んー……“食べられる消しゴム”みたいな味」


「それ、消しゴムの味分かってるの前提じゃない?」


「ちょっとかじったことない?」


「ない」


「ウチだけか……チョークがココアシガレットと同じって話みたいなの繋がりで…」


 そんなくだらない会話をしていると、背後からドスドスと重たい足音が2人に近づいてきた。


「よう、新入りぃ」


 腹の下まで垂れたシャツ。ピチピチの腕周り、首がどこから始まっているのか分からないくらいの肉付き。汗臭さが漂う。

 典型的な「デブの囚人」という見た目の男が、ニヤニヤしながら立っていた。


 トレイを片手に持ち、もう片方の手を腰に当てている。


「あんたら、昨日来た姉妹やろ? 窓から見てたぜ。俺は結構長いんだよ。よろしくなぁ!」


 そう言うなり、その大きな手がアリアの尻の方へ振りかぶられ──


 バチィン、と景気のいい音が鳴る予定だった。


 ……が。


「ぎゃあああああああああ!!?」


 想定外の悲鳴が食堂中に響き渡った。


 デブ囚人の男が、手を押さえて飛び上がり持っていたトレイが床に散らばる

 肥えた顔が、本気で驚いたように歪んでいた。


「いってぇぇぇ!? な、なんだこれっ……!」


 男の手のひらには、小さな釘が一本、綺麗に突き刺さるっている。血が出ないほど綺麗に刺さっている。


「うあ〜痛そうやな。ごめんなおっちゃんポケットに入ってたみたいや」


アリアは痛がるデブ囚人を見て心配するような声をかけるが、誰がどう見ても確信犯の様にニヤリと笑う顔をしている。


「……お姉ちゃん“性格のトゲ”が実体化したとか」


「アル!辛辣すぎひん!?」


 アルミアは平然とスープを飲みながら言った。


アリアの体がグンッと持ち上がる

逆上した男がアリアの胸ぐらを掴んで持ち上げたのだ。


「て、てめえぇ……! 何しやがるんじゃああ!」


「ウチなんもしてへんて!? そっちが勝手に叩きに来て勝手に刺さってはるやん!?」


「うるさい! 何を騒いでる!」


 看守数人が飛んできて、男は取り押さえられる。その後今朝アリア達の起床を確認した女性看守が辺りから話を聞き状況を把握し眉間に皺を寄せた。


「またお前か、ガンズ。どうせまた新人のケツでも触ろうとしてたんだろ」


「ち、ちが、俺はただ、挨拶を……」


 看守はため息をついた。


「医務室に連れて行け。抜いてもらえ」


「うぅぅ……!」


 肥えた囚人──ガンズは、釘の刺さった手を庇いながら取り押さえた看守達に引きずられていった。


 周りの囚人たちは口々に言う。


「やべえな新入り……」

「あの尻、呪われてんじゃねぇの……?」

「触ったら刺さる尻……新しい拷問器具か……?」


辺りの騒がしいをもろともせずにアリアは食事に戻る


「お姉ちゃん、釘なんて何使うのかと思ったらこれのため?」


「右か左どっち叩いてくるかは賭けだったけな...あの釘返すか?」


「いらない」


アルミアは肩をすくめた。

釘はアルミアが用意していたようだ。


「でもまあ、セクハラ撃退できたし、周りに印象も残せたし結果オーライじゃない?」


「そうかもしれんけど……ちょっとミスったな周りからのウチのイメージおかしくなりそうやな」


 こうして、ネザースレート拘置区の囚人たちの間に、

「新入り姉のケツには何かがいる」という、妙な噂が広がり始めた。




 朝食を終えると、囚人たちはそれぞれの持ち場へ向かい刑務作業となる。

 アリアとアルミアの担当は、部品の仕分けになった。


 作業場は鉄と油の匂いがする。

 長机の上には、バラバラになった部品やら古い工具やらが雑に置かれていた。


 2人の前には作られた部品が次々と置かれそれをそれを仕分けながら箱詰めする。


「お姉ちゃん、それ、ここじゃない」


「え?」


「それボルト、こっちがナット」


「どっちがどっちか分からん名前だけじゃ分からんねん」


「見た目で覚えなよ」


「ウチとアルみたいやな」


「それはほぼ一緒でしょ」



 そんな冗談を交わしていると。


「お前らよく喋るなぁ」


体格の良い筋肉質の看守が気味悪くニコニコしながら2人の作業机に向かってくる。


「すみません。静かに作業します。」


アミリアが頭を少し下げて謝罪するが看守は止まらない。


「ながら作業は危ないんだぞ…じゃないと…」


看守が転んだ。正確には転んだフリをした。


誰もが転べば咄嗟に手をどこかに着こうとするが、看守の手は迷わず2人の仕分けた部品の入っている箱に向かった。


バタァンッ!


箱が落下し仕分けた部品が辺りゴロゴロと散らばる


看守が表情1つ変えずにゆっくりと起き上がる。


「まったく…部品が落ちていたせいで転んでしまった…」


もちろん最初から部品などは落ちていないが散らばった今、その真実は分からない。


「すぐ片付けます」


2人は席を立ち1つずつ部品を拾い始める。


「まあ、新人らしいからな…今回は大目に見てやる」


ニコニコした表情の下に2人を見下す感情を見せ、再び看守は歩き出す。


バタァンッ!


看守がまた転んだ。


今度は何処かにを手を着くことなく体が床に叩きつけられる。


「痛そうなや」


アリアがボソリと囁く。


痛みにより体制を変え、声を上げようとする前にその体目掛けてアリア達の机が看守に向かって激突する。


看守の足首と机下部の金具が手錠によって繋がれていた。


騒ぎを聞きつけて作業所の外から看守達が入ってくる。


「ガラ看守!何をやっている!?」


自分の足と机が繋がれる姿を見て看守達は困惑するが奥から今朝の女性看守が現れる。


「また刑務作業妨害か?今までは“指導”として処理したが…こんな状態では刑務所としての格が落ちる。こっちに来い!」


打ち付けられた顔や胸を抑えながら首裏の服を捕まれ足に机を括り付けながら引きずられて行った。


「アル…手錠の鍵は?」


「へし折った」


散らばる部品の中に真っ二つに折れた手錠の鍵が落ちている。


(我が妹…表情1つ変えんのが怖いわ)



 夕方。

 作業が終わり、再び点呼と夕食を経て、独房に戻る時間になった。


 鉄扉が閉まる。


アリアが直ぐに扉の小窓を開け、鍵を閉めようとする看守に話しかける。


今朝から2人がよく見た女性看守がハッとしてアリアと目が合う。


「扉から離れろ」


いつもの鋭い目に戻った。


「ウチらのこと…気にかけてくれるん?」


「お姉さん、今日1日私達のことずっと見てたよね」


アリアの後ろでベッドに座るアミリアも女性看守に聞いた。


「お前達は“本当に強盗殺人”でここに収監されたのか?」


看守は1呼吸置いてから2人に聞いた。


「色んな囚人を見てるとな…大体どんな罪でここに来たか分かる?特にお前達の囚人番号にある私の担当である証の"E"の班は特に…」


アリアは扉から背を向けてベッドに倒れ込む。


「それから…今朝のガンズの手に刺さった釘…何処で手に入れた?ガラの足の手錠をいつ取った?」


「さあ?」


アミリアが一言だけ答えた。


「まぁいい、お前達が只者では無いことは分かったし、調べる時間はゆっくりある」


看守は小窓をピシリッと閉め別の囚人の移送へと向かって行った。


「思ったより……優秀な人も居るみたいだね」


「そうやな。転ぶ演技は1級品…」


「あいつの話はしないで」


 アルミアは窓の外を見て、小さく首をかしげた。

 空はもう真っ暗だ。

 外の世界の灯りは、ここからは見えない。


 アリアは天井を見た。


それと同時に消灯時間となり明かりが消える


「アル」


「なに?」


「とりあえず、初日クリアってことでええ?」


「いいと思う」


「じゃ、明日もぼちぼち頑張ろな」



 ネザースレート拘置区での二日目の夜が、静かに深く沈んでいく。


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