11話 彼女達は
警報音が、耳を裂く。
ビー、ビー、ビー――。
監視塔のサイレンが赤く瞬き、コンクリの壁と鉄柵がその光を跳ね返す。夜の空気が、じわりと熱を帯びたように感じた。
ネザースレート拘置区の敷地内。外灯の白い光がまだらに落ちる中庭のようなスペースで、アリアとアルミアは息を整える暇もなく、目の前の“怪物”を見上げていた。
怪物は昇降機に積まれていた発電機を、まるで木箱でも掴むみたいに片腕で引きずり上げていた。
鉄が擦れる音。
地面に引きずった跡が、白い粉を散らしながら伸びていく。
「……生きとるか??」
アリアが腹の底から絞るように言う。さっき地面に叩きつけられた背中がまだ痛いのに、口元だけはいつも通り軽かった。
「ちょっとびっくりしただけ」
そう返すアルミアは既に鉄板を両手で構えていた。
怪物は、二人に向けて“笑う”ように口元を歪めた。
「なんかアイツ人間味が出てきて嫌やなぁ」
発電機が――振り上げられる。
「来るで!」
アリアが鉄パイプを持ち替え、低い姿勢で構えた瞬間。
ブゥン――!!
空気が裂ける。
発電機は、鉄塊のハンマーとして振り回された。
アルミアが前へ出る。
鉄板を縦に立てて、斜めに受ける。
ガァンッ!!
衝撃が、鉄板を通して骨に響く。
アルミアの腕が一瞬、痺れた。
「っ……!」
鉄板が、受け止めたというより“受け流した”。
発電機の軌道がわずかに逸れ、地面のコンクリが砕ける。
その隙。
アルミアの背後から――アリアが飛び出した。
「ほな、顔面サービスや」
鉄パイプが、怪物の顎下に叩き込まれる。
ゴンッ!
鈍い音。
だが、手応えは薄い。骨があるはずの場所が、どろりとした弾力で受け止めて、すぐに戻る。
「……やっぱ硬いっていうか、なんか、粘い!」
アリアは舌打ちしながら後ろへ跳ぶ。
怪物は、攻撃を食らったこと自体には興味がないみたいに、体勢を崩しもしない。
次の瞬間、腕が伸びる。まるで、影が伸びるみたいに。
アリアの鉄パイプが掴まれた。
「……あ」
アリアの声が情けないほど間の抜けになり怪物が、鉄パイプごとアリアを持ち上げる。
「ちょ、待っ――!」
ぶん、と振り回された。
「わ、わ、わっ、あわあわあわあわ!!」
回転する視界。夜の光。監視塔の赤。
そして――投げられる。
アリアは空中で体を捻るが地面に転げ落ちた。
アルミアが一歩出る。
鉄板で怪物の腕を弾き、もう一歩踏み込んで――鉄板の角で、怪物の脇腹を叩く。
ドンッ!
鉄板が撓む。
怪物は――ほんの少しだけ、揺れた。
「効いてない……」
振り下ろさせれる腕を躱しアルミアはアリアへと寄る。
「効いてないっていうか、“効いてるけど、気にしてない”って感じやな」
起き上がったアリアが鉄パイプを握り直す。
握り直した瞬間、怪物が発電機を持ち替えた。
そして――投げた。
「アル!」
叫ぶ暇もない。
発電機が飛ぶ。
鉄塊が、空を裂いてアルミアへ。
アルミアは鉄板を正面に構え、迎え撃つ。
ガァァンッ!!!
衝撃が爆発ように鳴る。
鉄板が弾かれ、アルミアの体が後ろへ吹き飛ばされた。
空気が肺から抜け、視界が揺れる。
そのまま、アルミアは地面に転がり――
発電機が落ちてきた。
ドスンッ!!
重い音。
アルミアの腹に半分乗り上げる形で、発電機がのしかかる。
「っ……!」
アルミアは腕を突っ張る。
だが、重い。動かない。
「……重っ……これ、無理……!」
吹き飛ばされたアルミアを目で追ったアリア。怪物はその瞬間を見逃さず距離を詰め再び拳を振り下ろした。
ドンッ――!!
アリアは紙一重で躱し、落ちた拳に鉄パイプを突き刺した。
ズブッ。
刺さる感触。
だが、骨に当たった感触じゃない。粘り気のある肉を突き抜けた感覚だ。
「――っ、これで!」
アリアは鉄パイプを支点にし棒高跳びの容量で跳ね上がった。腕の力と脚のバネと、恐ろしく正確なタイミング。
空中で身体を捻り――
脚が、怪物の下顎に叩き込まれた。
ゴンッ!!
怪物の頭が仰け反る。
わずかに、バランスが崩れた。
「よっしゃぁ!」
アリアが着地しようとした、その瞬間。
怪物の拳に刺さった鉄パイプを引き抜こうとして――
“肉”が、簡単に裂けた。
裂けた先、拳の奥。
そこにあったのは――骨ではなく金属のフレーム。
怪物の体内し仕込まれていた構造がアリアの目の前に展開する。
ショットガンの銃口。
「やばっ!!」
アリアがそれを視認したときには、もう遅かった。
ガチン、と何かが噛み合う音。
引き金が引かれる。
轟音。
パンッ!!!
火花と衝撃。
アリアの右上半身が――吹き飛んだ。
肩から上。
頭の半分。
血が、花みたいに散る。
ビー、ビー、ビー――と警報音が遠く聞こえるほど一瞬、世界が静かになった。
時間が伸びて、空気が重くなって、アルミアの視界だけが残酷に鮮明になる。
「お姉ちゃん!!」
怪物は、ゆっくりと“笑った”。
勝利を確信した顔。黒い眼が、えぐれたアリアの顔面の目と合う。
下敷きになっている方にトドメを指すだけだと。
そう思った、その瞬間。
「……やっぱりウチ、ツイてるわ」
声が聞こえた。
聞こえるはずのない声。
怪物が、ピクリと動きを止める。
吹き飛んだはずの場所から――赤が噴き上がった。
血液が、槍のように伸びる。
一本、二本、三本――十本近い赤い槍が、アリアの断面から飛び出した。
ズドドドドッ!!
怪物の胸、肩、頭部を貫く。
貫通した血液の槍はそのまま地面にまで突き刺さり怪物の体を容赦なく縫い止め固定した。
怪物が、初めて“呻いた”。
「ぉぉぉお……ぐぉぉおぉぉぉおぁ……」
アリアの“残った半分”の顔が、にやりと笑う。
怪物は力任せに引き抜こうとするが、槍は肉の中で枝分かれするように食い込んでいく。
アリアの体が、血で“形”を作り始めた。
肩のラインが戻る。
首が伸びる。
吹き飛んだ右腕の輪郭が、赤い粘度で編まれていく。
「少し前に言ったけど“液体状の生物“には中心からは液体を動かすための司令塔的な“コア”が必要なんや」
アリアは血液によって編まれていく胸元を指で引っ張った。
そこに――金属の心臓が見えた。
機械でできた心臓。
臓器にしては余りにもお粗末な作りで精密な機器ではなく寄せ集めの部品で作られている。
ショットガンはギリギリでそこを外していた。
「…ほんま、脳とか神経とか、再現するの1週間くらいかかってめんどいんやで…今は外皮だけでええか…」
アリアは自分の心臓を見せつけるように言う。
怪物が、刺さった槍の隙間からじたばたと動く。
「ウチもアンタらと同じく化け物ってことやで…“アルが作ってくれた心臓”のおかげでな」
アリアの体が完全に吹き飛ばされる前に戻った瞬間。
ズガッン!!
後方で発電機の下敷きにされていたアルミアが駆け寄り、彼女の拳が怪物の顔面にめり込み貫く勢い殴りつけ地面のコンクリにヒビが走り、地面が沈む。
衝撃で怪物に刺さった血液の槍がパラパラと砕け、怪物の頭部が“形”を保てず、紫の液体が爆ぜた。
彼女には拳を包むガントレット。鉄と機械の塊が、アルミアの腕にぴたりと装着された。
怪物から拳を引き抜いたアルミアは心配そうに自分の姉を見る。
「お姉ちゃん大丈夫!?」
「ギリギリやったけど大丈夫やで、この位ヒヤヒヤせんとやってられへんな」
アルミアの両手のガントレット合体しガチャガチャと音を立てながら変形する。
外装が構築されて最後には操作パネルがピッタリとハマり、それが彼女自身を下敷きにしていた発電機であったことが分かった。
「古い型の発電機だったから発火しないように燃料を抜くのに時間かかっちゃったよ」
アルミアは、ふと目を細めた。
「……で。約束、覚えてる?」
アリアの笑顔が固まった。
「……約束?」
「能力使わなかったら、ゆかりさんの車に傷つけたの無かったことにするって、勝負してたでしょ」
「……あ」
アリアの顔が青ざめる。
「ここに来てから私が変化させた釘何本かで頑張ってなのにね。」
「今のはちゃうやんか、アル…アイツが勝ったような顔してたから思わず興奮して出てしまったんよ…ゆかりんも居らんし黙ってればバレんて…な」
「私、ゆかりさんからお小遣い貰ってるしなぁ…撃たれたのはともかく、その後“槍“で刺しちゃうのはちょっと…」
「ホンマに頼むて…ウチ今月結構ピンチやねんから…」
その瞬間だった。
銃口の冷たい気配。
「動くな!!」
怒号。
四方から、看守が現れていた。監視塔の照明が照らす中、電撃警棒と銃器を構えた影が円を描く。
赤いサイレンの光の中で制服が揺れている。
十数人――いや、それ以上。
アリアとアルミアは、同時に動きを止めた。
「……囚人が、何してる」
誰かが絞り出すように言った。
床には、砕けた紫の残骸。
異常で説明できないもの。
そして――右上半身が真っ赤に血に濡れたまま立つアリア。
看守たちの目に浮かぶのは混乱。
“何を見せられているのか分からない”という顔だった。
アリアは、ゆっくりと両腕と口角を上げる。
「ワンチャンゆかりんに会えなくなってチャラになる可能性…」
「多分余計に怒られるよ…」
2人は監視塔と周囲を囲む看守の強い光と頭上を飛ぶヘリコプターの風になびかれながら降伏の体制をとった。
※※※
中央塔。最上階。所長室。
白く発光する銃口が、タリアとリアへ向けられていた。
ガルアの――いや、外皮を捨てた機械生命体の赤い瞳が、冷たく光る。
「最後に教えておこう…私はこの刑務所を去ることにした。この件に関わった看守や研究員、囚人は既に処理済みだ」
銃口が唸る。充填されるエネルギーの熱が、空気を歪ませる。
「君の嫌う“悪”はこの刑務所から君と共に消える」
リアが息を呑む。
タリアは、まだ一歩も退かない。
――次の瞬間。
窓ガラスが、砕け散った。
パァン!
乾いた発砲音。
ガルアの額に、何かが打ち込まれる。
小さな金属片――そこから、淡い光が走った。
ピッ――という短い電子音。
ガルアの赤い瞳が、一瞬揺れた。
そして、頭部内部で――ちいさなEMPが起動する。
ぶつん、と。
機械の生命が音もなく停止した。
銃口の発光が消える。
膝がわずかに沈み、ガルアは“物”として固まった。
割れた窓から、冷たい夜風が吹き込む。
外の闇。
どこか高い場所から、狙撃の余韻だけが残っていた。
「……今のは」
リアが震える声で言う。
「助かった……?」
窓ガラスが割れたことでようやく2人にも外の警報音が聞こえた。




