第11話 「凛」― 嫉妬と後悔
凛の席は、修司の斜め後ろ。
集中ブースの仕切り越しに、彼の背中と指の動きがちらちら見える。
ディスクトップを切り替えては、チャットに「美唯」として流れている言葉。
……打ち込んでいるのは修司だと、すぐに分かった。
修司と美唯は幼稚園以来の顔見知りだと聞いている。
単なる…幼馴染だと。
でも、凛の胸をざわつかせているのは、それだけじゃなかった。
3カ月前。
美唯に「修司に告白しようと思うんだ」と打ち明けたとき、彼女は困ったように笑って、こう言った。
「……うん、いいよ。凛ちゃんの方が、似合うと思う」
その一言で、凛は修司と付き合うことができた。
けれど分かっていた。
美唯は断らない。
修司の横のポジションを、譲りたくなんてなかったはずだ。
凛に遠慮して、修司との2ショットをアイコンにしていたのを、ペットの写真に変えたと知っている。
凛と修司が2人だけで帰れるよう、気が重いなぁと言いながら文化祭準備と言い訳して、帰宅時間をずらしていたのも分かっている。
たくさん、私のために我慢してくれた。
それなのに、実行委員のいじりが美唯に集まったとき、庇うこともできなかった。
「やめなよ」と言えばよかったのに、声は出なかった。
だって、このまま美唯が消えればいいと、少し思ってしまったから。
ブースの中、体を折り曲げ、PCに被さっているような修司の背中を見つめる。
タイピングのリズムも、句読点の置き方も、知っている人間にしかわからない修司の癖がある。
それに──肩が震えていた。
彼が何を背負っているのか、凛にはなんとなく伝わっていた。
でも、唐突に自分に届いたDMに、凛は目を見開いた。
[美 唯→凛]「げんき?机の下のシール、まだある?」
凛の心臓が一気に跳ねた。
それは、凛と美唯だけの秘密だった。
凛の恋が実りますようにと、二人でかけた、おまじない。
誰も見ていなかった。
修司ですら、知らないはず。
(なんで……?)
凛は画面を見つめたまま、背筋が冷たくなるのを感じた。
(これは修司じゃない。誰かいる)
震える指先でキーボードに触れたが、言葉にはできなかった。
周りが「やっぱ先生だ」「なんだ〜まだ演技してたのかよ」と笑っている声が、逆に遠くに聞こえる。
チャットの“美唯”は、小さな秘密を落としていった。
どれも、他愛もなく、確かに“彼女しか知らない”ことばかり。
凛はそのたびに、胸の奥がざわついた。
(ねえ、美唯。これ、本当に君なの?)