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第九話:ささやかな日常と、黒い岩の秘密

 その日を境に、フィオナと魔獣の、奇妙な共同生活が始まった。


 朝、フィオナはまず水を汲みに行き、ろ過装置にかける。その間に、洞窟の周りで食料になる苔や、わずかに生えている根菜のようなものを探し、錬金術で起こした火で調理する。


 日中は、魔獣の傷の手当てだ。フィオナの地道な治療のおかげで、傷口を覆っていた呪いの瘴気は日に日に薄れ、新しい皮膚が再生し始めているのが分かった。完治には程遠いが、それでも確実に快方に向かっている。


 手当てが終わると、フィオナは荒れ地の探索に出かけた。ただ生きるためだけでなく、この土地をより深く知るために。彼女の錬金術師としての探究心が、そうさせるのだ。


 一方、魔獣は、まだ自由に動けないながらも、フィオナが洞窟にいる間は、忠実な番犬のように入り口のそばに座り、彼女の安全を守っていた。フィオナが探索から戻ると、大きな尻尾をゆっくりと振って出迎える。その姿は、もはや恐ろしい魔獣ではなく、信頼する主人を待つ、賢く大きな犬のようだった。


 ある日の午後、フィオナは、特に大きな黒い岩が密集している地域に足を踏み入れた。この辺りの岩は、他よりもさらに黒々としており、不気味なほどの魔力を放っている。


「この岩……ただの岩じゃないわね」


 フィオナは、岩の表面を注意深く観察した。すると、岩のところどころに、金属質の光沢を持つ、細い筋が走っていることに気づく。彼女は石のナイフでその部分を慎重に削り取り、手のひらに乗せてみた。


「……鉄? いや、もっと硬い。魔力との親和性も高いみたい」


 それは、魔力を通しやすい性質を持つ、未知の鉱石だった。屋敷の古文書にも載っていなかった、この土地固有の資源だ。


(これがあれば、もっと高度な錬金術が使えるかもしれない)


 例えば、頑丈な道具が作れる。水を汲むための桶や、土を掘るための鍬。さらには、洞窟の入り口を塞ぐ、頑丈な扉だって作れるかもしれない。


 フィオナの胸は高鳴った。これは、この荒れ地での生活を、劇的に改善させる大発見だった。


 彼女は夢中で鉱石を採掘し、洞窟へと持ち帰った。そして、早速、錬金術の準備に取り掛かる。


 まず、火の温度を上げる必要があった。フィオナは、燃焼を促進させる性質を持つ、別の種類の鉱石を砕いて火に加えた。すると、炎の色がオレンジから青白い光へと変わり、温度が急激に上昇する。


 次に、集めた鉱石を、耐熱性の高い平らな岩の上に乗せ、高温で熱していく。やがて鉱石は真っ赤に溶け、不純物が分離していく。フィオナは、それを石のハンマーで叩き、不純物を取り除きながら、純粋な金属塊へと精錬していった。


 カン、カン、というリズミカルな音が、静かな洞窟に響き渡る。


 それは、屋根裏部屋で、家族の目を盗んで薬を作っていた時とは全く違う、創造の音だった。誰のためでもない、自分自身の生活を豊かにするための、希望の音だ。


 その様子を、魔獣は銀色の瞳で、興味深そうにじっと見つめていた。炎を操り、石を金属に変えていく小さな人間の姿は、彼にとっても、信じがたい光景だったに違いない。


 やがて、フィオナの手によって、一つの道具が完成した。


 それは、不格好ではあったが、頑丈な刃を持つ、小さな手斧だった。


 フィオナは、出来上がった手斧を握りしめ、満足げに微笑んだ。


 これは、ただの道具ではない。この呪われた荒れ地で、自らの知識と技術を駆使し、運命を切り開いていくという、彼女の決意そのものだった。


 その夜、フィオナは、いつもより少しだけ豪華な夕食――炙った苔の団子に、偶然見つけた香りの良い根菜を添えたもの――を、魔獣と共に食べた。


 穏やかな時間が流れる。


 フィオナは、ふと、魔獣の銀色の瞳を見つめて言った。


「ねえ、いつまでも魔獣さんと呼ぶわけにはいかないわね。あなたに、名前をつけたいのだけど……いいかしら?」


 魔獣は、言葉の意味が分かったかのように、こてん、と首を傾げた。その仕草に、フィオナの心は温かくなる。


 絶望から始まったこの生活は、今や、ささやかだが、かけがえのない日常へと姿を変えようとしていた。

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