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第9話 「佐藤先生」—これは授業だ

 ドアが開いて、先生がPC室に戻ってきた。

 灰色のスラックスにワイシャツ。

 いつもの無表情で、手には職員室から持ってきた資料が挟まれている。


 茉莉が挙手し、大きな声を上げた。

「佐藤せんせー!もうみんな知ってまーす!」

 教壇まで来て、立ち止まる。

「ん?」

 茉莉は身を乗り出して、演劇のセリフみたいに宣言した。

「お休みの美唯のふりして、チャットに参加してたでしょ!」


 先生は眉をひそめた。

「……なんの話だ?大人はそんな暇じゃないぞ」


 クラス全員がざわめいた。

「え?」「だってログで…」「先生でしょ?」

 今井が得意げに「俺がログ見たんすよ!」と付け加える。

 先生は短く息を吐き、口調を変えた。


「これはな、匿名性の怖さを学ぶ授業だ」

「いいか、名前が分からないからといって、悪口や友達の秘密をバラすのはいけない。」


 真剣に語り始めるが、誰も聞いていなかった。

 みんなの視線は冷たく、ブースの中の息は詰まっていた。

(じゃあ、さっきの“美唯”は?)

(あの秘密を知ってるのは美唯だけのはずでは…?)

 誰も声に出さないが、疑念と恐怖が膨らんでいく。


 不信感は、次第に怒りへ変わっていった。

「先生のせいで混乱したんだろ」

「こんな授業やめろよ!」

「バカにしてんの?」

「おいおい!静かにしろ!

 そうい反応があるという事が、やましい行いをしているという証拠で…」

 だが、その弁解を遮るように、チャット欄に書き込みが走った。


[???]「サトピーの秘密、暴露しまーす」


 ブースごとにクスクスと笑いが漏れる。

「サトピー」とは、女子がつけた佐藤先生のあだ名。

 次の書き込みが現れた瞬間──教室の空気が凍りついた。


[???]「歴代女子生徒の胸囲サイズをExcel管理してグラフ化してる」

[???]「毎年のお気に入りだけの別ファイルもあり」


「えっ……」「きゃああ!」

 女子の悲鳴がブースから洩れる。

 椅子が軋む音、誰かがヘッドフォンを外す音が響いた。

 男子たちは一瞬黙り込み、やがてゆっくりと今井に視線を送った。


「おい、マジかよ」「またお前がなんか投下したんじゃね?」

 疑いと期待が入り混じった目線に、今井は肩をすくめるしかなかった。

「俺もそれ欲しいわ」


 チャット欄はさらに加速した。


[匿名]「体育の時、なんか目線がイヤだった」

[匿名]「更衣室の窓の方、見てたよね?」

[匿名]「なんかオヤジくさい匂いするし」


 女子たちのヘイトが堰を切ったように噴き出す。

 匿名の力が、それをさらに加速させる。


 先生は顔を赤くし、慌てて声を張った。

「こ、こら!根拠もないことを──!

 ……あ、まだ時間があるな。えーと、残りは自由時間で。

 パソコン係は誰だ?」

 修司がしぶしぶ手を挙げる。

「……はい」

「使用後は電源を落としてから退出するように!以上!」

 先生は逃げるようにPC室を後にした。


 誰かがチャットに打ち込む。


[匿名]「文化祭のときも、先生はいなかった」


 その言葉に、数人が思い出したようにざわめいた。

「そうだ、あの時も裏方って言って抜けてた」「責任あるときに限って消えるんだよな」

 先生への不信感は、一気に「確信」へと変わっていった。


 その時、画面の「美唯」の名前がまた点滅し始めた。


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