事件の匂い
湊谷一佐の部屋を一度退室して俺と藤原さんは交通事故があった現場へと向かう。近くのコンビニの駐車場に車を置いて、歩いて現場を見にいく。コンビニの駐車場の目と鼻の先だ。現場にはすでに迷彩の作業着を着た五十嵐さんと宮田さんが待っていた。
二人の迷彩服を見て俺は今更ながら気づく。藤原さんもそうだった。出勤した際に3人は別の制服を着ていた。俺が先ほど官舎に向かう際、出発準備をしている間に着替えていたらしい。3人を見比べて疑問に思ったことを歩きながら藤原さんに尋ねる。
「あの、自衛隊って、緑の迷彩服だけじゃないんですね」
俺の唐突な質問に藤原さんは一瞬戸惑うが、笑って答える。
「ええ、陸海空で迷彩の色は違います。ちなみに、空自のこの迷彩はデジタル迷彩と言われています」
藤原さんは上の服の裾を下に引っ張り服のシワを伸ばすようにして見せてくれた。グレーを基調とした迷彩はよく見ると画素層が荒い画像のように、迷彩柄がピクセルの輪郭をしていた。言われるまで気づかなかった俺は、まだまだ自分の観察眼を養わなければならないと実感しつつ、ユニークな特徴を演出している制服を持っている自衛隊に少し興味が湧いた。
事故現場の信号付近で待機している二人の場所へと向かいつつ、俺は宮田さんの迷彩服を見てふと思った。
──海上自衛隊って海に紛れるために青い迷彩服なのか?でも、もし海に落下でもしたら、救出する時に見失いそうだな。
俺は現場に着いた時にそのまま思った疑問を唐突に宮田さんにぶつけてみた。事件の捜査中に事件とは関係のないことを問われて先ほどの藤原さんのように戸惑いを見せつつも、宮田さんは冷静に答える。
「海自はアメリカ海軍に倣って青迷彩を導入したようです。ですがそのアメリカ海軍は、鷹匠さんのおっしゃる通り、海上救難の際のリスクを再考慮して2019年10月1日から再びグリーン迷彩へと変更されました」
「へぇ。てことは、海上自衛隊もそのうちグリーンに戻るんですか?」
「私が入隊した頃の海自の作業服は無地の青いツナギでした。3.11の際に青ツナギで作業している海上自衛官を別の民間の作業員や不審者と間違えて通報されるケースが目立ったようで、アメリカ海軍で有名な青迷彩に変えたんです」
そう説明してくれた宮田さんに、五十嵐さんは自分の着ている迷彩服を摘んで口を開いた。
「これ、着てみます?」
「自衛隊といえばグリーン迷彩の印象は国民の中で強いでしょうからね。一度は袖を通してみたいですね」
意外とこういった雑談もするのか──と、俺は宮田さんの第一印象から違った顔を覗いているような感じがした。
俺が五十嵐さんと宮田さんの歓談を横で見ていると、先ほどまで静かだった藤原さんが会話に入ってくる。
「グリーン迷彩で盛り上がってるとこあれですけど、デジタル迷彩もおすすめですよ?どうです?着たくなりません?」
「しれっと空自に勧誘するのやめてくださいよ」
五十嵐さんは宮田さんを庇うように藤原さんの前に立ちはだかった。それを見た藤原さんも宮田さんも思わず笑う。俺もつられてにやけてしまう。その時思った。
──このチーム、雰囲気はいいかもしれない。
急遽舞鶴に飛ばされ出向を命じられた昨日の俺からは考えられないくらい、防衛省捜査局の立ち上げに前向きになった瞬間だった。
少し打ち解けたところで、俺たちは気を取り直して先ほど得た情報を共有する。
五十嵐さんが警務隊から取り寄せただろう資料を片手に事件を時系列の始めにあたる部分を説明する。
「4日前の12時過ぎ、帰港していた湊谷一佐は自衛隊内の病院を受診するために舞鶴衛生隊に行った後に昼休みに官舎に帰宅した際、ドアが壊されていたのを発見して警務隊に連絡したとのこと」
俺は確認のために尋ねる。
「その連絡の後に警務隊が警察にも連絡して、舞鶴警察署から警察官も駆けつけたんですよね?」
俺の問いに五十嵐さんは資料を見て答える。
「はい、警務隊と警察がすぐに現場保存をして、盗られたものが無いのか犯人の痕跡を含めて探しています。室内は荒らされた後があり、犯人が何かを探していたのは間違いないとのこと」
藤原さんは先程見てきた湊谷一佐の部屋について二人に共有する。
「官舎は書斎以外は全体的に荒らされていました」
宮田さんは腕組みをして呟く。
「書斎以外……金目の物は手付かずなんですかね?」
俺は先程、警務隊の田辺さんが藤原さんの圧に押されながらも教えてくれたことを伝える。
「現場に来てくれた警務隊の方曰く、特に何かが盗まれた感じはない──と湊谷さん本人が言っていたそうですよ」
そして2日後の日曜日。早朝5:00のことだった。
休みの日に何処かへと出掛けようとしていたのか帰ってきたのか、北吸の交差点で湊谷一佐の車が横転する事故を起こした。
近くのコンビニの店員が大きい物音に気づいて店の外に出ると、SUVが一台横転し、湊谷一佐が道路に投げ出されていたとのこと。
その店員が救急車と警察を呼んだという。
湊谷一佐は病院に搬送後、死亡が確認された。
周囲には他に事故に遭った車も人もいなかったらしい。
目撃者ゼロ。
警察は単独事故とみなしたが、防犯カメラは周囲にはなく、ドライブレコーダーも不搭載だったため事故の瞬間が不明で事故原因を特定できる証拠がない。
現場証拠だけで単独事故と判断。
つまり、もしかしたら他に事故に遭った車や事故の原因となった車があった可能性がゼロではない。もし他に事故に関係した車があったとして、事故後にしかるべき場所に通報せずに逃亡したのであれば救護義務違反、報告義務違反となる。
そして結果として湊谷一佐は亡くなったため、過失運転致死傷罪または危険運転致死致死傷罪にも問われる可能性がある。
もしあの場に他の車がいて、その車が原因で事故になったとしたらの話だが。
一通り事件のあらましを共有した後、宮田さんは交差点を見つめて呟く。
「本当に、事故が起こるような交差点に見えますか?」
五十嵐さんは信号の変わるタイミングを見ながら首を振る。
「信号制御的にも、三叉路とは言え車が横転するようなぶつかり方をする場所ではないと思います」
「あるとすれば、歩行者との衝突」
藤原さんが呟くと、ちょうど歩行者が横断歩道を渡ろうとしていた。確かに、歩行者確認を怠った車は事故を起こしてしまうこともあるのかもしれない。だが。
「歩行者がぶつかって車を横転させられると思いますか?」
俺は藤原さんの考えを否定する形で意見に近い問いを投げかけた。3人はしばし考えた後、再度キョロキョロと交差点周辺を見渡す中で、俺は一つだけしかないブレーキ痕を見つめていた。
同じ場所で考えていても埒が開かないので、第一発見者兼通報者である人物がいるコンビニへと向かった。田舎だが日中はそれなりに交通量が多く、利用客も多いらしい。田舎らしい広い駐車場があるコンビニは車が出て行ったと思えばすぐ入ってきて常に満車状態だった。
俺は藤原さんと外で待機。目撃者が出勤していれば話を伺いに、もしいなければ監視カメラの提供をお願いに五十嵐さんと宮田さんは二人でコンビニへ入って行った。が、すぐに出てきた。俺は二人に尋ねる。
「どうしました?」
五十嵐さんが気まずそうに答える。
「いや、その、迷彩来てると人の目があって迷惑だから外で待っててくれ──と」
「え、なんで?ここは海上自衛隊の港がある軍港町でしょ?迷惑って、何?今は混雑してるから邪魔とかそういうことですか?」
俺は全く理解できない、と疑問をぶつけるが自衛隊の3人はため息にも似た諦めの息を吐き出した。その意味を宮田さんが答える。
「自衛隊は、日本にいるすべての人間から好かれているわけではありませんからね」
そう言って、宮田さんは困ったように笑った。そして俺も思い出した。交番勤務時の経験を。
警察の制服を着て昼ごはんを買いに店に入った時。公僕が勤務中に買い物するな──と、おそらく日本人だろう人に初めて罵られた。
警察官になるのに憧れていた俺からすれば、まさか警察官という国の治安維持に関わる職業がこうも簡単に罵倒される対象だとは思いもしなかった。警察学校でも交番に配属される際にも市民感情については指導を受けていた。だが、身をもって体験するのは訳が違った。衝撃だった。
今はもう慣れっこだ。政府の犬だとか税金泥棒だとか汚職まみれの不要な組織とか好き放題言われるが、もう何も感じない。ムカつくし悔しいが、一部事実でもあり末端の俺は何もできない身分だと思い知ってからは、初めて言われた時の衝撃はもうない。
俺は今、その時と同じような衝撃を再び味わっているような気分だった。
何よりもショックだったのが、自衛官たちがその状況に慣れて受け入れてしまっていることだった。俺たち同様に。
災害時、他国との摩擦が起きた時、規模の大きい事故現場、いざというとき。自衛官という存在が心強いと思っているのは自分だけなのか?と、まるで自分が自衛隊のファンかのように擁護したくなってきた。地方公務員と国家公務員という差こそあれ、きっとこの感情は、国引いては国民のために尽くすと誓ったもの同士に芽生える一種の同情なのかもしれない。
おセンチな気分になりかけた俺は頭を横に振って切り替える。
「外で待ってればそのうち出てきて聴取に応じてくれるんですよね?」
「ええ。なので車で待ちましょう。人目もありますので」
そう言って五十嵐さんは宮田さん共に車へと向かってるいていく。俺も藤原さんと共に車に戻りながら考えた。
──これからは勤務時の制服は別のものがいいかもな……規定がないのであればスーツか私服で勤務してもらえるように後で確認するか……て、誰に確認すればいいんだ?捜査局の管轄って、ドコ?舞鶴地方総監部?な訳ないよね?でも、捜査局(仮)があったのは舞鶴だし……。
俺は事件とは関係のないことで頭を悩ませながら車で待機した。




