第13話 「ひなた」― 今しか見えない
チャット欄が荒れに荒れていた。
「美唯」の名前が次々に浮かぶたび、誰もが顔を強張らせている。
ひなたはヘッドフォンを外し、机に突っ伏しながら目を逸らした。
けれど、逃げるように浮かんできたのは──あの日の記憶だった。
________________________________________
文化祭のクラス展示。
海斗が中心になって作り上げた”光のドラゴン”は、図工で使用した段ボールと針金を再利用した。
文化祭のテーマが「SDGs」で、「目標12:つくる責任 つかう責任」に紐付く。
暗幕の中、鱗にはクリスマスのLEDを仕込み、目には強力な懐中電灯を埋め込んでいた。
「すげー!」「生きてるみたい!」
クラスの歓声に、ひなたも夢中で広報部のスマホを構えていた。
6年生ともなると、こんなスゴいの作るのねと、先生達からも大絶賛だった。
だが、当日。
開始1時間でドラゴンの目が暗くなり、見るとスイッチが「中」ではなく「強」になっていた。
電池切れだ。全部計算して設定したのに何で?
海斗の顔から余裕が消え、焦りで手が震えていた。
「やばい……!もうすぐ父さんが来るのに!」
「大丈夫、モバイルバッテリーで繋げば……」
その瞬間、バッテリーが白く発火し、乾燥したダンボールはあっという間に火を噴いた。
教頭先生が消火器を抱えて駆け込み、コックをひねる。
白い消火剤が噴き出し、辺りは一瞬で真っ白になった。
クラスのみんなが苦労して作ったカッコいいドラゴンは、5分と経たずに針金と、ねっとりとした白い塊へと変わってしまった。
煙の中で、海斗が声を張り上げた。
「美唯のせいだ!懐中電灯持ってきたの、あいつだろ!」
誰も本当のことを知らない。
けれど、攻撃しやすい標的は決まっていた。
ひなたもその場で声を上げられず、ただスマホを握ったまま立ち尽くしていた。
________________________________________
海斗は、ブースの中で拳を握りしめていた。
汗ばむ掌。
頭の奥に、あの日の記憶が甦ってくる。
文化祭当日は、忙しい父が時間を作って来てくれる予定だった。
緊張と期待の中で、自信作が燃え尽きた瞬間。
怖くて悲しくて、そして…自分は悪くないと理由を探して、脳みそが焼き切れそうだった。
その夜、父親に言われた言葉。
「お前がまとめろ。責任を果たせ。同じ過ちを繰り返させるな。」
それが頭に刺さって離れなかった。
次の日。
海斗は7人を集めた。
「美唯に謝ってもらう会」──そう名付けて。
囲まれた美唯は、立ち尽くしたまま「ごめんね」「ごめんね」と繰り返し続けた。
二時間。
声が枯れても、立ちっぱなしで。
笑おうとして、笑えなくなって。
美唯の顔から、表情が消えていくのがハッキリと分かっていた。
でも、「やめよう」「俺の判断が間違ってた」って言えなかった。
いや、やめられなかった。
自分が止めれば、父に言い訳できないと思ったから。
________________________________________
チャット欄に、新しい吹き出しが灯る。
[美唯]「私が謝って、それでぜんぶ解決した?」
その言葉を見た瞬間、海斗の喉が詰まった。
これは誰か別人が打ったものなのか、本物なのか。
どちらでもいい。
海斗には、刃物のように突き刺さった。
「……違うんだ」
海斗は声を出してしまった。
ブースの壁に吸い込まれ、誰にも届かない。
けれどチャットに指を走らせることもできなかった。
誰も反論できなかった。
全員が、罪の記憶に引きずり込まれ、あの日の感情が教室の中に戻ってきた。