12話 17班
ネザースレート拘置区――外壁。
夜風が吹き抜ける高所で、二つの影が並んでいた。
分厚いコンクリートの縁に腰を下ろし、片方は大型の狙撃銃を肩に担ぎ、もう片方は双眼鏡を目元から下ろす。
「……命中。完全停止ですね」
そう言ったのは、シエラだった。
白衣ではなく、カジュアルなコートを羽織ったの軽装。だが、刑務所内の医療従事者らしい落ち着きは変わらない。
狙撃銃の安全装置を確かめながら静かに息を吐いた。
「上手いもんですね」
双眼鏡を畳みながら、アリアとゆかりの面会の後ゆかりの車に乗っていた、リィナが感心したように言う。
「いえいえ…外したらどうしようか、ドキドキしてますよ」
「ドキドキしてる人が、この距離で額にEMP弾当てます?」
リィナが苦笑する。
壁の向こう、拘置区の中庭ではまだ赤い警報灯が回っている。
だが、先ほどまでの混乱は落ち着きを見せ、動きは鈍くなっていた。
「あの看守二人も、よく立ち向かいましたね…あの子が言ってたリアさんですか?」
「そうです、私も折角なら、突入!ってやりたいですけどね」
シエラは視線を下へ向ける。
「アリアさんたち、派手にやってましたけど大丈夫でしょうか?」
「ゆかりさんが向かったから何とかなるでしょ」
「そうじゃなくて…」
シエラとリアの目が合う
「今回の件は元々刑務所の地下に目星を付けて、刑務所にも内密に捜査の予定でしたので…ここまで大事にするのは…」
「だからアリアさんが怒られるだけだから大丈夫」
※※※
中庭。
アリアとアルミアは、完全に包囲されていた。
銃口。
電撃警棒。
緊張した看守たちの視線。
降伏し両手を上げている2人だが、その中心に立つ表情には、奇妙な余裕がある。
「なあ、アル」
アリアが、血の付いた指で自分の破れた服をつまむ。
「破れた服どうなると思う?」
「気にするところ、そこ?」
「いや、制服弁償とか言われたら嫌やなって」
アルミアは肩をすくめた。
「まず脱走した囚人がどうなるか心配しようよ」
アリア達の周囲には未だに次々と看守達が装備を整えながら集まってくる。
――その時。
床に横たわっていた怪物の残骸が、びくりと震えた。
潰れたはずの頭部は動かない。
だが、1度アリアに向けられた腕のに仕込まれたショットガンの銃口がその場にいる誰も気づかない一瞬の間に目の前に立つアルミアに向けられた。
引き金が引かれようとした、その瞬間――
ドンッ!!
空間を裂く衝撃音。
怪物の胴体が、地面に叩き伏せられた。
叩き込まれたのは、銀色に輝き持ち手に赤いブリップが巻かれた1本のスレッジハンマー。
怪物の巨体の中心に突き刺さった、ハンマーに続くように人影が怪物の上に降り立つ。
引き抜いたハンマーを肩に担ぎ上げ、羽織った黒いコートから手帳と紙を取り出す。
「“オルタリア保安組織――OHO第17班所属”の結月ゆかりだ!我々は異世界災害、異界犯罪、変異体事件を担当する保安組織。この刑務所地下で“未報告の置換現象”と変異体を確認した。」
彼女声で周囲の空気が変わった。
「裁判所からの許可を得てこの場と2人の囚人の以降の処理は全てこちらに引き継がせてもらう」
周囲の看守達からの否定の声は無く、むしろこの謎の緊迫した状況からの解放に安堵しているようだ。
「間もなく調査班が到着しこの広場一帯を封鎖する、収容中の囚人の移動は必要無い」
「いやー、助かったわ〜」
アリアが軽く手を振る。
ゆかりは振り返り、無言で自分の着ているコートを脱いで放った。
「その格好のまま体の再生をするつもりか?見苦しいぞ」
アリアの体は未だ右上半身が血液によって再生されて真っ赤であったが顔や腕には次第に肌の色に戻りつつある。
「それもそやな…全然気にしてなかったわ」
看守の1人が慎重に声を上げた。
「そ、その2人は脱走した囚人だ!囚人の処置は自分達が行う!」
「この2人は潜入した捜査員、経歴も罪状も全て作られたカバーストリーだ」
「いやー、職場環境は最悪でした」
自分の仕事から解放されたように安堵したアリアにゆかりの視線が刺さる。
「……勝負の話、覚えてるか?」
「え?」
「お前から今月ピンチだからって頼まれたんだぞ…今回の潜入調査中に能力を使わず、ってやつ」
「……あー」
ゆかりは淡々と続ける。
「まあ無理だとは思ってたけどな…崩落が起きた時点で連絡は入ってた。怪物との戦闘も、外壁から全部見てたぞ」
アリアの笑顔が凍る。
「……アル?」
「残念でした」
「ちょ、待っ――!」
「行くぞ」
ゆかりはアリアとアルミアを連れて道を開けていく周りを囲む看守達の間を抜けて行った。。
※※※
刑務所の出口。
タリアが立っていた。
腕にはギブスが付けられ、いつも制服の下に着ていたYシャツの胸元からは体に巻かれた包帯が見えていた。
だが、背筋は伸びている。
「……戻ってくると言ったな」
「せやけど、無理になったわ」
アリアは笑った。
「あなた達がいると気が休まらないし、置いて行ったことは許さない」
「囚人相手ちゃうと随分雰囲気変わるんやな…いつもの厳しい班長さんなら1人でも大丈夫やと思ったんやけどな」
「囚人でも無いなら二度と会いたく無い」
アルミアが一歩前に出る。
「お世話になりました」
「…ああ…あ、そうだ…」
タリアがポケットから1本の釘を取り出しアルミアに渡す。
「2日前に囚人に襲われたリアを助けたのは君たちだろ?どうやって釘なんて持ち込んだのかと思っていたが…聞いたぞ、金属を操作出来るらしいな」
アルミアは渡された釘を強く握りしめ、すぐに手を開くと釘はボルトに変わっていた。
「そんなに便利な能力じゃないですよ、機械の構造の知識が必要ですし触れてないと操作出来ません…形状を変化させるのは小さい物しか出来ませんし」
「うぇ…もうボルト見た無いわ」
少し離れた場所で、リアがシエラに気づく。
目が合い、シエラが小さく手を振る。
リアは、その背中の狙撃銃を見て何かを理解した。
※※※
車が走り出す。
拘置区を背に、街へ向かう道。
車内では5人の会話が花を咲かしている。
運転席に座る“結月ゆかり”、助手席に座る“アリア・スカーラ”。
「ちなみにもう治ってるみたいやけど修理費っていくらぐらいになるん?」
「2万位だな…このぐらいの額払った方が早いだろ」
「ゆかりんにとっては2万なんてはした金かもしれんけど、ウチにとっては大金なんやで」
後部座席に座る“アルミア・スカーラ”、“シエラ=アール”、“リィナ=アシュル”の3人
「刑務所生活どうでした?」
「食事は微妙。仕事は単調。シャワーの時間も短いし体触ろうとしてくるキモイヤツもいる…枕は家のより良かったかも」
「医務室は良かったですよ、用務員の人からお菓子いっぱい貰っちゃいました」
彼女達らしい雰囲気が戻りつつある中
前方で、突然――
ドンッ!!
目の前の街のビルが爆発し火の手が上がった。
他のビルの明かりに照らされて爆発したビルに巨大な浮遊した昆虫のような生物が激突していることが確認できた。
「行くぞ」
爆発を確認したゆかりが即座にハンドルを握り直し、アクセルを強く踏み込む。
「えー、せめて夕飯だけでも」
「後にしてくれ」
車は夜の街へ加速する。
数年前、世界の各地に“異世界の地形”が突如として出現した。
都市の一角が魔物の街に。
砂漠が意思を持つ迷宮に。
海底に巨大生物が住む森が――
その日を境に、人類は異界と地続きの世界で生きることになった。
異界生物。
怪異。
変異体。
異能者。
各国は彼女達5人のような特殊部隊を組織し“異界災害”に日々対応している。




