第二十八話:目覚めと、明かされる真実
フィオナが次に目を覚ました時、そこはもう、ひんやりとした洞窟ではなかった。
柔らかい寝台の上で、暖かい毛布に包まれている。窓からは、穏やかな陽の光が差し込んでいた。集落の中に、彼女のために建てられた、新しい家の寝室だった。
「……フィオナ様! お目覚めですか!」
そばに控えていた騎士の一人が、安堵の声を上げる。すぐに、グレイグが部屋に駆け込んできた。
「ご無事で、何よりです……! 丸三日、眠っておられました」
「三日も……。私は……」
儀式の最後の光景が、脳裏に蘇る。青年の姿。そして、あの銀色の瞳。
フィオナは、勢いよく身を起こした。
「ノクトは!? 彼は、無事なの!?」
その必死な問いに、グレイグは、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。彼も、先ほど、目を覚まされました。隣の部屋で、お待ちです」
フィオナは、グレイグに肩を借りながら、隣の部屋へと向かった。
扉を開けると、そこに、彼はいた。
窓辺の椅子に、一人の青年が静かに腰掛けている。儀式の後に見た、あの美しい青年だ。上質なローブを身に纏い、窓の外の、自分が知らないはずの集落の風景を、どこか感慨深げに眺めていた。
フィオナの気配に気づき、彼がゆっくりと振り返る。
そして、あの、フィオナがずっと見てきた、魔獣のものと同じ、澄んだ銀色の瞳で、彼女を真っ直ぐに見つめた。
「……目が覚めたのだな。フィオナ」
その声は、落ち着きがあり、優雅な響きを持っていた。
フィオナは、彼の元へと歩み寄り、その顔を、改めてまじまじと見つめた。間違いなく、彼が、ノクトだ。
「あなたの、本当の姿なのね」
「ああ。君のおかげで、長すぎる悪夢から、ようやく解放された」
青年は、静かに立ち上がると、フィオナの前に立ち、騎士のそれとは違う、より高貴で、洗練された礼法で、深く、深く頭を下げた。
「改めて、礼を言わせてほしい。私の名は、アークライト。アークライト・レクス・アルビオン。……国から、七年前に追放され、死んだはずの、元第一王子だ」
「……王子」
その言葉に、フィオナは息をのんだ。グレイグも、部屋の隅で、驚愕に目を見開いている。
彼が、あのヴァレリウスが治める王国の、正当な後継者だったというのか。
アークライトと名乗った青年は、静かに過去を語り始めた。
七年前、彼は、王位継承を巡る政争に巻き込まれた。叔父にあたる、現宰相と、それに連なる貴族たちの陰謀によって、国王暗殺未遂の濡れ衣を着せられたのだ。そして、公には「病死」と発表され、密かに、あの呪いをかけられて、この荒れ地へと捨てられた。
「彼らは、私を殺すだけでは飽き足らなかった。人の尊厳を奪い、獣の姿で、永遠に絶望の中を彷徨わせることを望んだのだ」
それは、フィオナが受けた仕打ちなど、比べ物にならないほどの、残酷な裏切りと、深い闇の物語だった。
「私は、全てを諦めていた。だが、君が現れた」
アークライトは、フィオナの手を、そっと両手で包み込んだ。その手は、温かかった。
「君は、私を、恐ろしい魔獣としてではなく、『相棒』として見てくれた。私の孤独を、痛みを、理解してくれた。そして、自らの命を危険に晒してまで、私を救ってくれた。……この恩は、一生かかっても返しきれない」
彼の銀色の瞳が、感謝と、そして、それ以上の、深い愛情の色をたたえて、フィオナを映している。
フィオナの胸も、温かい感情で満たされた。
目の前にいるのは、王子ではない。ただ、自分が救いたいと願い、共に生きると決めた、かけがえのない相棒、ノクトだ。
「……あなたが、無事でよかった」
それが、フィオナの、心からの言葉だった。
二人は、どちらからともなく、窓辺に歩み寄った。
眼下には、多くの人々が働き、畑には緑が溢れ、家々からは煙が立ち上る、「オアシス」の風景が広がっている。
「信じられない光景だ。君は、この死の大地を、これほどの場所に変えたのか」
「あなたと、グレイグたちと、ここに来てくれたみんなで、一緒に作った場所よ」
アークライトは、その風景から、フィオナへと視線を戻した。
「フィオナ。私は、もう、王都へ戻る気はない。私を裏切ったあの国に、未練などない。……私の居場所は、ここだ。君の、隣だ」
彼は、フィオナの頬に、そっと手を添えた。
「これからは、私が、君を守る。そして、君と共に、この地に、我々の国を創りたい。誰にも搾取されず、誰もが、自分の力で、幸せになれる国を」
その言葉は、プロポーズのようにも、あるいは、新たな国を共に背負う、同志への誓いのようにも聞こえた。
フィオナは、こくりと、力強く頷いた。
呪われた荒れ地で出会った、追放された令嬢と、呪われた王子。
二つの孤独な魂は、ようやく、本当の意味で一つになった。
彼らの足元から、やがて、王国史を塗り替えることになる、新しい国家の、壮大な物語が、今、静かに始まろうとしていた。




