第4話 「駿」—その沈黙を、力だと思った
ヘッドフォン越しに響くのは、カタカタというキーの音ばかり。
集中ブースの壁は薄いけど、今は笑い声もほとんど届かない。
チャットだけが、みんなを繋いでいた。
最初は笑いだった。
「納豆嫌い」「牛乳捨ててる」
──くだらない暴露に、画面の向こうでクスクスと笑う顔が見える気がした。
けど、駿の胸には、もっと別の熱が広がっていた。
「笑わせるだけじゃ、つまんねえよな。」
Enterキーを叩いた。
[カミナリ小僧]「恵太、この前好きな子に告白してフラれて泣いてただろw」
一瞬の沈黙。
すぐに「えー!」という文字がチャット欄を埋める。
恵太の顔が真っ赤になるのを、駿は想像してニヤリとした。
「お、盛り上がるじゃん」
調子に乗った指が、次を打ち込む。
[カミナリ小僧]「亮んちってさ、金ないから修学旅行の積立いつも遅れてんだよな?」
ブースの向こうで、小さく吸い込む息の音。
笑いは起きなかった。
けれど、誰も止めない。
画面には「マジ?」「やば」とだけ残っていく。
駿はその沈黙を、力だと思った。
匿名の自分が、いまこの場を支配している。
声を出す代わりに、文字を落とす。
そのたびに、教室の空気がゆがんでいくのが分かった。
誰かの心に爪を立てて、高みに登って行くこの感覚。
この充実感を知っている。
駿は、言葉の残酷な力に魅せられて、つぎつぎとチャットに文字を投下していった。
チャット欄の流れは速く、でも笑いはもう軽くない。
「面白い」から「面白がるしかない」へ。
ブースの中で、それぞれの目が曇り始める。
ここから先、笑い声の代わりに広がるのは──嘲りだった。




