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第八話:荒れ地の恵みと、錬金術の初歩

 魔獣との間にささやかな信頼関係が芽生えたことで、フィオナの心には、この荒れ地で「生きていく」という実感が、より強く湧き上がっていた。


 水は確保できた。次は食料だ。


 乾パンはとうに底をつき、空腹が体力を容赦なく削っていく。


「何か、食べられるものは……」


 フィオナは、再び洞窟の外へ出た。魔獣は、少しだけ回復したのか、穏やかな寝息を立てている。その寝顔に少しだけ励まされ、フィオナは荒野の探索を始めた。


 一見すると、この大地に食料など存在しないように思える。しかし、薬剤師としてのフィオナの目は、常人とは違うものを見ていた。彼女は、黒い岩の隙間に、わずかに自生している苔のようなものを見つけ、慎重に指で採取した。


「これは……『月影苔』。毒性はあるけれど、熱を加えて、特定の鉱石の粉末と混ぜれば、栄養価の高い保存食になる」


 屋敷の屋根裏部屋で、古文書を読み漁って得た知識だ。幸い、その「特定の鉱石」――わずかに魔力を帯びた黒曜石の一種――は、この荒れ地にごろごろと転がっている。


 問題は、どうやって熱を加えるか、だった。火を起こす道具などない。


(火……火がなければ、作ればいい)


 フィオナの錬金術師としての血が騒ぎ始めた。


 彼女は洞窟に戻り、平らな岩盤の上を仕事場に決めた。まず、火口ほくちになるものを探す。乾燥した苔や、風化して繊維状になった岩の欠片などを集めた。


 次に、発火装置だ。


 フィオナは、周囲から硬度の違う数種類の石を集めてきた。その中の一つ、火打石のように使える石英の欠片を手に取る。そして、もう一方の手に、鉄分を多く含んだ赤黒い鉱石を握った。


「……集中」


 彼女は目を閉じ、再び体内の微弱な魔力を練り上げる。今度は、それを電気エネルギーではなく、純粋な熱エネルギーに変換することをイメージする。


 そして、鉱石を握った手から、火打石に向かって、魔力を一気に放出した。


 カチッ、という硬い音と共に、二つの石がぶつかる。その瞬間、フィオナが放った魔力が火花を増幅させ、通常よりも遥かに大きく、そして熱い火花が散った。


「……よし!」


 その火花が、用意していた火口に見事引火し、ぽっと小さな炎が立ち上った。


 それは、人類が何万年もかけて手に入れた、文明の光だった。フィオナは、その小さな炎を、まるで我が子のように大切に、集めておいた枯れ木のような岩の欠片へと移していく。


 パチパチと、穏やかな音を立てて燃える炎。その暖かさが、体の芯まで染み渡るようだった。


 火を確保したフィオナは、すぐさま調理に取り掛かった。月影苔を石の上で焼き、毒素を飛ばす。そして、黒曜石を砕いて作った粉末と混ぜ合わせ、団子状に丸めて、さらに火で炙った。


 出来上がったのは、見た目は黒い炭の塊のような、お世辞にも美味しそうとは言えない代物だ。しかし、フィオナがそれを恐る恐る口にすると、香ばしい香りと共に、滋味深い味わいが口の中に広がった。何より、空っぽの胃に食物が入る感覚が、涙が出るほど嬉しかった。


 フィオナは、そのうちの半分を、眠りから覚めた魔獣の前にそっと置いた。


 魔獣は、くんくんと匂いを嗅ぐと、訝しげにフィオナを見つめる。


「大丈夫。毒見は済んでるわ」


 フィオナがにっこりと笑いかけると、魔獣は、まるでその言葉を理解したかのように、おずおずと黒い団子を口にした。そして、すぐに気に入ったのか、夢中で食べ始めた。


 その様子を、フィオナは炎の揺らめきの中で、穏やかな気持ちで眺めていた。


 水も、火も、食料も、全て自分の力で手に入れた。誰にも頼らず、誰にも搾取されず、ただ、生きるために。


(ここは、呪われた荒れ地なんかじゃない)


 フィオナは思った。


(ここは、私に全てを与えてくれる、約束の場所だ)


 アールグレイ家の令嬢としては、決して得ることのできなかった、圧倒的な達成感と満足感。それは、フィオナの心に、確かな自信の灯をともした。この荒れ地でなら、自分は生きていける。そして、もっと多くのことを成し遂げられるかもしれない。


 炎の向こうで、魔獣の銀色の瞳が、キラキラと輝いている。それは、炎の光を反射しているだけではないように、フィオナには思えた。

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