表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能と追放された錬金術師は、呪われた王子と建国します  作者: 希羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/30

第三十話:それぞれの夜明け

 アルジェンティス建国から、一年が過ぎた。


 かつて呪われた荒れ地と呼ばれた土地は、今や、大陸で最も活気に満ちた、希望の国へと生まれ変わっていた。フィオナの知識と、民の努力によって、畑はどこまでも緑に輝き、用水路は豊かな水を運び、家々の煙突からは、幸せな家庭の煙が立ち上っている。


 旧王国は、自壊した。


 フィオナの国が、その門戸を、理念に賛同する全ての民に開いたことで、王も貴族も、民のほとんどに見捨てられ、抜け殻のようになった王都で、ただ過ぎ去った栄光を夢見るだけの存在となっていた。


 そして、かつて、この物語の「悪役」であった者たちは、今、アルジェンティスの大地で、それぞれの「罰」という名の日常を生きていた。


 鉱山――。


 カン、カン、というツルハシの音が、薄暗い坑道に響く。

 泥と汗にまみれ、息を切らしながら岩を砕いている男がいた。かつてのヴァレリウス公爵だ。


 最初の数ヶ月、彼は絶望と屈辱に、ただ泣き喚き、仕事もせずに反抗を繰り返した。だが、彼を殴る者も、罵る者もいない。ただ、周りの鉱夫たちが、黙々と自分の仕事をするだけだ。そして、働かざる者には、食事も、寝床も、最低限以下のものしか与えられない。それが、この国のルールだった。


 生きるために、彼は、生まれて初めて、自分の手でツルハシを握った。


 今では、彼の腕は、鉱夫らしく太くなり、その瞳から、かつての傲慢な光は消え失せていた。彼が、心の底から罪を理解したのかは、誰にも分からない。だが、彼は、自分が砕いた鉱石が、この国を支える礎の一つになっているという、紛れもない事実の中で、ただ黙々と働き続けていた。


 炊事場――。


「はい、次の人どうぞ! 今日は、陽の実のスープよ!」


 元気の良い声で、子供たちにスープを配っている娘がいた。セラだ。


 彼女もまた、最初は、泣き叫び、全てを拒絶した。しかし、空腹を訴える子供たちの、純粋な瞳に見つめられた時、彼女の中で、何かが変わった。


 生まれて初めて、誰かのために、自分の手を汚して働く。感謝の言葉を、お世辞や社交辞令ではない、心からの「ありがとう」を、初めて受け取る。その経験が、彼女の空っぽだった心を、少しずつ満たしていった。彼女の笑顔に、もう偽りの色はなかった。


 畑――。


 広大な畑の隅で、老夫婦が、黙々と雑草を抜いていた。アールグレイ伯爵夫妻だ。


 彼らは、今でも、自分たちの運命を呪っているかもしれない。しかし、自分たちが蒔いた種が芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶという、生命のサイクルを、毎日、その目で見ている。自分たちが育てた作物が、国の民の血肉となっている。その事実は、彼らが否定しようもなく、目の前に存在していた。彼らが、本当の意味で何かを学ぶ日は、まだ、遠いのかもしれない。だが、彼らは、大地と共に生き、大地と共に死んでいく。それこそが、彼らに与えられた、最後の贖罪だった。


 執政官の執務室――。


 フィオナは、アルジェンティスの執政官(アーコン)として、膨大な量の書類に目を通していた。新しい農法の導入計画、隣国からの移住者の受け入れ体制の整備、子供たちのための教育機関の設立。やるべきことは、山のようにある。


「少し、休憩したらどうだ?」


 優しい声と共に、温かいハーブティーの入ったカップが、彼女の机に置かれた。アークライトだ。彼は、軍の総司令官としての仕事の合間に、こうして、必ずフィオナの様子を見に来る。


「ありがとう、アーク。でも、もう少しだけ」

「君は、いつもそう言う」


 アークライトは、苦笑しながら、フィオナの肩を優しく揉んだ。


 二人は、窓の外に目をやった。


 夕日に照らされた、自分たちの国が、黄金色に輝いている。それは、フィオナが、かつて、ノクトの呪いを解くために放った、希望の光の色と同じだった。


 「……夢のようね」と、フィオナが呟いた。


「いいや、夢じゃない。君と、私が、そして、ここにいる皆で作り上げた、現実だ」


 アークライトは、フィオナの手を、そっと握った。


「ありがとう、フィオナ。私を見つけ、救い出し、そして、この素晴らしい国を、私に見せてくれて」


「私の方こそ。ありがとう、ノクト。あなたがいてくれたから、私は、独りにならずに済んだ。あなたがいたから、私は、前を向けた」


 二人は、どちらからともなく、互いの唇を重ねた。


 それは、激しい恋人たちのキスではなく、長い旅路を共に歩んできた、戦友であり、家族であり、そして、互いの魂の半身である二人の、穏やかで、深く、そして、永遠を誓う口づけだった。


 追放された令嬢と、呪われた王子。


 絶望の荒れ地で出会った二人が紡いだ物語は、一つの国を創り、多くの人々の運命を変えた。


 彼らの物語は、ここで一旦の終わりを告げる。


 しかし、アルジェンティスという国の物語は、そして、フィオナとアークライト、二人の愛の物語は、この先も、どこまでも、どこまでも、続いていくだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
壮大で素晴らしい作品をありがとうごさいました。
実際の長さ以上に、 『壮大な物語を読んだ』感がありました。 おもしろかったです。
単純なざまあではなくて居場所を与えて省みる機会を用意するなんて有能に過ぎますわ。 こうしてみると人は変わることが出来る、と希望を持てますわね。 一気に読了してしまうほど面白かったですわ、有難う存じます…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ