第5話 「今井」—ログを覗く眼
チャット欄は、もう誰が誰だか分からなかった。
「ハンバーグ大好き」だの「パンダのパンツ」だの、ふざけた名前ばかり。
短い文話が滝みたいに流れていって、目で追うのも面倒くさい。
今井は、ため息をついた。
[今井]「名前変えすぎて分からん。つか、誰が誰だよ」
すぐに返事が飛んでくる。
[カミナリ小僧]「そこが面白いんじゃんw」
[ナイショの女王]「正解したら拍手〜」
笑いの渦に混ざる気は、最初からなかった。
今井にとってこれは遊びじゃない。
画面の裏側に、別の景色が見えていたから。
参加者リストを開いて、接続状況を確認する。
普通の生徒なら気にも留めないログが、今井には“匂い”として残っていた。
誰がどのタイミングで入ったのか。
どのアカウントが一度落ちて再接続したのか。
「ふーん……」
モニターに反射する自分の顔に、にやっと笑いを浮かべる。
やっぱり、こういうのは面白い。
チャットそのものよりも、裏で動いてる“数字”を追う方が。
ブースの中でヘッドフォンを少しずらし、キーボードを叩く。
誰にも見られないDM画面を開く。
送り先は修司。
[今井 → 修司]「なあ、これログおかしくね?」
数秒で返事が来た。
[修司 → 今井]「気づいた?」
[今井 → 修司]「いや、まだ分かんね。誰かふざけて外から入ってんのかも」
[修司 → 今井]「お前、また変なことしてんのか?」
ニヤリと笑いながら、今井は指を走らせる。
[今井 → 修司]「前に先生のPC触った時さ、クッキーに残ってたログイン情報抜いたじゃん。
あれ解析すればマジで学内ネット入れるしw」
送信した瞬間、胸の奥で小さな誇らしさが弾けた。
これはただの自慢。
本気で悪用するつもりはない。
でも、こういう“裏道”を知ってるってことを、誰かに認めてもらいたかった。
修司の返事は、短かった。
[修司 → 今井]「……そうか」
素っ気ない。
けど、その短い文字の裏に、何か考えている気配があった。
チャット欄では、まだ暴露話が続いている。
[カミナリ小僧]「昨日、香澄、習字教室で泣いてただろw」
[ハンバーグ大好き]「やめろよww」
[カミナリ小僧]「でも本当じゃん」
ブースの中、笑い声が少なくなってきているのに、チャットだけは止まらない。
遊びのはずが、誰かを試すみたいなやりとりに変わっていた。
本当にくだらない。
こんな奴らのどうでもいい話を集めたところで、何になるんだ。
今井は、自分のレベルが下がった気がして、もっと輝く自分を思い出そうとした。
記憶に残る、勝利の味わい。
全員で敵陣につっこんで、大量得点。
俺の情報収集による作戦、レアモンスター出現のタイミング予想がバッチリだから。
修司の速攻と、美唯のサポート、凛は初心者ながら動きは悪くなかった。
深夜、親に隠れて遊ぶオンラインゲーム以上の、スリルがあるだろうか。
なんせ、一歩間違えればゲーム機ごと没収なのだ。
美唯がいないなら、もう、あの陣形は取れないな。
そう気付き、少し残念な気がした。
今井は再び参加者リストを見た。
「ん?」
首をかしげたが、それ以上は追わなかった。
今はただ、裏で動く数字を見つめていた。
この教室には13人。
だが……14人分の光る名前があった。




