エピローグ:― 届かないLINE
翌朝、修司は教室の後ろで今井に呼び止められた。
彼はいつもの得意げな顔をしていたが、目の奥には揺れるものがあった。
「……なあ、修司。あのチャットな」
「ん?」
「俺、先生に呼び出されてさ。
他人のデータを覗き見するのは立派な犯罪なんだぞー!ってさ。
つーか俺じゃねぇし、あれ修司だろ?」
修司は片頬をあげて「すまん」と小声で言った。
「あとさ、もう一人の“美唯”……あれ、マジで本物だった。」
言い訳するように続ける。
「コロナの時のリモート授業用IDあったろ、
申請すれば補習用にそれ使えるってさ。
盲点だよなぁ…それで入れるのか」
修司の心臓が強く跳ねた。
(やっぱり……)
クラスのほとんどが同じ学区の公立中学へ進学するなか、美唯は県外の私立へ進学していった。
誰にも何も言わず、修司とも顔を合わせないまま。
置き去りにされたのは、卒業証書の名前だけ。
式には、美唯の席だけぽっかりとした沈黙があった。
部活からの帰り道、修司はスマホを握りしめ、迷いながらもLINEを開く。
美唯とのトーク画面に、既読は付いていない。
「元気」
「新しい学校、どう?」
「また皆でバトルしよ」
凛とは、中学に入るとしばらくして別れた。
「修司君のこと好きだけど、一緒にいると自分が嫌いになる」
という、意味の分からない振られ方をした。
「ちゃんと向き合うって、大変だな」
送信ボタンを押す指が震えた。
すぐに既読がつくはずもないとわかっているのに、画面を見つめる指先は止まらない。
──既読は、つかない。
チャットの日の夜、思い切って美唯の自宅に電話したが、母親に「もう電話しないでね」と断られた。
多分、LINEも制限されているのだろう。
冷たい風が頬をかすめたとき、ふと、空を見上げた。
オレンジと群青が混じる夕焼けの空。
答えがないまま、それでも僕たちは大人になっていく。
遠くを横切る飛行機雲をつかもうと、修司は手を差し伸ばした。
(完)
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