第1話 「海斗」—クラスをまとめろ
情報セキュリティの授業は、いつもより少し特別だった。
今日は体育館の眠たい講演じゃない。
PC室の、冷たい空気。
窓は閉め切られ、ひとりひとりが囲いのついた集中ブースに座っている。
黒いヘッドフォンをつけると、周りの声はほとんど聞こえない。
かすかに、キーボードを打つ小さな音だけが重なっている。
ホワイトボードには、マジックで大きく書かれた文字。
「SNSで守ること」
・本名を使わない
・住所や電話番号を書かない
・見知らぬ人とやりとりしない
でも、その文字はもう、誰も読んでなかった。
佐藤先生は、チャットルームを開いたまま
「じゃあ、45分後に戻ってくるから。
今日は皆んなで話でもしてろよー。
あ、出歩くとかはNGな。」
とだけ言って出ていった。
画面に「チャットルーム・6年A組」と表示されたまま、次々とアイコンが点灯していく。
誰かがメッセージを打つと、チャットの欄に小さな吹き出しが並ぶ。
[亮]「おー、はじまったぞー!」
[茉莉]「え、これ全員見えるの?」
[ひなた]「ねえ絵文字使える?」
[璃々菜]「サトピー、放任すぎw」
[修司]「おーい音聞こえてる?」
小さなブースの中。
切れ間なく無く進むチャットの文字が、みんなの存在をかすかに感じさせる。
でも、同じ教室にいるはずなのに、すごく遠くにいるみたいだった。
海斗は、モニターに手を伸ばしながら深く息を吐いた。
父親の言葉が、頭のなかで響いている。
「お前はクラスをまとめる立場だろ。
文化祭も、行事も、結果を出せよ。
リーダーは結果で価値を示すんだ。」
それは命令だった。
「まとめろ」じゃなくて「結果を出せ」。
海斗にとって、この授業も“結果”を見せる場だった。
もう、失敗はできない。
先生がいなくても、このクラスはうまくやれる。
そう証明したかった。
チャット画面を眺めていると、右上の「設定」アイコンが目に入った。
なんとなくクリックすると、プロフィール設定画面が開く。
そこに表示されたのは──
「名前:海斗」 [変更する]
「……え?名前、変えられんの?」
つぶやいた瞬間、胸が少し高鳴った。
「なあ、これさ、名前変えられるぞ」
打ち込んで送信すると、すぐに反応が返ってくる。
[駿]「マジ?w」
[茉莉]「えーやってみよー」
[修司だったもの]「あ、俺もう変えたwww」
次の瞬間、チャット欄に新しい名前がポンと現れた。
[ハンバーグ大好き]「どうも、俺です」
誰だよそれ。
思わず海斗は笑いをこらえる。
すぐに別の名前も続く。
[犬派代表]「にゃーん」
[謎解きは給食のあとで]「だれかわたしをさがしてごらん」
あちこちでクスクスと笑い声が漏れた。
普段は大人しい子まで、目を輝かせて画面を叩いている。
誰かがスタンプを30回連打して、「↑こういうのNG」とルールらしきモノも生まれた。
海斗は、胸の奥がすこし軽くなるのを感じた。
父親のプレッシャーも、リーダーとしての責任も、今だけは忘れられる気がした。
ただ、なんとなく気になって、参加者リストを眺める。
そこには、13個の名前が表示されている。
──この時点では、まだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
初めて複数話に挑戦します。




