第2話 「璃々菜」—煽りの女王
ブースの中で、モニターの光が顔を照らす。
璃々菜は、イヤーカップに包まれた自分の呼吸の音を聞いていた。
隣の笑い声も、椅子の軋みも、ここには届かない。
まるでみんなバラバラの世界にいるみたい。
でも──画面の中では、全員が同じ場所にいた。
海斗が「名前変えられるぞ」と送ってから、チャット欄は急にざわざわしている。
[ハンバーグ大魔神]「どうも」
[犬派代表]「にゃーん」
[謎解きは給食のあとで]「わたしをさがして」
小さな吹き出しが次々に流れて、ブースの壁越しに、誰かの笑いが漏れた。
「ふーん、名前変えられるんだ」
璃々菜は、にやっと笑ってキーボードを叩く。
[ナイショの女王]「じゃあ誰なのか当てっこゲームしよー!」
すぐにレスが返る。
[前髪命]「だれでしょう」
[犬派代表]「絶対女子だろ」
「うん、分かるそれ!」
璃々菜は口を押さえて笑った。
[ナイショの女王]「ねえねえ、暴露話タイムもしようよ!」
打ち込んでEnterを押す。
“暴露”の文字がチャット欄に躍った。
ブースの壁の向こうで、誰かが「えー!」と小さく声を上げた。
それだけで、璃々菜は満足した。
[犬派代表]「名前変えても、参加者リストの順番で誰が言ったかばれない?」
[今井]「リストはあいうえお順なんで、問題なし」
この一言で火が付いた。
最初は小さな秘密だった。
[猫派代表]「亮は納豆嫌いのくせに食べてるフリしてる」
[給食番長]「おい誰だ言ったのw」
[ナイショの女王]「えー、だれだろー?(笑)」
[マック大魔神]「茉莉は給食の牛乳いつも半分捨ててる」
[SweetM]「ばっ…!なんで知ってんのよ!」
ブースのあちこちで笑い声が漏れる。
“匿名”は、いたずらを倍に面白くする。
先生がいない今だけの特別な時間。
璃々菜は、それを誰よりも楽しんでいた。
でも、空気は少しずつ変わっていった。
暴露のネタが尽きてくると、誰もがちょっと踏み込み始める。
[カミナリ小僧]「恵太、この前好きな子に告白してフラれて泣いてただろw」
[カミナリ小僧]「亮んちってさ、金ないから修学旅行の積立がいつも遅れてんだよな?」
小さな冗談のはずだった言葉が、ひとつ、またひとつと、重たさを増していく。
璃々菜は最初、面白がって煽ったけれど、背筋がひやりとしはじめた。
画面の文字が、まるで黒い穴みたいに広がっていく。
あの時も…煽るだけ煽って、気が付いたら皆が取りつかれたように罵声を発していた。
「……ねえ、もうちょっと軽い話にしよ?」
と入力しかけて、結局送信はやめた。
“ナイショの女王”は、煽る役を降りられなかった。




